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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ
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第十一話 『反撃準備』

 


 ティナは狙撃により、トロールに一方的にトドメを刺した。

 これだけ離れていると、トロール死亡時に散布された浮遊マナの影響は減衰しきっている。

 どこまで余波があり、どこからが安全圏かは不安があったらしく、ティナが胸をなで下ろした。


 長い直線だからこそ出来る手段だった。

 使い所も限定的で、さらに経験値として見た場合も損が大きいが、いつか必要になるかもしれない。一応覚えておこう。


 そんなこんなで三人で警戒しつつ、脱出口へと足を進める。

 ダンジョンらしく枝分かれした道もあるが、記憶通りのルートを確かめながら歩いた。


 あれ以来、敵の姿は見えない。

 金貨級の奇襲を想定しての復路ゆえ、どうしても速度は遅くなってしまったが、一応情報収集も兼ねて会話も続けた。


 彼からもたらされた情報は三つ。

 ひとつは、俺たちも知っている通り、ありえない場所に突然金貨級が湧いたこと。

 ふたつめは、ここに来たハンターの大半は銀貨級としか戦えないこと。

 そして彼が三つ目を語る直前、俺たちは出口の一つ手前のエリア、大量のハンターが集っていた広い空間にようやく辿り着いた。


 そこで出迎えてくれたのは、背筋を寒からしめる無数の顔だった。


 どの顔も灰色だった。

 比喩ではなく、そのままの意味で灰色と化していた。

 塗られているのでも、染まっているのでもなく、まるで石膏像めいた存在感だ。

 美術準備室で埃を被ったデッサン用の石膏の群れに似て、しかし決定的に違うのは、これが元は人間であったことである。


 大量のハンターたちが屯していたはずの場所に、同数の石像が並ぶ。

 ダンジョン内のぼんやりとした光に照らされて、苦痛と恐怖に満ちた表情のハンターたちが、何かから逃げ惑う姿のまま、不気味なほどリアルな石像として固まっている。


 無事だった数人が、疲れ切った表情で一点に視線を送っているのが見えた。

 視線の集まる先はダンジョンで一番最初にある曲がり角で、さらにその向こう側に外へと通じる出口があるはずだった。


 彼らは警戒心露わに、その出口へと通じる道を監視している。

 ティナは、顔色の悪さもそのままに石像に近づいた。


「状態は、軽度の石化。……こっちも大変だったみたいね」

「戻ったか、キーツ! どうだった!?」


 足音に気づいたひとりが、硬い表情のままキーツに駆け寄った。

 残った何人かもちらりと俺たちを横目で覗き見たが、すぐに曲がり角へと視線を戻す。

 耳をそばだてているのが分かる。


「今のところ、引き返してきたのはこの二人だけだ。ダークスライムとトロールと遭遇したらしい。こっちは変わらないか」

「まんまだぜ。ずっと嫌な位置に陣取ってやがる」


 キーツの語ろうとした三つ目は、これだった。

 死闘の末、金貨級として有名なオーガを倒した彼らの元に、さらなる敵が現れた。

 その敵によってダンジョンからの脱出を阻まれたのだという。


 怪力と残虐さ、ついでに頑健さが自慢のオーガを大人数で囲んで倒したことで一部のハンターは気が大きくなった。

 沸き立つ彼らの足下に、ひょっこり小型のモンスターが駆け込んできた。

 そこで警戒して大声でも挙げれば状況は違ったのだろうが、見慣れないモンスター相手に軽い気持ちで攻撃を仕掛けた。

 結果、この石像の群れが作られた。


「教えて欲しいんだけど、待ち構えてるのは鶏? それとも蛇の方?」


 ティナの問いに、このエリアに留まっていた男たちは顔を見合わせた。


「あんた……魔法使いの」

「先にあたしの問いに答えて。どっちが出たかによって動きも変わるのよ」

「……鶏だ」


 固い声で問答を始めたティナの傍らで、俺は所在なく佇んでいる。

 冒険者としての実績と経験が違うため、知識面ではティナの後塵を拝すしかない。


 これまで残念なところと間が悪い場面ばかり見てきたティナの横顔は、どこか凛々しく見えた。

 自称だった天才魔法使いにして一流冒険者、その風格があった。

 尋ねられた男は手を握りしめて答えた。苦渋に満ちた声だった。


「コカトリスね。金貨級最上位。でも、それなら良かった」

「良かった? 良かっただと? てめえ、来ていきなり何を言い出してんだ! 魔法使いってやつはどいつもこいつもお高くとまりやがってよ、この状況が素敵なパーティー会場にでも見えてんのかクソ! レニーのやつは、今日初めてダンジョンに来たんだ。なけなしの金で装備整えて、連れてきて欲しいって頭下げられて、だから俺が守ってやるって言ってたのに……ッ!」


