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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック

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第四話 『商人それぞれ』



 ほとんど作業の体で一人あたり十数匹のゴブリンを殺戮しているその横で、俺はティナが掴み損ねた残り、少し離れた場所で冷静さを保っていたゴブリン集団に、こっそり《氷狂矢(フリーズ・アロー)》を撃ち込み、連発して、後顧の憂いを断っていた。


 時間にして十分ほどだったろうか。

 直前までの絶望的な空気はすっかり消え去り、異様な熱気が冒険者一同を包んでいた。


 悲観するしかない状況を、ティナが派手な魔法の一撃でひっくり返したのだ。彼らの興奮と感謝といったら、伝説のドラゴンでも倒したような盛り上がりだった。


 護衛の依頼主たちもその様子を窺っていたらしく、戦闘が終わったと見るや、次から次にティナにお礼を言いたいと詰め寄ってきた。大勢が一度に殺到したせいで、ティナは困り果てているようだった。


「おいおい旦那方。気持ちは分かるが、別働隊がいるかもしれねえんだぜ」

「そうね。窮地は脱したけど、まだ油断しないで欲しいわ」


 誰かのぼやきに乗って、ティナは警戒を主張しつつ、俺の方に逃げてきた。

 商人たちは互いの顔を見合わせて、ニンマリと笑うと、ぞろぞろと列を成して追いすがってきた。先ほどまで蒼白だったとは思えないほど、何とも言えない笑顔である。


 そのうちに、ひとりが代表として前に進み出てきた。

 太鼓腹に丸眼鏡、見るからに成金風の中年男性が、裏を感じさせない人好きのする笑顔で近づいてくる。


「ビッテンルーナ嬢。このたびは助けていただき、本当にありがとうございます。この場の誰かの護衛でもないというのに、力を貸して頂いて……これは些少ですが、我々からの感謝の気持ちでございます。どうぞお受け取りください」


 じゃらり、と音が鳴ったのは、差し出された小さな布袋からだった。

 ティナは少し考える素振りをしたあと、にっこり笑って手を差し出した。

 手の上に載せられた袋の口は開かなかったが、金貨十数枚、といったところだろう。


 評判と未来の安全を買うと考えれば、この金額は決して高くはない謝礼だ。ただし旅する商人の財布を考えれば、決して安くない出費でもある。


「……ありがたく受け取っておきます」

「貴女がいて良かった。いやはや、我々の雇った護衛の情けなさといったら……ゴブリンごときにあんなに慌てて、下手すれば被害が出ていたと言うではありませんか。護衛に支払うのも決して安い金額ではないのに」


 言外に役立たず呼ばわりしたことに、ティナは眉をひそめた。


「お言葉ですが」

「ゴブリンが思ったよりも強かった、などというのは言い訳になりませんな」


 ティナの言葉を先取りして、商人は暗く笑った。

 敵が強いから守れなかった、では護衛の意味が無いのですから、と。

 しかしティナはかぶりを振った。


「ならば魔法使いを雇えば良かったのです。あたしでなくとも、そこそこ以上の魔法使いが一人でもいれば、そこまで苦労はしなかったでしょう。魔法使いを雇う費用が思ったよりも高かった、というのは言い訳ですか?」

「それは……」


 能力の範囲内で職分を果たしたのだから、そこに文句を言うな。言外に匂わせると、代表として出しゃばった男が言葉に窮したのを見て、ティナは嘆息した。


「あたしも冒険者です。不利と見て逃げ出したならともかく、あの場で出来る限りを尽くした彼らを無能と誹るのであれば、これを受け取るわけにはいきません」


 突き返されそうになった袋を見て、冷や汗、脂汗をかき出した商人。

 この会話が彼の後ろに居並ぶ商人たち、そして周囲で聞き耳を立てている冒険者達に聞こえることを意識しているのは明らかだった。



「やっぱりな。お前じゃ無理だって言っただろうに」

「せっかく正面からお話できる機会を譲ってやったのに……小娘と侮るからだ。舐めてかかっちゃいかんね。そこがお前さんが伸び悩んでる理由だよ。ほら、どきな。お前さんじゃ格が足りんて」


 先刻も顔を合わせた商人のチビとノッポが、旗色の悪さにハンカチで汗を拭いている商人を脇に除けて、揃って前に出て来た。

 年齢はだいたい同じくらい。中年というか、壮年というか、少なくともティナの二倍以上、三倍以内の年齢と見えた。


「悪かった。こいつの言ったことは聞き流してやってくれ。これでも金勘定だけは上手と評判なんだが……滅多にないモンスターの襲撃に、ビビっちまったんだよ。少々冷静さを失ってるみたいだから、さ」

「そうそう。調子に乗っちゃっただけなのさ。このまぐれ当たり野郎……もとい、街でも評判の成り上がり商人だが、まだ名乗ってもいなかったみたいだし、そのまま当面忘れてやってくれな」


