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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ
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第二十一話 『魔具級』



 ダンジョンに入ってすぐ、あの広間を足早に通り抜けた。

 大量のハンターがコカトリスによって石像化されていた場所だ。もちろん今は誰の姿もない。四隅には仄明かりから取り残された暗闇がぼんやりと澱んでいる。


 洞窟内に入った直後にも奇襲があったのだ。

 ここでも襲撃があると警戒していたが、モンスターの姿は見当たらない。

 しばらくハンターの侵入が無かったこともあって、モンスター側も警戒を緩めたか。

 あるいは。


「ヨースケ、あれって」


 敵たり得る動的存在に注意を払っていた俺とティナとは違い、アンジーは物珍しそうに周囲を眺めていた。

 そのアンジーが指し示したのは、倒れ臥した一人の男だった。

 広間にあった、たったひとつの亡骸だった。

 ゆっくりと近づいて、ひっくり返すと、その男の顔が分かった。


「ロイか」

「……そうね、最後まで残ったんだったわね」


 金貨級と戦えるだけの実力を誇った、ネストンの有名ハンター。オーガを倒し、コカトリスにリベンジを果たしたパーティーのリーダー、ロイだった。

 手には硬く長剣を握りしめたままで、死に顔には、死への恐怖ではなく敵への怒りが深く刻まれている。

 見開かれた目、そのまぶたを閉じさせてやると、ティナは振り返り、そのまま周囲の薄暗さに目を懲らした。


「ヨースケ。アンジーを連れて、少し遠ざかってて」

「……分かった。行くぞ」


 十分な距離を取ったあたりで、ティナが杖を持ち上げた。


「熱き力よ。我が前に立ち塞がりし敵を焼き尽くせ。《火炎玉》」


 杖の先からまっすぐに射出された火炎の魔法は、壁際に張り付くように広がっていた黝い影に直撃し、轟音と共に、広間を明るく染め上げる赤い炎を撒き散らした。


「戦闘は避ける方針じゃなかったか」

「いいでしょ。一度くらい」


 影男(シャドウマン)。ロイが最後に戦っていたモンスターだ。

 ネストンにおいては有数の実力者と扱われるロイをして、太刀打ちできなかった非実体型モンスター、シャドウマン。

 だが、以前の説明の通りに、その能力は物理攻撃が意味を成さないという一点のみ。


 魔法の火炎に触れた途端、一枚の紙きれが燃え上がるように、ぱあっと黒い全身に燃え広がって、そのまま一瞬で消し飛んだ。

 あまりにも呆気ない終わり方だった。


 その場に残ったのは、わずか一枚の金貨。

 命の対価としては、あまりにも安い報酬だった。


「今のも、モンスター?」

「ああ、そこのハンターを殺したやつだ。俺とティナにとっては対処しやすい敵だったが、死んだロイには手に負えない存在だった。……この先には、あんなもんじゃない凶悪なモンスターがごろごろいる。怖じ気づいたか、アンジー?」

