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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック
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第十五話 『封印の洞窟』




 村から徒歩で一時間ほどの場所に、その洞窟はあった。

 街道とはまったく重ならない荒野の片隅で、赤茶けた岩山に隠れるようにして、その入り口と思しき穴がぽっかりと口を開いていた。


「場所としては、ここか」

「間違いないわね。……でも、出入りされた様子は無いわ」

「妙だな」


 方角と距離だけを記した簡易の地図を眺めて、問題の地点を確かめた。

 内側に抉られたように崩れた土壁。つい最近まで埋め立てられていたはずの場所が、すっかり解放されている。


 封印を破られたかのような雰囲気に、俺とティナは顔を見合わせた。

 つま先にぶつかった小石を穴へと蹴り入れた。

 アリの巣穴のように地下に長く伸びる形で広がっているようだ。

 ネストンダンジョンのように緩やかな下り坂もなく、ゴブリンの体格に見合った狭くて暗い洞窟である。


 構造的には似ているが、ここはダンジョンではない。

 すなわち洞窟内で半永久的にモンスターが湧くこともないし、モンスターの出入りも自由である。


「……再出現って予想は外れたか?」

「安直だったのは否めないわね。一応、中に入って確かめてみる?」


 魔王ゴブリンの再来まで視野に入れて、俺たちはこの洞窟に足を運んだのだ。

 塞がっていたはずの入り口は開放されていたが、大群が動いた感じはしない。


「さっきの話、あれってどこまで信憑性があると思う?」

「真実は半分以下じゃないかしら」

「だよな」


 アイリーンの語った村の勇者伝説に、ティナも素直に納得していなかった。

 当然ではある。作り話扱いの『不死王』についてあれだけ妄想を膨らませ、夢を見ていたティナである。

 その手のよくある魔王話に詳しくない俺ですら、一番大事なポイントが話から省かれていたことに気づいたのだ。

 ティナであれば尚更だろう。


「とりあえずは、ドロップアイテムの所在ね」


 無視出来ない最大の欠落は、討伐の証明である。魔具級を倒した証拠となるドロップアイテムを持ち帰らない、あるいは話に出て来ない時点で疑念が付きまとう。


「そもそも魔王って表現が過大評価で、奥にいたのが金貨級だった線は?」

「それが一番穏当な真相よね」


 この場合は単なる勘違いで、話に意図的な嘘は含まれていない。

 魔王ゴブリンという呼称にしても、村人にとって魔王のように恐ろしい存在だったのは事実だろう。


 穏当でない場合の真相について、ティナは口にしなかった。

 あり得る話としては、魔王殺しの勇者アズラーフは生きて村を出ることはなかった、というオチである。


「ドロップアイテムはあったのか、なかったのか」

「ティナの妄想した、不死王の話に隠された真実っぽいことがあったと?」

「妄想じゃないわ。考察よ」

「魔王ゴブリンは本当に倒されたのか。そこが怪しいな」


 倒されたのなら、ドロップアイテムはどこに消えたのかが問題になる。

 アズラーフが倒した証拠をその場に放置してきた線も無くはない。


 半死半生で村に帰り着いたとすれば、その余裕すら無かったかもしれない。

 但し、後で拾いに戻れば済む話である。

 銅貨ならともかく、魔具級のドロップアイテムである。売却すれば十年は遊んで暮らせる品物を捨て置くのは考えにくい。


 ドロップアイテムを途中で紛失した。

 もしくは盗まれたり、持ち主ごと処分された可能性もある。

 命を助けられた恩、あるいは仇討ちの恩を忘れて、金に目が眩んだ者がいないとは限らない。


 アズラーフの消息について、傷が癒えて村を出て行った、と語り継いでいるのは当時の村人である。

 今となっては遠い過去に過ぎない。

 それを追求したところで、今の事態に役立つとは思えなかった。


 あるいは勇者も村人も誠実であった場合。


「ティナが考えた不死王の結末よろしく、魔王ゴブリンも滅びたフリをしていただけかもしれない」


 偽装の具体的な方法は考えなくて良い。

 そうした可能性が残っているのが問題だ。

 勇者があえて嘘を吐いたのか、魔王ゴブリンが何らかの手段で欺いたのか。


「ずっと洞窟の奥で大人しくしていた可能性もあるな。入り口を塞がれていたのなら、その後の状態は、誰も確認出来なかったはずだ」

「勇者アズラーフと二度と戦いたくないから、そいつが寿命で死ぬくらいの期間、ずっと息を潜めて再び世に出る機会を待ってた、ってこと?」

「だとすれば、辛抱強く牙を研いでいた魔具級モンスターが、満を持して再起を図り、今になって自分の配下を送り出したことになるな」

「ははっ、まさかー」


 ティナが笑い飛ばそうとしたが、渇いた笑い声だった。表情に陰が差した。


「百年以上生き続けている上に、痛烈な敗北から何かを学んだ魔具級モンスターが、しばらく大人しくしていたのに、今になって、大々的に動きを見せた……あれ、これってもしかしなくてもすっごく拙くないかしら?」


