エピローグ
始めるのは容易く、終わるは難し、とは誰が言ったか。
けだし物事というものには、必ず後始末が付きまとうものである。
今回の一件、つまりはスカナーによる宝冠の窃盗から始まり、ゴバールレスタ村の再襲撃で終わりを告げた一連の事件は、村人たちに多くの混乱と大きな被害をもたらした。
より正確には、ゴバールレスタ村発祥の切っ掛けとなった百年前の魔王退治と勇者アズラーフの伝説が、本当は終わっていなかったことに端を発するのだが、それをあえて指摘する無粋も無いだろう。
村民に死者が出ていないのがせめてもの救いだが、怪我人は何人も出たし、多くの建物が焼かれ、壊され、雨風を凌ぐのも難しい有り様だった。
度重なる尋問の末、スカナーの罪状は詳らかになった。各地でのゴブリンを使った襲撃と略奪、そして邪魔と見るやゴブリンに襲わせて排除する殺人行為に手を染めていた。
たった数ヶ月のあいだに引き起こした事件と被害の大きさに、関係者一同は頭を抱えた。
後日、アイリーンは村に一つしかない、ここ何年も使われることのなかった、狭くて暗くてじめじめとした地下牢に足を運んだ。
牢屋に繋がれていたスカナーは独り言として不満を呟いていたが、突然アイリーンが自分の元に訪れたことを知ると、ぱっと顔を輝かせた。
「アイリーンちゃん、皆に言ってあげてくれよ。俺は、君のためにやったんだからさ。こんな田舎に縛られてないで……ほら、一緒に都会に行って、楽しくて便利な生活をしたいって言ってたじゃないか……皆もおかしいよ。そいつはゴブリンだよ。なんで俺よりもそんな薄汚いゴブリンの言葉を信用するんだ。聞いたよ、そいつはアズラーフが殺し損ねた魔王なんだろ? だったら勇者伝説なんて嘘じゃないか! 勇者が村を救ったなんて話しは嘘っぱちだったじゃないか! 皆、魔王を退治してくれた勇者さま勇者さまって感謝してたけどさ、詐欺師に騙されたんだよ! アズラーフは嘘付きだったんだよ! そいつが生きてるのが証拠じゃないか! そうだ、そうだよ。俺は操られてたんだ。その魔王ゴブリンが宝冠を通じて、俺を動かしてたんだって! なあ、なんだよ。なんでそんな目で俺を見るんだよ……おかしいよ。おかしいんだ。アイリーンちゃんは俺のことが好きなはずだろ。俺と結ばれるはずだろ。ゴブリンに殺されるところを助けてやったんだから惚れなきゃおかしいだろ。強いゴブリンをぶっ殺せば勇者って呼ばれるんだ。だから俺はアイリーンの勇者になるって決めたんだよ。なあ、アイリーン。恥ずかしがってないで、俺のためにみんなを説得してくれよ。愛しのスカナーはここにいるんだ。不当に牢屋に閉じ込められてるんだ。こんなのおかしいよ。絶対におかしい。アイリーン。あんなに助けてやったじゃないか。ああ、アルヴァイルさんが近くにいるから……生きてるから、本音でしゃべれないんだね。素直になれないんだ。なんて可哀相なアイリーン。前に言ってたじゃないか。命掛けで助けてくれるような、頼りがいのある男性が好みだって……俺は力を手に入れたんだ。俺は君の恋人に相応しい男なんだ。俺は勇者だ。嘘つきのアズラーフなんかより、ずっと賢くて、働き者で、君のことを想っている……ほら、アイリーン。もっとこっちに来てくれよ。大丈夫、宝冠は取り上げられちゃったけど、俺はちゃんと君のことが好きなままだよ。少しくらい物わかりが悪いからって、俺は君のことを見捨てたりしないさ。だからほら、そこの鍵を使って俺を外に出してくれないか? そしたらどこか俺たちのことを誰も知らない土地に行って、新しい生活を始めよう! お金のことなら心配しなくていいよ。それに、きっと幸せな日々が俺たちを待ってるんだ。あ、待ってくれよ。どうしたんだ、アイリーン。こんな横暴が許されていいはずがないだろ。ど、どうしたんだよ本当に。今回は、ちょっと失敗しちゃっただけだからさ。まったく、全部アズラーフとあのクソゴブリンが悪いんだ。あいつが最初に妙な嘘を吐いて魔王ゴブリンを見逃したりしなければ、俺はこんなに苦労しなかったのに。あんな狡猾なゴブリンが、当たり前の顔をして人間の隣にいるなんて怖いよ。モンスターは人間に危害を加える存在なんだ。モンスターなんか信用出来ないだろ。あんなやつ、すぐにでも殺さなきゃ、どんな悪巧みを始めるか。俺を閉じ込めるより先に、ちゃんと世の中のモンスターを抹殺しなきゃ安心できないよ……君だってそう思うだろ、アイリーン」
スカナーは息継ぎすら忘れたようにひたすら喋り続けた。鉄格子を挟んだ向こうで、ずっと黙って聞いていたアイリーンは、静かに呟いた。
