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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック

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第十四話 『ゴバールレスタ村の伝説』

 


 すでに昼になっていた。空腹を抱えて食堂に向かうと、ティナとアイリーンが互いに真剣な様子で話し合っていた。

 またもや未経験者によるそれっぽい恋愛講座の続きかと呆れていると、ティナが俺の到着に気がついた。


「こっちこっち。面白い話を聞けたわよ」

「正直、アイリーンの恋の話を聞かされても困るんだが……」

「ち、違うわよ! その件についてはちゃんと謝ったし!」


 泡を食ってティナが否定するも、そこに被せてアイリーンが声を大きくした。


「そ、そうですよ! ティナさんがこれまでの人生で何人もの男性に熱烈な告白されておきながら、その中の一人としてお試しですら付き合ったことが無い夢見がちなロマンチストだってことは最初から確信してましたけど、その無自覚あざとい系モテ女ちっくな振る舞いと、従うと思いっきり裏目りそうなご意見は、上手く要素だけ使えればそれなりに参考に出来ると思って……気づいてないふりをして教えを乞うていたわたしが悪いんです!」


 庇っているようでひどいことを言い出す村娘であった。

 ティナが愕然とした様子で、アイリーンの横顔を見つめた。


 アイリーンは素直だった。

 率直で正直な物言いは美徳かもしれなかった。

 しかし昨日自信満々に語っていたティナに対しては、見事なまでにクリティカルヒットだった。


 思わぬ痛撃に、ティナは力尽きて、テーブルに突っ伏した。

 可哀相に。


 俺は真っ赤になった顔を伏せたティナの、腕の伸びきって、ぴくりとも動かないその憐れな体勢を横目で眺めつつ、申し訳なさそうな顔のアイリーンと話を続けた。


「確実に外す占いとか、占いに見せかけた雰囲気作りは使い道があると?」

「仰る通りです! ティナさんは素晴らしい反面教師ですから!」


 おおう。無垢な一声による死体蹴りをされて、ティナはビクンと震えた。


 田舎娘の多くは大抵の場合、都会で暮らす少女に比べて強かに立ち回るものだ。

 口では夢見がちな発言をしつつも、行動は世知辛い現実を見据えて動くものなのだ。

 行きずりの客と見るや、適当におだてて、どんどん調子に乗らせて、耳寄りな情報を吸い上げるだけ吸い上げる術に長けている。

 いかにして宿泊中に余計にお金を落としてもらったり、面白い話を聞き出すか、そればかりに日々を費やしている相手だ。


 宿屋の看板娘は、いわばお客さんをいい気にさせるプロである。

 野営地で商隊のトップや行商人、傭兵働きしている連中にそう扱われただけのティナとは違う。


 ティナがほいほい引っかかったのも無理からぬことだ。

 なにしろアイリーンには敵意や悪意や害意は一切無い。宿に泊まった気前の良いお客さんを見極めて、すり寄って、その持っているものを引き出せるだけ引き出すのは、彼女にとっては当たり前の日常なのである。


 見栄を張ったティナの自業自得である。

 そしてティナ自身も、それを理解したからこそ顔を上げず、ただひたすらテーブルに額をつけて、身もだえているのだろう。


 アイリーンの相手の言われたくない部分を的確に撃ち抜くその容赦のなさは、あの父親譲りなのかもしれない。

 呼びかけると、ティナも吹っ切れたように復活し、がばっと顔を上げた。


「で、面白い話って」

「このゴバールレスタ村に伝わる勇者伝説よ。アイリーンに聞くまで、あたしも全く知らなかったけど……恐るべき魔王と、それを退治した勇者の話が伝わっていたのよ」

「言っちゃなんだが、よくある話じゃないのか?」


 魔王が出現し、勇者によって退治される一連の流れは各地に存在する。

 ここゴバールレスタ村にもその手の逸話が残っていた、というだけのことだろう。

 俺がそう口にすると、ティナは首を横に振った。


「よそで聞くような魔王話とは、かなり毛色が違うわ。……この村に伝わる魔王は、一匹の恐ろしく強くて特殊な力を持ったゴブリンだった、って内容なのよ」

「……それは」

「あたしたちの推測では、魔具級のゴブリンが近くに存在する可能性が高い。ならゴブリンの魔王って、ちょっと気になるキーワードでしょ」


 ティナがアイリーンから聞き出した村の伝説をざっくりまとめると、かつて魔王のように君臨したゴブリンがいて、そのゴブリンによって近隣の村落は壊滅的な被害を被ったそうである。

