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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ
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第十二話 『コカトリス』

 


 キーツとロイのパーティによる、対コカトリス戦が開始された。


 怖いのは石化ブレスだけ。

 これはあくまでティナの印象に過ぎない。

 凄腕の魔法使いであり一流の冒険者たる彼女にとってはむしろ御しやすい相手でも、彼らにとってコカトリスは、後輩や同業者を苦しめた、決して油断できない危険で凶悪な金貨級モンスターなのである。

 最後に、ロイが大声で作戦開始を宣言した。


「行くぞお前ら! レニーを固めてくれやがったコカトリスをぶっ殺す!」


 反骨心たっぷりのハンター集団は動き出した。

 ティナの一声は、煽ったとも緊張をほぐしたとも言える微妙な後押しだった。

 キーツが短弓を手に、矢をつがえる。

 どこまで接近する必要があるのかは、俺とティナの立ち位置からでは分からない。


「ティナ」

「今のは謝らないわよ。失敗に備えるのはいいけど、せめて口に出してあげないと連携に差し障りが出るでしょ。この場合、彼らは前衛、あたしたちは後衛。まあ、手助けしなくても大丈夫よ、きっと」


 コカトリスがダンジョン出入り口に陣取れば、往来するハンターは必ずそこを通らざるを得ない。

 外へと出て行く道が狭いことも相まって、コカトリスを避けて通り抜けることも許さない。


 悪辣な意思のもとに待ち構える怨敵の元に、彼らは打って出た。

 先手は向こうだ。

 大声に反応して、警戒心露わに接近してきたコカトリスに、キーツが矢を撃ち放つ。

 ウルフの分厚い毛皮を射貫く一撃は、しかし鮮やかに回避された。


 コカトリスは、見た目だけなら豪華な鶏だ。

 目立つのは赤いトサカ、鋭いくちばし、そしてニワトリとはかけ離れて殺意に塗れた目つき。

 それは茫洋とした鳥の目ではなく、獲物を執拗に狙う蛇の目だった。


 的の小ささと俊敏な動きは容易い撃破を許さない。

 そこにキーツを守る形で前に出たロイたちの偏差射撃めいた連続投石が実施された。

 もちろん、これで倒せるなどと夢見てはいない。

 だが作戦通り、キーツの第二射までの猶予は得た。


 コカトリスは逃げ惑いながらも、襲いかかってきたハンターを石化させることを諦めていなかった。

 少しずつずれて着弾しそうになる握り拳大の石を掻い潜って、一気に懐へと飛び込んでくる。

 まずい。

 すでにブレスの射程距離だ。


「ひるむな! 行くぞ!」

「倒れるときは鶏を巻き込め!」

「斬らなくて良い! 潰せ!」


 しかし、ロイたちも想定済みの展開だ。

 投石の雨を恐れず前に出たコカトリスと同じ勢いで、黄色く靄がかった石化ブレスの起点へ突っ込むと、彼らは小さなモンスターを殺しにかかった。

 剣やら短槍やらを振り回して、ブレス中に動きの鈍ったコカトリスの小さな体躯に叩きつけようとする。


「くそっ、足がっ」

「動けっ、動けよっ」

「あと少しなんだ!」


 武器を振り下ろそうとした姿のまま、動きごと固まっていく。

 ブレスの直撃を受けたロイたちは石化しつつあった。

 最後に振り切られた長剣の刃はコカトリスを掠めた。


 逃げ道を奪われたコカトリスは、一瞬だけ安全地帯を求めて速度が鈍った。

 ざしゅ、と、残酷で、それでいてどこか小気味よい音がした。

 キーツの射撃が、にっくきコカトリスの小さな脳天を貫いた瞬間だった。


 迅速な行動と、キーツの正確な射撃が功を奏し、ティナの言葉通りに、きっちりとコカトリスを仕留めたのだった。


「やった、か」


 手応えを感じたようで、キーツが漏らした。

 他の面々は首を動かせずにいる。

 一呼吸の間が空いた。痙攣していたコカトリスは、ぴたりと動きを止めた。

 永遠に、動かなくなった。


「……勝った。勝ったぞ!」

「ああ……」


 そしてまだ石化しきっていなかったロイは回復も早かった。

 原因たるコカトリスの死と同時に、受けた石化状態は解除される。

 足下に倒れ、目に見えない浮遊マナを噴き出しながら、その身を金貨へと変じた怨敵コカトリスを見て、晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。


