第六話 『モンスターハンター』
引き続き、俺はラクティーナ嬢を前にしている。
凄腕美少女天才魔法使いことラクティーナ=ビッテンルーナ。
からかい過ぎると怒るのは分かっているが、期待に満ちた眼差しを見ていると、どうしてもちょっかいを出したくなる。
猫を相手にしている気分、と言い表すのが近いだろうか。
「ティナ」
「ええ!」
「ティナ」
「そう、それでいいのよ!」
名を呼ぶと、彼女は顔をぱあっと輝かせた。
たったそれだけのことが、どうしてそんなに嬉しいのかと不思議なくらいの喜び方だった。
見た目は猫だが、今のはちょっと懐いてきた犬っぽかった。
「ビッテンルーナさん」
「う」
咄嗟に呼び方を戻すと、一転、悲しげな顔をした。
いや、どちらかと言うと寂しげか。
ティナはどうしてそんな呼び方するの、と口にはしなかったが内心思っていることがありありと分かる表情で、無言のまま俺を責めるような視線を向けてきた。
何も言わず、ただじっと俺を見つめてくるティナ。
いつの間にか突きつけられていたロングスタッフは彼女の腕の中に抱かれており、俺は狭い路地の片隅で立ち尽くしたまま、儚げに微笑む美少女を見下ろしていた。
瞳を潤ませながら、そのときを切なげに待ち続けるティナの様子は、不意に触れてしまえば壊れてしまいそうな硝子細工のごとき美少女そのものと言えた。
野卑と活気に満ちあふれた街の路地とは思えない静謐な雰囲気。
俺は内心なんだこの状況と思いつつ、しかし目の前にいる不思議な美少女の切望を裏切ることは、できなかった。
「ティナ」
「ええ、ええ。やっぱりそうよね、そう呼びたかったのよね。大丈夫、あたしには分かってたわ。……あ、そうだ! あたしも名乗ったんだから、そろそろそっちの名前も教えて欲しいわね」
なんだろう、この気持ち。
非常に面倒くさいものの、そこに苛立ちをまったく感じない。
俺には分かる。
たとえばさっき彼女が口にした「……あ、そうだ!」から俺の名前を尋ねるまでの流れは、話の最初からずっと切り出したくて仕方なかったはずだ。
にもかかわらず今の今までタイミングを逃して、ようやく言葉に出来た。
抑え気味だった声のトーンもそこだけ一瞬高くなった。
ついでの思いつきめいた口ぶりだったが、これが本題だろう。
その証拠に、ティナは俺の反応を窺って、ちらちらと目が泳いでいる。
「陰山陽介だ」
「家名がカゲヤマで、名前がヨースケね。えと、ヨースケ。あ、あんた、あたしをティナって呼ぶんだから、あたしも下の名前で呼んでいいわよね? ね?」
「かまわないが」
「やったっ。名前を呼び合える友達ゲットっ」
顔を伏せて小声で呟き、小さくガッツポーズしたのが見えた。
本人はどちらも隠れてやったつもりだろうが、ここは狭苦しい路地で、長い杖をぎゅっと握りしめたままである。
本人の自覚より声はずっとよく響いたし、身体の動きは大きくなった。
かわいい。
取り繕ったり強がったりしている表情も悪くはないのだが、ちょいちょい覗く素の表情と声が、非常に可愛らしい。
ティナははっと気づいて顔を上げた。
俺は優しさたっぷりの視線を送っていた。
「ね、ねえヨースケ。まさかとは思うんだけど……今の、聞こえてた?」
「気にするな。ぼっちなのは最初から分かってる」
「ぼ、ぼっちじゃないわ!」
「そうかそうか。そういうことにしといてやろう」
咄嗟に言い返したティナのとがった声を聞いて、俺の心は穏やかだった。
「あ、あたし友達いっぱいいるし! 地元で道を歩いてたら、しょっちゅう声を掛けられるくらい人気者だし! ただちょっと、いつも様付けされるだけなの! あたしたち友達よねって聞いたら、お友達なんて恐れ多いですとか遠慮されるだけなのよ!」
「様付け……ティナ様って?」
「ビッテンルーナ様って」
思ったよりも溝は深そうである。
「苦労してるな」
「同情なんていらないわ! それよりヨースケ!」
悲しいことに、ティナが突然強気になった理由にも見当が付いてしまった。
下の前で呼び合ったという事実をもって、俺は彼女から友達認定されたのだ。
分かる。とてもよく分かる。
似た経験を持っていた俺には、ティナの心情がはっきりと読み取れた。
たとえ他人に避けられることがあったとしても、それは全員ではない。
たまに例外が現れる。
あるいは何度も顔を合わせるうちに、避けていた相手が少しずつ歩み寄ってくれることもある。
そんな相手を見つけたとき、日頃のままならなさを思いだし、どうしても好意を持ってしまうのだ。
ただ、その勢いで距離感を間違えて手痛い失敗をすることもある。
とすると、次は。
俺が思案している隙に、ティナは俺の手を取った。
「出逢ったのも何かの縁だし、せっかくだから一緒に行きましょ!」
「どこに、何をしに?」
俺の問いを愚問とばかりに、ティナは微笑んだ。
「街の外にあるダンジョンに、モンスターを狩りに!」
