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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ

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第二十話 『ダンジョンアタック』

 


「このネストンを脅かす不埒な輩に、鉄槌を頼むぞ。吾輩の名代だ」

「今のところ、犯人も分かってないんですが」

「それでもダンジョンの最下層に何かは待っているはずだ。そいつが悪いドラゴンだろうが、くだらぬ筋書きを思いついた三流の悪役だろうが、あるいは崇高な使命を背負った聖なる救世主だろうが、その正体なんぞどうでもいい。そいつがネストンに手を出した、その事実だけで十分だ。相応の報いを受けてもらわねば困る。後顧の憂いは断っておいてやろう。ヨースケ=カゲヤマよ。吾輩からの依頼、受けてくれるな? 安心しろ、正式な依頼だ。すでに書面を用意した」


 市長の申し出は渡りに船だったし、差し出された紙にずらずらと書かれた依頼内容とその条件は、俺たちの行動指針にそぐうものだった。


 まとめると、アンジーをダンジョン最下層まで連れて行くにあたり、全面的な支援を市長の名前の元に約束する内容だ。


 報酬については応相談と記されている。

 状況が状況だ。

 金額を細かく詰めている時間も惜しいし、市長からの依頼が無くともダンジョンに向かうつもりであったため、解決後にアンジーが不自由しなければ良いと伝えた。

 市長はこの条件を当然と頷き、ことが終わった場合には成功報酬として何らかの形で上乗せすると付け加えたのだった。


 必要な物資を揃えた後、夜道を進むための特別な馬車を用立ててもらい、深夜にもかかわらず、俺たちはそのままネストンダンジョンへと向かうこととなった。

 馬車に乗り込む際、見送りに出てきたオズボーンはまだ不安げだったが、キーツは俺たちを見てすっかり諦めたように肩をすくめ、市長シュヴァインは不敵に笑った。



 と、いうわけで。

 ダンジョン前である。乗ってきた馬車には帰ってもらった。明日改めて、頃合いを見て迎えに来てもらうように伝えておいた。

 馬車の御者は俺たちを痛ましいものを見るように見ていた。

 別に、決死隊のつもりはない。

 アンジーの安全を確保しつつ、最下層まで行って、無事に帰る。ティナと相談してみた結果、いけると判断したのだ。


 俺たちは意気揚々とダンジョンに入る――その前に、支度を始めた。

 たき火を囲んでがさごそと持ってきた荷物を漁る。

 当然ながら、周囲にはハンターの姿は皆無だった。最初に来た時にいた冒険者ギルドの職員の姿も見当たらなかった。


「二人とも何してるの?」


 アンジーが首をかしげた。ティナが地図を拡げた。ネストン冒険者ギルドが補完していたハンター手製のダンジョンマップ、その簡易な複製品だった。

 一方、俺はパンパンに詰まったリュックから、十一フィート棒やロープその他の必需品を取りだし、背負い直しているところだ。


「アンジー。俺たちは、これからダンジョンの最下層まで、一気に突き進む予定だ。どこかで休憩は取るが、基本的にはノンストップで奥に潜っていくと考えてくれ」

「モンスターの分布は変わっても、地形はそのままだからね。ある程度はショートカット出来そうなのよ。で、ダンジョン内で手間取らないために地図を再確認してるの」

「最下層に辿り着くのが目的であって、戦闘は単なる時間の無駄だ。可能な限りモンスターは無視するから覚悟しておいてくれ。戦うのは、背後から狙われたら危険とティナが判断したモンスターだけだ。いいな」

「前衛はヨースケ、あたしとアンジーはその後ろについて、横並びで進むわ。はい、アンジー。この干肉でも噛んでおいて」

「ティナさん、これって、大事な保存食なんじゃ……」


 よく考えなくても、慌ただしさに食事している暇が無かった。俺も握りしめた干肉を噛み締めておく。月に照らされたダンジョン入り口の前で、立ったまま硬い肉を咀嚼していると、やがて、じんわりと味がしみ出している。

 いささか塩っ気が強い。


「中で悠長に食べてる暇があるとは思えないから、今のうちにお腹にいれておくの。水は各自、二つに分けて持ったわね? 本当は数日かけて地図を作りながら、安全地帯を見つけつつ、少しずつ進んで行くのがダンジョン攻略の基本だけど……今回はそうした手間はかけられないわ。安全地帯に入って油断すると、その出口に金貨級が待ち構えていることもありうる。金貨級って、どいつもこいつもタチが悪いのよ」


