第十八話 『追跡』
「すまんな。みっともない姿を見せた」
「いや……」
なんと言っていいか分からなかった。憤怒の向けどころも、哀しみの発散すべき機会も奪われて、ただ虚無感に身を委ねたゴーブルフェルト一世は、静かに語った。
すでに想像は付いていると理解していたが、先ほど推測した内容について意見をすり合わせた。
真実を知る術はない、と重ねて前置きをして。
勇者アズラーフは本当に村人の手にかかって死んだのか。
一見すると、情況証拠はその結末を指し示している風に思える。だが、そうとも言い切れないと俺は説得した。
「所詮はすべて想像……いや、余の邪推に過ぎないと言うのか?」
ゴーブルフェルト一世は俺の言葉に首をかしげた。
方便や時間稼ぎと思っているのか、声に怪訝さを隠し切れていない。
ティナは俺に任せて黙っているし、スピカは途中から沈黙を守りつつも、むしろ俺の語りを待ち望んでいる雰囲気を醸し出している。
行動を開始した時点では魔具級との戦いを覚悟していた。
こんな流れはまったく想像していなかった。
しかしこの状況は、ただ強敵と争い勝利するより、よっぽど遣り甲斐のある闘いと言えた。
「宝冠が今ろくでもない相手の手にあるのは間違いない。それが違和感の理由だ……当時の村人が金に困ってアズラーフを殺したなら、奪った宝冠は当然、高値で売り払っただろう。資金繰りに困って換金を急いだとしても、引き替えにする金額には相当拘ったはずだ。必ず時間より金額を優先したに違いない」
「どうしてそう言い切れる?」
「金に困っている村人が恩人殺しに手を染めたなら……いや、たとえ手を尽くして助からなかった場合でも、そんな相手から命ごと奪った、あるいは自分たちのために残してくれた品物なら、二束三文の捨て値で売りさばいたりできない」
俺の言葉に、ティナが大きく頷いた。
根っからの悪人なら話は変わってくる。しかしアズラーフの名は後世まで残った。
感謝や罪悪感が無かったとしたら、勇者によって救われた話は村の歴史から抹消するだろう。
ゴーブルフェルト一世は思いも寄らぬ論理展開だと、その大きな目を瞬かせた。
「余には分からぬ。いや、言っていることは理解出来る。しかし、一般的な人間とは、そのように考えるものなのか?」
「人間の価値観だから例外はあるが……わざわざ村の伝説として残すくらい、アズラーフは村人にとって大きな存在だった。必要に駆られてか、欲に負けたか、あるいは遺品を受け取ったか、勇者が村の復興のためと置いて去ったか……どの場合でも、その品物の価値を不当に貶めることは、心情的には難しかっただろう」
心理学的な要素もある。故意であれ、不慮であれ、人間であれば誰しも、行動の価値をなるべく矮小なものだったとは思いたくないものである。
今のあんたなら分かるだろう、と俺は告げた。
救い主と敵、どちらであっても決して蔑ろに出来ないと思ったはずだと。難しい顔をしていた小鬼の王は、それでようやく納得し、先を促してきた。
「宝冠を高値で売り払ったとしたら、この辺りに留まっているとは思えないし、そのまま遠くに流れるのが普通だ。それを使って近隣で騒ぎを起こす必然性も無い」
当時、周辺の村は汲汲としていたはずだし、貴重な魔具級ドロップアイテムに高値を払える好事家が都合良く近くにいたとは考えにくい。
一方で、大金を持った商人や冒険者が通りがかりに買い取ったとしたら、もっと遠い場所へと運ばれている。
今になって騒ぎが起こるのはおかしい、という論理の帰結だ。
もちろん何処かに流れた品物が巡り巡って戻ってきた可能性は否定できない。
あるいは無事だった近隣町村の富豪が即決で買い取っていたかもしれない。
しかし、そうした偶然を認めるのであれば、もう少し蓋然性のある説明も用意出来た。
「宝冠は最近まで村に保管されていたんじゃないか、と俺は思う」
村に宝冠を残したままアズラーフが去ったのか、それとも何も語れぬまま遺品として宝冠だけが残ったのか、それは流石に分からない。
今になって村にあった宝冠が持ち出され、何らかの目的に悪用されている。これも仮説に過ぎないが、当時の村人による恩人殺しなんて寝覚めの悪い話とは繋がらない。
説明しつつ仮説を披露すると、ゴーブルフェルト一世は目を瞑り、呟いた。
「アズラーフから奪ったわけではない、と」
「むしろ村人の誰かが預けられて、最近まで大事に保管していたんじゃないか? これは単なる推測だが、最初、俺とティナが疑った理由にも繋がっててな……」