「スカナーさん。……わたしには、あなたの方がモンスターに見えるわ」
「えっ、えっ、えっ、ちょっと、アイリーンちゃん! 俺がどうしてモンスターなんかと一緒にされなくちゃいけないんだ! 俺はただ、君と結ばれたくて……ちょっと宝冠の力を借りただけじゃないか……っ!」
もう、問答することにも耐えられず、アイリーンは地下牢を出た。
アイリーンの背後には、ちょうど牢の中から死角になる位置に、村の役人や兵士、村長とアルヴァイル、そして俺とティナが隠れ潜んで話を聞いていた。
「お金に困らないってことは、やっぱり略奪した金品を隠してたか。それも吐かせないといかんな」
「うちの村出身というのが恥ずかしくなるな……」
「この男、数日後には王都へ移送することになりますが……本当に、あのマジックアイテムやゴーブルフェルト一世氏に操られて、ということは無いのでしょうか」
兵士の不安げな問いに、ティナが断言した。
「無いわよ。もし遠隔操作だの、精神に悪影響があるなら、ずっと保管してたアルヴァイルさんの一族こそ真っ先にとち狂ってなきゃおかしいじゃない。ただ、一般論として……不相応に手に入れた力は、ひとの道を容易に踏み外させることがある。それまで出来なかったことが、さしたる努力もなく出来るようになるから当然と言えば当然ね」
「……身の丈に合わぬ大金を手に入れて、身を滅ぼすのと同じと」
「それならまだ自分だけで被害が収まるわよ。それより……振るだけで《火炎玉》の飛び出す杖を、子供に持たせるのと同じよ。上手く使えば身を守る術になる。でも、使い方を誤れば、たやすく人死にが出るほど危険でもある」
「これまでの村人に、悪用するものが出んで良かった……アズラーフ様は、何を考えてそんなものを村に……アルヴァイルの先祖に預けたのやら」
村長が大げさにため息を吐き出した。
スカナーの先祖は、宝冠の由来と在処について子孫にこっそり言い残していたが、村長の一族はそれを知らなかった。
この騒ぎになって初めて知った始末である。
愚痴られて、アルヴァイルは肩をすくめた。
「それよりうちの娘の悪趣味をなんとかしてもらえねえかな」
「アズラーフ様の思し召しだろう」
村長とアルヴァイルは、難しい顔のまま同時に嘆息した。
「というわけで、アドバイスお願いしますティナさん! ゴーブルフェルト一世さんと親しくなるためにはどうすればいいと思いますか?」
アイリーンはニコニコと笑いながら、そんな問いを発した。
結局のところ、恋に恋する乙女であったアイリーンに対するスカナーの計略は、そう的を外したものではなかった。
ただ、スカナーでは、スタートラインに立つ以前の問題であったと本人が最後まで気づかなかっただけである。
村の襲撃による危機感、そしてスカナーが黒幕であると田舎娘なりの直感ですでに見抜いていたアイリーンは、そこに颯爽と現れて助けてくれたゴーブルフェルト一世の方にこそ心を奪われてしまった。
娘の危機に飛び出して、スカナーをボコボコにした父親と比べて、どっしりと地に足のついた振る舞いに、さりげなくアイリーンを見つめる優しげな眼差し、そしてスカナーに相対するときに見せた険しい顔。
どれもこれも年頃の小娘には衝撃的だったのだ。
ゴーブルフェルト一世こそ、わたしの勇者様、と思ってしまったのだ。
思ってしまったことは仕方ない。この際、相手がゴブリンキングであることは脇に置いておく。
そんなもん脇に置くな、とのアルヴァイルの叫びは聞こえないことになった。恋に目が眩んだ乙女にとって、対象が人間ではないことなど些細なことである。
種族的なことを除けば、相手としてはスカナーに比べればよっぽどマシだ、とアルヴァイルさえ頷いてしまうのも輪を掛けた。
「……ヨースケ、パス」
「恋の伝道師の専門分野だろ」
「いくらあたしだって、ゴブリンキングと村娘の親密度を上げるのに最適な手段なんて知らないわよ! だったら本に愛されてるアンタの方がよっぽど向いてるわ!」
「スピカは相棒だから数に入れるな」
「えっ、そんなっ! 種族間を超えた愛! 良い響きではありませんか!」
ポケットの中から小声の叫びがあったが、俺は黙殺した。アイリーンにはほとんど聞こえなかったようだ。
「いま、何か聞こえた気が……」
「気のせいだ」
食堂で一緒のテーブルについて茶をすすっているゴーブルフェルト一世は、なんとも言えない顔をして、俺たちの会話を聞き流していた。小鬼らしい緑の肌に、小さな顔、皺だらけの眉間だが、困り果てているのは間違いない。
