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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ

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第八話 『発見』

 

 

 相当な距離を歩いた。

 散らばる銀貨を拾いつつ、さらに奥に向かう。


 ここまで来ると銅貨を落とすモンスターはいなくなる。

 銀貨級ばかりで、すれ違うハンターの姿は完全になくなっていた。

 ダンジョンの壁から漏れてくる仄明かり、いつしか青白い不気味なものと化し、空気もどこか冷え冷えとしている。


 モンスターが出る小部屋には一切立ち寄っていないから、移動時間としてはそれほどでもない。

 たった今全滅させたシルバーウルフの群れのように、思った以上に素早いモンスターが出現と同時に襲いかかってくるため、気を抜ける場面でもない。


 ティナは片手が塞がるマジックライトを、剣の代わりに腰に差した。角度を考えなければ十分に光源になる。


「ヨースケ。そろそろいいでしょ」

「このままついていくだけじゃダメか」

「ヒモって呼ぶわよ。……冗談はさておき、ここは銀貨級しか出ない場所よ。目的地はもう少し先だけどね」

「銀貨級でも強い方が大量にいるエリア、だったか」

「今日の探索はそこまでよ。そこからさらに進まない限りは敵に金貨級が混ざることもないから、安心してちょうだい」

「つまり、今なら俺がしくじってもリカバリーが簡単だと」

「怒った?」

「まさか。もっともな話だ」


 通路で遭遇したモンスターを、ティナが一撃で蹴散らすことが何度もあった。

 俺はそのたび彼女の手際に感心していたのだが、俺が楽をしていることに言及し、彼女は不満げな顔を見せた。

 ちらり、と通路の奥に光る目が見えた。


「また来た、あたしは前。ヨースケは後ろ!」


 通路を駆け抜けてきたシルバーウルフが四匹、その鼻先に、ティナがロングスタッフを振り回して動きを鈍らせ、その隙に詠唱をする。


「熱き力よ。我が前に立ち塞がりし敵を焼き尽くせ。《火炎玉(ファイアー・ボール)》」


 彼女は長い杖の先端に生みだした火炎の球を、一瞬遅らせてから発射した。

 全頭まとめて巻き込む形で火球が破裂し、銀色の狼は一匹残らず炎に包まれた。


 その流れるような動きを横目で眺めつつ、文字通りの挟み撃ちで、ほぼ同時に背後から突進してきた青い毛の狼を視認した。

 ブルーウルフだ。

 攻めてきた青狼は一匹だけだったが、普通サイズだったシルバーウルフとは異なり、こっちはライオン並に大きい。


「冷たき風よ。我が前に立ち塞がりし敵を射貫け。《氷狂矢フリーズ・アロー》」


 体格分、速度は落ちる。

 代わりに耐久が高い。

 俺は狙いを付けやすいよう指二本でブルーウルフを指し示し、タイミングを計ってから魔法を放った。


 氷の矢は青狼の分厚い毛皮を容易く貫いて、その場に縫い付けた。

 一発で倒しきれなかったため、二発目を動けなくなった敵の眉間に撃ち込んだ。


 銀と青の狼は、ほぼ同時に四散した。

 モンスターは死ぬと肉体を失うため、倒したか判別が楽なのは嬉しい。

 ドロップした銀貨だが、一匹あたりで考えると青い方が枚数が多かった。


「ねえヨースケ。さっきの魔法なんだけど」

「なんだ。今、ちょっと忙しいんだが」

「あれ、単なる《氷矢(フリーズ・アロー)》じゃなかったでしょ」


 見下ろし気味にティナが言った。

 銀貨を拾っていた俺は、ゆっくりと顔を上げた。

 あらかじめ用意しておいた言い訳より早く、彼女は確信を持って断言した。


「ふふん、誤魔化したってダメよ! あと、あたしを適当な言葉で言い包めようとしても無駄よ! この凄腕美少女天才魔法使いの目は節穴じゃないもの!」


 ティナは俺の反応を確かめることもなく、こう続けた。


「ふふふ、やっぱりヨースケはあたしに匹敵する魔法使いだったわね! あ、もちろん最初から実力があるのは予想してたわ! ただちょっと確認しただけなのよ!」


 びしっ、とスタッフの先端を俺に向ける仕草は、少しだけ自慢げだった。

 消せない威圧感のせいで、魔力の大きさは察知されているとは思っていた。


「証拠は」

「まずブルーウルフは水属性に強い耐性があるでしょ。それをたった二発の《氷矢》で射殺しておいて何言ってるのよ。そんなの、あたしの師匠でも難しいわ」


 常識のように語られたが、そんなの聞いていない。

 俺はポケットの中のスピカに意識を向けた。

 もちろん黙ったままである。

 俺が口を噤んでいると、ティナは笑みを浮かべた。


「まあ、あたしならそんな効率の悪いことはしないけどねっ。だってブルーウルフなんてさっき使った《火炎玉》で一発だしっ」

「理由、もしかして他にもあるのか」


 ティナは、まず、と口にした。二つ目の根拠が気に掛かる。


「覚えてないの? 荒野で、あたしがグレボーの大群から助けたあのとき、ヨースケは大魔法使おうとしてたでしょ?」


 魔猪の足止めを狙って《轟雷嵐》を使おうとした。これが大魔法にあたるのかもしれない。

 だが、使おうとしていた魔法を、あの距離から即座に把握できるものだろうか。


「グレボーとの距離や体勢、それと狙いとか制御とか色々考えたら――あたしの師匠ならともかく――普通あのタイミングで詠唱始めたら絶対間に合わないし、だから先手を打って《招疾雷(サンダー・フルート)》使ったのよね。ただ、あとで考えると……もしかして余計なお世話だったりした?」

