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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ
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第十五話 『鼎談』

 

 

 説明を求められ、キーツが、ネストン市長シュヴァインにも語った。


 ダンジョンの出現モンスターの傾向と分布が突然変化したこと、そして金貨級に対抗出来るパーティーが未帰還となったこと。

 ダンジョン内には入ってすぐから凶悪な金貨級が跋扈するようになり、一般的なネストンのハンターでは手に負えないこと。

 分かっている状況だけでも救助隊が出せないほど危険だが、変化がそれだけで収まっているかすら不明瞭であること。

 これらを聞き終えると、シュヴァインはテーブルに手を叩きつけた。


「ふ、ふざけるな! なんだそれは! 遠からずネストンが窒息するではないか! 誰だ吾輩のネストンにそんな舐めた真似を仕掛けてきたのは!」

「落ち着いてください、市長。これはダンジョンの話です。私も冒険者ギルドの長となってから長いですが、ダンジョンのルールが変わるなど、一度として聞いたことがありません。単なる変化ですら事例がないことを、誰かの手によって行われたと考えるのは早計に過ぎませんか」

「普通、ダンジョンのモンスターの出現箇所が変わらんことも、金貨級が極めて危険であることも吾輩は知っている! だがな、オズボーン、この手紙はどう見る! こうも巧妙な言葉を弄して吾輩を便利に使おうと画策しているのだ。この手紙を書いた者が黒幕ではないのか!」


 この瞬間、冒険者一同が、いっせいに顔を見合わせた。

 俺もその中の一人だ。てっきり乗せられて、あの怪しい『お願い』を聞く気満々になっていると見くびっていた。


「市長の仰ることももっともですが、手紙の内容、この精査は後にしましょう。まずは現実に発生したダンジョンの異変への対処です。これを誤ると禍根になりかねません」

「馬鹿か貴様! 禍根以前にすでに被害が出ているだろうが! なんだその体たらくは! 仮にもネストンの冒険者ギルドを預かる身なら、吾輩が動くより早く事態を収拾しておけ! まったく……吾輩の手をあまり煩わせるなよ!」

「申し訳ございません、市長。私どもの力不足は痛感しているため、市長のお考えをお聞かせ頂きたく存じます」


 無茶を言っているシュヴァインに、少しだけほっとした。

 説明の前に座り直していたおかげか、最初に見た豚男が戻ってきた。

 椅子の肘掛けに肘を突いて、不満たらたらの顔をしている。

 そんな市長にオズボーンが目を細める。


「今すぐ箝口令を敷くべきか、それとも大々的に発表して統制が乱れないようにするべきか」

「市長、先んじてハンターの活動自粛を呼びかけても?」

「……よし、発表も許可する。現段階で分かっている事実をすべて詳らかにするのだ。その上で、ダンジョンの閉鎖もしない。自粛を要請するのは冒険者ギルドの勝手だが、ダンジョンに入りたい連中は好きにさせてやれ」


 シュヴァインは悩んだ末に、絞り出すような声を出した。


「よろしいので?」

「命の危険と金の匂いには敏感、それがハンターだ。やつらの口の軽さは今に始まったことではないからな、黙っていても知れ渡るし、危険を知って、それでも入る連中なら腕に自信もあるはずだ。金を落としてくれる連中の不評と無駄死には両方避けたい。……ダンジョンの異変、調査チームを結成すること、この二点は周知させろ」