 安堵の息を漏らしたティナに、答えた男は声を荒らげた。

 今にも掴みかかって来そうな勢いに、キーツが身体を割り込ませた。


「落ち着け」

「でもよう、キーツ……」

「魔法使いの嬢ちゃん。こいつも今、頭に血が昇ってんだ。噛みついて悪かったな。……もちろん説明、してくれんだろ」


 短慮を止めてくれたとはいえ、キーツの方も冷静とは言い難い表情だ。

 ダンジョン内の空気は冷え冷えとしていた。

 静まりかえった広間に居並ぶ石像の群れを、物憂げな表情で見回してから、ティナが頷く。


「話す順番が悪かったわね。まず、あたしが聞いたのは蛇か鶏かによって、色々と差があるのよ。危険度とか」

「……鶏がコカトリスなら、蛇は」

「バジリスク。聞いたことくらいあるでしょ? どっちも石化能力があるけど、より危険なのは蛇の方。石化の程度に軽重の差があるんだけど、コカトリスは軽い方。こっちなら石化させたモンスターが死ねば、自然と石化が解除されるわ」


 モンスターの名を聞いた瞬間の顔は、二人揃って歪んでいた。

 バジリスク。聞き覚えのある名前だった。

 コカトリス同様、石化能力で有名な毒蛇の王、だったか。


 ゲームや小説で出てくる場合の印象はさほどでもないが、彼らの反応から推察するに、オーガやトロールとは比べものにならない危険度だろう。

 ティナの話からすると、コカトリスの方が格下だ。

 その格下ですらこの惨状を容易く作り上げた以上、認識を改める必要がある。


 ティナの説明に真剣に耳を傾ける男たち、その表情は恐怖から希望へとだんだんと移り変わっていった。


「治るのか!? レニーのやつは助かるんだな!?」

「石化させたコカトリスを倒せば、ね。ちなみにバジリスクだった場合、倒しても石化が簡単には解けないのよね。ほら、コカトリスで良かったでしょ?」

「あ、ああ! 早とちりして悪かったな嬢ちゃん! でも、ありがとよ。あの鶏野郎今すぐぶっ殺してやる!」


 早とちり、という言葉が出てティナは顔をしかめた。

 喜ぶ男とキーツは、意気揚々と他の面々の元へと向かおうとしたが、ティナがそれを制止した。


「待って。倒せるの?」

「倒すさ。レニーを助けてやるためなら、絶対に」

「意気込みじゃなくて、手段の有無について聞いてるの。倒す方法を用意出来るなら止めないわ」


 ティナは曲がり角に視線を向けた。

 この場に残っているハンターは、これだけ被害をばらまいたコカトリスを、すでに一度取り逃がしている面子である。


「う」


 二人が固まった。

 ばつが悪そうに対処法を尋ねられ、ティナはすぐに答えた。


「仕方ないわね! よーく聞きなさい! まず、足の速さを除いて、身体能力だけならゴブリン並みのコカトリスが、どうして金貨級なのか。それは石化能力に起因するわ。ここまでは理解してるわね?」

「うんざりするくらいな」

「あたしの見たところ、ここまで被害が拡大したのは、誰も正しい知識を持っていなかったせいね。……コカトリスによる石化は、その吐息を受けたことが原因よ。今、その程度って思ったでしょ。そんな顔したもの」


 二人は慌てて首を横に振った。ティナは嘆息した。ふう、と。

 別段恐怖を煽るつもりもないのだろうが、声のトーンが低くなった。


「吐息、というと大した威力を感じないでしょうけど……性質的にはドラゴンのブレスとほぼ一緒なのよ。口を起点に発射する、状態異常を引き起こす遠隔攻撃。雷や氷の属性の代わりに、石化って能力が付いてるだけ。もちろんドラゴンの息と違って、鶏のブレスなんて有効範囲はそう大きくない。にも関わらずこの被害者の量……油断って言葉じゃ済まないんだけど、ここまで被害が拡大する前に、誰一人として気づかなかったの?」

「言い訳だが、オーガを倒すのに主力が全力出し切ったあとだったんだ。しかもここで金貨級を相手取れるのはロイのパーティーだけだった。不運なことに、他はゴブリン退治の初心者とか、オークやウルフ専門で狩る訓練をしていた連中ばかりだ」