「守ってくれるんでしょ、ヨースケ」

「もちろんだ」

「ごめん。良い感じのところ悪いんだけど、急いで先に進みましょう。大きな音を立てちゃったから、他からどんどん集まってくるかも」


 俺たちは、先に進んだ。




 金貨級モンスターの持つ厄介且つ多彩な能力を警戒しているせいもあって、地図があっても進む速度はなかなか上げられない。

 今のところ初見のオーガを除いては、トロール、巨大カエル、コカトリス、ダークスライム、そしてシャドウマンと見覚えのあるモンスターとばかり遭遇しかけている。


 通路を徘徊しているなかに、それ以外のモンスターは見当たらなかった。

 トロールが通路の向こう側にのっしのっしと歩いて去っていくのを待ちながら、通路の影に三人で息を潜めてしばらく待機中だ。


 最初に足を踏み入れたときより、数は随分と少ない気がする。

 このダンジョンは数百人単位のハンターが同時に稼げる場所だった。

 その分散が無いのに、モンスターとの遭遇率が高くならないというのは、妙なところでバランスが取れている。


「ゴブリンやオーク、ウルフみたいな普通に出てくるはずのモンスター、あれ以来、一度も見てないわね。……何か、理由があるのかしら」

「ティナさん。さっきのモンスターのドロップって、どうして金貨一枚なの? 銀貨十枚でも価値は同じだと思うんだけど……」


 素朴な疑問、という風にアンジーが口にした。

 声に比べて顔色は悪く、表情は芳しくない。

 トロール一匹を遠目に見るだけでも、相当な恐怖を感じているに違いない。


 ティナは少し考えていたが、突然何かを閃いたらしい。

 叫びそうだったティナの口を、俺は咄嗟に手で抑えた。

 小声で話す分には大丈夫だが、まだトロールは立ち去っていないのだ。

 ティナは落ち着いたと手で示し、俺は手をどけた。


「……そうよ、そういうことなんだわ。モンスターの出現分布は変化したみたいに見えるけど、一区画あたりのドロップの総金額は、きっとこれまでと同じままなんじゃないかしら」

「実際にモンスターの数は減ってるみたいだが」

「銀貨一枚ドロップのモンスターが十匹出現するところを、シャドウマン一匹に変換してる。量より質を選んだだけなら、少人数での突破はむしろ正解ね」

「事態の打開に繋がる情報とも思えないが」

「そうでもないわ。ダンジョンの異変が人為的なものだったとしたら、同じ方法で本来の形に戻せるかもしれないでしょ。となれば、最下層にアンジーを連れて行く理由と、異変について手紙が触れていた理由も理解出来る。そう思わない?」


 その意見は、瘴気のように死の匂いを振りまいていた、存在感ある金貨級モンスターに次から次に出くわして、若干青ざめていたアンジーの顔をほころばせた。


「トロールは、行ったか」

「次の十字路は右ね。ぐるりと大回りした方が逃げ道が多そう」

「今でどのくらいだ?」

「……半分ほどね」

「ネストンのハンターは、最下層に辿り着いたことがあったのか?」


 地図に道のりが記されている以上、踏破したパーティがいたことになる。

 キーツもオズボーンもシュヴァインも、誰一人最下層に何があるかの情報を口にしなかった。


「ネストンダンジョン最下層は有名よ? モンスターも出ない、何も無い空っぽの玄室があるだけなの。しかも周囲はトロールとかオーガあたりの金貨級ばかり出没するから、金目当てのハンターは滅多に近づかないわ。それこそ銀貨級を狩ってた方が稼げるし、安全だもの。たまに腕試しで一戦交えてくるのもいるみたいだけど」

