第十三話 『ネストンへの帰還』
大勢に囲まれた俺とティナは、状況の説明を求められ、手短に語った。
ダンジョンに入ろうとしてコカトリスに阻まれたハンターが多数いたことで、おおよその理解と納得は得られた。
コカトリスの撃破を語ったところで、彼らの顔はまったく晴れなかった。むしろ悲壮感を増した。
「終わりだ……ネストンは終わりだ」
「おいおい、なんだ突然。別にモンスターの発生が無くなったわけでも、ダンジョンがぶっ壊れたわけでもないんだ。まだそう決めつけるのは早いだろ」
誰かが呟いて、もう一人が反論した。
それは自分でも信じていないのが分かる声色だった。
悲鳴のように、最初の男が叫んだ。
「認めろ、ダンジョンはぶっ壊れたんよ! 出るモンスターが変わるなんて、それ以外にどんな理由があるんだ。あんただって分かるだろ。モンスターの出現場所が変わった、その意味が!」
「落ち着け、二人とも。金貨級が出たのは、確かにありえない事態だ。だが」
「金貨級だぞ! 落ち着けるか! ここで稼いでたハンターの大半が手に負えねえモンスターなんだ! 死ぬかもしれねえ場所で戦ってられるか! お前も、お前も、お前だって俺と同じ程度だ! 銀貨級二匹相手にしただけでも手一杯だろ!」
「そ、そうだ。手軽に、安全に稼げるから、おれたちはここに来てたんだ。……コカトリスとか、トロールとか、オーガとか、そんなヤバイのがぽんぽん出る場所なんか危なくて近寄れねえよ……」
間を置かず、あの広場にいたパーティーのいくつかが、競うようにわらわらと外に出てきた。
この場で言い争っているハンター仲間の様子を見て、すぐに状況を察したようだ。
悔しそうに目を伏せた。
ダンジョンの状況を把握して早めに脱出を図った面々だ。直面した、あるいはこれから発生する問題の深刻さを理解するのも早かった。
このダンジョンはこれまで、きわめて理想的な狩り場だった。
手頃なモンスターが定期的に沸き、しかも場所にさえ気を付けていれば安全に稼ぐことが出来る。
これまでは掘っても掘っても金銀銅の尽きることない鉱山だった。
身体を動かす必要はあるし、能力によって稼げる額に差は出るが、通い続ける限り食うには困らない。
ネストンの街も、このダンジョンの存在があってあれだけ繁栄していたのだ。
しかし、それは今日、呆気なく終わりを告げた。
ダンジョンは変わった。
モンスターの出現分布が変わり、金貨級モンスターが跋扈するようになってしまった以上、気軽に踏み込める場所ではなくなってしまった。
ここに集ったハンターも、街の住民にも、全員に無視出来ない影響が出る。
初めて潜っただけの俺ですら、それが察知出来た。
生活基盤をこのダンジョンでの稼ぎに頼っていた者たちの絶望たるや凄まじい。
横目で覗けば、ティナも難しい顔をしていた。
顔を見合わせた聡い数名は、まず俺とティナを見て、それから仲間内で目配せして、外で待っていたハンター達に明るく声を掛けた。
「暗い顔してんじゃねえよ。お前らだって、今すぐ死ぬわけじゃねえだろ」
「で、でもよう」
「確かに、こいつはヤバイ事態だ。とびきり最悪の状況だ。出るはずの無い場所に、金貨級が現れやがった。これはありえないことだ。きっと何か、とんでもないことが起きたに違いねえ。でもな、そのせいで俺たちハンターがおろおろしてたら、街の連中だって不安になるだろ! まずは帰って町長と相談するぞ! これに文句は無いな!」
「……いや、でも」
「でもじゃねえよ! 他に出来ることがあるのかよ!」
「うしろだ、後ろを見てくれ!」
一人が、青ざめた顔を、さらに白くして、指し示した。
このダンジョンは、出てくるときには若干の上り勾配となっていて、横幅は多少あるが決して余裕があるわけではない。
そんな狭い出口に、大急ぎで脱出を図った大勢のハンターが一挙に殺到しており、次から次へと飛び出してくる。
先刻、コカトリスを撃破したロイのパーティーを口々に称賛し、取り囲んでいた連中の顔も見えた。
様子がおかしい。血相を変えている。
何かあったのだ。
