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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ
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第六話 『はじめての魔法』

 


 視界の隅に、ずっと留まり続けていた植物型モンスター、グランプル。

 この危険なモンスターの包囲から抜け出す方法は、今や俺の手の中にあった。


「まずワタシを開いてください」


 魔導書スピカは俺の手よりわずかに幅広である。

 吸い付くように手のひらに収まるため、片手でも持ちづらい感じはない。

 軽くめくってみたが、契約前と変わらない白紙のページが延々と続いている。


「魔導書には魔法が登録されています――より正確には、複数の魔法を一冊の本としてまとめたものを、魔導書と呼びます」

「炎の矢を飛ばすとか、氷の塊を生み出すとか、そういうのか」

「その通りです。さすがご主人様! ……魔法とは、意志の発現です。使用者の望みによって世界の理を捩じ曲げるものに他なりません」


 魔導士は普通の魔法使いと違って、魔法を呪文だけで使うことができる。

 つまりそれだけ強力なのだが、スピカ曰くそれだけではないという。


「つまり魔導士にとって、魔法とは想いそのものなのです!」


 だが、どこまでもめくっても白紙が続く。

 これまでは仮の主すら拒否してきたとスピカは言った。もしかしたら、彼女に登録された魔法は一つとして存在しないのではないか。


「今のところ、魔法のまの字も見当たらないんだが」

「いえいえ、整理のために最後の方にまとめてあるだけです」


 俺のジト目に、スピカは反駁した。


「あ、信じてませんねご主人様! ううっ、このスピカ、最高の魔導書であることは間違いありません! ……ただ、魔導書は、主の成長に合わせて強力になるものでして……いま少ないのは事実ですが、そのうち大量に増える予定です……」

「さっきまでは最高の相棒だと思ってたが、根拠は」

「それはこれからご主人様と作る伝説のなかにあるのです!」


 気を取り直して、まずは脱出だ。

 グランプルを撃破することを考えよう。


「あれを倒すにはどうしたらいい? やっぱり、大火力が必要だろうが」


 やはり、ど派手な魔法に憧れる。

 せっかくの一発目だ。どうせならロマンに溢れるものにしたい。


「それなら丁度良い魔法があります! ご主人様になら使いこなせるはずです!」


 スピカの言った通り、最後の方を確かめた。

 大量の白紙続きのあとに、びっしりと細かな文字で埋め尽くされたページ。

 まったく知らない文字ばかりなのに、どうしてか多少は意味が掴める。


「グランプルはなかなか強力なモンスターです。一定範囲を一度に焼き尽くすくらいでないと。ええ、再生能力も兼ね備えていますから、ちょっと燃やしたくらいじゃすぐに道を塞がれちゃいます」


 スピカの言葉を聞きながら、そこに記された文字を目で追う。

 びっしりと書き込まれた謎の文字が示すのは、グランプルのような植物モンスターだけでなく、ありとあらゆるものを焼き尽くす業火。


 使うための魔力量は現在値の半分。

 MP的なものが数値で見えるわけではないが、つまり行使者の魔力量が多ければ多いほど、その威力が加算されてゆくタイプだ。

 文字を指でなぞりながら、そこに浮かび上がった呪文を口にする。


「ええと、読み方はフレア・ストーカー?」

「あわわわわ! ご、ご主人様!」


 慌てた声を挙げたスピカだったが、魔法が発動しないことにほっとした。


「ふ、ふうー。危なかった。ご注意ください、今、ご主人様に多少なりとも発動の意志があったなら……呪文を口にした瞬間、周囲一帯が灼熱地獄でしたよ? まあ、こんなモンスターの蔓延る場所近くに人里など無いでしょうが……」