「玄室か。隠された仕掛けがあるとか」

「それを昔のハンターが調べなかったと思う?」

「なるほど」


 何も無かった。あるいは、誰も発見出来なかった。

 とすれば、金貨級がうろつく最下層に足を踏み入れるのは、ハンターにとっては危険ばかり多い外れ区画だ。


「アンジーが行ったら、何か起きるに金貨十枚」

「あたしも同じ意見。賭けは不成立ね」

「えっ、えっ」


 ゆっくりと歩き出して、周囲の様子を確かめる。

 モンスターの出現間隔は、実際にかなり開くようになっていた。

 トロールをやり過ごしたことで、当面の余裕が出来た。


 ダンジョンに入ってからすでに数時間が経過している。

 上下左右を塞がれた空間だ。結構な距離を歩いていると、何も無くとも気分がふさぐ。中途半端な薄暗さも相まって、精神的に滅入ってくる。

 俺とティナはともかく、アンジーには体力的にも厳しくなってきた頃だ。


 というわけで、適度に会話に興じたりもする。

 敵との戦闘を可能な限り回避していることもあってか、ダンジョン内での行動は地味極まりない。

 起伏もなく、冷静に、着実に前に進んでいるだけであるからこそ、なかなかに退屈である。


 もちろん、だからといって命の危険が減るわけではない。

 危険な金貨級モンスターの奇襲を受けてしまえば、俺とティナはともかく、アンジーは一溜まりもない。

 かといって常に張り詰めたまま行動するのも、何かあったときに反応が鈍る原因になりうる。

 緩急が大事だった。


「でも、関係ありそうな謎の結晶の話は、そっちとは繋がらないな」

「まだ何か見落としがあるかもしれないけど、きっと、行けば分かるわ」


「最下層に辿り着くと、謎めいた悪役がそこで待っていて、冥土の土産だってことでベラベラ真相を教えてくれる……と思うか?」

「それだと楽でいいわね。正体が悪いドラゴンだったらさらに最高よ」

「じゃあ、市長が高笑いをして出迎えてくれるって展開はどうだ」

「ありがちだけど、本人を見た限りでは、それはありえないと言い切れるわ。オズボーンが黒幕って可能性の方が高いでしょ」

「キーツが裏で糸を引いていた」

「もしそれが真相だったら、これから誰も信じられないわよ」


 会話しつつも、これで、しっかりと警戒はしている。

 ただ、後半に入ってからモンスターの絶対数がさらに減ったのだ。

 それまで一定間隔で徘徊していた金貨級モンスターの姿すら見えなくなっていた。


 言葉にこそしなかったが、俺とティナは、その意味について理解が及んだ。

 だからこそ、こんな間の抜けた会話をして少しでも平静を保とうと考えていた。


「アンジーさん。だんだんと言葉数が減ってますが、大丈夫ですか?」

「スピカさん。心配してくれてありがと……」

「もう少しよ。地図上は直線距離で、あと二百メートルくらいね。そこの曲がり角を曲がってから……」


 ティナがぴたり、と固まって、ハンドサインを送ってきた。

 あらかじめ決めておいたその内容は、音を出さずに転進。


「……っ」

「……!」

「…………」


 そろり、そろりと、後ずさる。そして、そのまま来た道を数十メートル引き返し、ちらちらと背後、もとい進むべき方角の曲がり角から目を離せないティナに声を掛ける。

 もちろん小声だ。


「何がいた」

「ドラゴン。それも、赤いヤツ」

「……」

「……」


 強烈な沈黙が、ささやかな静寂を上塗りした。

 順調に進んでいた分、最後の最後にこうした関門が用意されていたことで、やっぱりなという気持ちしかない。

 ドラゴン。

 当然ながら、間違いなく強力なモンスターだ。

 具体的にはこんなダンジョンに出ちゃいけないくらいの危険物だった。


「マジか」

「マジよ」

「金貨級?」

「ドラゴンよ。魔具級に決まってるでしょ。あの巨大ダークスライムより格上」

「……」

「……」

「やっぱり、こうなったか」

「そうね。そうかもしれないとは思ってたわね。そうじゃないといいな、とも思ってたけど」

「え、え?」


 アンジーが理解出来ないと俺たちを交互に見上げてくる。


「無視して進むのはできないか?」

「無理。あの位置は、最下層に通じる唯一の通り道よ。位置取りといい、相手と良い、ドラゴンは相手の用意した最後の試練かしらね」

「倒すしかないか」

「どうやって? ドラゴンの肌は鋼鉄の剣すらはじき返すわ。しかも地水火風の魔法攻撃全般に耐性があって、コカトリスより射程の長いブレスも使える。赤いから、たぶん火属性のブレスね。一吹きで大量の《炎矢》が飛んでくるのが想像できるわ。それでいて人間並みの知性を持ち合わせ、その性格は狡猾にして邪悪極まりない。巨体に似合わない俊敏さまで備えているから、人間と見るや即座に襲いかかってきてもおかしくない」


 ティナは嘆息した。

 自分の実力を把握した上で、伝え聞くドラゴンの能力とを天秤に掛けて、不可能だと認識している。


「つまり、アンジーをそこまでして通したくないと?」

「そうみたいね。最下層に連れてきて欲しいんだか、欲しくないんだか、はっきりしてもらいたいものだわ。矛盾しすぎよ、手紙から何から」


 矛盾している、だろうか。

 手紙を出した誰かと、手紙を街にバラまいた誰か。

 異変を起こした者と、異変を解決したい者。


 ネストンダンジョンとアンジーを巡って、何者かが暗躍しているのは間違いない。

 しかし、その何者かが、たった一人である証拠は何も無かった。

 むしろ噛み合わない出来事があまりにも多すぎる。最低でも二つの意図が存在すると考えるべきだった。


「思惑が二つあるなら、どうだ? 最下層に来て欲しい何者かと、ここにドラゴンを配置した何者かは別なんだ。アンジーを軸として二者の思惑が間接的にぶつかって、この混乱した状況が予想外に発生してしまった。それなら矛盾しない」

「かもしれないけど、これも事態の打開には繋がらない結論ね」

「意味はある。……あのドラゴンは、倒しても構わない相手だってことだ」


 大言壮語のつもりはない。俺はポケットに手を入れて、スピカの表紙を撫でた。

 ティナは唖然とし、アンジーは目を輝かせるのだった。


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