と、村に伝わる伝説の中に、当然あるべきドロップアイテムに触れた内容が欠如している点と、その違和感について伝えた。
ゴブリンキング殺しの証拠として、代わりに宝冠を持ち帰った以上、村人を安心させるために何らかの説明を口にしたはずである。
そのやり取り、あるいは品物についての部分が丸ごと欠落しているのは、それなりの理由があるはずだ。
そう語ると、ティナもうんうん頷いた。
そのあからさまな空白部分が、勇者からドロップアイテムを奪い、換金した後ろめたさから来ていないとするならば、あえて伏せたと考えられる。
「宝冠が今になって表に出て来たことも踏まえると、逆説的に恩人殺しがなかった傍証になるんじゃないか?」
「たとえ力尽きて助からなかっただけであっても、勇者と村人のあいだに、最低限の信頼関係は残っていた。隠し持つよう預けたか、あるいはあえなく遺したか……あやつの今際にも、その程度の意思疎通は可能だったと言いたいのか」
頭の良い相手だと、必要な情報を出すだけで後は勝手に考えてくれて助かる。
それきり黙り込んでしまったゴーブルフェルト一世に、俺はこう提案した。
「一緒に来るか?」
「ヨースケよ、こうして力を失い、無意味に老いさらばえ、もはや何も為しえぬ民無き王たる余を引き連れて何の意味がある。人間はモンスターを殺し、モンスターは人間を殺すのが摂理だ。余をこれ以上の道化にしてくれるな」
「いや、ずっと一緒に行動しようとは言わない。ただ、宝冠を悪用しているヤツを一緒に捜さないか。もしかしたら……真相の欠片くらいは見つかるかも知れない」
「今更だと余に思い知らせたのは、ヨースケ、貴様だろうに……」
「だからこそだ」
ゴーブルフェルト一世は、胡乱げに俺を見た。
「真実が見つかる保証は出来ない。でも、俺たちは今の事件を解決しようと洞窟を訪れて、あんたを……勇者によって見逃されたゴーブルフェルト一世を見つけたんだ。そして、かつての勇者の足跡や偉業の一端に触れた。……調べてみようとは思わないか? 彼の最後を」
「ふ、ふふふ、余の弱みに的確に付け込んでくるわ。その言の巧みさ、まるで詐欺師よの……まったく、今日は何て日なのだ。これほどに心揺さぶられたのは、あやつと出逢ったあの日以来よ。……勇者というものは、どいつもこいつも身勝手なやつばかりだ……相手の決意や覚悟なぞまるで意味が無いものとして振り回してくる」
「俺は勇者じゃないけどな」
「魔王に正面から対峙するものは、誰であれ勇者と呼ばれるべきなのだ。それこそ、はるか昔からの決まり事よ……」
呵呵大笑し、ゴーブルフェルト一世は動き出した。
俺は一歩脇に退いた。
その空いた道を進み、洞窟の出口へと一歩一歩を踏みしめて歩く背中は、これまで見せたどんな怒りの瞬間よりも、活力に満ちていた。
矮躯の隅々にまで力の漲っている歩みのままに、光溢れる洞窟の外へと向かう。
よっ、と軽く跳ねて、上部にある入り口の穴からよじ登る。
およそ百年ぶりとなる明るい外の世界に身体を出したゴブリンキングは、穴から赤茶けた地面に降りたって、一度その場に立ち尽くすと、晴天の下、ひどく眩しそうに目を細めたのだった。
ゴーブルフェルト一世の協力を仰ぎ、再び黒幕探しへの道に立ち返る。
俺とティナはまず次の動きを相談した。
俺たちは意味もなく人間を襲ったりしないと知っているが、ここまで弱っても、かつて魔王として恐れられたゴブリンキングである。
さすがに、村にそのまま連れ込むわけにもいかない。
話しているうちにいくらか手掛かりも見つかったが、直接的にゴブリン軍団を操っている相手の居場所を特定出来ない。
何らかの目的を持って人間相手に襲撃させている相手だ。大量のゴブリンを継続的に支配下に置いているとすれば、余人の目につく場所には待機させまい。
「探すのは骨が折れるわね。……でも、次の襲撃を待つわけにもいかないし」
「馬車の襲撃は成功したと考えても、野営地と村で二回失敗してる。ただ、ゴブリンに襲撃させることで何の得があるんだ? 物資目当てならもう少しやりようもあるし」
「ゴブリンに襲わせることそのものが目当て、とか」
「そうなると意図を掴むのは無理だな。野営地と村、同じ場所を二回狙うなら、そこが攻撃目標ってことになるが……失敗したから次に行った感じがしないでもない」
「その二カ所の共通点って」
