第十話 『旅情サスペンス的な』
当然ではあるが、不死王はコッペリア本人ではないはずだ。
行動といい、結末といい、それは絶対に違うと言い切れる。
しかし、似たような存在と考えれば話は変わる。
玲瓏たる容貌を持ち、人間とは若干異なる思考能力や判断、行動をしてしまう自動人形あるいはそれに近い特徴を持ったモンスターではない何か。
そんな相手がいてもおかしくはないのだ。
だいたい古代文明のせい。その一言で諸問題の原因はまとまってしまう。
しばらくフリーズしていたティナだったが、なんとか再起動を果たして、苦渋に満ちた顔で断言した。
「あ、あたしは魔具級モンスター説を推すわ! きっと不死王は今も迷宮のどこかでひっそりと暮らしているのよ。いつか外に出られる機会に恋い焦がれながら!」
「なら俺はコッペリアの同類が動いてて、そこに到達しちゃった上に説得できなかった空気の読めない冒険者に壊されたせいでドロップ品も無かった説にしておこう」
「あーもう、ヨースケはロマンが足りないわっ! ちょっと素敵な背景が物語の裏にあったっていいじゃない! なんでそこで余計な可能性を思いつくのよ! いつかあたしが不死王と遭遇したときに真相を聞くって壮大な計画がぁ……もう、信じられない!」
ネストンで顔を合わせたときから思っていたが、色々と夢を見すぎている。魔具級モンスター相手に、当時の話や真実が聞けると本気で思っていたらしい。
さすティナ過ぎる。
俺もそっちの方が話としては綺麗だとは思ったが、どうしても身も蓋もない結論が先に立ってしまう。だいたい今日までの経験と古代文明のせいである。
こう、アンジーとコッペリアの一件で身につまされたのだ。
下手な考え休むに似たり、と。
それに気づいた瞬間、愕然とした。
ティナも間違っているが、俺もたいがい間違っている。
「このままじゃいけない」
「ど、どうしたのヨースケ」
「違う。もっとロマンを肌身に感じるために、見たことのない景色を見たり、感動をしたくて、あえてハミンスやネストンに留まらなかったんだ。……なんでこうなった」
向き合わなければならない悲しい事実を前に、俺は頭を抱えた。
ティナが言った。
「トラブルに巻き込まれすぎよね、ちょっと」
「ああ」
ティナの言葉は正しい。つまりは、それが最たる原因だった。
次から次に面倒事が目の前に転がってくれば、そこにロマンを持ち込む余裕も削られていく。
直近は昨日の野営地ゴブリン襲撃、いや、数時間前のオーガ風ゴブリンとの戦闘だった。
何かしら事件や騒動が周囲に存在している状況が繰り返された結果、真っ先に現実的な判断を求めたり、解決までの最短距離を探すようになってしまった。
このままではいけない。
俺がしたいのは普通の旅行だ。気ままな異世界旅行なのである。
敵と戦い続けたいバトルマニアではないし、トラブル解決屋として名を売りたいとかも全く思っていないのだ。
「半分くらいはご主人様が自分から首を突っ込んでますが」
「あーあー聞こえない!」
スピカが小声で突っ込んでくれたが、俺は深い悲しみに包まれたままだった。
「決めた。当面は騒動には関わらない旅をするんだ。もっと気楽で気軽な観光旅行をしてみせる。当初の予定通り、絶対に他人のトラブルには関わらないぞ。誰がどうなろうと無関係を貫いてみせる。じゃあ、さっそく温泉入ってくる!」
「行ってらっしゃい。あたしはヨースケが出てから入るけど、ごゆっくり」
ティナが生暖かい笑みで見送ってくれた。
「ご主人様。さっきのは、フラグというものでは」
「だよな。俺も言ってからそう思った」
温泉に向かう廊下で、スピカが言いにくそうにコメントしてくれた。
俺は脳裏を過ぎった嫌な予感を忘れることにして、何ヶ月かぶりになる温泉を楽しもうと気分を切り替えたのだった。
そうして俺は宿の別館に用意されていた温泉へと向かった。
やはり温泉は良い。
日本の温泉宿のような感じではなく、すでにあった天然の岩風呂の上を建物で囲んだような造りではあったが、単なる家風呂とは違う雅趣がある。
街の宿にもバスタブやシャワーはあるが、落ち着く度合いが違うのだ。
湯煙を眺めながら、長く息を吐く。
「……魔具級の、ゴブリン系のモンスター、か」
目の前にある危機ではないが、気を抜くとそのことを考えてしまう。今はいったん頭から追い出して、何も考えずにぼーっと肩までお湯に浸かるべきだった。
かぽーん。
良い音がしていた。
俺はひたすら肩まで湯に浸かり、久しぶりの気持ちよさに微睡んでいた。
長風呂をしたが、服を脱いだティナと脱衣場や入浴中にばったり出くわすといったありがちなトラブるに陥ることもなく、温まった身体のまま悠々と自室へと戻り、まだ宿の外で降り止まない鬱陶しい雨音を聞きながら、横たわって目を閉じた。