「悪い。ちょっと迂闊だったな」


 確かに俺の不注意だった。

 声に出さないように、今度は頭の中で読み上げる。

 呪文は《不諦炎フレア・ストーカー》。


 記載によれば、注ぎ込んだ魔力が尽きるか、対象を焼き尽くす、あるいは術者が止めるまで決して消えない炎を生み出す。

 魔力を多めに使えば使うほど、炎の威力を強く、他者からの妨害などで消えにくく、追いかける精度が高くなる仕組みだ。

 相手に向かって飛んでいく炎の攻撃魔法に自動追尾機能を持たせたものである。


 威力については申し分ないはず、とスピカが太鼓判を押してくれた。

 呪文だけ口にしても勝手に発動しないのは、ありがたかった。

 うっかりはありうるし、ブラフにも、フェイントにも使える。

 スピカ経由なので、そのくらいのファジーさがあるようだ。



 さて、お披露目である。

 緑の怪物、グランプル。


 こうして広い遺跡をぐるりと取り囲んでおきながら、遺跡の内側には全く入ってきていないことから、どこかにモンスター避けの仕掛けがあるのかもしれない。

 俺はスピカを握りしめ、今、万感の思いを込めて、魔法を使った。


「《不諦焔》!」


 目の前に出現した巨大な炎の塊は、俺の注いだ魔力を糧として燃え盛り、空気を歪ませながら、そのまま赫赫と輝く人型となった。

 さらに膨れあがって巨大化して、凄まじい勢いで向こう側に広がるグランプルへと突進した。


 この火焔の巨人が、壁とも屋根とも思える無数の巨大な植物に触れた瞬間、一瞬も耐えることなく、グランプルの表皮部分が炭化した。

 凄まじい超高音だ。あたりには灰が舞い、その灰すらも消滅させる勢いで炎の巨人が暴れ回る。


 この火焔の巨人には、人格があるわけではない。

 しかし、それらしく振る舞う業火の塊が、あたり一面に火焔の滅びを撒き散らしている。

 一匹を燃やし尽くしたら、次へ、また次へと、そうやって込めた魔力が尽きるまで対象を付け狙う。

 あれほど不気味で厄介そうに見えたグランプルが、呆気なく追い散らされて焦熱に呑まれてゆく。


 植物型モンスターであったことも災いした。

 追われても、逃げられないのだ。

 植物にしては強靱で堅固、かつ厄介なモンスターであっただろうが、圧倒的な火力の前では駆逐されるだけだった。

 しかし量が量だ。地平線が見えないほど大量にいたグランプル、その分厚く広かった緑の迷宮は立ち塞がり続けている。


 火焔の巨人は高層ビル並の高さに巨大化した。

 グランプルの規模に対応する勢いでふくれあがっていく。

 天まで届けと言わんばかりの巨大な焔は、俺の目にまだ見えていなかった向こう側、無数にうごめくグランプルの森へと突進し、一切を焼き滅ぼそうと暴れ回っていた。


 すべてが赤に染まっていた。

 熱い。

 やばい。

 すごい。

 感心している場合じゃない。完全に灼熱地獄である。


 炎の巨人が撒き散らす熱波が、グランプルのみならず、周辺の地面までをも焼き焦がしている。

 なんだこれ。なんだこれ。


「さ、さすがご主人様。魔法も凄まじい威力ですね!」


 一瞬口ごもっただろスピカ。

 危険無く通れる程度の空間が出来ればいいな、と思ったのだ。

 これでは近隣一帯のグランプルをすべて此の世から抹殺しろ、といった感じの威力である。

 想定外過ぎる。あの炎の巨人はなんだ。


「込められた魔力が強すぎて、対象を追い続ける炎の概念がより一層強力なものに変わっちゃったものと思われます。さすがご主人様!」

「やけくそ気味に言ってないか」

「い、いえ。正直、多すぎるとは思ってましたが、ここまでとはこのスピカの目を持ってしても見抜けませんでした。……やはりワタシのご主人様は凄かった。それだけのことだったんです」


 空気がじりじりと震えていて、自分でやっておいてヤバさを肌に感じる。

 柱状に立ち上った赤い光は揺らめき、空に浮かんだ雲まで真っ赤に染めている。


「ご安心ください。浮遊マナと同じで、放たれた魔力は空気中に長らく留まることはありません! 時間経過で霧散していきますから!」


 スピカの言葉通り、燃やすものがなくなった炎は宙に溶けるように消滅し、遺跡周りの空間はこんなに広かったのかと思うほど、どんどん見晴らしが良くなった。

 あっという間に炎が向こうまで燃え広がっていく様を見ていると、ちょっと不安になってきた。


「よく考えたら自分の意志で消せるのか、あいつ」

「どうせなので、このまま全部焼き払うのはどうでしょうか。丁度良いレベルアップの機会ですし。一般人だと確実にマナ中毒になる量ですが、ご主人様の魔力許容量ならこの浮遊マナを全部取り込んでも問題ありません。ええ、まったく、これっぽっちも!」

