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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック
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第三話 『ゴ、ゴブリンだー!』

 

 ティナが俺のテントで寝泊まりするのは仕方ないとしよう。

 しかし、いつまでも話し続けているのはいかがなものか。


 宿の一室でもないのだから、完全に熟睡することもない。警戒だけならスピカに任せておけば済む話で、眠いのを無理して起きている必要もない。

 夜の帳も落ちきって、そろそろ周囲も寝静まった頃合いか。一応、商隊や行商人の雇った護衛たちが持ち回りで警戒している。


 モンスターが近づかないから街道として整備されたのか、それとも街道に何かを仕込んだからモンスターが接近しないのか、細かいことは分からない。

 ただ、この野営地も条件は同じであり、よっぽど運が悪くない限りモンスターの襲撃はないとされる。


 警備のために夜通し見回る護衛の冒険者たちは、どちらかといえば敷地内を重点的に注視している。

 ご苦労様である。

 俺とティナは仕事としてこの場にいるわけではないため、完全に他人事であった。


 さて、知らない間にティナとスピカは口論を再燃させていた。


「だーかーらー、寂しそうな顔でまたいつか、とか言いながら綺麗に別れれば良かったんですよ! しれっと次の街まで同行するとギリギリになって言い出すあたりが、せこいというか、未練がましいというか、ぼっちをこじらせているというか……」

「だから、ぼっちじゃないし。友達は大勢いるし。いっぱいだし」

「え? ……そ、そうですか」


 悲しい嘘だった。

 畳んだコートを座布団代わりに鎮座ましましているスピカが、その黒い表紙になんとも言い難いいたたまれなさを滲ませた。ティナは胸を張っていた。


「う、うん。……そうよ。いるわよ。いるいる。間違いなくいる」


 ちょっとどころではなく、気遣わしい雰囲気になってしまった。

 かしましい口論を耳にしつつ、俺は努力して貝になっていた。


 どうでもいいが、狭いテントの中で騒がないで欲しい。

 あと、俺が反応に困る話を聞こえよがしにしないでほしい。本人たちはまったく意識している風ではないから仕方ないとはいえ。


「ワタシも友達になりましょうか。本で良ければ、ですが」

「ふ、ふふっ。スピカ、安い同情ならいらないわ!」

「いえ、近くで見てるとすごく面白い存在なので」

「……燃やしたい、この腹黒本。いや、黒本」

「また言いましたね! ご主人様、この将来孤独死しそうな表面上の付き合いの友達しかいないような可哀相な自称天才で自称美少女な微妙魔法使いに鉄槌を! ご主人様の愛のしもべ、最愛の魔導書が侮辱されたのを聞きましたよね!」

「はっ。所詮は本ね! ヨースケに頼らないと喋る以外に何も出来ないあたり、それこそ愛のしもべなんて自称以外の何者でもないじゃない! 最高の魔導書を自称するなら人間の姿にでもなってみなさいよ! できるもんならね!」


 みにくい挑発合戦になってきた。俺はひたすら静かにしていた。


「ワタシはご主人様と一心同体、一蓮托生だからいいんですー! そいういうティナさんこそぼっちを拗らせてそのまま独り身で一生過ごしそうですね。さっさとお相手を探して、自分の寂しさを埋め合わせてくれる素敵な殿方を探したらいかがですかー?」

「あたしだってその気になれば恋人の一人や二人っ」

「おやおやティナさん、二人以上だなんて……はしたない」

「うん。あたしも言ってからちょっとどうかと思った。……うーん、恋とかしたことないのよね」


 思考の沼に嵌ってしまって、ティナが少しトーンダウンした。


「ちなみにワタシはご主人様一筋ですから。相手をとっかえひっかえ出来る人間とは違うんです。まさに愛。魔導書の身持ちの堅さといったら、一生を添い遂げる覚悟でなければ契約出来ませんからね! 羨ましいですか? 羨ましいですよね? でもティナさんには未来がきっとありますから」