 臥薪嘗胆の時期を過ぎて、準備が万端であることを意味している。


「馬車を襲って、品物と人間をどこかに持ち帰ったのは……情報収集かもな」

「オーガゴブリンを一匹だけその場に残してたのは」

「証拠隠滅ね。あるいは時間稼ぎ」


「特殊な能力を持ち、配下を手足のように操って人間を襲わせる上に、ダンジョンではなくフィールドで跋扈する、人間並に狡猾な魔具級モンスター……」

「そう聞くと魔王の要件を満たしてそうだな」

「魔王そのものよ! ヨースケ、さっさと中に入るわよ。時間をおいたら、もっと厄介な状況になりそうだもの!」


 ティナの焦りは分かるのだが、俺はそれを制止して、ひとつ尋ねた。


「これってダンジョンじゃないよな」

「見ての通り、単なる洞窟ね。それが?」

「なら、すでに中にはいないんじゃないか?」


 俺の指摘に、ティナも冷静になって、周囲を見回した。

 洞窟は怪しげな雰囲気を醸し出してはいたが、サイズ的には小さい。

 入り口からして岩や土で埋め立てられる程度の広さしかないのだ。


 こんな場所から巨体のオーガゴブリンが出て来たり、数十匹や百匹単位のゴブリンが出入りしているとは考えにくい。

 一匹二匹が出入りした程度では痕跡も見つからないだろうが、周辺を大群が動き回ったとは思えない。


「本拠地が違うってこと?」

「仮に魔王ゴブリンが存在していたとしても、とっくに抜け出した後だろうな」


 自分の焦りに気づいたのか、ティナが長く息を吐いた。


「ヨースケは落ち着いてるわね。結構拙い状況だと思うんだけど」

「今回は後手に回ってないからな」

「へ? いや、どう考えても急がないと手遅れに……」

「ネストンダンジョンと違って、今回は攻め手だ。ここで仕留められるなんて元から期待してなかった。敵がここにいなかったのも、俺たちの存在に気づいたから立ち去ったわけじゃない。追う側の立場は変わらないし、一回空振りだっただけだ」

「そう言われれば、そうね」


 魔王ゴブリンとその手勢は、荒野のどこかに陣取っているかもしれないし、この洞窟より都合の良い場所を見つけたのかも知れない。

 どちらにせよ、今になって俺たちに不利に働く何かが起きたわけではない。


「一応、ここも調べてみるか」

「中にはもういないって、ヨースケが言い出したんでしょうに」

「何かの痕跡か、あるいは次の襲撃場所のヒントが残ってるかもしれないだろ」


 ティナはしぶしぶ頷いた。無駄足になると考えているようだった。


「ところで、妙にスピカが静かね」

「スピカ?」


 洞窟に足を踏み入れる前に、声を掛けた。


「ご主人様、その、今の話のあとですと、誠に申し上げにくいのですが……洞窟内は空っぽではありません。何者かが潜んでいるようです」


 俺とティナは顔を見合わせて、戦闘態勢を取った。

 それから洞窟入り口へと、飛び降りるような形でそっと身を躍らせた。




 果たして、スピカの言う通り、洞窟には潜んでいる存在があった。

 想定していた洞窟の本来の深さに比べて、思っていたよりもずっと浅い地点で待ち構えていたそいつを目にしたとき、俺たちは二人共が対応に困ってしまった。


 基本的に、モンスターとは遭遇した時点で、やるかやられるかの二択だ。

 くわえてゴブリンシャーマンによる命乞いからのだまし討ちは、つい半日前のことだった。

 しかし、そいつは堂々と道の真ん中に座り込み、先端に白旗のついた棒を掲げ、ひらひらと俺たちに見せつけてきた。

 まるで人間のように、降参と言いたげだった。

 それはゴブリンシャーマンの見せた偽りの降伏とはまったく違った。攻撃を躊躇わせる真情が感じられてしまったのだ。


「ゴブリン、か?」

「その通りだ、人間」


 ぎょっとした。

 今の声は目の前のモンスターから発せられたものだ。


 緑色の肌を持った、小鬼。

 何十匹、あるいは百匹単位で蹴散らしてきたゴブリンとは雰囲気が異なるが、それでもゴブリンであることは間違いない。


 会話が通じてしまったことに、俺は動揺した。

 しかし、隣にいるティナにはその不可解さが伝わっていなかったようだ。

 奇妙なゴブリンが出て来た、くらいの顔をしている。


 一方のゴブリン自身もまた、俺の様子に気づいたようで、驚愕を示した。


「ふむ。貴様はモンスターたる余の言葉が分かるのだな。ふふ、面白いな。最後の最後になって未練が生まれたが、しかし妙なる出逢いは同時に余の死であったとは、なんたる数奇……」


 独り言のようにこぼし、それを聞いた俺の表情を確かめ、口元を歪める。


「これもまた運命か。ゴブリンの王たる余をその手で殺すが良い。この忘れられし洞穴に足を踏み入れた貴様こそ、今代の勇者なのであろう?」


 聞き捨てならない重要な情報が次々に繰り出された。俺は警戒心を露わにしたティナがロングスタッフを握る手に力を込めたのを、軽く制止した。

 


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