第八話 『外見が九割』
食堂に入ると、そこには山賊がいた。
「おう! お客さんですね、入ってくだせえ! こちらへどうぞ!」
もとい、山賊と見まごうような体格と雰囲気の持ち主がいた。
強面である。
街の外で出くわしたならば咄嗟に戦闘態勢に入る。それくらいの存在感があった。
しかし巨体に似合わぬエプロン姿が、危険な印象を吹き飛ばした。
テーブルを拭いている姿勢も手慣れていると見えて、俺はすぐに彼が宿の関係者であると理解した。
もしかすると宿の主人だろうか。まったく似ていないが、年齢の差を計算すると、アイリーンの父親かもしれない。
夕食を頼むと、そのいかめしい顔に精一杯の笑顔で了解を示した。
「あいよ。しばらく座って待っててくだせえ! ところで、もうお一方お連れさんがいらっしゃったはずでは?」
丁寧さを意識しているのだろうが、声も太く、やたらと大きい。
「あー……今、受付してくれた彼女と、廊下で話し込んでる」
「そりゃ、ああ……すみませんね、うちの娘が」
「怒らないでやってくれ。長引いてるのはこっちが悪い。連れもそのうち来るから用意してもらえるか」
「へい。お飲み物は水にしますかね。それとも酒の方が好みで?」
「水で頼む。後で温泉に入らせてもらうから」
コップを運んでくると、そのまま厨房へと向かった。
手持ち無沙汰のまま様子を眺めていると、彼はコック帽ではなく、タオルを頭に巻き付けた。
厨房の様子は見えないが、肉や野菜を焼いている音と煙が漂い出した。
ティナとアイリーンが慌てた様子で食堂に駆け込んできた。
話が終わったのか、あるいは正気に戻ったか。
「アイリ! お客さんの前で走るな!」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「すみませんね。うちの娘がドタバタと」
「いえ、あたしが引き留めたんです。そのせいで、少し焦らせてしまって……」
「かまわんですよ、わざわざアイリを庇わんでも。どうせ娘が妙なことを聞いたか、気になってちょろちょろ見てたかでしょう。ま、見ての通りの田舎娘でして、多少の不作法はご勘弁ください」
「お父さんっ」
やはり親子だった。頬を膨らませるアイリーンに、皿を運びながら苦笑する父親のぼやく姿は、山賊の印象を払拭するには十分だった。
「では、ごゆっくり」
テーブルの上に皿が並んでいった。
村の宿らしい、シンプルな料理である。鉄板焼きの肉やニンジン、タマネギめいた野菜に、木の実か何かをすりつぶして混ぜたソースがかけてある。
鶏肉と牛肉が半々と思われるが、俺の知らない動物の肉かもしれない。ただ、香りと焼き加減は非常に良い。空腹を思い出させてくれた。
スープの方は少し赤みがかった透明で、シソに似た葉っぱと大きめの肉が底の方に沈んでいる。
軽く嗅いでみると、想像していたよりずっと甘い香りがした。
おそるおそるスプーンですくって口に運ぶと、ちょっと辛い。だが、美味しい。身体の芯から熱くなる感じがした。
「身体を温める汁物ですよ。お嬢さんの方は酒にします、それとも水で?」
「お水でお願い」
「はいよ」
テーブルの真ん中に置かれたバスケットには、色の濃いパンが四つ。一つ手にとって割ってみると、外側の硬そうな皮の見た目に比べて、中身はふわふわだった。
思っていたより空腹は進んでいたようで、俺たちはそれから無言で食べ続けた。
肉、野菜、スープ、パン、と無心で口に運ぶうちに、いつの間にか目の前の皿が綺麗になっていた。
「予想外に美味かったな」
「そうね。期待してたよりずっと良い感じだったわ」
「あの、それって褒めてくださってます?」
「いや、だって」
「……ねえ」
食事が終わったのを見計らって、皿を洗い場に持っていこうとしていたアイリーンが聞きとがめ、俺たちの視線の先に目を向けた。
そこにはアイリーンの父親が、難しい顔をして骨付き肉にかじりつき、味見をしている姿があった。
