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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ
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第十九話 『亡き妻の面影』

「お前は、死んでいたんだ。本当なら」


 フィリップの告白は、そんな言葉から始まった。

 アンジーに向けて、そう、自分の娘に対して告げるには、あまりにも心ない言葉ではあったが、アンジーはそのことにコメントすることなく、口を閉ざしそうな父に視線で先を促した。


「話は十年ほど前に遡るが……必要なことだけを簡単に言うのなら、私は娘を選んだ。それだけの話だ。アンジーは、あいつが……母が死んだときのこと、本当は覚えていないのだろう?」

「お母様の死……。病気、だったはずじゃ」

「違う、違うのだ。……あれは事故だった。避けがたい事故だった。あいつは、アンジーを自分の身体で庇って、そのまま潰された。詳しい事故の内容は避けさせてくれ。私としても詳細に思い出したい話ではない……とにかく、咄嗟の妻の挺身の甲斐もなく、母娘は同時に瀕死の体に陥ったわけだ。遠からず、二人とも死ぬ。私の目の前で。そういう状況だった」


 フィリップは、訥々と語った。

 声に感情が乗っていない風に聞こえる。

 しかし、吐き出されたものは、無理矢理に激情を抑えたがゆえの、青白い炎にも似た言葉だった。


「先ほども言ったが、私はマジックアイテムの研究者だ。大金を投じてでも、用途不明の魔法の品を調べるのを仕事としていた。そのとき研究していたのは、正八面体の不思議な輝きを持つ結晶だった。一言で言ってしまえば魔力の詰まった宝石だ。しかし、それには言葉で語り尽くせないほどの謎が秘められていた。当時の私は取り憑かれたように、その結晶を調査していた。妻の助けも借りて。彼女がどこからか借り受けた資金を湯水のように注ぎ込んで。ただひたすら研究一筋にのめり込んでいた」


 話が逸れている、と指摘する者はいなかった。

 この語る内容こそが、本筋だった。

 フィリップの声は、次第に熱を帯びつつあった。それは興奮ではなく自分ごと焼き尽くすかのような、嫌悪にまみれた業火の灼熱に似ていた。


「忘れもしない、その宝石の機能のひとつを突き止めたその翌日だった。次の日、久しぶりの休みとして三人で出かけたとき、それは起きた。最初、何が起きたか分からなかった。理解したときには手遅れだった」


 事故だった、と彼は繰り返した。

 高所からの絶景を見に行った帰り道、安全なはずの道に転がってきた巨大な落石。

 それは一瞬だった。そして、誰の助けも得られない場所だった。


「愛する妻と娘が死にかけていた。私の手の中には、研究中の結晶があった。結晶が持っていた能力のひとつは、癒しの力だった。身につけているだけで病を遠ざけ、疲労を軽減し、怪我を少しずつ治癒する。そうした力が備わっていたのだ。私はこの宝石を使おうとした。ただ持っているだけで回復を促進するほど強力な道具だ。これがあれば、身体の半分をずたずたにされ、今にも死につつある妻と娘とを、両方とも救えると信じた」


 後の流れは、もう予想が付いているだろう、とフィリップは自嘲した。

 アンジーは無言だった。俺とティナは口を挟めなかった。


「手遅れだった。足りなかった。無意味だった。そういうことだ。擦り傷切り傷くらいなら容易く治るが、致命傷には……いや、二人を死から引き戻すだけの力を、その不思議な結晶は持っていなかった」

「で、でも、わたしは今、生きて……」

「その通りだ。アンジーは死ななかった。……あの謎の結晶は、ただ持っているだけで治癒を促進する力があった。持っているだけで、だ。ならば、もし、その秘められた力をすべて解放することが出来たなら……助かる見込みのない二人を救うことが出来るのではないだろうか。そう思った。……しかし、助けられるのは一人だけだった」