 ただし、表情と裏腹に、全員の動きにいきなり精彩がなくなった。

 彼らは今日、これで金貨級を二匹倒したことになる。浮遊マナの蓄積が、かなり深刻なのかもしれない。


「よっしゃあ! やったぜレニー! 俺らは勝ったんだ!」


 彼らが喜ぶ姿を眺めつつ、俺はティナに顔を向けた。

 彼女はコカトリスの被害者達の様子を窺っていた。

 不自然な姿勢で停止し続けていた無数のハンターが突然色を取り戻すと、その場でバランスを崩して、困惑の声を挙げながらみっともなく倒れる姿を見届けると、ふう、と長い息を吐き出した。


「ほら、大丈夫だったでしょ?」

「そうだな」


 出番は回って来なかったが、彼女も満足そうだった。

 ロイはひとしきり喜びを仲間と分かち合ったあと、心配していたレニーの元へと駆け寄った。見たところ、レニーはまだ少年と呼べる年齢だった。

 茶髪にそばかす、装備品もほとんど傷も汚れもない、いかにもな駆け出しの姿だった。


 地面に倒れ込んだまま呆然としていたが、ロイに身体を引き起こされて、おっかなびっくりに周囲を見回した。

 コカトリスによって石化された自覚は、あまりないようだ。

 他のハンターたちも回復したが、何が起きたのかと困惑の表情で動けずにいる。


 ロイに諭され、立ち上がろうとしたレニーだったが、長時間石化していた弊害か、足をもつれさせた。すぐに肩を貸して、笑いながらロイが仲間の元へと連れてくる。


「良かった、良かったなぁ。レニー、お前も危ないところだったんだぜ」

「ロイさん。あの、おれ」

「大丈夫か? 痛いところはないか? 身体はちゃんと動くか?」


 レニーが戸惑いながらも、背中をバンバン叩くロイの顔を見上げた。

 仲間たちはニヤニヤと笑いながら、自分たちの健闘をたたえ合った。


「心配性だな、ロイ。レニー坊やは俺らよりよっぽどピンピンしてるぜ」

「だよな。あんだけ苦労してオーガを倒したあと、こうして立て続けにコカトリスまでぶっ殺したんだ。もう金貨級ハンターって名乗っちゃってもいいんじゃね?」

「えっ、コカトリス? 金貨級?」


 いつの間にか一人がドロップ金貨を拾い上げ、両手で掲げ持っていた。

 レニーの不思議そうな呟きは、どうしてか広間に響き渡った。その場から動き出せない多くのハンターたちは、その声の方角に顔だけを向けた。

 視線が集まった先には、広間のあちこちに置かれたカンテラやランプの強い光を浴びて、薄暗いダンジョン内のたったひとつの栄光のように、十枚以上の金貨が色っぽく輝いている。


