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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ

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第五話 『ぼっちは寂しいもんな』

 

 

 以前の失敗から学んだ俺は、冒険者ギルドの場所をきちんと調べておいた。

 ネストンはハンターの集う街と呼ばれている。

 ハミンスとは随分と毛色が違うのは道行く人々の様子からも分かっていた。


 男達がどこかに歩いて行く姿が目に入る。

 それも一度や二度ではないし、大体が似通った格好や雰囲気で、四人から六人くらいの塊でまとまって街の外に向かうのだ。

 物々しい空気と、戦闘用の武器と防具を身に纏っている、つまりは冒険者だ。

 ハミンスでは冒険者ギルド周りに集まっていた人種が、ここネストンでは街中いたるところで見かけられた。


 人の流れがはっきりしていて、迷子になる心配だけはなかった。

 と、不意に、視界の片隅を通り過ぎたものがあった。


「今のやつはっ」

「どうかされましたか、ご主人様?」


 慌てて振り返ってみたものの、人の流れに紛れて、一瞬で見えなくなってしまった。

 追い掛けようとしたが、まるで溶けてしまったかのように消え去り、どこに向かったのかすら定かではなかった。


「黒ローブだ。あいつがいた」

「……と言いますと、あの?」

「そうだ。俺とスピカが出逢うことになった理由の黒ローブだ」

「ワタシとしては感謝したいくらいなんですが」


 スピカは驚きつつも、俺ほど焦った様子は見せない。


「動機が分からないんだ。……目的が分からない行動ってのは、怖いだろ」


 この世界において、黒いローブを来ている姿は、珍しいが皆無というわけではない。

 魔法使いにはおきまりの格好だからだ。

 ハミンスでも何度か見かけた。


 しかし、今俺が目に存在は何かが決定的に異なっていた。

 以前遭遇したあの黒ローブだと、どうしてか確信できた。

 不思議な存在感があって、他とは違う空気を感じた。


 魔導書と知らずに、このスピカを手に入れる原因となった相手だ。

 ふらふらと誘われるように入り込んでしまった薄暗い路地裏で、俺のほぼ全財産と引き替えに黒い本を売ってくれた謎の存在だった。


 ずっと相応しい主もないまま眠り続けていたスピカは、その黒ローブに声を掛けられ、気づいたときにはすでに俺の手の中――正確には鞄の中だったが――にいた、と証言しているから、何のために魔導書を俺に譲り渡したのかも、どうしてスピカを俺の元に連れてくるような真似をしたのかも、分からないままだ。


 スピカにとっての俺と同じように、俺にとってもスピカの存在は、なくてはならないものになっている。

 だから、これまで黒ローブの思惑はあまり考えないようにしていた。


「……ダメだな。探しようがない」

「街を探すのは」

「忘れたのか。俺がスピカを手に入れたのは都心の路地裏だ。あいつは、黒ローブ姿のまんま、当たり前のように都内にいたんだぞ」

「あ」


 そして今、ここで目にした。

 自由に異世界へと行き来できるということだ。

 この一点だけを考えても、今の俺にとっては手に負えない可能性が高い。

 そして、ひとたび見失った時点で、もう捕まえることは不可能に近いことも意味している。


「必要があれば、向こうから接触してくるかもしれないな」

「ご主人様は、あの黒ローブを何だと思っておられるので?」

「さて、敵か味方か……。ただ、どっちにしても一度は、お礼を言っておきたい」

「ええと、どうしてでしょう」

「俺の手に、今スピカがあること。他に理由がいるか?」

「く、口が上手いんですからご主人様ってば……! もー、このスピカを惚れ直させてどうしようと言うんですか! そんな、人生にたった一冊しかない運命の本と出会えて嬉しいだなんて! これ以上無い最高の本を自分のモノにしちまったぜ、なんて……」

「そこまでは言ってない」

「うう、ご主人様がデレたと思ったのに、つれないです……」



 謎多き黒ローブについてはいったん忘れることにして、歩き続けるうちに、とうとう建物が見えてきた。

 建物の規模としては、ハミンスとそう変わりない。

 しかし出入りの人数というか、活気が桁違いだった。


 かなりの人数が屋内に入りきらないようで、入口から通りの方まで行列が続いている。

 騒ぎつつもきちんと列を成しているのは、いかにも冒険者面の男たち。


 バリエーションは様々で、両手剣を背負った筋肉自慢の男や、穂先を布で覆った短槍二本を腰にくくりつけた細身の男、巨大な盾を引き摺り歩く長身の男に、露出度の高い軽装と鎖帷子を着込んだ女性の姿も見える。

 待たされていることに慣れているのか、口々に騒いではいるが本気で怒っている者はいなかった。雲一つ無い太陽が眩しいが、気候のおかげかさほど熱くはない。

 どうしてこんな人数が足を運んでいるのか、その理由が分からない。


 しかし、情報の入手や依頼の仲介する役目を持った冒険者ギルドの存在は、便利ではあるが必須ではない。

 少なくともハミンスではそうだった。

 ここでは違うのだろうか。


「あ、そこのあんた!」

「……?」

「あんたよ、あんた! こっち見なさい! 目を逸らしてもムダよ!」

「なんだ、突然」


 少し怒りの混じった、少女の透明な声だった。

 最初は驚きの、それから不満でいっぱいの大声だった。


 妙によく通る声を受けて、俺はゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは、俺をしっかり見つめて、少しばかり恨めしそうに睨み付けてくる、青い瞳の美少女だった。