 ティナの言葉に思い返すのは、懐かしきグランプルの姿だった。

 緑にうねる大魔。

 大火力が無い場合、どれほど攻撃してもすぐさま回復するため、倒しきれないままやがて人間の方が先に力尽きる。

 今思えば、あれは巨大植物版トロールである。


 それと、少し前のコカトリスだ。

 あれもダンジョンの出入り口を隔てるように、あえて避けがたい場所に意図的に陣取った感がある。

 あの立ち位置も悪意たっぷりだった。


 銀貨五枚の敵と、金貨一枚の敵とでは、ドロップする貨幣こそ二倍の額面だが、だからといってそのまま二倍の強さとはならない。

 大抵の場合、銀貨級のモンスター二匹と同時に戦った方がよっぽど楽だ、とはティナの言である。

 能力から行動から、銀貨級とは一線を画す、それが金貨級モンスターだ。


「ダンジョン内の金貨級は荒野のそれと違って逃げ場が少ない分、本当に厄介だってことを頭に入れておいて。忘れないでアンジー、あたしの指示には必ず従うこと。良かれと思ってへたに動くと、最下層に辿り着く前に死ぬわ」

「そもそも戦うこと自体に結構なリスクがあるけどな」

「マナ中毒!」

 

 アンジーも得心がいった、という顔をした。

 横でティナが口を尖らせた。


「アンジーの場合、金貨級が吐き出す浮遊マナには耐えられない」

「だから、ひたすら逃げるか、先手を打って無力化を図るか、その二択しか無いわ。ますます手紙の意図が掴めなくなってきたわね。アンジーを呼び出すだけなら、他の場所でもいいじゃない。あの条件だと、いくらなんでも難易度が高すぎるわ」

「そうだな。……やっぱり俺たち以外だと、無理か?」

「ネストンのハンターに限れば、あたしの見立てだと不可能だったわね。スカウト技能の高さ優先なら、有名な鷹の目がいれば出来たかも、って感じ。でも、あたしもヨースケもネストン在住じゃない、いわばイレギュラーな冒険者よ。あたしたちの戦力を考慮に入れたとは考えにくいわね」


 ハミンスの外に出ても名前をよく聞く、やたらと評価が高いホークアイ。

 実力を直接目にする機会には恵まれなかったが、あの禿頭の男が、単純に強いだけではないのは知っている。


「ごめんなさい、二人とも。こんな、わたしの我が儘に巻き込んで……いえ、危険に付き合わせてしまって」


 アンジーは目を伏せた。俺とティナとの会話が、別の意味に聞こえたらしい。


「いや、悪いのは手紙の差出人だ」

「さもなければ、この事態の黒幕よ」

「で、でも、……本当に、危険なんでしょ?」


 アンジーには戦闘能力がない。

 どれほど覚悟を決めたところで怖いものは怖いし、不安が消えるはずもない。

 ただ気丈に振る舞っていただけだ。


「あら、もう忘れちゃったの? アンジー」

「え」


 ティナが、にやりと笑った。


「さあ今こそ思い出しなさい! あたしの名前はラクティーナ=ビッテンルーナ! 見ての通り凄腕美少女天才魔法使いにして、今もっとも二つ名に近いと世間でも評判の一流冒険者よ!」

「ぷっ」


 何を言い出すかと身構えていたアンジーが、耐えきれずに噴き出した。


「……ちょっと、笑わないでよ」

「笑わせるつもりで自己紹介のやり直ししただろ、今」

「そ、そんなことないわよ?」

「目が泳いでるぞ」

「じゃあヨースケ、あんたも何かやりなさいよ!」


「では、ご主人様に成り代わりまして、不肖このワタシめが音頭を取らせていただきましょう!」

「え?」


「ワタシの名はスピカ、最高の魔導書です。そして至高にして唯一の我が主たる陰山陽介様の従順なる愛のしもべ……そう、魔導士たる我がご主人様の全力を以てすれば、こんなカビ臭いダンジョンなど容易く攻略出来ると言わざるを得ませんね!」