「何よその上から目線。……ああ、でも、一生独り身はちょっと……」

「どうしました、何か心配事でも」


 急に勢いが消え失せたティナの様子に、スピカも少し気遣わしげに問いかけた。

 どうやらさっきまでの結構辛辣な言い合いは、二人なりに楽しんでいたらしい。


 喧嘩友達というやつだろう。

 少し安心した。

 俺の場合、過去にそうした気の置けない相手がいなかったため、どう口を出していいものか、対処に困る状況だった。


「うちの師匠……世間では大魔法使いと呼ばれている凄いひとなんだけど、もういい年なのにずっと独身なのよね。見た目は若いんだけど……このまま行くと、あたしもあんな風になるのかと思ったら……ちょっと不安になっちゃって」

「声を掛けられているうちが花、でしょうか」

「……かもね」


 先ほどまでのテンションは掻き消え、妙にしんみりしてしまった。

 二人分の女の声に挟まれて、目を瞑った俺は、狸寝入りを決め込むのだった。




 目を閉じているうちに本当の眠気に襲われ、うつらうつらしていると、


「ご主人様、敵ですっ」


 スピカの声に飛び起きた。

 数秒遅れて、男の声がテント越しに響き渡った。


「ご、ゴブリンだーっ!」


 焦った叫び声だった。いつの間にか横になっていたティナも、即座に身体を平行に置いていたロングスタッフに手を伸ばし、素早く立ち上がる。

 野宿と同じで、わざわざ寝間着には着替えていない。

 鎧や帷子、膝当て肩当てといった装備品は外しているが、動きやすい格好のままに身体を休めていた。

 テントから飛び出して、まずは周囲を見回す。


 警戒心を強めた冒険者の数は思ったより少なかった。

 見張っていた数名が野営地の外周から駆け戻ってくる。そこを眠たげにしている複数の商人と、その護衛とが事情を聞いた。

 小声で交わされる会話に、周囲から漏れ聞こえて来るのは呆れた声だ。


「うるせーぞ。たかがゴブリンで騒がしいんだよ……」

「どこの駆け出しだ、いちいち叫ぶなっての」

「……大丈夫なのかね?」

「ご安心を。ゴブリンごときに手間取る冒険者など存在しません」


 夜闇には月が輝いている。


 篝火の明かりで意外にも視界は通る。

 暗闇は野営地の外側にびっしりと蔓延っており、遠方にまでは炎色の光が届かない。

 雑魚の出現に焦る必要は無いとばかりに、野営地の敷地内にまで入り込んだのか、それを声を挙げた男に軽く確かめようとして、一人の冒険者がぴたりと動きを止めた。


 様子のおかしさに、次々に視線が集まる。

 そこは闇の中。

 野営地の外側の、月影に青く染まったぼんやりとした荒野の先。


 真っ黒い塊が連なり蠢きながら、少しずつ近づいてくる。

 その黒い塊は月光を浴びながら横に長く広がり、その姿は浅黒く夜の色に溶け込んでいて、本来の緑がかった肌がさらに黒ずんで、影と闇をまとっているかに見えた。

 その黒塗りに二つの輝きが覗く。一匹に付き二つの光が青い光に煌めいて、その不気味な蒼眸が横並びにずらりと、びっしりと、いた。


 それは叫びの通りにゴブリンだった。

 雑魚に過ぎない銅貨級でも最弱のモンスターだ。

 だが、その数はいかなることか。


 十匹や二十匹ではない。

 百匹か二百匹か、とにかく背が低く貧弱なゴブリンであっても、これほど大量に出現すれば生理的な恐怖を煽るには十分だった。

 闇の中からじっとこちらを睨め付ける、無数の蒼眸の無機質さ。


「……ゴブリン? あれが?」

「嘘だろ、おい」


 ずらりと集まった無数のゴブリンが、ざっざっざと小さな足音を立てながら、静まりかえった夜の野営地へと近づいてくる。

 だんだんと迫ってくるだけで、妙な圧迫感と危機感が膨らむ。

 腕自慢の護衛たちが顔をひきつらせた。

 あからさまな異常事態である。

 つまり、現状に首を傾げるのは、俺の知識不足ではないということだ。


「ゴイズ、旦那を下がらせろ! たかがゴブリンでも、この数は不味い!」


 と、すぐさま指示を飛ばす若い冒険者もいれば、


「どうする? 前に出るか?」

「ったく、うるせえな。てめえら何ビビってんだ。ゴブリンなんざ十匹いようが二十匹いようが……って、なんじゃいこの数はっ」


 次の行動に迷って仲間と相談する者や、この騒ぎでも慌てることなく、ゆっくりとテントから顔を出した強面の中年が鼻で笑って、すぐに唖然とした場面もあった。

 危険を察知していた少数の冒険者は、自分の依頼人を守るために動いていた。


 周囲をパーティーの仲間で囲んで商隊の護りを固めるもの。

 さっさと動いてゴブリンとは逆側に馬車の避難を始めるもの。

 護衛にも性格や特色が出るようで、その対応は色々である。


「危ういか」

「ああ。指示系統もバラバラだしな……後ろ、見てみろよ」

「我らが依頼人様は退避をお望みかな?」

「まあ、勇ましいよりはマシだな。向こうは大変だ」

「おい、貴様ら護衛だろうが! 所詮はゴブリンだぞ! さっさと駆逐してしまえ! あんな雑魚モンスターが何匹いようとオーガ殺しの貴様らには問題無かろう! 他の連中に後れを取るなよ! 私の護衛として一番の活躍を見せろ。分かってるな?」