「俺らより装備や実力のあるパーティーは、さっさと奥に向かった。あんたたちみたいにな。しかも俺らのいた場所からじゃ何が起きてるのか分からなかった」


 キーツが歯を食いしばり説明すると、ようやく名前の判明したレニーの兄貴分ことロイが情けない顔で言葉を引き継いだ。

 耳にしたコカトリスのサイズ感からすると、少し大きい鶏程度だ。

 とすれば、銅貨級銀貨級ハンターでごった返すこの場で、遠くからすぐに危険を察知するのは難しかったに違いない。

 確かに言い訳ではある。だが、後悔している彼らに対し、ティナは言った。


「あんたたちも冒険者を名乗るなら多少は勉強しておきなさい」

「面目ない」


 キーツの縮こまりっぷりといったら、見ていて可哀相だった。年齢的には半分以下の小娘の冷たい視線に恐縮そうに目を伏せている。

 大勢のハンターの無惨な状態を見て、ふがいなさに恥じているのかもしれない。


「……実は偉そうに説教出来る立場じゃないのよね、あたしも。例外まで考慮に入れて行動するのは案外難しいって、さっき痛感したばかり。あなたたちも自分が戦う可能性があるモンスターについては全部頭に入ってるんでしょ?」

「あ、ああ。ハンターとしては当然だ」

「それで生計立ててるからな。ウルフに関しては、完璧に頭に叩き込んである」


 二人は頷いた。ティナも倣った。


「なら十分。必要ないことまで調べるのは、ある意味非効率なのよね。領域ごとに出現モンスターの決まってるダンジョンで、出るはずのないモンスターが現れるなんて、普通はありえないことだし。今回はそれが起きちゃったけど……」

「いや、言い訳さ。実際、嬢ちゃんはコカトリスを知ってたんだからな」

「対処法の話に戻しましょう。といっても、難しくないわ。金貨級であってもコカトリスの危険は石化ブレスだけ。つまり」

「近づかなければいい、ってことか?」

「よく出来ました。まず遠距離攻撃出来る手段があるか。あっても、狙うときの的が小さいのが難点ね。外したら当然、コカトリスも反撃に出るわ。どう?」

「俺は投石くらいしか手段が無えな。キーツ。お前はどうだ」

「ロイ。……俺は、射手としては中の上だ」


 背中にくくりつけてあった木製の弓を降ろして、キーツは矢の本数を数えた。

 彼はウルフ専門と嘯いていたが、他のモンスターと戦えないわけではない。


「そいつは上々だ。ならキーツが初手で射殺を狙う。倒せなかったら俺らが全員で石を投げて二発目までの時間稼ぎ、しくじったらコカトリスが突っ込んでくるだろうから、距離を取るために逃げるか、あるいはブレスを受けても無理矢理仕掛けるか。一撃当てればいいだけだ。……ちなみに魔法使いの嬢ちゃん、あんたならどうする?」

「決まってるわ。遠くから《火炎玉(ファイアー・ボール)》を投げ込むだけよ。何よその顔……ああ、安心なさい。敵討ちしたいんでしょ? 手は出さないわ」

「マナ中毒なんで手を出せないって言った方が正しいけどな」


 恩着せがましくティナがドヤ顔で微笑んだところに、俺は口を挟んだ。

 真剣な顔で聞いていたロイとキーツは、その瞬間に耐えられなくなって噴き出した。

 緊張がほぐれたようで何よりである。


「ヨースケ! ずっと黙ってたと思ったら……っ!」

「というわけで、俺らは影響を受けない場所まで避難させてもらおうか」

「待ちなさいよっ。あんたは別に!」


 引っ張って現場から遠ざけると、言いかけたティナが途中で口を噤んだ。

 ロイとキーツは曲がり角の監視を続ける彼らと合流し、素早く作戦を固めていた。


 俺はマナ中毒にはなっていない。

 だが、復讐に燃える彼らのやる気に水をさすのも悪いし、何より離れた場所に陣取れば、対処のしやすさが段違いだ。

 彼らがコカトリスを仕留め損なった場合、近くにいるのはまずい。


 不満げなティナに小声で考えを伝えると、彼女は反論をしようと口を開きかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。一安心である。

 と思ったら、いきなり大声で叫んだ。


「あんたたち! もし失敗してもこのヨースケがフォローしてくれるから! あんまり気負わずやりなさい!」

「そいつはありがとよ! だが、そこで指くわえて見てろ! コカトリスの浮遊マナとドロップ金貨、俺らが両方いただくんでな!」

「絶対ミスらねえぞクソが! てめえみたいな若造に誰が頼るか!」

「魔法使いが余裕ぶって見てんじゃねーぞ!」

「悪いな。助かる」

「あ、てめえ! ひとりだけ好い人ぶってんじゃねえよ」


 各自が気勢を上げて、恐るべき強敵との戦闘に挑もうとしていた。

 重苦しい空気にほんの少し、快い風が吹いた気がした。


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