「了解いたしました」


 今のネストンの興隆は、あのダンジョンで大なり小なりハンターが稼ぐこと、稼ぎ続けることで成り立っている。

 ハンターの生活のみならず、市民の経済活動もすべて源流はハンターがモンスターを倒して得た金銭だ。


「消費が一気に落ち込むな……。こればかりは事態の早期解決の他に手がない。オズボーン、お前はどうだ。何か思いつくか」

「いえ、さっぱりです。……私は所詮、冒険者ギルド長に過ぎませんので」

「許せ、さっきは口が過ぎた」


 これは、思っていた以上の大事なのではなかろうか。

 ふと気づいて横を見ると、ティナも深刻そうに眉をひそめていた。

 オズボーンは眼鏡のふちに手をやって、嘆息し、それから部下を呼んだ。


 そろそろ馬車の手配も済んで、ネストンダンジョン前で立ち往生していた大量のハンターが、街に戻ってくる頃だった。

 混乱を避けるために、降りてきた時点である程度の説明をすることになった。

 初動対応に手を打って、一先ずほっと胸をなで下ろしたところで、オズボーンが俺たちを手招きした。


「手紙を読み直しましょう。皆さんの意見も聞かせていただきたい」


 早速、議論が始まった。




 手紙から読み取れた情報は少なくなかったが、決して多くもなかった。

 文字は筆跡が分からないように細工されている。

 手紙は封書になっていたが、どこにでも流通している紙を使われていた。

 誰が届けたのかも分からない。

 いつの間にか市長の邸宅の前に置かれていたのを、使用人が発見して発覚したとのことだった。


「この文面を見る限り、手紙の差出人は、ネストンダンジョンに異変が発生すること事前に察知していた。そして市長に、お願いという形を取って前もって対処法を伝えてきた。ここまでは良いですね?」

「ふん、相変わらず視野が狭いなオズボーン。そいつが今回の異常事態を引き起こした犯人の可能性もあるだろうが!」

「ですが」


 進行役はオズボーンだ。

 鼎談の形式はそのままだが、俺たちはキーツの助言役として後ろに控えている。

 切れ者に見えるオズボーンが意外に鈍く、醜悪な豚男にしか見えないシュヴァインが冷静に物事を判断しているのを見ると、頭が若干混乱してくる。


「そもそも、この意図はなんだ! ネストンを守るため、本気で吾輩の手を借りたいというのならまだ分かる。だがな、この手紙の主は肝心なことは何も書いておらんのだ! 今日、ネストンに脅威が迫るから、これ以上の被害を避けるためにはエメルデア家の娘を殺さず、ダンジョンの奥に連れて行け。書いてある内容はこれだけだ。他人に物事を頼む態度か、これが!」


 シュヴァインはテーブルに手を叩きつけた。指先まで丸っこく肥えたその手は、叩きつけたのが強すぎたのか、怒りによってか、赤らみ、小刻みに震えていた。


「名乗りもせず、自分の立場や正体も、起こる異変の場所や詳細も、どうしてその脅威を取り除いて欲しいのかも、本当に必要な言葉が何一つ存在していない!」

「名乗れなかった理由や、書けなかった理由があるかもしれませんが」

「ほう、このふざけた手紙が純粋な善意によるものだと? 本気か……いや、正気かオズボーン。お前はいつからそこまで無能になったのだ。放っておいても大盛況なネストン冒険者ギルドを任されて天狗になったのか? あるいは運営するうちに、勝手に金が入ってくることで楽し続けて金勘定以外の能力が一切合切消え失せたのか? どうなんだ?」


「市長、私は可能性の話しをしているのです」

「この手紙、お願いだとか、賢い選択だとか、そんな綺麗な言葉で回りくどい表現をしているが、中身は脅迫以外の何者でもない。吾輩の目にはそう映るのだが……なあ、オズボーン、まさかお前には吾輩とは違う文章が見えているのか? それとも吾輩の目がおかしいのか?」


 オズボーンは黙ってしまった。

 シュヴァインは吐き捨てた。


「吾輩が他人からどう見られているかは、吾輩が一番よく知っている。親の七光りで市長に就任した吾輩であれば、ここに書かれていることを何ら疑いもせず、このふざけたお願いを喜んで実行に移すだろうと、そこまで侮られている手紙を、オズボーン、お前は善意であると、ネストンの味方であると、判断する理由が何かあるのか?」