「助けてくれようとした、その気持ちには感謝してる」


 こう答えてから、ぼっち臭だの、残念さばかりが目について、実際のところを見誤っていたことに気づいた。

 ティナは本当に天才なのかもしれない。

 再会時の強要されたお礼の言葉ではなく、純粋に善意に対する感謝を述べたところ、ティナは驚いた顔を見せた。


「……あ!」

「なんだいきなり」


 突然大事なことを思い出したかのような口ぶりに、俺は身構えた。


「あの子、大丈夫だった?」

「まあ、なんとかな。……あとで、アンジーに一度顔を見せてやってくれ。感謝を伝えたいって言ってた」


 ティナがそれまで浮かべていた笑みを消して、真剣な表情で尋ねてきた。

 俺の答えに、信じられない言葉を聞いたように凍り付いて、うそ、と呟いた。

 しばらくの無言。


 ティナは目を伏せた。

 声まで小さくなった。


「あたし、すっかり忘れてたのよ。マナ中毒のこと」

「多少は危なかったけど、今はピンピンしてるよ。今は金の靴亭って宿屋に世話になってるから」


 出逢いからここまで、一貫して自信満々に振る舞っていたティナが、今はすっかり縮こまっている。

 これが本題だったのだと、ようやく気がついた。

 あの荒野でのやり取りから思い至り、さりげなく俺から必要な情報を聞き出して、その上で自分の行動の是非を確かめようとしたのだ。


「合わせる顔が無いわよ。……助けようと思って殺しかけた、なんて」

「本人が気にしてないってんだから、ちゃんとお礼言われてこい」

「ヨースケの実力なら、グレボーくらい何匹いても倒せるでしょ? わざわざ大量に引き連れて荒野を逃げ惑う必要は無かった」


 反論も俯いたままされて、ティナの顔は見えなかった。

 しかし、杖を握りしめた手がわずかに震えていた。


「余計な真似をしたあたしに、感謝される資格なんて……」

「それはお前の事情であって、それこそアンジーには関係無い話だ。しっかり感謝の言葉を受け取って、せいぜい居心地悪い雰囲気を味わってこい」

「……ヨースケ?」

「というか、これ、ダンジョン内でする話じゃないだろ! 《氷狂矢(フリーズ・アロー)》!」


 そろり、そろりと這い寄っていた暗色のスライムに魔法を放った。

 暗がりに潜むようにしてティナの背後から近づいていたが、音も気配も全く感じなかった。

 見つけたのはほとんど偶然だ。

 今にも襲いかかろうと膨らんだ瞬間のスライムが、目に入った。


 詠唱を付け加えて誤魔化すだけの余裕はなかった。

 俺の動きに呼応して、ティナもすぐさま前に跳ぶ。

 身体を捻りロングスタッフを回転させて、今まで自分がいた地点、俺の魔法が向かった方角を薙ぎ払う。


 餅のように膨らんで、そこに氷の矢が突き立ったスライムは、地面に縫い付けられて動きを止めていた。

 次に叩きつけられた物理攻撃は、まるで意味を成さなかった。


「うそ、ダークスライム!?」

「先に気づけよ先輩冒険者!」

「ごめんヨースケ! でも、こいつこんな場所に出るはずが――」


 ダメージが無いと判断したか、ティナは即座に杖を引いた。

 当然のようにダークスライムはまだ死んでいない。


 突然、風船がしぼむように暗色のスライムは縮こまると、床に溶け出すような動きで不自然なほど平べったく広がった。

 その瞬間に氷の矢も一緒に溶解してしまい、足止めすら無意味となった。

