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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第三章 ゴブリン・バロック

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第二話 『ぼっちは寂しいもんな(迫真)』

 

 少しだけ時を遡る。


 俺たちが野営地に足を踏み入れたとき、すでに旅人や商隊が数多く留まっていた。そこに当然のように混ざったが、思わぬ注目を浴びることとなった。

 互いに視認出来る距離になった途端に、大勢の目が一斉にこちらを向いたのだ。


「……ヨースケ。普通の顔してなさい」

「慣れてるのか?」

「こういう場合は当たり前の顔してるのが一番よ」

「……イメトレの結果か」


 単なる旅人ならばよくあることと、誰も気にしなかっただろうが、ティナがロングスタッフを持っていたり、魔法使い然とした格好をしていたこと、あるいは商隊の護衛を務める冒険者があれこれ耳打ちしたようで、俺とティナがそれなり以上に腕の立つ魔法使い(とその亜種)であることは、大半に察せられたのが空気の変化で分かった。


「魔法使いってのは、そこまで珍しいもんか?」

「いるところにはいるわよ。……ただ、これは警戒ね。魔法使いはそれだけ強力な存在だから……野営地に乗り込んでくる相手を見極めようとするのは当然でしょ」

「なるほど」


 映画に出てくるチンピラやマフィアのたまり場みたいな酒場に、誰かが入ってくると空気が緊張するのと同じである。

 敵か味方か。

 ここは市街地ではないのだ。自分の身は自分で守る必要がある。

 魔法使いの接近だけでも注目の的になるが、それに加えて、ティナは道を歩いていれば大半が振り返るくらいの、言葉通りの美少女である。


「……逆に目立ってないか?」

「き、気のせいよ」


 平然とした素振りで野営地の敷地内に踏み込んでいくティナの姿は、むしろ他の大勢からは際だって見えた。平然としすぎていて、埋没するには難しかったのだ。

 俺はわずかに距離を取った。

 大半の視線は、やはりティナに集中している。

 視線を奪われたままの人々、その表情を確認すると、やはり警戒よりも物珍しさ、それ以上に単純に見惚れている可能性が高かった。


 一方、商人は例外なく皆目ざとく、行動が早かった。

 この場にいた随伴の冒険者たちもそれに準じた。


「やあやあ、どうもどうも」

「初めまして、魔法使いのお嬢さん。わたくしはこういう者です。どうぞよろしく」

「ヴォルヘッド商会をどうぞよろしく! 迷宮で入手した品物も買い取りますよ!」


 街にいて依頼を取り合う状況や、ハンター同士でもない限り、ここでは敵対や距離を取るのではなく、協力関係を取り付けた方が得と考えたようで、何人もに続けて挨拶に来られたのだ。

 容姿や性格、顔つきや体格も様々で、特に印象に残っているのは競う合うように真っ先に現れたチビとノッポの二人組だ。


「物入りの際は俺んとこに注文出してくれよな。大抵のもんは揃えられるさね」

「おいらにゃ手頃な値段で入手出来る伝手があるよ。そっちよりも素早いんよ」

「あん?」

「おう?」


 二人はライバル関係のようで我先にと歩み出て、顔を合わせるや否や、互いにいがみ合っていた。

 商人は人前で殴り合いの喧嘩などしない。代わりに口や表情で嫌味の応酬をする。


「お近づきになりたいでやんす」

「よろしゅうお願いしまんがな」


 笑えたのは最初の方だけだ。だんだんと人数が増え、次から次にむくつけき男を侍らせた脂の乗った中年男性の群れや、腕っ節自慢を匂わせるガタイの良いオッサンどもに、何を考えているのか分からない笑顔で話しかけられ続けること小一時間。