「その場に俺たちがいた、ってことか?」
「あたしたち狙いってこと? まさかね」
「……否定する材料もないが」
さて、どうするか。
そんな俺たちの懊悩を無視するように、ゴーブルフェルト一世は目を瞑り、何かを確かめるように耳を澄ましていた。
「……向こうだ。かなり先に、数十匹が集まっている。地下ではないな。おそらくは林か森に潜んでいるのであろう」
「分かるのか」
「忘れたのか。余はゴブリンの王ぞ。同族の気配くらいおおよそは掴める」
「……そんなもんか」
「人間の機微には疎くとも、ゴブリンのことならば余の方が詳しい」
ゴーブルフェルト一世は当然のように告げた。
黒幕の目的も正体も分からないまま、しかし本丸たる襲撃用のゴブリン軍団の元へと急いだ。
急いだ、といっても徒歩で一時間以上はかかる距離だ。
恐るべきはそれほどの距離があってすら同族の集団を感知したゴブリンキングの特異な能力である。
現在は、襲撃前の待機中であろう。現場に向かう道すがら、ゴーブルフェルト一世がこんな推察を披露した。
「もし宝冠が余の力を模したもの、あるいは同等の能力を有しているとすれば、宝冠の持ち主はゴブリンたちの元に顔を出すだろう。下級ゴブリンを集めるだけなら容易いが、複雑な行動を命令するためには、直接それを言葉にして示さねばならぬのだ。かつての余であっても、考えただけでは意思を伝えることは不可能であった」
犯人が次の襲撃を企んでいるのなら、その前に、必ずゴブリン達に指示を出す。
その指摘もあって俺たちは急いでいる。今のタイミングでならば、のこのことやってくるところを抑えられるかもしれない。
「つまり、犯人の顔を拝むチャンスね!」
「わざわざ確かめなくても、その場で捕まえれば済む話だろ」
「ヨースケよ。分かっていると思うが……」
「そのために誘ったんだ。宝冠がどこにあったか、誰に手元にあったのか、それを聞き出せれば過去の真相の一端が掴める……かも知れない。そもそも、犯人が何の目的で動いているのかすら定かじゃないしな。ちゃんと生かして捕らえるつもりだ」
「うむ。そこな小娘も頼むぞ」
「なんて?」
「小娘も、頼むぞ、って」
「……誰が小娘よ」
「小娘だろうに。その体つきでは子供を産むには未成熟であろう。幼子に乳を吸わせるべき胸の豊かさも、健康に産むための尻の大きさも、余の見たところまるで足らぬ。生活に窮しておるのか? ……もっと食を太くした方が良いと思うがな」
言葉がティナに直接届かなかったことを、今ほど感謝したことはなかった。
俺が訳さなければ、今の発言は聞かなかったことにして流せる。
「ティナさんティナさん」
「なによ」
「幼児体型、ですって」
「は?」
暇を持て余したスピカが、余計なことを吹き込み始めた。
「ワタシが言ったんじゃないですよ。ゴーブルフェルト一世さんが仰ったんです。胸とお尻がひんそーで可哀相って」
「ゴブリンキングともあろう魔具級がそんなつまんないこと言うわけないでしょ。魔導書のくせにやっぱり馬鹿ね。あたしがそんな法螺に騙されると思った?」
俺は無言だった。
貝になりたい。
というか、ここで下手なフォローを口にすれば、その時点で大意としては間違っていないことが露見してしまう。
我関せずの姿勢が大事なのだ。
俺は貝。
見ざる聞かざる言わざる。
ああ昼の光の明るさが目に染みる。
一方のゴーブルフェルト一世も、自分が口にした表現が禁忌に触れたと雰囲気の変化から悟ったようで、無言で足を速めた。
さっき人間の機微に疎いと言ったばかりでこの対応力である。
というか、シリアスが長続きしないのは何故なのか。
道中になると途端にこの調子である。
つまりは、スピカとティナのいつものやり取りに過ぎない。
ティナとて本気で気にしているわけでも、怒っているわけでもないし、スピカもそこは踏まえての揶揄であって、そう心配する必要も……
「ヨースケよ、貴様のツガイは両方とも面倒と見える……強く生きるのだぞ」
ゴーブルフェルト一世は肩越しに呟いて、さらに足を速めた。
腐っても鯛というか、弱ってもゴブリンキングの身体能力である。
その矮躯から信じられないほどすいすいと前に進んでいってあっという間に遠ざかったゴーブルフェルト一世と裏腹に、俺は、追い掛けようとした体勢のままティナに肩を掴まれ、ポケットの中からスピカの「ご主人様ぁ?」とねっとりとした声に絡みつかれた。
おい。
おい!
