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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ

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第七話 『ダンジョン良いとこ一度はおいで』

 

 

 気の良い同乗者たちとは洞窟の入り口で別れた。

 冒険者ギルドでも聞いたが、階層や深度によって出てくるモンスターが違う。

 ここに潜るハンターたちもその日の体調や目的によって各々違う場所を目指すようだ。


 ティナの話によれば、浅い部分には危険が少ないらしい。

 ゴブリンを始めとした銅貨級(ブロンズ)モンスター、つまり銅貨をドロップする程度の雑魚相手に小遣稼ぎをするなら入り口近くの浅い場所に留まる。

 銀貨金貨を狙うならどんどん先へ進むことになる。


 構造としては洞窟型であり、道中に小部屋や玄室はあっても、分かりやすい階段は存在しない。

 奥に進むにつれてなだらかな斜面となっており、だんだんと地下へと潜っていく形だ。

 モンスターの出現ポイントも銅貨級しか出ない場所、銀貨級(シルバー)でも弱いモンスターばかりの領域、銀貨級上位がたまに混じる場所、そして最下層まで到達した場合、最奥のわずかな場所にのみ金貨級(ゴールド)が出現する。

 逆に言えば、この出現分布と自分の力量さえ把握していれば、ほぼ危険は無い。


「ん? どうしたの、さっさと行きましょ」

「……随分と雰囲気があるな」

「あー。ヨースケは、ダンジョンは初めてだったわね。でも、どこもこんなよ」


 再確認したが、今回はオリエンテーションである。

 ネストンのハンターでも相手取れる者がほとんどいない金貨級を狩りに行こう、とはどちらも言い出さなかった。

 かといって魔法使い二人でゴブリン狩りはあまりに役不足に過ぎる。

 俺がダンジョンに慣れるまでは銀貨級の領域から先には行かないと決めたのだ。


 俺としても、ティナとの探索行には心配はしていなかった。

 銀貨級相手なら万が一不意を突かれても対処は容易い。


 まさしく初めてのダンジョンアタック。それに慣れるための遠足である。

 ようやく観光らしくなってきた。


 そう考えると、この周囲を鬱蒼とした林に囲まれて、あたりが小山になっていて、その中央にぽっかり空いた黒穴、光ごと人間を飲み込むような不気味な入り口の前に、冒険者ギルドの関係者と思しき職員が小屋を作っていて、列を成して入場する冒険者を確認している姿も、まるで風光明媚な名跡に足を踏み入れる気分になろうものだ。

 もちろん冗談である。


「ほら、入りましょ。大丈夫、奥に進まなければ大したことないし。あ、もしかして怖いの?」

「ちと怖いな」

「へー。でもヨースケ、荒野でグレボーの大群に追い掛けられるより危ないことなんて滅多に起きないわよ! 大丈夫、何か起きたらあたしが守ってあげるわ!」

「期待しとくよ」


 次々にハンターの入っていくダンジョンの入り口は、前述の通り洞穴めいていて、横幅はあるのだが、地下に向かっての緩やかな下り坂になっている。

 内側から不吉な冷たさと、どんよりとした重い空気、さらに薄気味悪い風切り音が流れ出してくる。


 空気の流れを感じられて、窒息の危険が無いのは吉報だが、何やら今から地下墳墓にでも潜るような薄気味悪さを覚えた。

 たまに出てくるハンターの集団がいて、嬉しそうに袋を握りしめたり談笑したりしているのが不穏を払拭する唯一の情報だ。

 上手いこと一稼ぎ出来たのだろう。


 それを見てもなお、俺は不吉な予感を禁じ得なかった。

 ダンジョン内の低い天井、それでも腰を屈める必要はなかったが、妙に狭苦しい感じの出入り口を通り過ぎるとき、先を歩くティナの背中から目を離して、振り返った。

 地上の光が、ほんの少しだけ洞窟内に入り込んでいて、そこだけがとても明るくて、外の眩しさを見せつけるようだった。

 本当に、嫌な感じだ。



 中を覗くが、ひとの姿は見当たらない。

 ダンジョン内に足を踏み入れて、少し進む。

 外の光が届かなくなるまで誰もいない通路を進み、最初の曲がり角を折れた瞬間、大量の視線を感じた。


 通路とも広間ともつかない空間に大勢のハンターが座り込んでいた。

 椅子を持ち込む者、ござを敷く者、地べたにそのまま腰を下ろした者と色々で、さらには警戒の目、値踏みするような視線、面白がっている表情など、見た目も態度も十人十色だった。だが、大半はすぐに興味を失ったように目を逸らした。


