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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック

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第二十一話 『かくして元魔王かく語りき』

 再度の襲撃はすでに始まっていた。

 俺たちがゴバールレスタ村に帰り着いた頃、すでに火の手が上がっていた。


「……守りを固めろとは、言ってあったんだが……」

「昨日の今日で襲撃があるとは思わなかった?」

「……うちの宿で使う薪なんだが、いつも厩舎の横に置かせてもらってたんだ。そいつが襲撃ん時に燃えちまってな。客商売だし、森に行ってモンスターとやり合えるのは俺しかいねえ。昼間の二、三時間なら問題ねえと思ったんだが……そこを狙われるとは、な」


 持ち帰ってきた薪の束を近くに投げ捨てて、アルヴァイルは押し殺した声で呟いた。

 余計な荷物を持っている場合ではないのは見て取れた。

 村のあちこちに燃え上がる家があり、逃げ惑う人々の姿があった。

 それほど広くない村に大量のゴブリンが入り込んで、我が物顔で大騒ぎしながらかけずり回る。剣や棍棒をめちゃくちゃに振り回し、建物や家畜、近くにいる人間に叩きつけてくる。


 混乱した村から住人の一人が脱出を図っていた。その村人を追い掛けてくるゴブリンを一撃で始末して、アルヴァイルが大声で叫んだ。


「アイリは! アイリを見なかったか!」

「うぇっ、親父さん……あ、アイリーンちゃんなら、スカナーのやつが守るって……」

「くそっ」


 俺たちの推測が正しければ、現状アイリーンの危険はそれほど大きくない。

 狙ったアルヴァイルの生存を知らないスカナーにとっては、ここまでは筋書き通りに進んでいる、と思っているはずだ。


 これまでのやり口から逆算するに、舞台を整えて、庇護者の地位を手に入れ、自分に依存させるように話を持っていくだろう。

 計算高く、慎重で、そして狡猾だ。


 宝冠が有る限り、ゴブリンたちはスカナーの命令通りに動く。だとすれば、アイリーンは彼の元にいる今は、むしろ村で一番安全とも言える。

 しかしアイリーンがスカナーを完全に拒絶した場合は別だ。あるいは、アルヴァイルの生存が発覚し、暗殺の失敗を悟られた場合も危うい。

 そのときスカナーはヒーローの仮面を投げ捨てて、力尽くでアイリーンを手込めにしようと試みるだろう。


 彼にはそのための手段を持っている。

 麾下のゴブリンたちに嬲らせるなど、強引な真似に出かねない。


 野営地と馬車と村を襲い、そして思い人の父親を殺そうとしたのだ。

 今更、何を躊躇うことがある。

 俺たちにとっても困ったことに、アイリーンを人質に取られてしまえば使える手段は限られる。

 だからこそ、アルヴァイルにはしばらく村の外で待っていて欲しかった。


「娘が危険な時に、大人しくしていろ? できるか、そんなこと」


 大小二本の斧を握りしめ、奥歯を噛み締めるその形相は、隣で難しい顔をしているゴブリンよりもよほど恐ろしかった。


「それでも、我慢してくれ」

「だが!」

「アンタが生きていることを知られると、その時点でアイリーンが危険に陥る。ここは俺たちに任せてくれ。顔を隠して一緒に行動するのも考えたが……その体格じゃ無理だ。アンタを知ってる相手が姿を見れば、一瞬でバレる。スカナーなら尚更だろう?」


 必死の説得は功を奏した。アルヴァイルは憤懣やるかたない、といった雰囲気をまとったまま、その場に留まってくれた。

 スカナーにさえ見つからなければ同行を許可するが、この狭い村で出くわさない可能性は少ないし、結局アイリーンを助けるのならスカナーに近づくより他はない。


「……見た感じ、村に攻め込んできた戦力は、アンタを殺すために森に潜ませた上位種よりも層が薄い。スカナーが勇者気取りをするためにも、丁度良い強さのゴブリンを選んで来たんだろう。……村の防衛力も筒抜けだよな?」

「あ、ああ。……都会の様子に詳しいからって、スカナーが村の守りの計画にも参加してたからな。……俺がいなけりゃ、村の守りなんざ屁の役にも立たねえ。本当は俺が出てるときに村に何かあったら、狼煙を上げて知らせることになってんだが……」