「いや、しかし」

「しかしもかかしもあるか! 案山子みたいにボケッと突っ立ってるんじゃない! 高い金を払っているのだから、私の意向は最大限汲んでくれる約束だろう!」


 護衛として雇った冒険者に強権的に命令する者もいる。

 商売敵の目を気にして、対抗心を燃やす者もあった。

 攻撃こそ最大の防御という考え方それ自体には一理あるが、あれだけの数を相手に、一パーティが突出して攻めていっても有効打になるとは思えない。


 意思統一が出来そうにない点が問題だった。

 商隊や旅人などの依頼主、護衛される側の意図もバラバラだし、護衛する側である冒険者のパーティーにも横の繋がりはほとんどない。

 それに加えて、目的や得意分野、実力にも格差がある。


 商人によっては貴重品を運んでいる者もいるはずだ。つまり、下手な動き方をするとどさくさに紛れて悪事を働く者も出ないとは限らない。

 ここに集まった冒険者たちは、あくまで護衛のために雇われた。

 長い時間をかけてゴブリンを殲滅したところで、依頼主や商品その他を守れなければ意味がない。

 商人も冒険者も、一気に蹴散らしたいと意気軒昂な者たちは、ゴブリンごときに追い散らされたと喧伝されたくないがためだ。

 人間や品物にわずかでも被害の出る可能性を考えて、この野営地からさっさと逃げたい者もいる。


 大量のゴブリンは見えているが、あれで全部とは限らない。咄嗟に動いた同業者に触発されて、驚愕に固まっていた連中も各々のやるべきことを思い出した。

 最優先は依頼主の安全である。

 こうしているあいだにもゴブリンの大群は接近してくる。


 黒いうねりだ。

 出来たはずの散開や陣形の用意、あるいは効率的な配置や誰がオフェンス、誰がディフェンスかの振り分けも、何一つとして上手く機能していない。

 あるのは間近に迫った危険に、個々のパーティーがその場しのぎの対処を始め、そして混乱に拍車が掛かる未来予想図。


 棍棒やショートソードを片手に、ゴブリンらしからぬ人海戦術を用いて、黒く低い殺意の波が今まさに俺たちを飲み込もうとしている。


 早い。

 近くまで来て気づいたが、そこにいる隊列を組んだゴブリンたちは普通よりも動きが速くて力強い。

 一匹や二匹ならともかく、五、六匹に前後を囲まれたら銀貨級ハンターでも対処しきれない勢いだった。

 俺がすぐさま気づいたことを、護衛を頼まれる程度には歴戦の冒険者が気づかないはずもなかった。


 あと数十メートルに迫り、接敵するその瞬間、ほぼ同時に背後や左右で剣や槍を構えた男たちが声を挙げた。


「ヤバイ! ただのゴブリンじゃねえ!」

「油断するな! 亜種かもしれん! 囲まれたら死ぬぞ!」

「銀貨級と思って対処しろ! 急げ、旦那方を遠ざけろ! この人数じゃそのうち後ろに抜けられる! 馬車を楯にして、護衛で囲め!」

「向こうから逃がすのは!?」

「調べてからにしろ! この様子じゃ伏兵仕込んでる可能性すらあるぞ!」


 たかがゴブリン。その認識を改めた途端、彼らはそれまでの右往左往が嘘だったかのように的確に動き出した。