ベッドも良い。野外で眠ると、どうしても眠りは浅くなる。
警戒はスピカに任せていたとしても、やはり地面の硬い感触は慣れないし、知らぬ間に緊張もしている。
快眠のためには、ある程度の柔らかさが欲しいところだ。
その点、この宿は料金に比べると寝具の質は悪くない。これならば翌朝、身体が軋んでいることも無さそうである。
俺は色々なことを頭から追い出して、いつしか眠りに落ちていた。
「起きてください、ご主人様!」
「んん?」
眠気に耐えつつ、スピカの声に意識を集中する。
まだ朝ではない。
窓から覗いた外の様子に目をやって、その違和感に眠気が吹き飛んだ。
雨は降り続いているが、真っ赤な明るさが、地上から村の家々を照らしている。
陽光ではない。
燃え盛る炎の、どこか凶器を孕んだ明るさだった。
「悲鳴が聞こえました! 襲撃です!」
「……ティナは!?」
野営地とは違い、寝間着に着替えていた俺は、そのままの格好でスピカを手に、部屋から飛び出した。
横を見ると、まったく同じタイミングで顔を出したティナが可愛らしいパジャマ姿でそこにいた。
「ヨースケ! 今の聞こえた?」
「スピカに起こされて、目が醒めたばかりだ。何があった」
「遠距離から火炎系の魔法が撃ち込まれた……と思うわ。直撃した家が倒壊でもしてない限り、まだ被害は少ないはず! ……助けに行くのよね?」
確かめるようなティナの問いに、俺は迷わず頷いた。
実際に目の前でこんな状況が発生して、それを本当に放置出来るほど俺の面の皮は厚くなかった。
「危機に陥ってるのが、可愛い女の子じゃなくても?」
「仕方ないから、むさくるしいオッサンでも助けてやるよ!」
時間を惜しんでティナも着替えすらせず、ただロングスタッフだけを手に進む。
廊下を駆け抜けていくあいだに、行動の指針だけまとめておく。
「敵は?」
「普段だったら道を踏み外した魔法使いが、野盗を率いて根こそぎ略奪に来たってパターンでしょうね! でも今回は違いそう!」
「ゴブリンか!?」
「たぶんね! ありえなさで言ったらよっぽどだけど、前例があるから!」
話しつつ二段飛ばしで階段を駆け下りて、一階の受付前に飛び込むと、そこには青い顔をしたアイリーンと、厳しい表情の山男風の父親がいて、入り口側にバリケードを作ろうとしているところだった。
「アイリーンちゃん! 大丈夫かい!」
「え、スカナーさん、どうして……」
「村が攻められるんだ! いても立ってもいられなくてね」
そこにどこかで見た顔があった。
スカナーだ。
今の騒ぎが起きてすぐ駆けつけてきたらしい。
アイリーンを安心させるよう声をかけて、バリケード作りに協力し始めた。まだ家具類を集めているだけで、ドアは塞がっていない。
「お客さん、危険なんで鍵かけて部屋にこもって……いや、全員で食堂の方で待っててもらっても良いですかね。アイリ、まだ休んでるお客さんを呼んでこい。バラバラだと護りにくくてしょうがねえ」
アイリーンの父親は、どう見ても山賊はだしの凶暴な笑みを浮かべて、受付カウンターの脇にさりげなく置いてあった箱を空けた。
中にあったのは幅広の山刀で、それを握りしめた姿は、もはや山賊王とでも呼ぶべき風格に満ちあふれていた。
分厚い胸板、リンゴを容易く握りつぶせそうな太い腕、そしてこんな状況でもまるで動揺していない凶悪な面相。
敵は全員ぶっ殺してやる、と今にも叫んで飛び出していきそうだ。
守るべき相手が後ろにいなかったら、真っ先に襲撃犯に突撃を仕掛けていったのは間違いない。
俺たちが様子を見てくると伝えると、彼は渋面を作った。
ドアの前に陣取って、山刀を構えて、テコでも動きそうにない姿である。
「うちん村が狙われてるんですぜ。せっかく村さ寄ってくれたお客さんに、そんなあぶねえ真似はさせられません」
「それなんだけど、村に来て最初に会った……」
ティナが言いかけて、視線を脇に向けた。
アイリーンに指示を求めながら、椅子やテーブルを持ち上げて、ゆっくりと運んでくる色男の姿があった。
あたふたしているアイリーンと対照的に、落ち着いた様子のスカナーは見た目よりは頼りになるらしい。
「あのスカナーの野郎が何か?」
「彼には伝えてあったけど、手前の野営地にゴブリンの軍団が攻め込んできたのよ。そして村から数時間くらいのところで、馬車もオーガみたいなゴブリンに襲撃されて、何人か亡くなってたわ。どっちも街道上」
ざっくりと説明すると、髭面親父は目を剥いた。
「するってえと、この大騒ぎはモンスターのせいだと言いたいんで!?」
「魔法が使える敵が混じっているのは確定よ。……見ての通り、あたしたちは冒険者だけど……見て見ぬフリを出来るほど器用でもないの」