 本来の想定された防衛計画は、何一つとして使えなくなっている。

 その前提で動いた方が良さそうだ。


 強化ゴブリンの大群に為す術もなく蹂躙されていくゴバールレスタ村。だが、外に逃げ出してくる住民がいることから、村人を殺すのが最優先でもないらしい。

 村のあちこちでゴブリンが大騒ぎして、暴れ回っている割には被害が少ない。

 やろうと思えば村人皆殺し、物資根こそぎまで可能な戦力である。


 村に詰めていた兵士数名は、女子供を逃がすためにゴブリンと戦っているが、そのゴブリン側も本気で殺しにかかっている感じではない。

 村人の被害を大きくするためなら、森でアルヴァイルがされたように、取り囲んで執拗に狙ってくる。最大の武器である物量で、絶え間なく攻めてくるはずなのだ。

 つまり、ゴブリンの大暴れや不可解な行動には何らかの意図がある。


「ティナ、今回の襲撃におけるスカナーの目標はなんだと思う?」

「アイリーンの歓心を買うこと、でしょうね。村の略奪も、村人の殺害も適当。火炎魔法を使ったのも派手さの演出とすれば……これは単なる前哨戦。とりあえずアイリーンに襲いかかったゴブリンを退治して信頼を得て、それからこの状況で戻ってこなかったアルヴァイルさんが森で死亡している姿を確認させて、仇討ちはまた後日。人目に付かないところで、首を差し出したオーガゴブリンあたりを討ったことにする。欲しいのは彼女の身柄と心と社会的な地位、全部まとめて手に入れるため。どうかしら」


 そう、どれもこれも演出なのだ。

 ゴブリンに大暴れはさせたいが、それで村が壊滅しては困る。

 舞台上の演者がスポットライトを浴びるのは、観客に注目させたいからである。

 だから他の村人が死なない程度に困れば困るほど、アイリーンの救出劇はより鮮烈に記憶に残ることだろう。

 ティナの妄想じみた推察が、ここにきてぐんと信憑性を帯びてきた。


「陳腐な筋書きだが……背景が見えなければ、舞台上では効果的だな」

「本気でそんな風になると? それでアイリが惚れるって? かつてのアズラーフ様みたいに、スカナーの野郎が敬われるって? 馬鹿な。そんなわけが……」

「スカナーがそう思っている。そう考えている。それが問題だ」


 自分の居場所が欲しいと感じるのは当然だ。

 手に入れられなかったもの、一度失ったものなら尚更だろう。

 アイリーンの愛と村人からの称賛を総取りするために、効率的な手段を選んだ。スカナーの言い分はそんなところか。


 スカナーはすでに他者を手に掛けている。

 森でアルヴァイルの殺害を画策したことだけでなく、それ以前にオーガゴブリンに馬車を襲撃させたのも彼の仕業だ。

 あるいは他にも未発覚の出来事があるかもしれない。


 もはや歯止めが利かないのだ。

 自分の計画が邪魔されれば、あるいは上手く行かないと感じたとき、どんな形で望みを叶えるか。

 そこに明るい未来は存在しない。


「……ヨースケよ。ここに、宝冠では操れぬゴブリンがいるのだが……余を上手く使ってみる気はないか?」

「どうしたんだ、急に」

「いやなに、鼻持ちならぬ下郎が、アズラーフに成り代わろうとしている……今の余にとって、これほど不愉快なことも他にないのは分かるだろう。聞けば、そやつは勇者になりたいと言うではないか。ならば、ゴブリンの王たる余が立ち塞がらねばならぬ。正面から魔王に相対する者こそ、勇者と呼ぶに相応しいのだからな……」


 ゴーブルフェルト一世はやる気だった。

 俺が彼の言葉を翻訳すると、ティナが笑った。


「そうね。アイリーンの無事を確保するなら、それもいい手よ」

「本当か!?」

「スカナーの化けの皮を剥がしつつ、彼女に危害が加わらないように誘導する。逆恨みも八つ当たりもさせないで、スカナーの計画を綺麗に潰すのよ。そのためには少々面倒な手順があるけど」