 近づいてくるのは、ほぼティナ目当てだ。俺は横にいるだけだったが、それでも精神的にぐったりだった。


 こちらから積極的な交流を望まなくとも、向こうからやってくる分にはそれなりに対応せざるを得ないのだ。

 ほとんど笑顔で応対していたティナの心情たるや。

 大きめの商隊には女性子供が混じっていたが、野営地のほとんどは男所帯で占められていた。


「……ちょっと不安なのよね」


 とティナがこぼすのも、無理からぬことだった。


「旅をしてたらよくある光景じゃないのか?」

「えーと、ほら、あたし、こういう場所には近づかなかったから」

「ぼっちですもんね」

「ぼっち言うな」


 スピカが混ぜっ返したが、つまりは野宿する場合はこうした他人がいる場所からは距離を取っていた、とのことだ。

 ここで騒ぎを起こしたら皆から袋だたきにされるため、夜這いを仕掛けたり強引に言い寄る者は普通はいないが、単純に口説かれることは割とある。


 色黒な成金が『魔法使いのお嬢さん。何か困ったことがあったら、遠慮せず、この私に言ってくれたまえ。可愛らしい君の力になりたいんだ』と目をキラキラさせながら熱っぽく語りかけてきたときは、さすがにティナが俺の後ろに隠れた。


 あれは怖い。モンスターとは別種の恐ろしさがある。

 下心満載の言葉であればまだ理解出来るが、それとも微妙に違うのだ。ティナが笑顔で対応しきれなくなったのは仕方ない。


「ティナさん、ご自分で美少女魔法使いとか臆面もなく名乗ってたのですから、それくらい慣れたものでは?」

「……なんかさっきから棘があるわね。まあいいけど。……いや、さっきのもエロ爺のイヤらしい目つきや物言いじゃないから微妙に困るというか、荒っぽい冒険者からセクハラされたり、下ネタ連発される分にはそれなりに対処出来るんだけど……」

「あー……」


 疲れた旅路に突然現れた、可憐なる一輪の花。

 そこに目が行くのは当然と言えた。長旅で女っ気がないところで見つけた美少女だ。目の保養をしたくなる気持ちも、ええかっこしいな心理になるのも分かる。

 そしてここには無数の他人の目がある。それも同業者ばかり。


「アイドルとの交流会みたいなもんだ。観客同士が互いのマナーに目を光らせつつ、お気に入りのアイドルに、他の連中より多く声を掛けてもらったり、握手の時間を長くしてもらったり、視線を送ってもらったり笑いかけてもらったり、そういうのを求められていると思えばいい」

「アイドルって、なにそれ。酒場の美少女看板娘みたいな状況ってこと?」


 鼻で笑ったティナだったが、思い当たる節があったようで、あ、と呻いた。

 違うのはここが酒が入った宴会の場ではなく、しかも周囲にいるのが鵜の目鷹の目、生き馬の目を抜く世界で剣を使わず争う者たちばかり、ということである。


「そーゆーことね」

「そういうことだ」


 ティナが呆れた顔で肩をすくめた。


「あたしが誰かに声をかけたら、そのおじさんが勝ち誇って周囲を見回して、他の人たちはわいわい騒ぐ……酒の肴にされたってこと」

「だいたいそんなとこだろうな。後はオッサンどものちょっとしたプライドの問題だ。若い子から嫌われていない、格好良い商人のオジサマ、として振る舞いたいんだろ。商人としての能力を互いに評価しあってるのも含まれてそうだ」

「一種の社交ってことね。……振る舞いがそのまま今後のお付き合いに影響すると。商人や護衛も大変ね……」


 若干違うが、やはり酒場の看板娘に対する扱いに似ている。客たちはその可愛らしい娘目当てに日参するが、手を出そうとはするまい。

 しかし、料理の量を多くしてもらったとか、ウインクされたとか、ちょっと肩が触れ合うくらい近くにいたとか、そういうくだらないことで盛り上がれるのだ。そして受けが良かったオッサンがその場の主役として一目置かれる、までがワンセットである。


 格好のチェックシートか、話の種代わりにされたティナとしては面倒だろうが、長旅で疲れた彼らのささやかな楽しみである。

 大半に悪気はないだろう。それでも不心得者はどこにでもいるから、一人で休むことを強制するわけにもいかない。

 仕方ない、と俺は頷いた。


「隣で寝たいなら、勝手にしてくれ」

「いいの?」


 さっきまで嫌そうにしてたのに、と小声で呟くティナ。


「本当に何か起きたら寝覚めが悪い。……見た感じ、襲われても返り討ちに出来そうな相手しかいなかったが……それでもな」

「……ヨースケ、本当に、可愛い女の子相手には優しいのね」

「自分で可愛いって言いますか」

「さっきから妙に突っかかってくるわね。何よスピカ、別にあんたのご主人様を取ったりしないから安心しなさい」

「行動を共にするのはネストンにいる間だけ、と思ってたら、当たり前のような顔をしてワタシとご主人様の旅行に付いてきたのは誰ですか。目的地が同じってだけなら、自分は馬車を使うなり馬に乗って急ぐなりすればいいものを……」