「いや、そうは言うが」

「それに……見てください。あれを」


 根絶やしとなったグランプルの焼け跡に三枚の金貨が落ちていた。

 一体ごとに金貨三枚。

 それが遺跡を取り囲むかたちで、炎の巨人の通った後に点在していた。



「というわけでご主人様、急いで金貨の回収を! それが終わったら《不諦焔》を追いかけてください。距離と時間が空くと、せっかくの浮遊マナの獲得が出来ません!」


 スピカに言われて、はっとした。

 浮遊マナこと経験値の獲得は距離が離れるほど少なくなる。


「なるべく急いでください! 厄介ごとが近づいてくる可能性がありますっ」


 巨大な焔の巨人は、かなり目立つ。この状況で誰かと出会いたくない。

 聞きたいことは山ほどあるが、今はスピカの言葉通りにする。

 落ちた金貨を拾っては鞄に放り込むあいだ、スピカは解説を入れてくれた。


「モンスターは死体を残しません。代わりと言っては何ですが、浮遊マナとドロップ品を残します。これはモンスターには本来、肉体と呼べるものが存在しないからです」

「肉体が、ない?」

「まあ、だいたい古代文明のせい、という言葉に収束するんですが」


 古代文明。

 背にした遺跡の魔法陣も、それの遺産だとスピカは言った。


「古代文明はこの地の金銀銅を始めとする鉱物類、あるいは宝石を取り尽くしたあと、召喚術を発明しました。他の世界から価値あるもの。それこそ硬貨から金銀財宝、ありとあらゆるものを召喚したのです」

「まさか」

「金銀財宝。魔法の道具。そして強力な武具。他の世界から、それらをこの世界に呼び寄せたところ、余計なものまで一緒にくっついてきてしまった。それが」

「モンスター、ってことか」


「依り代とか、媒体が近い表現でしょうか。だからドロップ品を媒体として大量のマナが固着し、仮初めの身体を得ることで、モンスターが実体化……発生します。逆説的に、モンスターが死ぬと、内包していたマナが飛び散り、媒体の品物がその場に残ります。これがドロップの仕組みです。こう考えると、古代文明の狙いは……過程はともかく、結果的には成功してますね」


 だから正確には、世界中でモンスターは発生しているのではなく、その都度召喚されているのです、とスピカは言った。

 どれほど狩っても根絶やしに出来ないのはこんな理由です、とも。


「多くの冒険者にとって、この辺の理屈はどうでもいいみたいですね。どのモンスターを倒せば、どれだけ儲かるか。そこにしか興味がないようです」


 国が発行するのではなく、モンスターが落とす貨幣が流通しているとか、貨幣経済はどうなっているのか。


「あ、ご主人様、モンスターは食料には出来ませんからね!」


 モンスターの死体は浮遊マナとドロップ品になる。

 骨や肉、その他素材なども残してくれない。


 納得した俺は、とりあえず目についた分の金貨を根こそぎ拾っては、そのまま遺跡から遠ざかる。

 拾いきれない分もあるが、安全と平穏はタダじゃない。

 駆けながら、俺は叫んだ。


「金貨って、すげー重いんだが!」

「レベルアップすれば問題ありません!」

「んなこと言ったって、……重いもんは重い……いや、重くない? むしろ軽い?」


 みっしり詰まった鞄を手にしてもバランスを崩すことはなかった。

 何百枚もの金貨なんて、どう考えても俺が片手で持てる重さではないはずだ。


 こうして動けるだけでびっくりだ。

 あまつさえそれを持ち、胸に抱え、軽々と無人の荒野に向かって駆け抜ける。


 そして地を埋め尽くしていた危険で大量な緑がごっそり消滅し、やたらと見晴らしの良くなった景色を突っ切り、背後に未だ燻る火焔を忘れたことにして、全力で青空の下へと飛び出す。


 俺たちの旅はまだ始まったばかりだ!



注)最終回っぽい締めですが、まだ続きます

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