ティナの提案に頷いて、早速ダンジョンに向かう。
と、言いたいところだったが、その前にまず寄る場所があった。
道を戻って向かった先は、ネストンの冒険者ギルドである。
あのやたらと混雑していた建物の行列の最後尾に、お行儀良くティナも並んだ。
待っている最中にティナが説明してくれたのだが、これは冒険者ギルドから許可を貰うための行列だった。
街の近くにモンスターの蔓延る広大な洞窟がある。
そこはこの街が所有している土地で、街に集ったハンターがその洞窟への入場許可をもらうために列を成しているわけだ。
一回入るたびに入場料は必要だが、高いとは思わない。
ティナの話が正しければ、雑魚を何匹か狩ればすぐに元が取れる価格だ。
奥の方に進んでいけば手強い敵もいて、実力さえあればそっちで大金を稼ぐことも出来るとかなんとか。
ティナが一緒に潜ろうと提案したのは、そんなダンジョンだった。
長い列と思ったが、建物に入ってさえしまえば受付は意外と早い。俺がティナから話を聞いているあいだにも列は進み、一方で後ろに伸びても行く。
屋内に入ってしばらくすると、次、と声が掛かった。
「あ、ヨースケ。今日はあたしが払っておくから……つ、次はあんたが払ってね!」
「はいはい。了解したよ」
勉強させてもらう、と俺は後ろに控えていた。
「……今日は二人分よ。よろしく」
「はい、お二人ですね。ご記帳をお願いします……え? あ、ビッテンルーナ様!?」
書類を用意し、ぱっと顔を上げた受付嬢の笑顔が固まった。
ティナが首をかしげた。
「何かおかしいかしら」
「い、いえ。そんなことは」
おかしいだろう。堅固なぼっちが突然他人と行動を共にしていたら。
俺は納得顔で、ひとり頷いていた。
受付嬢は何か言いたげな口元を引き締め、プロ根性で普段の微笑みを取り戻した。
ティナに促されて俺も記名し、初めての利用ということで、受付嬢から通り一遍の注意事項を聞かされてから、ようやくダンジョンへと向かう準備が整った。
ネストンの街からダンジョンまでは直通の馬車が出ている。
馬車の代金は入場料に含まれていないらしく、今度は俺が払った。
馬車といっても、幌付きのちゃんとした座席ではなく、木箱を積んで運ぶような剥き出しの荷台だった。
乗り合いバスを予想していたら、軽トラの荷台に載せられた気分である。
乗車というより移送とか輸送と呼ぶべき環境で、俺はティナに先んじて荷台に昇った。
「さっき言ってた次ってのは、これでいいのか?」
「いいわよっ。こ、これで貸し借り無しねっ」
何らかの目論見が崩れ去ったようで、ティナは唇を震わせていた。
足場は高さが不揃いだった。
小柄なティナの足運びだと、若干危なっかしい。
先に杖を受け取り、それからティナの手を取った。
随分と軽い身体だった。力を込めることもなく、そっと引き上げた。
「なあティナ。さっきの言葉なんだが」
「な、なによ」
「男がよくやる、二回目の約束を取り付けるテクニックだよな」
「えと……二回目って、何の」
「デート」
「はあっ!? だ、だだだだ、誰が、誰とよ!」
「ティナと俺。いや、本当にデートだって言ってるわけじゃないが」
荷台へと昇る途中だったティナは、顔を真っ赤にした。
そして繋がったままの俺の手に視線を送り、握りしめた自分の手を見返して、すごい勢いでわたわたとし始めた。
「あぶないっ」
「あっ、うぇっ」
バランスを崩したティナを、力を入れて引っ張り上げる。
勢いが付きすぎたので上手いこと力を逃がすためにくるりと回りながら、怪我をしないように抱き留めた。
丁度良いサイズ感で、ティナは俺の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「ひゅーひゅー。兄ちゃんたち、熱いねえ」
「ははっ、浮かれんのもいいけどよ、行き先はダンジョンだ。気をつけな」
「おいおい、あんたそんな尻の青いガキが好みかよ。見損なったぜ」
色々な声を受けて、ティナはすぐに俺の手から逃げ出し、自分の杖を奪い取るように取り返すと、威嚇するようにふーっ、とうなって身体を遠ざけた。
ティナの行動は反射的だったが、言葉は理性的だった。
顔が真っ赤なまま、涙目で睨み付けるように――おそらくは恥ずかしさをこらえて――こう言った。
「あ、ありがとヨースケ! で、でも、これはデートじゃないんだからね!」
「それは残念」
お気に召す返答ではなかったのか、ティナは口を尖らせてそっぽを向いた。
単純に目を合わせるのが照れくさかっただけかもしれない。
その後、馬車は時間通りに出発した。
ダンジョンに到着するまでの道中、周囲のハンターは、微妙に距離を取って座ったティナと俺を見て面白がっていた。
これからモンスターと戦いに行くとは思えない、良く言えば楽しげな、悪く言えば緊張感のない空気であった。