 ありがたいことに、あからさまな敵意を向けてくる者は少ない。

 日常的に戦いに身を置いている彼らにとっては、多少の威圧感は気にならないのだろう。


「こんちわーっす」

「うっす」

「よろしくなー」


 落ち着いて見ると、このエリアには結構な人数が屯していた。

 出入りも激しく、互いに顔見知りが多いようで、挨拶の仕方も適当極まりない。

 壁にもたれて座り込んだハンターたちがずらりと並んでいる姿は、ある意味異様ではあったが、違和感はなかった。


「お前ら今日は右ルート?」

「ああ、右、右、左だな。そっちは」

「俺らも右入り、それから余裕があったら左かな」


 広間に入ってすぐの場所に数十人。

 ソロのハンターは滅多にいないようで、グループとして数えたら十前後だ。漏れ聞こえてくる会話は俺には意味が掴めない。

 ティナは当たり前の顔をして彼らの隙間をすり抜けて進んで行く。


「これから三区でコウモリ狩りするんだが、あと三人まで募集してるぜー」

「盾役欲しいパーティーはオレを呼んでくれ! 銀貨級なら大抵いける!」


 この場にいるハンターのうち、女性の割合は二割から三割程度。

 しかし、装備からの推測だが、これだけの人数がいても魔法使いの格好はまったく見当たらない。

 もちろん剣士や槍使いでありつつ魔法も使えるハンターの可能性もあるが、やはり魔法が使える冒険者は珍しいと思われた。


「よう。今日はどうした女魔法使い、連れがいるなんて珍しいな。ひとりが大好きなソロ専門だとばっかり思ってたぜ」

「そっちはいつも群れてるのが好きみたいね」


 嫌味っぽく声を掛けてきた軽装の男に、同じトーンでティナが返した。

 少し異色な雰囲気がある。

 他のハンターグループとの最大の違いは、彼の周囲には五人の女性が侍っていることだった。


 ティナは肩をすくめて、さっさと通り過ぎようとした。

 男は俺を見て笑った。


「女冒険者がヒモを養うと大変だぜ。せいぜい気を付けろよ」

「そっちこそ、女の子に刺されないよう気を付けなさい」

「残念。もう三回は刺されてるから手遅れだな」


 ゲラゲラ笑った男の周囲の女性たちは、ティナを見送り手を振っていた。

 ティナのぼっちらしからぬ手慣れた様子に俺は驚きを禁じ得なかった。


 一呼吸置いて、ティナは振り返った。

 今の返しは上手かったでしょ、どうよ!? と目が語っていた。

 俺は安心した。


 洞窟といっても、天然のそれではないようで、通路は思った以上に広いし、均してあってかなり歩きやすい。

 言うなれば洞窟風のダンジョンだ。

 どんな仕組みか、非常に明るいヒカリゴケがこびりついている感じで、壁や天井から仄かに照らされている。

 得にこのエリアは、待ち合わせや休憩にも便利なのだろう。

 まるで巨大ホテルのロビーさながらの人数だ。


 普段からこんな光景らしく、話し声にも遠慮や緊張が全く感じられない。


「お前らー。そろそろゴブリンは卒業しろよー。稼げねえぞー」

「ラザックさん! 最下層まで進んでトロール狩ったってマジッスか!」

「おうマジマジ。超やべえよアレ。六人でギリギリ倒せたけど、あそこに他のが乱入してたらマジ死んでたな。トロールって切ったそばから傷が治るんだぜ。二度と戦いたくねえな! 見ろよ、こいつがトロールの落とした金貨だ。すげえだろ」