まるで尻に火が付いたかのような勢いで全員が我先にと一斉に逃亡を試みていることもあって、他者を押しのけへし合い、少しでも先に、前にと、彼らは鬼気迫る形相のまま慌ただしく進み続ける。
それは、何かから、少しでも遠ざかるように。
おそろしいものから、必死に逃げるように。
一人、逃げ遅れていた。何かに追われているのが見えた。
ダンジョンから脱出できる、その最後の数メートルのところで、さほど早くはなかったであろう巨大な何かが、しかし、とうとう追いつこうとしていた。
舌のような、触手のような、ぬめった太いそれがしゅるると音を立てて伸びて、彼がようやく辿り着いた待望の外界の、強烈な赤い光を受けて、テカテカと艶めかしい輝きを返した。
それまでの全員と同じように、最後の一人はダンジョンの外に飛び出した。
その顔には安堵があった。
間に合ったと。助かったと。そう心の底から安心した顔があった。
飛び出そうとした。
それは間に合ったと思われた。
足の遅いそいつとの距離は引き離されていて、十分以上に残っていた。
しかし、てらてらと、内臓めいた赤くぬめったそれが、素早く伸縮した。
伸びたそれが彼の身体に巻き付いて、ダンジョンの外に一歩を踏み出そうとした、その体勢のまま、何が起きたのかも分からないだろう速度で、暗い洞窟内に潜んだそいつの口の中へと引き戻されてしまった。
ずるり、と丸呑みされた瞬間を、全員が見た。
外にいた者たちも、脱出に成功したハンターたちも、俺と、ティナと、全員の目が、そのあまりにもおぞましい一連の結末を目の当たりにしたのだった。
「う」
誰かの呻く声。いや、それは誰もが漏らした声ならぬ声の最初だった。
「うああああああああああああああっ!」
「逃げろ、逃げろおおおおおっ!」
「いやだあっ、あんなふうに死にたくない、死にたくなあああいっ!」
悲鳴と絶叫で大混乱する十数人のハンターたち。
ひどい大騒ぎだが、喚いているのは全体の半分以下だった。
大半は顔に恐怖や嫌悪、同情などが覗いたが、そこまで驚いたり我を失ってはいない。
「落ち着けって。ここはダンジョンなんだ。そういうこともある」
「見てみろ。あのモンスターは外には出て来られない。ダンジョンのモンスターは外には出られないんだ。それは変わってない。見ろよ、あの悔しそうな顔」
巨大な目玉が、ぎょろり、と洞窟の外から中を覗き込むハンターたちを睨め付けた。
言われてみれば、悔しそうな、恨めしそうな目の動きをしていた。
暗い場所だったから全体像が分かりづらかったが、近づけば分かる。
カエルだ。
赤黒く濡れたように表皮が輝く。あの伸びた舌よりも毒々しい色だった。
大きい。
洞窟の狭い入り口、その幅の半分ほどを占めた巨大なカエルが、口の中に飲み込んだ一人のハンターを喉の奥に嚥下しようとしている。
ごくり、と慣らした喉のふくらみ。
人間の形が、なんとなく見えている。
外に出て来られないと悟った巨大なカエルは、踵を返してダンジョン内へと戻ろうとした。
ティナが動いた。
「熱き力よ……」
「魔法使いだ! いけ、やっちまえ!」
「待ってくれ! カエルごと撃ったらケリーに当たっちまう! ケリーを助けてくれ! あいつを殺さないでくれ!」
同時に、ティナのことを知っているハンターが囃し立て、さらにカエルに食われたハンターの知己が悲鳴を上げた。
「我が前に立ち塞がりし敵を焼き尽くせ! 《火炎玉》」
無責任な応援と複数の制止を背に、ティナは構わず撃った。
どのみち、ここでカエルを逃したら、まだ生きているかもしれないケリーもすぐに死ぬ。
ティナがちらりと俺を見た。
俺は頷き、走った。
杖の先端に生まれた球形の火炎が、巨大カエルの足下に飛来して、地面に当たって爆発した。
膨れあがった巨大な炎は、ほぼ同じ大きさの巨大カエルが丸ごと炙った。
しかし、まだ死んでいない。
見た目に反して、驚異的な耐久力を見せた巨大カエルは、黒こげになった肌から煙を上げつつ、凄まじい勢いで飛び跳ねながらダンジョンの奥に逃げ込んでいく。
まだ飲み込む途中だったのか、カエルは頬を膨らませている。
ケリーは胃の中に入ってしまう前に、上に戻ってきたらしい。