 弛緩した液体状のそれは、引き絞った弓の弦に似ている。


「飛ぶわ! 回避して!」


 ティナが叫んだ瞬間、スライムが急速に元の形を取り戻した。

 スライムはスーパーボールさながらに弾け飛んで、俺の顔目がけて凄まじい速度で突っ込んできた。


 俺は、ぎりぎりで回避した。

 ティナの指示があと少し遅かったら、頭が吹き飛んでいた。それほど猛烈な威力だった。

 いつぞやのブラスタインの一撃に匹敵する危機感が、ダンジョン内でも楽観的だった俺の背筋を冷たくさせた。


「熱き力よ。すべてを喰らう炎となりて、汝の飢えを疾く満たせ。《霊虚焔(アザー・フレイム)》」


 攻撃に失敗したスライムが跳ね飛んで壁に当たると、ひしゃげて薄く張り付いた。

 衝撃で破裂することを期待したが、そう上手くはいかない。

 ティナがすでに詠唱を始めており、伸びきったダークスライムの背面目がけて、杖の先から炎を放射した。

 波打つ火炎放射はスライムの全体を包み込むと、しばらくして床にコインが散らばる音が聞こえた。


「倒せたか。怪我は」

「おかげさまで、無傷よ。助かったわ。ありがと」


 ドロップがあったことで撃破したのは確実だが、まだ油断は出来ない。

 さらなる奇襲を警戒しつつ、火炎が消滅するのを待った。

 ティナが険しい顔でドロップした貨幣を拾い上げる。

 彼女の手の中で煌めくのは、数枚の金貨だった。


「ありえない……」

「何がだ」

「さっきのはダークスライムよ。銀貨級しか出ないはずの領域に、金貨級が徘徊してた。……でも、近くに他のハンターの気配も痕跡も無し。もしかしたら、ただの偶然の可能性もあるけど」


 ティナはちらりと周囲を見回して、険しい顔を崩さなかった。


「ヨースケ。一端、入り口近くに戻りましょ」

「いいのか?」

「詳しく調べる必要はあるわね。でも、まずは退路を確保しないと」


 ティナは即断した。

 俺も賛成して、すぐに引き返すことに決まった。

 先ほど咄嗟に使った呪文に詠唱がなかったことは彼女も気づいているだろうが、この場で追求するほど頭に血が上っていなくて少し安心した。


「ほら、先輩冒険者だしね」

「気にしてたのか」

「安心しなさい。ヨースケがいなくても判断は同じよ。このまま進むのは危険、この場に留まるのも難しい。だったら一度下がるしかないでしょ。……まさかとは思うけどまた金貨級が出た場合、カバーしきれない可能性があるわ。ヨースケも警戒よろしく」


 来たときとは警戒の度合いが雲泥の差だ。

 会話はしつつも、その視線は前後左右にひっきりなしに動き回っている。

 十フィート棒のようにロングスタッフを前方に突き出しつつ、角にさしかかると《火炎玉》の詠唱を途中までしている。


 俺は通路のチェックだ。

 周辺や背後に妙な音がしないかと気を付けつつ、受け取ったマジックライトで通路の隅や天井を照らす。

 先ほどのダークスライムのように、暗がりに溶け込んでいたり、影に紛れているモンスターも存在するとティナが言ったのだ。


「出るはずのない金貨級の領域が増えたと仮定すると、警戒対象は……まずはダークウルフ、ブラックスパイダーあたりの動物型。次にゴースト、クラウド系の非実体型。あとはレッサーヴァンパイアとか、凶暴なくせに意外と知能高い系のモンスターね。あたしなら倒すのは難しくないけど、どれも先手を取られると危険だから」