 アンジーは泣きそうな顔だった。しかし、フィリップの顔は、そんなアンジーよりも余程苦悩に満ちていた。


「私は研究者だ。だからこそ、その宝石は真の力を解放した瞬間、粉々に砕け散ることが分かっていた。これならば一度しか使えないと知らない方がまだ気が楽だった。使えば助かるかもしれない。かもしれない、だ。そこに確信はなかった。だが、使ったところで両方を救うことは出来ないことは分かっていた。片方しか助けられない。そこには確信があった。どちらに使うべきなのか、私が決めるしかなかった。時間も無かった。今ならば間に合う。迷っていれば手遅れになる。そんな状況で決断するしかなかったのだ」


 そして、フィリップは選んだ。

 苦渋の選択をして、アンジーは今、こうして生きて目の前にいる。

 妻は死に、その亡骸は遠い地で静かに眠っている。


「出来るなら! もし、出来るのならば! ……私は、妻も、救いたかった。だが、朦朧としたままのあいつは、声を出すことすら苦痛だったろうに、呼吸すら覚束無いままだったのに、私にこう言ったのだ。アンジーを助けてと。どちらかしか選べないときに、どちらも選ぶことが出来ないでいた私を、妻が動かしたのだ。……以上が、ずっと私がアンジーに隠していたことであり……そして、もしかしたら、今回の腑に落ちない一連の流れの原因は、あのときの謎の結晶……不思議な輝きを持ち、絶対に助からないだろう致命傷を負ったアンジーを一瞬で完治させるほどの力を持っていた、あの失われたマジックアイテムが関係しているのではないか、と。それが不意に頭を過ぎったのだ……」


 フィリップは、ただ、立ち尽くしていた。

 当時のことを思い返すように、天井を見上げて、滂沱の涙を流していた。


 ティナは声もなかった。

 アンジーは、嗚咽を漏らしながら、父を見上げていた。

 俺はひとり、その話と現状との齟齬について想いを馳せていた。


 貴重で強力なマジックアイテムは、そのとき失われた。

 なら、それが、どうして今更アンジーが狙われる理由になるのか。

 いつぞや、フィリップが心配していたエメルデア家の家督争いと同じだ。問題はあったが、解決済みとして判断してしまって構わない内容だ。


「それで、その粉々になったマジックアイテムはどうしたんだ? ゴミとかガラクタとして処分したのか?」

「ヨースケ、今はそんな話を」

「してる場合だから聞いてるんだ。無関係なら良いが、関係があるかもしれないなら、情報は集めておきたい」

「分からない」


 フィリップは悩ましげに横に振って、曖昧な返答をした。

 ティナが首をかしげた。

 肩を震わせながら俯いていたアンジーもちゃんと話を聞いていたらしく、えっ、という感じで顔を上げた。


「分からないって、砕け散ったあと、欠片か何かが残るもんじゃないのか?」


 実物を見たこともないマジックアイテムが使用後、いかなる状態になるのか、それは現物を所持していて、使用したフィリップ本人にしか分からないことだ。

 あるいはティナも知識としては知っているのだろうが、横で唖然としている表情を見た限りでは、予想外の返答だったらしい。


「う、うむ。そもそも、マジックアイテムには三種類あってだな」

「その講義、今やらないといけないことなのか」

「分かりやすくするためだ。とりあえず聞いてくれたまえ。まず、一つ目はあのマジックライトのような、魔力を吸って機能する、使用型と呼ばれるタイプだ。これは外的要因によって破壊されるか、消耗によって故障するまでは繰り返し使用できる」


 三人の理解を待って、先を続けた。


「二つ目は条件が揃うと発動するタイプ。暗くなると明かりが灯るとか、持っているだけで魔力攻撃から身を守ってくれるとか、だ。これは自動発動型と私は呼んでいる」


 所有者の意図によって、スイッチのように効果をオンオフ出来るかどうかが、一番目との違いだ。


「三番目は消費型。但し、これは使い捨てというより、込められた機能を一度に使い尽くす、という感じだ。このため、どれも恐ろしく効果が高い。私の知る限りでは、発射した光でドラゴンを一撃で殺すアイテムだとか、どんな攻撃魔法でも一度だけ跳ね返す魔法の壁を産み出すだとか……そして死んでさえいなければ、完全に治癒が出来るあの宝石もこれにあたる」