「冷たき風よ。我が前に立ち塞がりし敵を射貫け……」
俺は走りながら偽装の詠唱をして、ダンジョンの中へと飛び込んだ。
背後にあるのは歓声と心配の声。
援軍のつもりか後を追い掛けてくる足音も聞こえた。
完全に背を向けて逃走に集中した黒こげ巨大カエルに、俺は一気に接近し、ティナがやったのを真似るように――つまり、中にいるケリーに影響を与えないようにしっかりと狙いを定めて――下半身を凍り付かせる要領で撃ち放った。
「《氷狂矢》」
未だ頭のあたりからはぷすぷすと煙が立ち上っているが、巨大カエルは足を氷の矢に貫かれて地面に縫い付けられた。
ぷっくりとした足ごと凍り付いたまま、完全に身動きが取れなくなると、先ほどまでは恐怖を振りまく怪物だったそれは、もはや手頃な獲物に過ぎなかった。
無力化された巨大カエルに対し、追い掛けてきたハンターたちは背後から槍や剣で突き刺して、あっさりとトドメを刺した。
「あ」
その場に残ったのは、ドロップした数枚の金貨と、巨大カエルの居た場所に、どすんと音を立てて落ちたケリー。
モンスターが死ねば、その肉体は霧散する。
つまり、トドメさえ刺せれば、ケリーを巨大カエルの口の中から取り出す必要は無かった。
そして狂騒の空気に当てられて、全員すっかり意識の外にあった浮遊マナ。
「まずっ」
誰かが気づいて声を挙げたが、もう遅い。
カエル殺しに参加したハンター達のうち、あまり鍛えていない数人が、ばたばたと倒れた。至近距離で、しかも金貨級らしい大量の含有量だった。
当たり前のようにマナ中毒になり気絶した彼らは、ダンジョンの外で見守っていた残りのハンター達の手で運び出されるのだった。
迎えの馬車が来た。当然、帰還予定のハンター全員が一度に乗ることは不可能だ。
ハンター一同の提案もあって、まずはネストン冒険者ギルドの職員が、それからカエルを撃破した俺たち、さらにダンジョン内で顔を合わせたウルフハンターのキーツ、オーガとコカトリス殺しの大物食いを連発したロイのパーティーメンバー、そしてあのロイが必死に助けたレニーも乗り込んだ。
ただ一人、リーダーのロイだけが欠けていた。
「死んじまったよ。あっさりと」
消息を尋ねると、ロイのパーティーのサブリーダーが、淡々と答えた。
「あのとき、カエル以外にも出たんだ。そいつを足止めするために、ロイのやつは、その場に踏みとどまって……だが、何をやってもダメージを与えられなかった。奇妙な感じの……人型をした影だったよ。あんなモンスター、見たことも聞いたこともねえ……」
「影男ね。単純な物理攻撃は全く効果がない相手よ」
「そうか。だからか。大して強くは見えなかったが、ロイには最初から勝ち目がなかったんだな」
キーツが横から、嘆息した。
「魔法使いの嬢ちゃんの言う通りだった。俺たちは勉強不足だった。そして逃げるチャンスを捨てちまった。……ダンジョンもこうなった以上、廃業するしかねえな」
「俺、俺……ロイさんに、また助けられて……まだ、恩返しもしてないのにっ」
「レニー坊や。疲れただろ。休んでおけ」
「で、でも!」
「ロイは死んだ。もう戻ってこねえんだ。……だから、せっかく拾ったその命、大事にしろよ。ロイのやつが身体張って守ったんだ」
屋根のない馬車が、ガタガタと揺れながら進む。
夕陽が赤く燃えるなか、ネストンに向かってまっすぐに進んでゆく。
車上の風景は夕陽を受けて眩く輝いていたが、どこか空気が重苦しかった。
「最後の仕事だ。キーツさんも手伝ってくれ。魔法使いのお二人さんも、一緒に報告と相談に付き合って欲しい。街に戻ったらまずギルド長と町長に会わなきゃいけねえ。今日の出来事をきちんと伝えるんだ。あとのことは、それからゆっくり考えようぜ。きっとロイのやつなら、そうしたと思うんだ。……なあ、そうだろ、レニー」
ロイのパーティーのサブリーダー。
名前も知らない彼が、夜の帳の落ち始めた空を見上げて、言った。
馬車は揺れながら、なにもかもを置き去りにするように、また一段と速度を上げたのだった。
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