 ここまでの話し合いで分かったのは、シュヴァインとオズボーンは、昔から長い付き合いがあるらしいこと、そして見た目と中身は一致しない、ということだった。

 実はさりげなく有能なのか、シュヴァイン。


 二人に挟まれたキーツが、おろおろしていた。

 三人共が中年男性だが、全員のタイプが違いすぎる。

 モンスターを相手にするのがメインのキーツと、様々な人間と数字相手にやり合うのが仕事である市長シュヴァイン、そして中間管理職そのものなオズボーンは、各々の主戦場が違うのだ。


 今はシュヴァインの独壇場だった。

 そのふくよかに過ぎる巨体や、語調に含まれた力強さから、ネストンの支配者に相応しい威厳と、存在感を放射していた。


「そもそもだ、この通りに行動したとして、本当に事態が終息するかは怪しいものだ。今現在どこにいるかも知らん小娘を、探すための容姿や居所から理由やら一切書かずに、救助隊すら出せない状況の危険な場所に連れて行けだと? これを書いたヤツは本当の馬鹿なのか? それとも吾輩にこの小娘を探し出して誘拐してこいという意味か。あるいは遠回しな暗殺か、あえて吾輩の手で殺させる気なのか。傍流エメルデアの小娘を連れて行くことで異変が終了することの因果関係すら分からん! 小娘を連れて行ったら、その報酬として起こしていた異変を止めてやってもいいですよ、と書いてある風にしか読めんぞ。……貴様ら、どう思う?」

「どう、と言われましても」

「阿呆か貴様! 吾輩が喋っているあいだに何か考えてたのではないのか!」


 立場としても、内容としても、なかなか口を挟みにくい状況だ。

 キーツが答えあぐねていると、シュヴァインがつばを飛ばして叫んだ。


「貴様らハンターにも他人事ではないのだぞ! 状況が分かってないほど間抜けか! それともこのオズボーンの事なかれ主義が感染したか? 机の上にへばりついたまま数字を捌くので精一杯、まったく現場を知らんこのオズボーンと違って、貴様は死地から戻ってきたばかりだろうが!」

「では、ひとつ。アンジェリカ=エメルデアというのは、どちら様で? 市長がご存じなのは、話から理解しましたが」

「……む、そうか、貴様が知らんのは当然だな。オズボーン、お前はどうだ?」

「エメルデアというと、貴族の名家だったと記憶していますが」

「その程度か?」

「……ええ」

「そっちの有象無象どもはどうだ?」


 思うところあって、俺は口を噤んだ。

 サブリーダーは首を横に振ると、残ったティナが前に進み出た。


「エメルデア家なら知ってるわ。城壁都市ハミンスに居を置く名家よね。当主はエメルデア侯爵、その娘はミローシブーリァ様と言ったかしら。でも、あたしの知る限り、エメルデア家にアンジェリカって名前の女性はいなかったと思うけど……」

「それだけ知っていれば十分だ。吾輩も聞いたことがある程度だが、侯爵閣下の姪だか孫だかの名前がアンジェリカといったはずだ。年は十代前半、現住所は吾輩も知らん。ハミンスの大屋敷に住んでいないのは間違いないがな。……話を戻すぞ。この舐め腐った手紙には、そんな年端も行かぬ娘を探し出して、吾輩の指示によって、生きたままダンジョンの奥に放り込めと書いてあるわけだ。金貨級だらけになった最悪な場所にな!」


「まさか、ダンジョンに生け贄を捧げろとでも……?」


「馬鹿馬鹿しいにもほどがあるな。まあ、吾輩も一瞬は思ったぞ、悪いドラゴンが生娘を要求しているような前時代的な絵面はな! だが、ダンジョンの奥底に潜んだドラゴンが、ネストン市長たる吾輩にこんなふざけた文を認めるのか。それも善意の第三者を装って! 脅迫なら脅迫らしく、街を滅ぼされたくなければ自分に差し出せとでも書くだろう。人名を特定しているのも、いかにも怪しい。この場合、穢れを知らぬ美しい乙女と記すのがお約束だろうが!」


 オズボーンが思わず、といった風に声に出すと、市長が鼻で笑った。



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