 チビとノッポに押しのけられて、代表面した男が顔に怒りを見せた。


「あんたら、ひとをなんだと」

「ここで下手に名前覚えられるよりマシだと思うけどねえ」

「そうそう。伝手が欲しかったから、謝礼を伝える役を欲しがったんだろ。だったらもう少し相手に気を遣わんとね。それにほら、後ろをちょっと振り返ってみなよ」

 

 チビの飄々とした物言いに、ちらり、と肩越しに横目で背後を覗き見て、口元をひきつらせた。

 ティナに好意的な視線を送る者がいる一方で、失言をしたこの商人に冷たい視線ばかりが突き刺さる。その中には彼が雇った護衛の姿もあるのだろう。


「あっちの皆さんも、お仕事でやってるわけ。お前さんが馬鹿なことを喋ると、こっちまで同じに見られそうで迷惑なんよ。商売と一緒で信義が大事だってこと、言わないと分からないかな?」

「そうそう。高い金出して雇ってやってるって考えじゃ、向こうも気分良く働いてくれないさね。おいらたちのしてるのは取引よ、取引。右から左に流すだけで、街で荒稼ぎしてたあんたのやり口は聞いてるよ。あんまり綺麗な商売じゃなかったそうじゃないか」

「普段から報酬や契約金を必要以上にケチったりしてないだろうね。もしそうなら、お前さんが倹約したのは、彼らと自分自身の命の値段だよ。安い商品を誰が真面目に守ってくれるのやら」


 チビとノッポの語りは静かだった。だからこそ真実味があった。


 ティナがその場の冒険者を庇ったように、この二人も同業者の今後をフォローしたのだ。

 万が一、護衛に守られた隊商が旅の途中で一斉に見捨てられたら悲惨どころの話ではない。

 こんなのと一緒にしないでくれ、と必死にアピールしているのだ。


 言葉の裏に、笑顔の裏側に、隠してはいるが必死さと怒りとが見え隠れしている。

 せっかく鉄火場を抜け出したのに、なんでこんな胃の痛い、腹立たしい状況を繰り返さねばならんのか、と。


 代表面をした男は、ようやく自分の置かれた状況を把握したらしく、凄い勢いで顔色を悪くしていた。

 この場の話に注目していたり聞き耳を立てていた大量の冒険者と、自分が声をかけて集めた謝礼金の出資者一同、その同業者たちからの凍り付くような眼差しを前に、うろたえつつも踏みとどまった。

 その場から逃げることなく、横のチビとノッポに向き直り、強気に言い返した。


「わ、私は間違ったことを言ったつもりはない!」

「へえ」


「さっきも、多少強くとも、数がいようとも、結局はゴブリンだろうが! それにビッテンルーナ嬢がいなければあんた達だって私と同じ文句を言っていたはずだ! いや、そのときには物言わぬ骸になって、その文句すら口に出来なかったかもしれんがな!」

「なんだと、てめえ」

「それでも言って良いことと悪いことがっ」


「うるさい! あんた達は彼女の前で、あるいは自分の護衛の顔色を窺って、良い顔したいだけだろうが! 私が代表して話をする約束だったのに、横からしたり顔で割り込んできてでかい顔をするんじゃない! 私の商売のやり方や考え方に文句を付けるのは勝手にすればいいが、自分の客を奪われたことを恨んでのことならお門違いだ!」


「さっきも言ったが、商売には仁義ってもんがあるんだ。好き勝手に振る舞って、それまでの決まり事を勝手に崩して場所を荒らし回ってもらっちゃ困るんだよ。振り回されたお客さんにも迷惑だって分からないのか」

「はっ。私は努力して安くしただけですよ! 自分の利益を削って、その分を値段に反映させただけだ。お客さんが喜んでくれたことを責められる謂われはない! それとも近隣の店が全部一律で最低価格を取り決めてたことが仁義だとでも?」

「自分のことしか考えてない身勝手さがどれだけ回りに迷惑を!」

「どっちが!」


 多対一になった商人同士の険悪なやり取りは、だんだんと話が逸れて、結局は小さな話に収まりそうだった。

 醜い争いだと俺が思ったのだ。

 もっと距離の近い、あるいは顔見知りだちはどう思ったか。


 ティナが大げさにため息を吐いて、言い争う三人を見つめた。


「そろそろ回りの目を気にした方が良いわよ」


 聴衆は怒りも呆れも通り越して、ひたすらに醒めた目で彼らを見つめていた。ダシに使われたに過ぎないと気づいたのだろう。

 遠巻きに眺めていた護衛の一人がぼやいた。


「状況把握の拙さ、先見の明の無さでは皆似たもの同士だったな」

「解散だ、解散。あほくさ」

「そこの顔を真っ赤にしてる依頼主を引き取っても?」

「どうぞ」


「……はいはい、情けない護衛が世間の冷たい視線に濡れて凍えた依頼主様を保護しに馳せ参上いたしましたよ。今回のお仕事が終わるまでは支払って頂いた金額相応には働きますのでご安心を」