 希少さからすると当然のように、そこに魔法使いはいない。つまり多数相手の攻撃手段が限られている。


 あの剛剣ブラスタインまで行けば別だろうが(あの大剣を振り回すだけで十匹単位で蹴散らせるはずだ)、この場にいる冒険者では手数が圧倒的に足りない。

 多少手強くなったとしてもゴブリンであることに変わりはなく、これだけの数がいても油断しなければ十分戦える。

 しかし護衛される側、商隊や行商人、一般の旅人らは別だ。


「だ、誰かなんとかしろ!」

「うちの受け持ちは十匹が限界だ! おい、そっち行ったぞ!」

「誘導できないか?」

「せめて一度に来なければな。くそ、ゴブリンらしくねえ冷静さだッ!」


 取りこぼしたゴブリンに依頼人が襲われた場合、死者も出かねない。

 なまじ戦況を理解出来る目があるからこそ、彼らは絶望的な表情をした。

 依頼主を守れなかった護衛など御役御免になるのは間違いない。相手が手も足も出ないドラゴンならともかく、たかがゴブリン、誰もが知る最弱の雑魚モンスターだったとなれば廃業一直線である。

 焦りを含んだ表情を浮かべ、半ば悲痛な面持ちで襲いかかってくるゴブリンを迎え撃とうとする彼らの背後から声が聞こえた。


 今まさに先端が開かれる瞬間だった。

 本当はもっと前から小声で詠唱を始めていた。

 その声が大きくなっただけだった。


 大きく一歩前に出たティナが、ロングスタッフを地面に叩きつけた。


「我、偉大なる氷雪の女王に希う。吹き荒ぶ悲しき風よ、数多の凍える息吹よ。我に連なる地より出でて、我が敵を汝の凍てつく腕によって、余さず縫い止めよ。《拡大(ブロード)烈氷蔦(アイス・プリズン)》」


 満を持しての登場だった。


 ゴブリンたちは武器を振りかぶって一斉に突撃を仕掛けてきたが、ティナのロングスタッフの先端が地面に触れた瞬間、氷の蔦が凄まじい速度で広がり、伸びていって、前に出て来た大半の足を絡め取った。

 冒険者たちも一瞬だけ動きを止め、顔に浮かんだ驚愕を隠せなかった。

 自分たちに有利と知った途端、即座に再起動して反撃に打って出る。

 地面から伸びた氷蔓がゴブリンの膝や腰あたりまで絡みついて凍り付いた。


 行動不能に陥ったのは下半身だけだが、進むも戻るも、避けることすら出来ない。たとえ上半身の自由が残っていても、ゴブリンに死の運命を逃れる術はない。


 ティナの魔法が行動を阻害したのはほとんど前列のゴブリンだけだったが、狙い通りに進撃の障害物と化した。

 魔法の効果範囲外にいたゴブリンもうろたえて、人間相手に戦うどころではなくなっていた。


 恐慌状態に陥れば、ほぼ一方的に始末できる。その程度には冒険者たちも場慣れしていたし、平均以上の戦闘者も中には紛れていた。

 こうして戦場は無数の銅貨が散らばる収穫場と姿を変えたのだった。

 

\アリだー!!/ ……アリじゃないです。ゴブリンです。

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