せっかく繊細な料理で払拭された山賊の印象が復活するには十分だった。
美味しい食事の後、まったりとした気分に浸りたったが、懸念事項があった。
実のところ、こんな楽しい食事の雰囲気に持ち込みたくない話題で、だから食べている最中に話を始めなかったのだが、後回しにし続けて良い話題でもない。
「で、なんだったんだ。さっきのは」
「あたしに聞かれても困るわよ。金貨級のオーガ並、あるいはそれ以上の強さと見た目を持ったゴブリンなんて聞いたことが……」
ティナは口ごもった。
「どうした」
「聞いたことはないけど、ちょっと嫌な考えが頭を過ぎったのよね。……野営地に着く前にあれこれ話したでしょ」
俺は少し考えて、どんな会話だったかを思い起こした。
「困っているのが可愛い女の子なら助けるに吝かじゃないが、そこらの男には出来るだけ自力でなんとかしてほしい」
「そっちじゃないわよ。そのあと」
アイリーンに食後のお茶を淹れてもらった。そのティーカップに口を付けた。
テーブルの上に肘を突いて、顔の前で手を組んで、ティナが嘆息した。
「おとぎ話に出てくる魔王について、か。これが魔王の仕業だって? ちょっとばかり飛躍しすぎだろ」
「まさか。あたしだって野良魔王がいきなり出現したなんて言わないわ。ただ、モンスターの中には、他のモンスターを強化するタイプのもいるってこと」
「ゴブリンを強化できる、厄介なモンスターがこの周辺に生息している?」
「ネストンダンジョンでも見たけど、金貨級のコカトリスはゴブリンに毛が生えたような身体能力よ。でも石化ブレスがある。トロールは致命的なほど頭が悪いけど、怪力と再生能力がある。オーガは特殊な能力が無い代わりに、銀貨級とは比べものにならないほどスペックが高い」
「どのモンスターも、総合的に見れば金貨級の名に恥じない強さを持ってるな」
他には巨大ダークスライムなどもいた。
どれも一筋縄ではいかない、一般的な冒険者では戦うことすら困難な相手だ。
半信半疑で聞いていた俺も、その結論への筋道が見えた。
ティナは非常に面倒な表情をしている。
俺も同じ顔をした。
情報のすりあわせはしておく必要はあるが、そんな事実に気づいたところで困るだけだ。
「ダンジョンにいた魔具級のレッドドラゴンは、スペック寄りね。火炎ブレスや属性魔法耐性もあるからバランス型かもしれないけど……それをヨースケが火炎魔法で消し飛ばしたことはさておいて、あたしが言いたいこと、分かったでしょう?」
「他のモンスターを強化する能力に特化したヤツが、あの野営地の襲撃も指示命令をしていた……と」
「ああ、ヨースケは知らないのね……。ゴブリンリーダーって亜種がいてね、これはゴブリンにしては珍しく銀貨級なんだけど……こいつが混ざるとゴブリン全体が連携を取り出すのよ。あの襲撃には混じってなかったけど」
この数日にあった不可解な出来事と、ティナの思いつきがぴたりと嵌った。
「あたしの知らない金貨級かもしれないけど……魔具級であると仮定すべきね。推定魔具級の、ゴブリン強化に特化したモンスター。単なる思い過ごしかもしれないけど、どうしたものかしら」
探しにいく? とティナはからかうように笑った。
まさか、と俺は頭を振って、ティーカップを傾けた。
この間はアンジーの危機だった上にタイムリミットもあったから、あえて金貨級の跋扈するダンジョンに踏み込んだし、レッドドラゴンに挑んだ。
今回はそうした危険を冒す必然性が無い。そもそも居場所も目的も危険度すら分からないフィールドモンスターに手を出すのは時間と労力の無駄でしかない。
今のところ、俺たちは単なる旅行者なのである。
依頼されたわけでもなく、モンスターを倒して稼ぐほど金欠でもないし、人々のためにモンスターを倒す立派な勇者様でもない。