「任せる。人の世の仕組みについては疎いのでな、余は言う通りに動こう」

「よし! じゃあ、計画を説明するわ……!」


 俺とアルヴァイルは、ティナとゴーブルフェルト一世の悪巧みを聞いて、どちらからともなく顔を見合わせた。




 ティナの計画はひどく単純だった。しかし、それは陳腐な筋書き通りにことを進めようとしているスカナー相手には、ぴったりの横槍と言えた。

 危険なゴブリンたちに狙われたアイリーンを身一つで守ったと、今まさに勇者気取りで悦に入っているスカナーの前に、ゴーブルフェルト一世が顔を出す。


 それだけだ。

 たったそれだけで、全てはティナの思惑通りに動いた。


「な、なんでだ……! なぜ、お前みたいなゴブリンが……」

「戯けが。勇者を騙るならば、せめて余の前で狼狽えるな。あるいは余を騙るなら、くだらぬ小細工に頼るな……と、余の言葉は通じないのだったな」

「言葉を話すゴブリンだと……!? くそっ、近づくな!」

「す、スカナーさん? いったい何を」

「聞こえなかったのか! 俺に近づくな! そこで自殺しろ、ゴブリン!」


 アイリーンの前に出ていたスカナーは、ゴーブルフェルト一世の登場に動揺し、周囲に散らばった銅貨の山を踏みつけた。

 しゃらん、と涼しげな音を立てて、コインが靴の後ろで擦れる音がした。


 宝冠の力を行使したのだろう。しかし、スカナーの命令が、ゴーブルフェルト一世に通じるはずがない。


 アイリーンの前だった。誤魔化すことすら失念して、スカナーはただひたすら、目の前に現れた思い通りにならないゴブリンに命令を飛ばす。


 今まで散々、好き勝手にゴブリンたちを操ってきて、その力に頼り切っていた。その力が突然失われたか、通じなくなったとすれば、この狼狽も当然だった。


 せめて、アルヴァイルを殺すために森に送り込んだのと同等の戦力が、この場に存在していれば違っただろう。

 しかしスカナーは自分の戦闘力を把握していた。リアリティを考えれば、あまりに強いゴブリンはスカナーには倒せないのは明白だった。

 その不自然さを隠すために、今日、このタイミングに限って呼び寄せなかったのだ。


「語るに落ちたな。余の宝冠を盗んだ下郎め……あの宝冠は余のためにアズラーフが残したものだ。貴様の手にあって良いものではない!」

「し、知らない! 何のことだ!」

「貴様がゴブリンを使って、アルヴァイルを殺したのだろう? ……勇者が託した宝冠、その守人の子孫を害したことで……余は、ここに来ることになったのだ。くくく、貴様はやり過ぎた。所詮は因果が巡ったに過ぎぬ」


 ゴーブルフェルト一世の言葉から、スカナーは少しでも情報を得ようとしている。

 必死になってこの場を切り抜けようとしているが、自分の行動に端を発したゴブリンキングの登場である。

 この期に及んで白を切るのは難しいだろう。


 アルヴァイルが森ですでに殺されたことにして、なおかつゴブリンキングの来訪の理由を偽装する。これがティナの提案である。

 すべてはスカナーの思考を誘導するための布石だった。


「嘘だ……そんなこと、そんなことが、あるわけが!」

「人間が理解出来ぬはずの余の言葉が通じる。それが証左よ」


 はっとして、スカナーはアイリーンを見た。

 当然ながら、アイリーンにはゴーブルフェルト一世の言葉は、ゴブゴブとしか聞こえていない。

 不可解そうに二者のやり取りを眺める表情を確認したことで、スカナーは誤魔化し切れないと悟ったようだ。


「貴様は勇者になりたかったのであろう? 悪辣なゴブリンの魔の手から、か弱き乙女を守る戦士として振る舞いたかったのであろう?

 く、くくく、良い。良いぞ。かつて魔王と呼ばれた余が差し許す。貴様が勇者アズラーフに成り代わりたいならば、余と戦う栄誉をくれてやろう。

 どうした、勇者志望の優男(やさおとこ)よ。そら、かかってこないのか? 己の名には絶対服従の、無抵抗なゴブリンなら道具のように殺せても、宝冠の力が通じぬ相手には……老いさらばえて衰えた余のような、ちっぽけな元魔王には立ち向かえないのか? 貴様は、そこな娘を守りたいのではなかったか? 知勇を示し義を知らしめ今代の勇者として称賛されたかったのではないのか? なんだその顔は。まさか余が恐ろしいのか? 思い通りにならなくて不満なのか? それとも一端(いっぱし)に悔しいなどと、そんな身の程知らずのことを考えているのか?