「うわっ。マジで金貨ッスね。あれ、せっかく稼いだのに使わないんスか」

「いや、だってよう……」


 壁から滲む、ふんわりとした薄いオレンジの透明な光。

 辛うじて少し先が見える程度の絶妙な暗さだ。

 そのため完全に視界を閉ざされるほどではなく、周囲がはっきり見えるほど明るいわけでもない。

 松明やカンテラを用意した方が安全かなと思わせる感じで、ティナが腰元のポーチから何かを取りだした。


「便利でしょ、これ」

「……懐中電灯?」

「カイチューデントー? 違うわ、ただのマジックライトよ」


 形状こそ違うが、用途は完全に懐中電灯のそれである。

 片手は塞がってしまうが前方に光を当てて、ある程度の視界を確保できる。


 ティナに話を聞くと、必要なのは乾電池ではなく使用者の魔力で、充電式の魔力バッテリー内蔵型らしい。

 用語として魔力でも充電なのは翻訳魔法のおかげだろう。


 古代文明製のマジックアイテムだ。普通の冒険者が気軽に持てるものではないらしい。

 その証拠に、時折すれ違った数人のハンターグループが羨ましそうにこっちを見ていた。

 彼らは通路の隅に持ち運べるオイルランプやカンテラを置いて、小休止を取っていた。


「そういえば、ここのモンスターってどこから発生するんだ」

「さあ? 人の目があるうちは再発生しないとは聞いたことがあるけど」

「どういう意味だ?」

「どこのダンジョンにも大抵狭い小部屋があるじゃない。で、とりあえず中にいるモンスターを全部倒すでしょ。そうすると、人間が中にいるあいだそこは安全地帯なのよ。で、一度外に出てから扉を閉めてまた開くと、中に同じモンスターが出現してる、みたいな」

「不思議だな。よそから歩いて来るわけじゃないってことか」

「あくまでダンジョン内ではそうなってるってだけよ」


 つまり、通路の奥とか曲がり角の向こうとか部屋の中とか、色々な場所から出てくるのはその周辺に召喚されたせいなのかもしれない。

 この入り口一つ前のエリアから少し進むと、いくつもの分かれ道に繋がり、その道々や通路脇にもハンターが散らばっている。


 周辺に陣取って小部屋の前を占有しているハンター集団がいる。

 陽気な会話をしながらあちこち彷徨う男たちもいる。

 武器の具合を確かめながら、身体の動かし方を調整している実力者なんかも混ざっているようだ。


 他には装備も身体も初心者といった者、見た目は強面だが妙に動きが鈍い者、一切の武具を持たないスキンヘッド集団など、思った以上に色々なハンターが目に留まった。

 そんな彼らを置き去りに、ティナの先導に従って、分かれ道を迷うことなくどんどん前に進む。


 通路でゴブリンの群れと戦っている姿も見た。

 ナメクジ型のモンスターを延々ハンマーで潰している姿も見えた。

 戦って倒す者と銅貨を拾う者が分担作業しているパターンもあった。

 なかなか興味深い光景である。


「不意打ち対策は?」

「浅い場所なら大丈夫。銅貨を落とすモンスターは身体能力も知能も両方低いから。かなり奥まで進んだら注意した方が良いわ。金貨をドロップする敵だと、子供以下の身体能力なのにずる賢くて落とし穴とか連携とか普通にしてくるから」

「危険だな。その手のモンスターって、この辺りまで出て来ないのか?」

「大丈夫。ダンジョンだとモンスターの種類によって出てくる区画は決まってるし、人間が無理矢理動かさない限り、そこからはみ出したりしないわ。基本的に、ダンジョンで生まれたモンスターは、ダンジョンの外には出て来ないのと同じね」


 一安心である。

 というか、得心がいった。

 そうでなければ、こんなにダンジョンが近くにあっては、防壁皆無なネストンはとっくに滅んでいてもおかしくない。



 奥に進むに従って、見かけるハンターの数は減っていった。

 完全な初心者や、足を引きずっているような小銭稼ぎの姿はもう見えない。

 銅貨級のみの領域は、とっくに通り過ぎていたようだ。


 六人組のグループが二つ、そのリーダーが何かを言い争っていた。

 彼らの近くには通路と小部屋があり、交互に入れ替わって戦闘をこなしていたようだ。


「次はうちの番だろ。ちょっと下がれよ」

「さっきの一回、シルバーウルフ一匹しかいなかったんだよ! 続けてもう一回入らせてくれてもいいだろ!」

「知るか! 俺らだって二回前はオーク一匹しか出なかったんだ。出た数の少なさで回数増やしていいなら、こっちが優先だろ」


 ティナが無言で手を動かし、回り道を促してきた。

 十分に距離が離れたところで彼女が肩をすくめた。


「危ないのはモンスターだけじゃないわ」

「みたいだな。よくあるのか?」

「滅多にないわ。でも、狩り専門の冒険者は全員血の気が多いのよね」


 ティナの言いたいことは分かる。

 金銭と経験値、どちらを目的としたハンターでも、ダンジョンに潜る目的はモンスター狩りとなる。

 譲り合えるだけの余裕があれば、そもそも争いにはならないだろう。


「パーティーメンバーは冷めた顔してたし、どっちも下手に出たくないだけね。あいつらも一線は越えないでしょうし、そもそも無関係よ。さっさと奥に行きましょ」


 ティナは呆れた顔で言った。



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