 一つ目二つ目は長く使える代わりに効果は弱め。

 三つ目は、一度しか使えないからこそ威力は甚大。そう理解した。


「あの結晶は本来は消費型のくせに、持っているだけでも回復効果があるという、極めて珍しい複合型だったのだが……先に例に挙げた二つで、こうは思わなかったか? ドラゴンを一撃で殺す光でも、当たらなければ無意味だと。一度しか使えない魔法反射の壁なんか、弱い魔法で無駄撃ちさせられたら大損だと。そう、消費型は、使い所が極めて難しいのが難点なのだ。確実に当たる場面、効果が高くなるように意図的に使わないと、貴重で強力な効果が無駄になりかねないわけだ。これが前に挙げた二つのタイプなら、まだリカバリーが効くのだがね……」


 この話の展開の仕方で、俺はアンジーに目を向けた。

 フィリップの回りくどい説明は心の準備をするのに十分な猶予を与えてくれた。

 察したティナが呆れた顔をして、そうした道具に不慣れなアンジーは、まだ理解が追いついていない風だった。


「まさか」

「そう、治癒の宝石が最大限威力を発揮するように状況を整える、すなわち、その蘇生を完璧に成功させることを狙った場合、もっとも確実な場所は……アンジーの身体の中、ということになる」

「……うそ、でしょ」


 先ほどとは全く違う意味合いで、アンジーは目を剥いた。

 フィリップは、当然といった感じに言葉を続けた。


「嘘なものか。私は宝石の使用方法は分かっていた。だが、実際にどういった形でアンジーの蘇生が為されるかには不安があった。消費型である以上、他で試すわけにもいかなかったからな。だからもっとも確実で効果的な場所に配置する必要があった。所持しているだけでも治癒効果があるのだから、体内ならば一番理想的な場所だろう?」

「信じられないことをするな、あんた」

「だが、効果的だった。私の想像よりもずっと回復は早く、予後も良かった」

「……それは認めるが」


 アンジーがこうして生き長らえている以上、その判断が間違いだった、とは言えなかった。ティナもアンジーもその事実を飲み込んで複雑な顔をした。


「使って砕け散った謎の宝石は、アンジーの体内にまだ残っている。あんたの話からすると、結論はそうなるんだが……」

「安心しなさい、アンジー。人体に悪影響はないはずだ」

「そんな問題じゃないわ!」


 聞きたかった真相と聞きたくなかった真実が交互に押し寄せてきて、すでにアンジーは一杯一杯な顔をしていた。

 アンジーは自分の頬を軽く叩いて、息を大きく吸い込むと、気持ちを切り替えた。

 そろそろ感覚が麻痺してきているのかもしれない。


「でも、分かった。ヨースケは、身体の中に残っちゃった欠片だけでも狙われるには十分な材料だって言いたいのね?」

「馬鹿な。消費型のマジックアイテムは、使い終わったら何の効果も……」

「それをパパは理解しているけど、相手は分かっていない可能性があるわ。あるいは、粉々になってすら、別の効果が残っているのかも。うん、わたしが名指しされた理由に一応の説明が付いたわね。逃げたところで、きっと解決にはならない。……この想定が正しいかどうかは分からないし、まだ謎も多いけど」


 いつしか涙も止まっていたフィリップに、アンジーは微笑んだ。


「わたしのために、お母様が犠牲になった。それをパパが助けてくれた。全部、わたしを助けるための行動だったのも理解した……でも、ひとつだけ聞かせて」

「なんだい、アンジー」

「お母様ではなく、わたしを助けたことを……本当に、後悔してない?」

「してないさ。私は、正しいことをしたと、思っている」

「そう。そうよね。……ごめんなさい、パパ」

「どうして謝るんだ、アンジー。感謝の言葉ではなく、どうして謝罪を」


 狼狽するフィリップを押しとどめ、アンジーは歩き出した。


「アンジー!」

「お願い、パパはここにいて。そして、わたしが帰ってくるのを待っていて。心配しなくても大丈夫よ……お母様が庇ってくれて、お父様がすくい上げてくれたこの命、今更、簡単に捨てるつもりはありません。だから、どうか、信じてください、お父様」