「さっきのダークスライムも金貨級だろ?」

「出るのが分かれば問題無いわ。炎や雷系の魔法にかなり弱いし、奇襲でない限り一匹二匹じゃ大したことないし、スライムが怖いのは狭い場所だけだ……も、の」


 突然ティナが足を止めた。

 説明をしながらも、前方の警戒をしていた彼女だ。

 すわ戦闘かと身構えるが、ティナは俺を振り返り、再び先に進むよう目で促してきた。

 俺はティナの肩越しに、ダンジョン入り口へと戻るための通路を覗いた。


 真っ黒だった。

 来た時には何も無かった、普通に通ることが出来たはずの通路に、深くて暗く、妙に立体的な闇が立ちこめていた。


 それは実体のある闇だった。

 黒く透明な壁がダンジョンの通路に立ち塞がっていた。

 物理的に進めないのは分かったが、俺は首をかしげた。


「……なんだあれ。ぬりかべか」

「ヨースケ、走って!」


 ティナが叫んだ。理由を尋ねる時間はない。

 あまりの剣幕に言われるまま、ダンジョンの奥に向かって二度目の前進をした。


 視界の片隅で、道をみっちりと塞いでいた闇が、突如としてその形をどろりと崩壊させたのが見えた。通路いっぱいに広がっていた闇の塊は、重力に従うように床に降りると黒く透き通った液体と化して、つい十分ほど前に見たのとそっくりな動きをした。

 不自然なほど床に広く薄く伸びて、しかし規模と大きさが違いすぎる。


「なんだよあれ!」

「ダークスライムよ! おっきいけど! 意味わかんないくらいおっきいけど!」


 巨大ダークスライムは、先ほど倒した小さな一匹と同じ歪み方で、弛緩した。

 それは引き絞った弓の弦。

 線ではなく面として半月状に伸びきった巨大スライムによる発射と弾力の度合いは、小型のそれと比べものにならない。


 走った。


 全力で、俺とティナは走って逃げた。

 前に。前に。どんどん前に突き進んだ。


 通路での奇襲を警戒する余裕など無かった。

 少しでも速度を緩めれば、あの威力で吹き飛ばされるか押しつぶされるのが明白で、息も声も惜しんで二人並んで駆け抜けた。


 浮遊マナを取り込んだ強化。それが無かったら追いつかれて即死だった。

 スライムが迫ってくるのを見てすぐ、ティナは手にしていたロングスタッフを放り投げていた。

 魔法使いにとっては大事な杖だろうに、素早く的確な判断だった。


 俺の背丈より巨大なボールとなったスライムが、通路の左右上下を弾け飛び、跳ね回りながら凄まじい音と勢いで追い掛けてくる。


 岩とスライムの差はあれど、さながら坂を下るインディアナ・ジョーンズの気分を味わいながら、ひたすら前に走り続ける。

 坂でもないのに速度が落ちる気配のない巨大ダークスライムは、やはり強烈な殺意を持って俺たちを狙い続けている。


 全力疾走には限界がある。

 そのうちに、ティナの息が切れ始め、わずかに足が鈍る。

 その小さな遅れが致死に繋がる状況だ。


 焦りからか、ティナの足がもつれたのが見えた。

 あともう少しで十字路だった。

 そこまで逃げ込めばあるいは、と思ったが、どうやら辿り着けそうにない。

 アンジーのように担いで、あるいは抱えて逃げ込むにも間に合わない。

 必要なのは威力と速さだ。速攻の《氷狂矢》では威力が足りない。確殺の《不諦炎》では速度が足りない。

 なら《轟雷嵐》だ。あのスライムを一撃で倒せる威力。


「ご主人様!」

「……っ! ああ!」


 俺の逡巡とほぼ同時に、スピカの声が聞こえた。俺は覚悟を決めて速度を緩めた。

 その場で身を翻し、巨大スライムに手を向ける。

 窮地にあって諦めず詠唱を始めたティナの声と、迫り来る黒い塊が響かせる轟音をあえて無視する。


 遠慮は要らなかった。

 今は、グレボーの大群を相手にしたときとは状況が違う。

 あのとき奪われた見せ場を取り返せとばかりに、俺は有り余った魔力を注ぎ込み呪文を唱える。

 間に合え!


「《轟雷嵐(サンダー・ストーム)ッ!》だ! 消し飛べ!」


 

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