 無事だった村人達は結束して立ち向かった。


 しかし魔王の麾下にあったゴブリンは一匹一匹が異様な強さを発揮し、しかも軍勢となって連携まで取ったため、質と物量の両方で勝ち目が無くなり、まったく太刀打ちできなかった。

 攻め入られた村が滅びていく。

 そんな状況で、わずかに逃げ延びた村人達が集まって再起を図った。


 魔王ゴブリンは日を追う事にますます力を付けていったが、たまたま村に立ち寄った一人の冒険者に助けを求めたところ、その人物は危険を顧みず、快く魔王ゴブリン討滅を請け負ってくれた。


 彼こそはアズラーフ=ゴバールレスタ。

 彼は単身、無数のゴブリンが蔓延る洞窟に乗り込んで、最奥にて待ち構えていた魔王ゴブリンの元に辿り着いた。


 アズラーフは恐るべき魔王ゴブリンと死闘を繰り広げ、これを打倒した。

 魔王ゴブリンの滅びと同時に、配下として産み出された無数のゴブリンは後を追うように次々に霧散していったという。


 彼は村に帰り着くも、魔王との戦いで深手を負っていた。その姿はいかに魔王ゴブリンとの戦いが壮絶なものだったかを一目で理解出来るほどだった。


「魔王と呼ばれるゴブリンはもういない。安心するといい」


 最後の力を振り絞って、そんな言葉を残した彼だったが、恩人に対して村人達が必死の治療した甲斐無く、数日後、そのまま息を引き取った……かに見えた。


「え?」

「そこで勇者が死んでたら、いかにもだけどね……力尽きたと思われた彼を救えないかと村人達は賢明に努力したの。そして癒しの泉に彼の身体を浸からせたところ……致命傷を受けていたはずなのに、命を取り留めたの。その癒しの泉こそ、この宿が管理する温泉だったのよ!」


 な、なんだってー! と多少大げさに驚いておく。

 まさかそんな風に話が繋がるとは思っていなかった。


 なるほど、死にかけた勇者が命をつなぐほどの治癒力がある温泉となれば、折角だから立ち寄ろう、という気にもなるだろう。

 魔王だの勇者だのは眉唾でも、温泉自体はちゃんと存在するのだから。 


 で、その名も無き村は、身命を賭して救ってくれた恩人の名を残すため、また魔王ゴブリンの脅威を忘れないため、村人の総意でゴバールレスタ村と名付けられた。

 魔王ゴブリンを倒したアズラーフ=ゴバールレスタこそ、村の恩人にして、気高き勇者であった。


 温泉の癒しの力によって身体の動きを取り戻した勇者は、すぐに旅立った。

 いつまでも村に留まって欲しいと引き留める住人達の声に、己が倒すべき巨悪が他にもいるかもしれないと、いかにも勇者らしい言葉を残して。

 ゴバールレスタには、そんな伝説が今も語り継がれていたのである。




「どう? 面白い話だったでしょ?」

「今の話を聞く限り、無関係じゃないかもしれないな」


 非常にうさんくさい物語であったが、直截に口にするのは憚られた。

 話にいくつかの疑問が見つかった。

 ティナもそれを分かっていて、俺に聞かせたのだろう。


 純粋に目を輝かせて聞き入るには、ちょっとばかり俺の心は荒んでいる。

 昨日、ティナから不死王の物語について語られたばかりだったことも影響している。


 アイリーンにとっては子供時代から何度となく聞かされた話だ。

 彼女にとっては語り継ぐべき村の起源であり、それでいて宿の収入源でもある温泉にも箔が付く、ありがたい上に儲けに繋がる嬉しい伝説である。

 この話が広まれば広まるほど村と自分たちの利益になるのだから、それは熱を入れて語るに決まっていた。


「その魔王ゴブリンが潜んでいた洞窟が、村から少し離れた場所にあるわ」

「そこに再び出現したって? そんな安直な」

「アイリーン曰く、魔王が倒された直後に洞窟は埋め立てられたわ。住民総出で入り口を念入りに塞いだそうよ。討伐されても魔王ゴブリンは恐怖と憎悪の対象だし、それが棲み着いていた洞窟なんて拒否反応が出ても当然だけど」