 愚か、愚かにもほどがある。

 なんとくだらぬ。なんたる無様。

 貴様は勇者を名乗る資格なぞ無い! その愚劣にして蒙昧、幼稚な顔を恐怖と苦痛に歪ませてやろう。……その無意味に在る四肢をもぎ、欺瞞に満ちたはらわたを食いちぎり、二度とくだらぬことを考えられぬよう、貴様の軽い頭に穴を空け、中にある皺も少ない脳みそを余の手でかき混ぜてくれようぞ。

 ……どうした、ここまで言ってもまだ余に立ち向かってこないのか? この期に及んですら奮い立って戦いもせず、彼我の差を悟って賢しく逃げもせず……まさかとは思うが、足が竦んで動けないのか? そこまで怯懦な小物だったのか?

 はっ、なんとつまらぬ人間だ。

 矮小にして脆弱なる身の人間でありながら、勇者アズラーフは余を正面より打倒したぞ。余の全力を己の力のみで凌駕したのだぞ。

 比べるに……小人どころか、塵芥にも劣る小物があの勇者アズラーフに成り代わろうなど笑止千万、片腹痛いわ!

 貴様のような愚物の手に未だ宝冠があるのは不愉快極まりない。

 ……興が削がれた。貴様ごとき余が自ら手を下すまでもない。

 余に抗う気も無いのなら、そこの娘と余の宝冠を残しここから疾く去ね。さもなくば潔く死ね。……どうした、聞こえなかったのか?

 目障りだから、さっさと娘と宝冠を置いてどこへでも消え失せろ。そして二度と余の前に顔を出すな」


 淡々と語るゴーブルフェルト一世には、まさしく魔王の風格があった。

 ゴブリンらしい緑色の肌に、青く輝く蒼眸の鋭さ、そして凍えるような怜悧な声。

 戦闘能力は百年前より格段に落ちているのは間違いない。

 しかし魔具級らしい存在感はまるで衰えていない。こんな存在と真正面から対峙することが出来るなら、それは勇者と呼ばれるに相応しい。


 当然、スカナーは勇者ではなく、戦士ではなく、冒険者ですらない。ただ身の丈に合わない過剰な力を、不当な手段で手に入れただけの小人物だった。

 大の大人ですら小便漏らしそうなプレッシャーに当てられて、呂律すら回らなくなっている様は滑稽だった。

 対抗手段を失った上で、小鬼の王に気圧されたスカナーは、青くなり、白くなり、膝を震わせながら何も言えなくなっていた。


 所詮は調子に乗っていただけの小物だ。

 宝冠の力に頼れなくなれば、ただ必死に逃げ道を探すしか出来ることはない。


「……あ、アイリーン! 逃げよう!」

「イヤよ」

「だ、だって、こいつは」

「逃げるなら一人で逃げて。……何を喋ってたのかよく分からないけど、わたしは逃げちゃダメみたいだし」

「……くっ」


 そしてスカナーは、己の名が書かれた死刑執行書に、自分でサインした。

 危険極まりないと思っているはずのゴブリンキングの前で、一人だけ後ずさり、走って逃げ出そうと試みたのだ。

 それでも宝冠を手放さなかったあたりに、最後まで諦めの悪い未練がましい小物っぷりが露呈している。


 アイリーンを置き去りにしたスカナーの逃亡は、興に乗ってアドリブを利かせたゴーブルフェルト一世の指示に従っただけ、あるいはアイリーンの意思を尊重しただけとも言えるが、同時に弁明と情状酌量の機会を永遠に失ったことを意味した。