野営地のように火の粉が降りかかれば振り払いもするが、そうでなければわざわざ首を突っ込んだりしない。
俺は旅行気分でいたかった。頼まれてもいないのに、わざわざゴブリン退治に奔走するだけの理由は無い。
ティナも肩をすくめて、俺の言い分に頷きを返してくれた。
「確かに、あたしたちの出番じゃないわね。だったらマジカディアの冒険者ギルドにでも報告入れて、あとはそっちに任せましょ。今の時点じゃ単なる酔狂だしね」
金貨級を倒せば、その名の通り金貨が得られる。
ゆえに魔具級を倒して得るドロップは、当然ながらマジックアイテムである。
「魔具級を倒せば、アイテムがまた手に入るわよ」
「こないだのドロップ品すら、そのまま持ってるだけなんだが」
暗い色の宝石が嵌め込まれた、ミスリル製の指輪だった。ティナ曰く、希少で強力なアイテムの可能性が高いとのことだったが、未鑑定のまま放置してある。
魔具級由来のマジックアイテムとなれば、売れば大金に化けるし、使えば何らかの効果が得られることは間違いないが、その詳細が分からないため持て余していた。
「もったいないわね、せっかく手に入れたのに」
「せめて、デメリットやリスクの有無さえ分かればなぁ」
レッドドラゴンを撃破した事実についても、市長には語ったが、ネストン冒険者ギルドには一切伝えなかった。
「笑い話にあったわね。使い手以外鞘から抜けなかった伝説の剣は、物語のその後、決して壊れない物干し竿として大変重宝されました、って内容」
「使わないと、せっかくのドロップ品も意味が無いよな」
「トロフィーとしては十分じゃない? 魔具級撃破の証明なんだから」
それはそれとして、ティナは少しばかり寂しげに笑っていた。
「そっちこそ、いいのか?」
逸れた話を戻す問いに、ティナは肩をすくめて答えとした。
「あたしだってそろそろ二つ名欲しいし、魔具級撃破は実力の証明には十分すぎる業績だけど……力不足だって分かってるわ。あたしはヨースケみたいに確信を持って動けなかった。あのレッドドラゴンに、自分じゃ勝てないって感じたの。……実力不足が分かっている魔具級に挑んで、仲間を危険に晒すほど考え無しじゃないわよ」
仲間、と言って俺を見た。
「マジカディアまで、あと一週間くらいかかる予定だったが」
「冒険者ギルドに報告するなら急ぐべきでしょうね。馬車も使う?」
「仕方ないか」
「あそこはちょっと変人と変なものと変な場所が多いけど、結構良い街よ。……あたしが紹介すれば、あの指輪の鑑定もしてもらえるだろうし」
ちなみにネストンに滞在中、フィリップに指輪の調査を頼んではみた。
詳細は分からなかったが、ドロップ品は、その魔具級モンスターの特徴と密接に関わっていることが多いそうだ。
火炎とか、ブレスとか、竜、あたりの属性が怪しいとフィリップは口にした。
ドロップ品を媒体として実態を得るのだから、どちらが先か、の問題なのかもしれない。
「にしても……、ゴブリン強化に特化してるなら、当然その推定魔具級のモンスターもゴブリンだよな。他の種類のモンスター強化したってあまり意味が無いわけで」
「そっちも例が無いわけじゃないわよ。ヴァンパイアロードみたいな最上位アンデッドは配下のアンデッド強化能力持ってるもの」
ティナは魔具級にもさらに序列があると語った。
ヴァンパイアロード自体が魔具級モンスターとして知られているが、その中にもレアでユニークな特異個体がいたと。
気になった俺の反応に興が乗ったか、ティナは楽しげに語り始めた。
「昔、多くの冒険者が倒すことを夢見たとされる、不死王と呼ばれた魔具級よ」
「不死王、ねえ」
仰々しい名前である。人間で言えば二つ名持ち相当、ということだろう。
ティナは少しばかり畏まって、朗朗と物語りを始めた。
「そのヴァンパイアロードは、不死者の迷宮って名付けられたアンデッドしか出ないダンジョンの最奥で、次々に訪れる冒険者を待ち構えていたと言われているわ」