この状況だからね、とティナは含みを持たせた。
強面親父はにやりと笑って、ドアを塞いでいた巨体を動かした。俺たちは外に出た。彼も山刀を手に、玄関先まで出て来た。
「縁もゆかりも無いうちん村のために命張ってくれるんで?」
「あんまり危なそうなら逃げるわよ」
「よく言うぜ。そっちの兄ちゃんも……同じみてえだな。後で村ん長さに報酬出すよう掛け合ってやらあ。任せたぜ、冒険者さんよう!」
「お、お父さん!?」
開いたままのドアの向こう、宿の中からアイリーンが悲壮な顔で叫んだ。
「アイリ。何まごまごしてんだ! 上のお客さんを食堂に集めろって言ったろうが。それからドアの前にテーブルと椅子を積み上げるんだ。早くしろ!」
「でも、ティナさんはわたしと同じくらいなのに……村の中に熊が出たって、お父さんいつもなら誰に対しても後ろに引っ込んでろって怒鳴るじゃない! なんでティナさんはそのまま……」
「んなもん見りゃ分かるだろうが!」
言い合いを背に、俺たちは駆け出した。
説得に時間がかかったが、まだ襲撃者達は村に入り込んだばかりだ。方角は俺たちがやってきたのと同じ側。村の正面からの侵攻だった。
つまり、この宿屋が最前線となる。
先ほどの火炎魔法が狙ったのは、一番手前にある厩舎だった。小雨のなか、厩舎は馬たちごと炎に包まれて煙を吹き出し、嫌な匂いと音をさせている。
そこにパジャマ姿のティナが、ロングスタッフを両手で握りしめ、その先端を襲撃者たちの前方に向けている。
「考えがあるわ。ヨースケ、最初はあたしに任せて!」
「分かった。漏れた方は俺が狙うから、ぶちかましてやれ」
雨天の闇夜の中では敵影もまだ定かではないが、若干の背の低さ、そして暗さに溶け込むような肌の色からして、やはりゴブリン軍団と思われた。
巨体は見当たらず、オーガゴブリンは混ざっていないと推測する。
「一ヶ月前とは違うってこと、見せてあげる!」
外の薄暗さから深夜かと思ったが、どうやら夜明け前らしい。淀んだ雨雲が空に滞っているせいで、太陽の光は顔を出せずにいる。
肌寒さに混じったひりつくような緊張感は、殺気だ。
基本的には臆病で、勝ち目がないと思うとすぐに逃げ出すゴブリンらしからぬ戦意の高さは、あの野営地で見たものとほぼ同一だった。
あのときは最低でも百匹以上、下手すれば二百匹に届くかという途方もない物量で攻めてきたが、今回はざっと数えて数十匹に過ぎなかった。
ここに現れたのが一般的なゴブリンだけならば、数を恃みに襲ってきたとしても、対処はむしろ楽である。
「闇に吹き荒ぶ、愚かなる風の轍よ。枯れ落ちる若葉がごとく脅えよ、影を割く光がごとく称えよ。さあ泣き狂え、憐れなる悲鳴が我が下に届くまで」
前に聞いたものとは若干異なる詠唱を交えて、ティナは高らかに唱えた。
狙った場所は、その始点は先頭のゴブリンの鼻先。
そこから網を拡げるように、後方に連なる集団を丸ごと引き裂くように、ティナの攻撃魔法は完璧に成立した。
「《拡散・招疾雷》」
それはいつか、俺が威力ではなく範囲を優先して使った《轟雷嵐》を模したような、敵すべてを一度で巻き込む広範囲雷撃だった。
杖先から黄色い稲妻が閃いて、闇に紛れたモンスターに直撃すると、派手に破裂して放射状に広がった閃光と轟音が大量のゴブリンを焼き焦がした。
強烈で、鮮烈で、目の眩むような一撃だった。
最小威力の攻撃魔法ですら、通常のゴブリンに使う場合はオーバーキルだ。しかし亜種や強化型が混じってれば、これでも耐えきるものがあるかもしれない。
雷撃によってダメージを受けた数十匹が次々に霧散し、その場に銅貨を落とす。そのある意味では壮観な光景のなか、やはり、耐久力に長じた数匹が混じっていた。
「やった、上手くいった! 拡大も拡散も出来た……あとは威力ね!」
「《氷狂矢》」
死んだゴブリンは肉体を失うため、遮蔽も消え去る。射線が空いた分だけ生き残った数匹を楽に狙えた。
少し距離はあったが、トドメを刺すには十分だった。
距離があったため、近い順に氷の矢で射殺していった最後に、一匹だけ毛色の違うゴブリンが生き残った。
緑色の肌をした小鬼という特徴こそ共通しているが、まるで呪術師めいた派手な羽飾りを頭に付け、他のゴブリンが半裸のなか、一匹だけ毛皮のようなものを羽織った格好をしている。
一番の違いは手にした獲物だ。
ティナの雷魔法一発で消し飛んだ連中はほぼ棍棒や剣を手にしていた。
生き延びた時間が長かった数匹は槍や斧、弓矢などで武装していた。
そして最後に残った一匹は、ねじくれた杖を掲げていた。
最初に村を狙って打ち込まれた魔法はこいつの仕業と思われた。