 未だに名前も知らない代表が、苦笑いを浮かべた巨躯の冒険者に連れられて自分のテントに戻っていった。

 その場に残されたチビとノッポも気まずそうにしている。

 危地を乗り越えた興奮は冷め切って、夜闇に包まれた野営地はひどくいたたまれない空気に飲み込まれているのだったが、冒険者の一人がティナに声を掛けた。


「庇ってくれてありがとね」

「いえいえ。お互い様だから」


 それを切っ掛けに、発言力の弱そうな貧相な格好の商人や、気弱そうな男、商隊に紛れこんでいた子供や老人などが近寄ってきた。ありがとう、ありがとう、と素直にお礼を言われると、ティナもほっぺたを指でかきながら、照れくさそうに微笑んだ。

 どういたしまして、と。


 そうそう。これでいいんだよ。ややこしい牽制を持ち込むなよ。

 と、俺はその横でお供のように静かに控えつつ、うんうんと頷いていた。

 ティナは良いことを思いついた、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。


「あ、そうだ。実は夕方に向こうで開いていた古物市、気になってたのに見に行けなかったんだけど……」


 小袋を振って、中を確かめて、ティナは集まった人々を見回した。


「オススメの品物があったら買い取るわよ。臨時収入もあったことだし、金貨一枚で買えるものを紹介してちょうだい」


 その言葉の意味が浸透すると、わあっ、と盛り上がった。

 深夜で、本来だったら寝ているはずの時間だが、神経が高ぶっていてはすぐに眠れもしないだろう。

 そこにティナからの発案を受けて、臨時の古物市が開催となった。


 ティナの周囲に場所を取って、数人ずつ持ち寄った品物を見せて、ティナが気に入ったら、

「買った!」

 と言うだけ。


 気に入らなければ要らないと即答される。

 これが他の商人にも伝わって、戻ってきて自慢の品を売り込んでくる始末だ。

 即断即決だったおかげで受け取った金貨はすべて使い切った。


 残ったのは思わぬ大金を得られた者たちの笑顔と、それが叶わなかったが楽しそうだった同行者、そして真剣な顔をして売り上げと残りの商品とをにらめっこしている商人たち。


 解散し、見張りを残して全員が自分のテントや馬車に戻っていく。

 ティナも俺のテントに潜り込んでくる。


「お疲れさまでした」

「うん」

「ティナも……けっこう、気を遣うのな」

「そうね。あたしの仕事じゃないけど、まあ、たまにはね」


 スピカと俺が労ると、ティナはやりきったような笑顔を見せて、横になった。

 そのうちにティナの寝息が聞こえてきて、俺も目を瞑った。

 スピカが俺にしか聞こえないほど小さな声で囁いた。


「ご主人様、ご主人様」

「……なんだ」


 ティナを起こさないよう、同じくらいに声を落として聞き返すと、スピカは本にもかかわらず満面の笑みを浮かべているような、そんな楽しげな声で続けた。


「ティナさん、ちょっと無防備過ぎますよね」

「……かもな」


 同じテントの中、寝息が聞こえる距離なのだ。いくらスピカが不寝番、見張り役をやってくれると言っても、それは外敵に対するものでしかない。

 じっと顔を見つめる。


 目蓋を閉じていても美少女は美少女だ。

 金髪碧眼で、しかし髪を解いてツインテールではなくなった、柔らかそうな長い髪。

 意識のない、ニュートラルな表情を眺めていると、その容貌に、なんともいえない透明さを感じる。


 確かにテントごとで区切りはあるし、大声を出せば周囲に聞こえるとはいえ、知り合ってから一ヶ月も経っていない俺を前にして、あまりにも警戒が薄すぎる。

 俺が何か悪巧みをするとは考えないのだろうか。

 ネストンで、あるいは道中で、そしてこの野営地での一流冒険者としての立ち振る舞いを鑑みれば、必要な警戒は十分以上にしているのが分かるだけに尚更だった。


「ご主人様?」

「信頼されてる、って思うべきなんだよな。これ」


 ごろん、とティナが寝返りを打った。

 狭いテントの中、地べたに直にならないよう申し訳程度に敷いてあるシーツの上で、腕を縮めて丸まっている姿が見えた。


「やったわ、あたし、さすが……えへへ……」


 良い夢を見ているようだ。寝言をつぶやいて、再びこちらに顔が向いたとき、ティナの顔は眠りながらもほころんでいた。


「これくらい出来て当然よ……あたしは大魔法使いの……弟子……なんだから……」

 嬉しげな寝顔から漏れた声は、少しだけ寂しげだった。

 なんだか聞いてはいけなかった気がして、俺はティナから目を逸らし、背を向けて目を瞑った。


「……おやすみなさい、ご主人様」


 こうして、野営地での一夜は静かに過ぎていくのだった。

 

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