「……信じる。信じるから、頼むから、無事に帰ってきてくれ、アンジー。私を一人にしないでくれ……頼む、頼むよ」

「ヨースケ。ティナさん。行きましょう」

「……ああ」

「そうね」


 俺とティナは、先行するアンジーを慌てて追った。

 フィリップは力なくその場に崩れ落ちた。アンジーは散々に泣きはらした目元を袖で拭いながら、ミセス・ダーリントンに一声掛けて、裏口に回った。



 時刻はすでに深夜を回り、ネストンはいつになく静まりかえっている。

 眠らない街の呼び名を裏切るように、ひどく重苦しい静寂が夜闇に満ちていた。俺とティナとでアンジーを挟む形で、暗闇の中を歩き出した。


 周囲に目を凝らすと、金の靴亭を遠巻きに見張っている数人の姿があった。

 ただ、全員が街の出口に当たる方向、目的地とは逆側にばかり注意を払っていたため、隙を突いて通り抜けるには苦労しなかった。

 この分だと、宿から街の外に向かう道筋にだけ、手分けして見張りを置いたらしい。


 妨害されぬまま、ネストン冒険者ギルドに辿り着くと、表玄関は閉ざされていた。

 二階の窓から明かりが漏れている。

 職員用の出入り口の扉を叩くと、顔を出した職員に迎え入れられ、二階へと案内された。


「随分と遅かったではないか。街から逃げる相談でもしていたか?」


 出迎えてくれたのは市長だった。

 俺の後ろにいる赤毛の少女を一目でアンジーと看破したらしく、ふん、と鼻で笑った。


 いたのは市長シュヴァインと、冒険者ギルド長オズボーン、そしてキーツの三人だ。

 大人数で話し合っても無駄だと、騒ぎを聞きつけた市民代表やらハンター集団を、市長があっさりと排した結果が、この三名だけの対策室だった。


「その赤毛の娘が、手紙にあったアンジェリカ嬢だな。シュヴァイン=オーヴァだ。ネストンの市長をしている。よろしく頼む」

「アンジェリカ=エメルデアと申します。噂に名高きネストン市長にお逢い出来て、光栄です」


 アンジーが前に出て、挨拶をした。


「市長、これから俺たちはダンジョンに向かう。構わないか?」

「だろうな。別に顔を出さずとも良かったのだぞ、冒険者よ。元より吾輩の許可なぞ無くとも勝手に動くつもりだっただろう?」

「一応は顔を立てておいた方が良いかと思いましてね」


 ここに足を運んだ時点で、市長はある程度読み切ったようだった。


「し、市長! そんな話だったなんて、聞いておりません! だ、だいたい、アンジェリカ嬢を連れて行くのなら、街の戦力を層結集すべきでしょう!」

「だからお前は鈍いと言っている、オズボーン。お前は目の前のことに対処するには十分な能力を持っているのに、一手先、二手先の事態にはまったく意識が及ばない。物事の裏側にあるものにも気づけない。あまり吾輩を煩わせるな。貴様の怠慢によって生まれたハンターどもの不満を、市政と吾輩の評判で吸収するにもそろそろ限界なのだ」

「ですが! 金貨級だらけのダンジョン……しかも素人を護衛しながらなど、できるはずがない! 万が一、彼女が死ねば取り返しが付きません!」

「そうは言うがな。ここで足踏みしていても結果は変わらんぞ。今ならばまだ自由が利く分だけマシとも言える。幸い、アンジェリカ嬢は虎口に飛び込まれるつもりらしい。で、あるならば、吾輩は伏して請い願う代わりに後顧の憂いを断つのが仕事となるわけだ。……オズボーン、すでに他の街の冒険者に救援要請を出したのか?」