「やっぱり、空耳じゃなかったんだ」


 俺のポケットからの声に驚くアンジーに、取りだして見せた。

 掲げ持った黒い本が、場にそぐわぬ余裕たっぷりの声を出した。

 アンジーはあまり驚かず、むしろティナが目を丸くした。


「ヨースケ、いいの?」

「教えておいた方が、咄嗟の時に迷わないからな。教えること自体は構わない。アンジー。俺は魔導士で、こいつは魔導書のスピカだ。スピカの言うことは若干大げさだが……」


 ティナが一般的に知られる魔導士の情報を語り、それをスピカが補足した。

 あまりピンと来ていないアンジーに、強い魔法使いとでも思ってくれ、と俺は続けた。


「俺も、全力でアンジーを守るつもりだ。だから安心してくれ」

「……うん」


 俺の顔を見上げて、小さく頷いたアンジーの頬が赤く見えた。

 たき火の赤々とした輝きが映り込んだだけではなさそうだった。


「見ましたか、ティナさん」

「見たわよ、スピカ」

「これぞご主人様です」


「見事なタラシね。何、今の。君は俺が守る、って……今時どんなキザな貴族でもなかなか真顔で言えない台詞よ……さすがは魔導士ね。普通の神経じゃ出来ないわ」

「ワタシ的には、ご主人様がそのうち刺されるんじゃないかと心配です。というか、ご主人様にお姫様抱っこされた経験のあるティナさん、何か思うところは」

「あ、あれは緊急時だったし。仕方ないし」

「おやおやぁ? ティナさんも顔が赤いようですね。どうしました?」

「スピカ! あんた!」


「こんなのただのガールズトークですよ、ガールズトーク」

「スピカを見るまで知らなかったけど、魔導書にも性別ってあるのね」

「ま、まさか……ティナさん、ワタシに惚れても無駄ですよ。ワタシにはすでに、ご主人様という最高のパートナーがすでにおりますからね。ネトラレとか誰得ですよ。スピカのすべてはご主人様のモノですから!」

「誰もそんなこと言ってないわよ!」


 諭すようなスピカの物言いに、ティナが怒鳴り返した。


「あんまりティナをからかうなよ、スピカ。俺も経験があるから分かるが、ぼっちの期間が長いと、すぐ真に受けるようになるんだ。……さて、そろそろ出発するぞ」

「はーい! 了解しましたご主人様!」

「それとティナ、悪いが、スピカは俺の相棒だ。欲しがられても困る」

「欲しがらないわよ! 本当に似たもの主従ね! ヨースケにはお似合いよ!」

「いやあ、そんなに褒められると照れちゃいますね」

「褒めてないわよ!」


 クスクス笑って、アンジーも肩の力が抜けたようだ。

 スピカとティナに漫才めいたやり取りを任せた甲斐があった。


「お付き合いありがとうございます、ティナさん」

「え、何の話?」

「え……ご主人様、天然みたいですよ」


 流石過ぎる、ティナ。


「さすティナ」

「さすティナですね」

「なによ、二人して……いえ、一人と一冊? 知性あるマジックアイテムの場合、数え方は一人二人で良いのかしら」

「そこを気にするのか」

「さすティナ」


「ああ、もう! 三人とも、さっさと行くわよ! ヨースケ、もう魔導士だってバレてるんだから無意味な詠唱してるフリとかいらないからね! あと遠慮も無しよ! あたしに華を持たせよう、みたいな躊躇してアンジーに被害が出たら一生恨むから!」

「分かってる。任せておけ」

「……な、なによ。いきなり真剣な顔にならないでよね!」

「癒されますね、ご主人様」

「だな」

「だよね!」


 スピカ、俺、アンジーの三者の想いは一つだった。

 さすティナ。


「何よ、みんなして、微笑ましいものを見るような目であたしを見て……あたし、何も変なこと言ってない、わよね? ねえ、ちょっと! 三人ともなんで笑うのよ!」


 街にいたときにしたのあの悲壮感たっぷりの空気は吹き飛び、どこか和気藹々とした雰囲気に包まれながらダンジョンの入り口に足を向けた。

 今更ここで油断するわけもなく、ダンジョン内に足を踏み入れた瞬間を狙った奇襲に《氷狂矢(フリーズ・アロー)》一発で対処して、俺たちは先に進むのだった。


 

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