「い、いいじゃない。せっかく仲良くなったんだから!」

「仲良くなったから悪いんですよ! そこは遠慮するところでしょう! これでご主人様に惚れた、とかならまだ理解も出来ますが」

「いや、そういうんじゃないから。友達だから」


「ともだち?」

「……え?」

「あ、あたしたち、友達よね? ね? ヨースケ」


 俺は押し黙った。

 静まりかえったテント内でティナが涙目になった。夜気に紛れて、テントの外を飛び交う足音や話し声が、妙に大きく聞こえた気がした。


「……」

「……」


 じっと見つめ合った。沈黙に耐えられなくなったか、ティナは意を決したように、小声ながら語気を強めた。


「あ、あんなに濃密な数日を共にして、熱く激しい闘いを繰り広げた仲じゃない!」

「言いようは色々あるのに、あえてその表現を選んだ意図を知りたい」


 俺は嘆息した。そういえば、ほぼ初対面のときに友達ゲット、とか呟いてたことを思い出した。

 友達認定そのものに否やは無いが、素直に頷きがたく感じるのは何故だ。


「え、だ、だって。力を合わせて金貨級と戦ったり、危険と分かっているダンジョンアタックに挑んだのよ? そしてアンジーを助けるために二人の意思を一つにして、謎めいた黒幕とは冷静沈着に言葉で渡り合い、その後、裏でこそこそと隠謀を温めていた真の敵を打倒した……あれだけの大事件と命の危機を一緒に乗り越えたのなら、これはもう単なる仲間を超えて戦友、いえ、親友と呼ぶに相応しいでしょ? ね? ねっ?」


 必死すぎるティナに、俺は重々しく頷いた。


「ただのパーティーメンバーだな」

「そんなぁ」


「ま、それは冗談として」

「そ、そうよね! そっちが冗談よね。もう、単なる一パーティーメンバーとかじゃないわよね! 本当はヨースケもあたしのことを親しい友達と思ってるのよね! ね!」

「……」


「なんとか言ってよおっ。あといきなり真顔になるのやめてよおっ」

「悪いな」

「そこで謝られたらもっと不安になるでしょおおおっ」


 俺の首元、襟を掴んでガクガクと揺さぶってくるティナの涙目と、その捨てられた子犬のような不安げな様子を眺めていると、非常に楽しい。


「からかうのはこのくらいにしておくか」

「ご主人様が楽しそうで何よりです。ティナさんは逸材ですよねっ」

「だな」


 俺とスピカはいえーい、と笑い合った。除け者っぽく感じたようで、ティナは口をとがらせ頬を膨らませた。


「どういう意味よっ」

「じゃあティナ、今月の友達料を払ってもらおうか」

「え? え? と、友達料……友達って、友達料を支払うものだったの? うそ、そんなこと誰も教えてくれなかった……相場は金貨一枚くらいでいいの?」


 おろおろするティナに、俺は憐れみを込めた視線を向けた。


「今のは……嘘だぞ」

「いくらなんでも嘘ですよ、ティナさん」

「こっちも冗談よ! 言われなくても、それは分かってたわよ! 知ってたわよ! さすがに! 真顔で心配そうに言わないでよ! なによ、からかい返そうとしたらその表情って。ヨースケも、スピカも、あたしをなんだと思ってるのよ!」


「友達、かな」


 ここでぼっち、と答えるほど俺は鬼ではない。


「……し、仕方ないわね。友達相手にはそういうやり取りもするもんだし、そういうことなら許してあげるわ」


 ちょろい。

 実際のところ、普通に頭の回転も速いほうであるティナのことだから、ここまでのやり取りも馬鹿話の一環として付き合ってくれたに過ぎないはずだ。

 友達同士の少し意地悪の混じった、ユーモアとかウィットに富んだ会話、というのもなかなか乙である。


 ティナの言う通り、俺たちは危地をくぐりぬけた仲だ。気安くからえる距離感で、ただの知り合いよりは親密になったのは間違いない。

 一応、俺が友達と認めたことで話はまとまったようだ。


 

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