「い、いえ」

「文句ではなく対案だったなら聞いてやってもよかったが。……二つ名持ちでも呼んでから言え。ちなみに吾輩はすでに王国軍の知り合いに繋ぎを取ってはみたぞ。ネストンダンジョンの話だと察せられた時点で、すげなく断られたがな。あのダンジョンはネストンの直轄地だから、こうした案件では出動できないそうだ。……権利と義務はセットという話だな」


 つまり、解決を目指すならば自分たちが率先して動くしかないわけだ、と市長は皮肉げに頬を揺らした。

 他の解決策も存在するかもしれないが、それでは手遅れになる、と彼は見たのだろう。リスクとリターン。メリットとデメリット。それらを天秤に掛けた結果が、今の態度なのかもしれない。


 市長と冒険者ギルドトップとの会話にも色々な背景があるのだろうが、そこに興味を持っている暇は無さそうだった。

 愕然としているオズボーンを尻目に、シュヴァインは俺とティナとを見定めるように眺めた。


 こんなのがギルド長であることに、不安を覚えたのは俺だけでは無さそうだ。キーツがこめかみを押さえていた。

 席に着いた市長は、オズボーンから目を離し、何やら書き物を始めてしまった。大きめの白紙に羽ペンでびっしりと文字を書き込んでいる。


「ヨースケと言ったか。最下層までの戦力は二人で足りるか? そこの男から、街のハンターを数十人かき集めるより貴様ら二人のが強いと聞かされたときはいささか半信半疑だったが、当然、勝算あってのダンジョン突入なんだな?」


 ふむ、と少し考える仕草をして、市長は強烈な視線を叩きつけてきた。


「……ダンジョンは金貨級の巣窟と化したのだろう? 銀貨級より上は特殊能力を持ったモンスターが大半で、ハミンスに謳われた剛剣や鷹の目のような、二つ名持ちでなければ苦戦は必至と吾輩も聞いたことがある。……あえて問うが、たった三人で行けるのか? アンジェリカ嬢は、どう見ても戦力にはならんだろう」

「むしろ下手に街のハンターが混ざると動きづらい。というか足止めされたり、進めなくなる可能性が高いわね。流石に、足手まといばかりとは言わないけど……目的はアンジーを無事に最下層まで連れて行くことだからね」

 

 顔も上げずに聞かれた内容に、俺ではなくティナが答えた。


「なるほど。戦いはなるべく避ける方針なら、悪くないな。強力な魔法使い二名であり、金貨級に対して十分な知識もある。ただの雇われではなく、護衛対象との仲も良好なら途中で見捨てることもない。戦力として万全かは神ならぬ身には分からんが、少なくとも選択肢としては十分だ。……頼むぞ。ネストンの命運は、大げさではなく貴様らの肩にかかっている」

「あの、市長。もしかして、ダンジョンに潜った経験が?」

「あるわけないだろう」


 横から質問したのはキーツだった。市長は一言で切り捨てた。


「疑問に思うことではないのだがな。納得するまで何度でも言ってやろう。吾輩はネストン市長だ。ここネストンの市長は、他の誰でもなく吾輩なのだ!」


 書き物を終わらせたあと、シュヴァインは胸を張った。堂々としていた。

 そして、どこか誇らしげだった。


 手を叩きつけただけでテーブルを真っ二つにする腕力と、一を聞いて十を知るような頭の回転速度、そして市長としての凄まじいまでの責任感、どれを取っても凄まじい傑物の素養を感じるが、ただひとつ、擬人化した豚のような顔だけが、その得難い才覚を他人に見誤らせるのだろう。


「ゆえに知るべきことを知り、すべてを考え、すべきことをする。それが当然だ。そうでなくて何が市長か。このシュヴァイン=オーヴァこそが、ネストンの市長なのだ!」


 なんだかよく分からないが、すごい説得力だった。

 これがネストン市長なのだと、俺たちは感嘆するしかなかった。

 

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