大の大人も凍り付かせる碧玉めいた蒼眸が、アイリーンの熱視線を避けて、居所を失って彷徨っている。
当事者がいる横でティナに助言を求めるのだから、強かというか、将来が不安というか。
外見や表面に惑わされないと言えば聞こえは良いが、さすがにゴブリンキングを情愛の対象にするには困難が伴うだろう。俺とスピカの関係とはわけが違うのだ。
ゴーブルフェルト一世は傍目には普通のモンスターと大差ない。
しかし、まったく気後れした様子もなく、当然のように好意を口にするアイリーンの振る舞いや態度はすごいとは思うが、それとこれとはまったく別次元の話である。
スカナーという悪い虫を取り除いたアルヴァイルだったが、男親としての心配は継続するわけで、同情を禁じ得ない。
問題は、アイリーンが道理を弁えた上でこうした態度を表に出している点だ。そもそもアルヴァイルの教育方針というか、常日頃の言動も多分に影響している。
幼い頃から娘に対し『男は中身だ。見た目なんぞ何の役にも立たねえんだから、強くて頼りがいのある男を見極めろ!』などと口にした結果が、これである。
容姿に左右されずスカナーに靡かなかったアイリーンは、父親の言葉を素直に受け止めて育った良い子と言えなくもない。
「アズラーフ曰く、恋は盲目、気の迷いらしいからな。小娘とて、そのうち目も醒めるだろう。反対されればされるほど意固地になるのなら、放っておくのが最善だ」
「いまはあの洞窟に住んでるんですよね? なら、そこまで行きます!」
「……来んでいい」
ゴーブルフェルト一世に返還された宝冠は、結果的にアイリーンの手に渡った。
持ち主からの、善意による譲渡である。これには最初、事情を知らされた村長と村人たち強固に反対したが、アルヴァイルからの説得によって意見を翻した。
宝冠の力は、ゴブリンを意のままに操るためのものだ。
それはスカナーのように我欲を満たすため、人間を傷つけるためにも使えるが、一方で村を守るために用いることが可能だった。
はぐれゴブリンが攻めてきても争うことなく追い返すことが可能だし、そもそも周囲のゴブリンを村の防衛のために利用することだって出来る。さらにはアイリーンが村の外を出歩く際、護衛としても使えるのだ。
宝冠の使い道として正しいのだろうと、アズラーフの思惑をかつての仇敵ゴーブルフェルト一世が語ったのだから、説得力はあった。
スカナーがアルヴァイル暗殺を狙った際、強化型上位ゴブリンの襲撃をゴーブルフェルト一世は止められなかった。
宝冠の力はゴブリンキング当人には通じない代わりに、ゴブリンキングの命令を無力化出来ることを示唆している。これは強制的にゴブリンキングを対話のテーブルに着けるための道具と言い換えても良い。
それがアイリーンの手にあることは、互いのためになるだろう、とゴーブルフェルト一世は嘯いた。
そのせいで互いの言葉が通じてしまうのは、幸か不幸か分からない。
ゴブリンによる襲撃事件は、スカナーを捕まえたことで終わった。
しかし、ゴーブルフェルト一世とゴバールレスタ村の関係はこれからも続くし、アイリーンやアルヴァイルとの個人的な友誼、親愛の関係が築けるかどうかは本人達の努力次第だ。
俺たちはその結果を見ることなく、次の街に旅立つ。
これからどうなっていくのかは気になるが、彼らに任せるべきことだ。
出発のため旅支度を終えた俺たちは、隣を歩くゴーブルフェルト一世に、今後の身の振り方を尋ねた。
「ヨースケと……ティナ、といったな。世話になった。感謝する」
「これからどうするんだ?」
「洞窟へは戻らず、このまま森に移り住もうと考えている。……なに、案ずるな。冒険者に見つかっても、わざわざ争わぬよ。余は、これからもアズラーフと交わした約束を忘れるつもりはない。何かあれば、狩られる前にとっと逃げ出すつもりだ」
「森ならアルヴァイルさんが頻繁に来るから? それとも……?」
ゴーブルフェルト一世は黙っていたが、わずかに口元を緩めた気がした。
第三章「ゴブリン・バロック」これにて完結です。
本当は閑話くらいの扱いで、ちょっとした寄り道の話にするつもりだったのですが、思った以上に長くなったので第三章と銘打ちました。
いかがだったでしょうか。楽しんでいただけなら幸いです。
また、読者の皆様よりいただける温かいご感想や応援は非常に嬉しく受け取っております。
長々とお付き合いいただき、またお読み頂いてありがとうございました。