 艶やかなコインの煌めきは、沈んでいた空気を吹き飛ばして余りあるものだった。

 銅貨銀貨を狙うハンター達も、ようやく事態を理解し始めた。

 強敵に襲われたこと。

 自分たちが為す術もなくやられたこと。

 そして、コカトリスを討ち取った者がいること。


 洞窟内に停滞していた静けさは、大きな歓声にあっという間に取って代わられた。

 ここにいるハンターは稼ぐためにダンジョンに潜る者たちだ。

 そんな彼らが、金貨級の撃破によるドロップ、その実物を見せつけられた。


 一攫千金の瞬間を目の当たりにすれば、もはや魅入られたように沸き立つ以外の道は残っていない。

 称賛と大歓声に包まれながら、ロイたちは自分たちの功績に胸を張った。

 石化状態から復調したハンターたちは、快挙を為したロイを取り囲んでいる。

 話を聞くためか、おこぼれに預かるためか。


「あんたたち! 喜んでるところ悪いけど早く出た方がいいわ! このダンジョン、異常事態が起きてるから! ここも安全じゃないわよ!」


 場の空気をぶち壊したのは、ティナだった。

 はっとしたのはロイとその仲間達だ。

 興奮していたせいで、現状を忘れていたらしい。


「ハッ! なに馬鹿なこと言ってやがる! ここには金貨級を下したロイさんのパーティーがいるんだぜ! 一人じゃ何にもできない魔法使いが騒いでるんじゃねーよ!」

「そうだそうだ! 頭の良い魔法使い様に用はぬぇーんだよっ!」

「お、おいお前ら」

「ロイさん! あんた、やっぱりすげーッスね! オーガぶっ殺した時から、マジ尊敬してるッスよ!」


 嘲るような声が、ロイに殺到したハンターの群れから放たれた。

 続いて周囲に群がった同業者の何割かが、その言葉に頷いたり、雰囲気に水を差したティナを睨み付けた。


 先刻キーツと遭遇したときの態度もそうだが、魔法使いは多くのハンターにとって気にくわない存在なのだろう。

 魔法は才能に恵まれた者にしか扱えない力だ。

 そして、魔法使いは努力では容易く辿り着けない高みに一足飛びに駆け上がる。


 と、引き合いに出されたロイは、ティナを下げて自分を持ち上げられたことに、眉をひそめてみせた。


「いや、その魔法使いの嬢ちゃんは……」

「ロイさん! ロイさんは俺らの恩人ッスよ!」


 切りが無さそうだ。

 悪い意味で空気が違ってしまった。

 目の据わったティナは、さすがに二度目の警告をせず、ちらりと俺を見上げた。


「行きましょう」

「良いのか?」

「逃げるための機会はあげたわ。ヨースケは、あたしのこと、冷たいと思う?」

「いいや。ティナは……優しいな」

「うん、ありがと」


 この場にいるのは、あの目端の利くハンター様ばかりでもない。

 ここにいる全員がつい先ほど、たった一羽のコカトリス相手に、全滅の憂き目に遭うところだった。

 この危機感を思い出したハンターは、仲間と手分けして慌てて帰り支度を始めている。


 ティナの警告を真摯に受け止めたのは意外や意外、見たところ半数を超えていた。

 ハンターなんて商売に身をやつしている以上、命の危険には敏感にもなるか。


「出るぞ」


 顛末を見届けることなく、俺はティナと一緒にさっさと出口に向かった。

 ロイのパーティーの脇で、弓を手にしたまま、苦虫をかみつぶした顔のキーツと目が合った。

 彼は俺たちが去ることに気づくと、深々と頭を下げた。

 俺たちは軽く頷いて、この熱気と空々しさの入り交じった奇妙な空気に背を向け、ダンジョンから脱出を果たしたのだった。


 その景色は、入ってきたときとはすっかり見違えてしまった。

 洞窟の外には影のような林と人で溢れた小屋、そして真っ赤に染まった雲の夕空が広がる。

 低い天井、狭苦しい洞窟の閉塞感から開放された瞬間、燃えるような夕陽、その赫赫たる光が俺たちを待ち構えていた。


「あ、あんたたち。無事だったんだな……」

「来たなら分かるよな、中はどうなってる!? あのモンスターは倒せたのか!」

「おいおい、途中にコカトリスがいただろうに、よくもまあ!」


 そして、多くのハンターが険しい顔で出迎えてくれたのだった。

 彼らの必死さに、俺たちは肩をすくめるしかなかった。やれやれ、落ち着く暇が無い。


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