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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ
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第三話 『異世界旅行のはじまり』


 

 魔導書が語った内容は、要約するとこんな感じになる。


 俺の体は、恐ろしいほど魔力の許容量が大きいのだそうだ。

 魔力とは何か。

 これについてはおおよそ俺のイメージ通りだ。具体的には、ゲームでよくあるMP。

 魔法を使うための力である。


 MP。

 マジックパワー。

 マナポイント。


 テンションの高い魔導書は俺の知識量とイメージに合わせて、分かりやすく解説してくれた。普通、人間であれば大なり小なり持っているMPを持っており、俺はその最大値が異常なほど高いのだと。

 数値で表した場合、一般人がMP1~10程度だとすれば、普通の魔法使いはMP50が平均、一流どころでもMP100を超える者は少ない。

 で、俺はその基準で言えばMP500を超える器がある、らしい。

 莫大なマナを内包した天性の才能。


 これほどの魔力を持っているならば、俺と向かい合った一般人は無意識に圧迫感を覚えてしまうはずだ。

 下手すれば刃物や銃を突きつけられているレベルの危機感に苛まれることもあるとか。

 そう、これまで面接が上手くいかなかったのは、この恐ろしい量の魔力が悪さをしていたせいなのだ!

 決して俺自身のせいじゃなかったのだ!


 ――ということにしておく。


 魔導書曰く、人間、誰でも大なり小なり魔力を持っているのが普通らしいが、俺ほど極端な量を持っているのは希有を通り越して異常らしい。

 これが分かっただけでも、俺の心は晴れやかだった。


 次、この世界について。

 やはり異世界であることは間違いなく、魔法文化も存在している。

 月もある。

 時間についても地球と一時間の長さは等しいらしく、さらに二十四時間や一ヶ月、一年といった単位についてもほとんど共通している。

 ここから上手く抜け出せれば、人間の住む街も近くにあるらしい。

 まずは一安心である。


 というわけで地球との最大の違いである魔法について知らねばならない。俺の想像するゲーム的な魔法の有無は、文明の進歩に凄まじい影響を与えたはずだ。

 蒸気機関や電力は言うに及ばず、千歯扱きといった農具、銃や大砲と言った武器兵器に至るまで、技術の方向性や形態がだいぶ別物になっている可能性がある。


 必要は発明の母と言う。

 逆に言えば、必要な部分が違えば、結果もまた異なるはずなのだ。


 数百年単位で魔法文化が根付いているのなら、進化のツリーは想像も付かないとんでもない方向に伸びて、あるいは漫画における未来都市のような有り様も――


「無いです」

「……え」

「ありません。ご主人様の知識に照らし合わせると……それこそ中世ヨーロッパよりはマシ、くらいの文明レベルです」


 魔導書にもいくらかの知識が流れ込んでいるそうだ。ファンタジーな存在らしからぬ言葉遣いや表現が多かったのはそのせいだった。

 言語野に共通の引き出しを作ってある状態。主従関係は絶対なので、逆に流れることはない、というのは果たして便利なのかどうなのか。


「明治維新あたりを想像しておくとショックを受けないかと。但し、日本以外で」


 物騒な世界としか思えなくなってきた。


「……ここ、異世界だったよな」

「昔、なかなか強烈な古代文明が存在していましたから」

「理由になるのか」

「不条理とか不合理なことがあれば、だいたい古代文明のせいですから」


 世知辛い。こいつの口調のせいで、詳しく聞かなくても分かる。

 ろくでもない文明だったのだろう。

 俺がこの異世界に来た理由はおろか、そもそもあの黒ローブが何者かという問いにも、魔導書は答えられなかった。


「これまで満足できる主に巡り会えず、とある場所で眠っていたのですが……あるとき『君にふさわしい主を捜してあげるヨ!』と、あの方に声をかけられまして」

「頷いたのか」

「そのまま連れ去られて――最初そこまで期待していたわけではなかったのですが、本物のご主人様だとすぐに分かりましたから!」

「やっぱり何か知ってるよな、あの黒ローブ」


 すぐに出会える気はしない。

 単なる想像だが、あの時点では悪意を持って俺に接したとも考えにくい。


 俺を利用したいのだとすれば、もっと上手い方法はいくらでもあった。

 こんな放り出すような真似をしては恨みを買いかねない。

 感触でしかないが、どちらかと言えば、偶然こうなってしまった感じがある。


 あの黒ローブは、俺にこいつを引き合わせるのが一番の目的だった。

 しかし俺がたまたま事件現場に居合わせたせいで、仕方なく転移させた、とか。


 可能性は三つ。

 故意、事故、無関係の偶然。

 それも細分化して、好意、悪意、自動的の三つが考えられる。

 しかし、答えを出すには材料が少なすぎる。


 ちなみにこうして安穏としているのは、ちょっかいを出さなければ、あの巨大植物モンスターが襲ってこないと知ったからだ。

 まともな植物ではないと思っていたが、やっぱりモンスターだった。

 一応と思って聞いてみたら、すぐに答えが返ってきた。


「あの魔物はグランプルと言います。数メートル分がひとつの根っこで繋がっている、かなり厄介な植物型モンスターで、倒すと金貨三枚になります」

「三枚、ね。金貨一枚分の価値も気になるが……やっぱりあれか、セオリー通り、冒険者ギルドが存在してるってことか」

「冒険者ギルド――若干ご主人様が想像されているものとは違います。そもそも、金貨三枚になる、というのは文字通りの意味です。倒したモンスターはお金やアイテムをドロップするのです!」