空気読んで黙ったんじゃなくて被害から遠ざかっただけか!
おい!
今の発言もティナには通じていなかった、はずだ。
しかし、からかっていただけのスピカの火を点けたのは間違いない。
狙ってやったとしたら、恐るべき策士である。
「ねえねえヨースケ。ゴーブルフェルト一世さんは、本当は何を言っていたのか、あたしが納得出来るように教えて?」
「ご主人様ー。……ゴブリンキングの目にはティナさんまでツガイに見えるってどういうことですかね? 愛のしもべはワタシだけですよね? ご主人様のベストパートナーは最初から最後までこのスピカですよね?」
「それと幼児体型ってもしかしてヨースケもそう思ってる? ねえ? どうして顔を背けるのかしら? あたしの胸は貧しくないわよね? 少し慎ましいだけよね?」
少し前の方で、ゴーブルフェルト一世は楽しげに俺たちの混乱を伺っている。
絆を壊し、人間の心の弱さに付け込む一撃は、まさしく魔王の所業であった。
「スピカ! 俺の相棒はお前だけだ! 安心しろ! これからも一生他の魔導書なんぞには手を出さない! 絶対だ!」
「……その、ワタシの発言は場の空気に合わせたちょっとした冗談だったので、直接そんな愛の告白を言われてしまうと……えへへ」
「ティナ。……帯に短したすきに長し、って言葉がある。分かるな?」
「分かるわ。……でも、今聞きたいのはそんな言葉じゃなかった。……あたしが、その、世間一般的に見れば慎ましやかな方って自覚はあるのよ? でもね、ぺったんこってわけじゃないし、むしろ大きかったら戦闘するとき邪魔だし、丁度良いわ。この大きさで丁度良いはずなのよ。それを大きいとか小さいとか、豊かとか貧しいとか、そんな言葉で表現されるのは物事を理解していない証拠だと思うのよね」
思った以上に気にしているのは理解した。
「大丈夫だ。ティナは美少女だから」
「そ、そう?」
「自分でも言ってただろ。天才美少女魔法使いだ、って。だから気にするな」
「……そうね。美少女だから別に気にしなくても……って、ヨースケ、やっぱりあんたもあたしの胸が小さい方だってことは認めるのね? そう思ってたわけね?」
ティナの目が据わっていた。俺は叫んだ。
「ゴーブルフェルト一世! これから戦闘になるかもしれないのに、どうして連携にヒビを入れるような発言をしたんだ! 言え!」
距離が空いたため、その場に留まって俺たちの到着を待っていた、この混沌とした状況を作り上げた小鬼の魔王は、俺の批難を鼻で笑った。
「ふん、独り身である余に見せつけてくれたからな。単なる嫌がらせよ」
「おい」
「冗談だ。いや、少し羨ましかったのは事実か。……見えてきたぞ。あそこだ」
諧謔を織り交ぜた寂しげな口調から一転、指し示したのは深い森だった。
まだ遠くにあるためにそれほど広くは見えないが、青々とした葉の生い茂った木々が無数に連なり鬱蒼として、奥や内部がまったく見通せない。
確かに、大量のゴブリンが身を潜めるには十分な場所だった。