 ティナが言葉の裏に潜ませた微妙なニュアンスに、俺も頷いた。


「……一応、調査してみるか」


 今のところ、他に魔具級ゴブリンの手掛かりもないのだし、洞窟の調査は何かのヒントになるかもしれない。

 お礼代わりにチップを渡し、出かける支度をしていたところ、アイリーンが誰かと話す声が聞こえた。


「そちらには被害がなかったんですね……それは良かったです。本当に、良かった」


 アイリーンが、ひどく不安げな顔をしていた。昨晩の被害の詳細を伝え聞いたところらしい。

 確かにゴブリンの魔法が直撃したのは小さな厩舎だけだった。


「そう、そうなんです。あそこに置かせてもらっていたので……お父さんはいつもの場所に。ええ、たぶん多目に持ち帰ると思うので、あとで伝えておきます」


 相手は村人の誰かなのだろう。見覚えのない顔だが、アイリーンの様子を見る限り、それなりに親交のある相手と思われた。

 少なくとも、談笑する表情から、スカナー相手に覗かせたような距離感は見て取れない。


「……いえ、本当に違うんです。スカナーさんとはそういう関係じゃありませんから! ええ、違うんですよ、本当に。困ってるんですよね、いつも勝手なことを言いふらして……あ、ティナさんヨースケさん、行ってらっしゃいませ!」


 アイリーンの困り果てた声を背に、俺たちは宿を出た。


 村から出て行くところで、見覚えのある顔とすれ違った。

 スカナーだった。

 先ほどのアイリーンの会話が記憶に新しい今、少しばかり俺たちの見る目も変わっている。

 しかし、素知らぬ顔で挨拶すると、荷物を手にしているのを目ざとく指摘してきた。


「おや、冒険者さんはもう出発ですか?」

「ええ。ちょっと向こうの方に洞窟があると聞きまして」

「ああ……確か、封印の洞窟って呼ばれている場所ですね。かつて魔王ゴブリンが住処にしていたという……勇者アズラーフが去った後、埋め立てられたはずですが、そんなところに一体何の用が?」


「観光です」

「俺たちは今のところ、気ままな旅行中なんですよ」


「……そ、そうですか。魔法使いという方々は自由で、なんだか羨ましいですね。ところでひとつ聞いてもよろしいですか?」

「何でしょう」

「アイリーンちゃんはいま宿に……ああ、いえ、お父さんはすでに出かけました?」

「お答えしかねます」

「ええっと、どうしてでしょう?」


「昨日……いえ、もう今日ですか。宿のご主人から、アイリーンに近づくな、って言われてましたよね? それを聞いてたので、あたしからは答えられません」

「そ、そうですか……なら仕方ないですね」


 スカナーはすごすごと引き返していった。姿が見えなくなってから、俺は作り笑顔で追い返したティナに尋ねた。


「……どうした」

「スカナーさんは信用できないって言ってたの、分かる気がする」


 首を傾げる俺に、ティナは言った。


「あたしに聞くべき内容が間違ってるのよ。本当に好きだっていうなら、まず尋ねるべきはアイリーンの体調でしょ。意識を失ったの、その目で見てるんだから……」

「なら、すでに体調が戻ってることは分かってたんじゃないか?」

「……それはそれでダメじゃない」


 ストーカー、という単語が思い浮かび、俺たちは嘆息した。

 この分だと家の中に忍び込んだり、覗き見、盗み聞きくらいは日頃からやっていてもおかしくないと思ったからだ。


「まあ、あのお父さんがいるなら大丈夫でしょ。さ、行くわよ!」

 

 

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