 ここでゴブリンキングから、本当に身を挺してアイリーンを庇ったのなら、まだしも怒りはこらえてくれただろうに。

 愛娘からクソ野郎が離れた。それを見逃す父親ではなかった。


「スカナーァァァアアアアアアッ!!」

「なっ、どっ」


 ゴーブルフェルト一世が注目を浴びている隙に、物陰に身を潜めて、アルヴァイルは機会を窺っていた。当然、アイリーンの奪還のチャンスを待っていたのだ。

 あの巨体から信じられないほどの素早さで、一瞬でスカナーの懐に飛び込み、そのまま腹部に腕が突き刺さる。

 スカナーは、文字通りくの字に折れ曲がった。


 俺はスカナー、あるいはゴーブルフェルト一世を狙える位置取りについていた。

 宝冠の力が及ばない、というのは自己申告だったから、《氷狂矢(フリーズ・アロー)》による狙撃の準備もしてあった。

 最悪の事態に備えるのは、呪文一声で発動できる俺の役割だ。声が聞こえる距離で待機中だった。

 ティナは村に蔓延ったゴブリンたちを、《氷矢》を使って静かに駆除した。この場でスカナーを足止めすれば追加の命令も出せないと踏んだ大掃除である。


 スカナーが森におけるゴブリンの全滅と、暗殺の失敗を知らなかったことから、本物のゴブリンキングのように、同族の気配を感じる能力までは持ち合わせていない。

 そうと分かればティナが手間取ることもない。あっという間に、村人に迫るゴブリンを一匹残らず始末していった。


 勇者気取りのスカナーの思惑を潰しつつ、裏でもこっそり戦力を削る。

 ティナの作戦は完璧に嵌った。


 スカナーの声にならない声は、なぜ、どうしてここに、か。あるいは、どうしてこんなことになった、か。宝冠の力でゴブリンを動かすには、直接命令するしかない。

 先んじて命令しておかない限り、受けた命令にそのまま従い続けるだろう。

 つまり、この状況になった以上、スカナーに助けはない。


「ぐ、あ……」


 やはりゴーブルフェルト一世の登場は、スカナーにとって想定外で、それがアイリーン救出のための一手であることに最後まで理解が及ばなかったらしい。


「このクソ野郎がッ! これが宝冠を盗んだ分! これが村を狙った分! これが隣の厩舎を燃やした分! これが俺の命を狙った分! そしてこれが、アイリーンを狙って色々やった分だ! この! この! この! このおおおおおっッ!」


 オーガゴブリンと渡り合えるほどの膂力から繰り出される一撃を、一発一発渾身の力を込めてスカナーに叩き込むアルヴァイルだった。

 斧を使っていないのは、やり過ぎて殺してしまうのを恐れてのことだ。凄まじい勢いでボロ雑巾と化していくスカナーと、手が付けられないほどの怒りを滲ませた父の姿に、事情が把握出来ていないアイリーンが戸惑いを禁じ得ない。


「え? お父さん、ど、どうしたの」

「アイリ。無事で良かった……」

「し、死んじゃいそうだけど」

「安心しろ。このクソ野郎は襲撃事件の犯人だが、殺すつもりはない。……全部ウタってもらわねえとな……」


 スカナーには、後々事情聴取しなければならない。だからアルヴァイルも細心の注意を払って、死なない程度にボコボコにするだけに留めた。

 一発逆転の危険があるため、隠し持っていた宝冠はすぐ回収した。

 地面に転がったのを、すかさず拾ったアルヴァイルは、胸ぐらを掴んでいた虫の息のスカナーを雑に放り投げると、静かに見守っていたかつての魔王に振り返った。


「ゴーブルフェルト一世。……こいつに盗まれたのは俺の落ち度だが、これを。アズラーフ様がアンタが取りに来るからと、うちのご先祖に預けた品だ」

「確かに、受け取った。……かつて、余はこの地の人々を苦しめた。今更、許してくれとは言わぬ。そんなことを言えるはずがない。だが……叶うなら、せめて今日の日に感謝をさせてくれ。ありがとう。ゴバールレスタ村の、アルヴァイルよ」


 アズラーフに渡ったはずの宝冠は、百年の歳月を経て、ゴーブルフェルト一世の手元に戻った。

 宝冠の所在など、本当は重要ではなかった。

 小鬼の王にとっては、アズラーフが魔王退治の証拠として獲得したものだ。すでにゴーブルフェルト一世の所有物ではないと、そう考えていたものだった。


 それでも、このやり取りには意味があった。

 かつて勇者と交わした再会の約束は果たされなかった。

 しかし、その繋がりはずっと忘れられていなかった。それこそが、ゴーブルフェルト一世が報われるための、ただひとつの真実だった。


 スカナーの身勝手な目的のため、大勢の被害者を出したゴブリン襲撃事件は、こうして幕を閉じたのであった。


 

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