 ドロップ。

 つまり、あれを倒したあとに残るものが、金貨三枚。


 倒したモンスターの一部分を持っていって、その報酬として受け取るわけではない。

 倒すと金貨三枚がその場に落ちるのはどんな仕組みだ。


 モンスターを倒すとアイテムがドロップする。

 ゲームなら気にならないが、現実と思うと首を傾げる。


「これに関しては見ていただいた方が早いと思うので、まずは魔法を」

「使えないと言ったはずだが」

「……そうでした」


 一般的な魔法について、このおしゃべりな魔導書はこう解説した。

 世界の理をねじ曲げ、あり得ざる現象を一時的に発生させるものであると。


「魔力を一点に集め、詠唱をすることで世界の理へ介入します。そして定められた呪文の言葉を唱えることで、魔法は術者の意志に沿う形で行使されることになります」


 こいつが言う魔法使いとは、こんな世界であっても、かなり特殊な職業として扱われているらしい。

 基本的には、ほぼ才能で決まる。

 スタートラインに立つためにはそこそこの魔力が必要となる。


 ある種の特権階級で、魔法が使えて有利になることはあっても、不利になることはほとんどない、というのがこいつの主張だ。

 履歴書の資格欄に書く内容は増える分には損はしない。必要なければ書かなければいいだけで、選択肢が増えるというのはそれだけで意味がある。


 もちろん、なまじ魔法が使えるだけに選択肢が増えてしまい、動きが鈍って三流剣士にバッサリ切られる間抜けもいると、分かりやすい悪例も語られたのだが。

 貴族には魔力を増やすために貴重な薬や道具を使ったり、あくどいことや邪悪な儀式をしている者もいるとかいないとか、そんな話もされた。


 なんにせよ、魔法使いというだけで重宝される。

 良いこと聞いた。

 これで最低限自分の身を守る術については算段がついた。


 安穏と過ごすには異世界は不安が多い。

 気がかりはあるが、今はどうしようもない。

 まずは目の前のことに対して真剣に取り組まなければ。


 生き延びるためにしなければならないことは山ほどある。

 強くなること。

 情報を得ること。

 生活の糧を手に入れる、あるいは稼ぐこと。

 あとは、何らかの地位や後ろ盾、逃げ場所を作ること。

 

 とりあえずはこのくらいか。

 どれもこの世界についてもっと知らなければ動きようがない。

 慌てず、焦らず、落ち着いて――働きたい会社を探すときと同じ、長期的な視点で動こう。


「あの、ご主人様……? もう少し、こう、ロマンとか」

「ロマンで飯が食えるか? 何の取り柄もない無職が、たとえば作家とか漫画家になりたいと言い出したとしたら、普通止めるだろ」

「ご主人様ほどの才能があれば、ロマンを目指してもいけますって!」


 無責任な魔導書の言葉に、俺は言わずにはいられなかった。


「安定した生活の前にロマンは太刀打ちできない。一攫千金を狙うんだったら、それだけの根拠が無いと許されない。俺には才能がある。なまじ褒められて一度そう思い込んだ人間がどれほど底なし沼に呑み込まれたか! 無職になってからじゃ遅いんだ! 空白期間が一年空いたらどれほど厳しい未来が待ってるか分かってて言ってるのか!」

「いや、あの」


「夢を語って良いのは、すでに成功したやつだけだ!」

「ご主人様。魔法使いなら、日本の地方公務員みたいな仕事も出来ますから」

「……安定して、定時で終わるような?」

「しかも副業も可。魔法使いなら引く手数多です! 冒険者、貴族の従者、王城の守衛、研究者、土木工事、その他色々なんでも。なにしろ魔法が使えるというだけでエリートですから。一番稼げるのは冒険者ですが、替えが効かない立場という点では他も捨てがたいというか!」


 はっと我に返った。

 俺たちは何の話をしているのだろう。

 取らぬ狸の皮算用にもほどがある。


「……すまん。ついカッとなった」

「いえ、ご主人様の望むように。それがワタシの望みですから」


 俺と魔導書の最初のテンションが逆転している気がするが、まあいい。

 魔導書の声は、ひどく優しいものだった。


「いいんです。もう、何も言わなくても。……ワタシの、ご主人様。せっかく、こうして異世界に来てしまったんですから。これまでずっと就職が上手くいかなくても、がんばり続けてきた……そのご褒美として、気楽な旅をしてみませんか」

「旅行……」

「そうです。異世界旅行です!」


 異世界旅行。

 不安も大きいが、どうしてか、その響きにわくわくした。


「観光のつもりで気楽に。いえいえ、少しくらいロマンを追いかけたって誰も文句は言いません。ワタシが言わせません。現代日本では出来なかった冒険をしたり、美味しいものを食べたり、格好付けてみたり……そういう楽しいこと、いっぱいしましょう! ねえご主人様っ!」


 思いやりに満ちた言葉に、俺はようやく息をつくことが出来た。

 そうだ。

 面倒はいっぱいある。辛いことだってたくさんある。

 だけど、そういうことは全部忘れてしまおう。

 やりたいことを、やってみよう。


 そして俺とこいつで旅をするんだ。この世界を。

 後悔はするかもしれない。けれど、きっとそれ以上に楽しいに違いない!


 こうして俺は、まるで深夜にラブレターを書くような高いテンションのまま、魔導書の染みいるような優しく朗らかな声に、あっさりと丸め込まれたのだった。



 より読みやすく、より面白くなることを目指した改訂です。

 今日の更新は、取り急ぎ、切りの良いここまでとします。

 お読みいただきありがとうございましたっ!


 なお、ここから先の部分にもある程度手は付けてあるので、続きは早いうちに出せる予定です。

 読者の皆様には応援のほど、どうぞよろしくお願いしますっ!

 

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