 陽光を受けて眩いばかりの金髪に、大きめのツインテールが揺れている。

 背丈や声の調子から推測するに、十四か十五あたり、なんにせよ俺より年下だろう。


 観察してると、目が合った。

 年に似合わない鋭い視線を向けられていたが、彼女に敵意はあっても悪意や邪気は感じ取れない。


 背丈と同じ大きさの杖、いわゆるロングスタッフの先端を向けられた。

 金髪碧眼ツインテールの美少女は、周囲の注目を浴びていることを意識の外に追い出して、ひとつ大きく深呼吸、それから大音声を張り上げた。


「あたしのこと、忘れたとは言わさないわよ!」

「すまん、誰だ」

「……えっ」


 その瞬間の野次馬達、行列を作っていた冒険者たちの空気の変化、何とも言えない表情に耐えきれなくなったのか、謎の美少女はその細腕で俺の手を掴むと、そのまま冒険者ギルドの建物から遠ざかるように引っ張って、逃げるようにその場から離れた。


「ご主人様、この娘、もしかしてグレボー相手に魔法をぶちかましてくれた」

「ああ、あの」


 いまいち理解に苦しむところはあったが、彼女は強力な魔法使いだ。緊急事態でもないのにスピカが口を出した理由も分からなくもない。

 スピカの声は彼女の耳には届かなかったようだ。スピカの表紙を軽く叩いて、口を挟まないよう合図を出した。

 これ以上の混乱は双方にとって望ましくないところだった。

 俺が思い出した様子を見せた途端、突然湧いて出た声を気にもせず、彼女は不安そうな顔をぱあっと輝かせた。


「やっと思い出した? 思い出したのね? ええ、なら許してあげるわ。さあ、あたしの名前を言ってみなさい!」

「いや、名前は知らないが。……そもそも名乗ってないだろ」

「……あっ」


 彼女は顔を真っ赤にした。

 視線が彷徨っていたが、色々なものを飲み込んで、気を取り直してもう一度。


「あ、改めて名乗ってあげるわ、そんなに知りたいのなら! さあ目を懲らし耳を澄ませ心に刻み込みなさい! あたしの名前はラクティーナ=ビッテンルーナ! 見ての通り凄腕美少女天才魔法使いにして、今もっとも二つ名に近いと世間でも評判の一流冒険者よ!」


 さっと表情を取り繕った彼女は薄い胸を張った。

 声はいくらか揺れていたが、流れるような言葉を発し、再びロングスタッフの先端を俺に向けて格好付けた。


 まるで何回も何回も必死で練習したかのように淀みのない名乗りだった。

 顔は赤いままだった。

 耳元と首筋まで真っ赤だった。

 こうして俺と彼女の出逢いは、なんとも気の抜けた始まりとなった。




「で、その凄腕美少女天才魔法使いさんが何用だ」

「安心して! 別に謝礼として何か要求しようってんじゃないから!」


 ラクティーナ嬢の言葉は分からなくもない。

 ただ、俺の見たところ本心かどうかは疑わしかった。感謝の言葉を求めているにしては、いささか直截過ぎる表現だった。


 彼女の見せた、ふふん、と髪をかき上げる仕草や、揺らめく青い瞳と期待に満ちた眼差しの絵になる姿は、美少女らしからぬドヤ顔の影にすっかり隠れている。

 荒野における出来事が、俺とアンジーが危ないと考えた結果の、彼女なりに助けてくれようとしての行動だったと分かっているので、俺も丁寧に頭を下げる。


「その節はお世話になりました。ありがとうございました」

「あれ? いや、そういう感じじゃなくて」

「大量のグレボーを退治していただいて、本当にありがとうございました」

「なんか、思ってたのと違う……」


 結果的にアンジーの命に別状がなかったのも事実。

 思うところがないわけではなかったが、ここは皮肉や嫌味を交えず、素直な気持ちで感謝を伝えることにした。

 ラクティーナは俺の態度に首をかしげた。


「ちなみに、想定してた反応はどんなのだ?」

「そうねー。まず、あたしの手を取って『ありがとうございますビッテンルーナさん……あなたは命の恩人です! ビッテンルーナさん……いや、ラクティーナさん。あなたのような、強くて、頭も良くて、魔法の才能にも恵まれた真の美少女に助けられたこの命、大事にします! 出来ることならお礼をしたいのは山々なんですが……持ち合わせもなくて』と感動しつつも困った感じで口にされて、あたしは穏やかな微笑みを浮かべながらも、素早く事情を察して少し目を伏せて『いいのよ。助けたくて助けただけ。あなたに怪我が無くて良かったわ。ああ、感謝の言葉だけで気が済まないのなら……いつか食事にでも誘ってちょうだい』『なんて心優しいんだろう! だったら、できるだけ良いお店を探しておきます! ラクティーナさん……いや、ティナさん! 連絡先を教えてください!』『ふふっ、期待してるわ。これがあたしの泊まってる宿よ』とさりげなくメモを渡して背を見せて、マントをたなびかせながらゆっくりと去っていくのよ。どう!?」


 どう!? と口に出した瞬間のラクティーナは眼をキラキラと輝かせていた。


 あまりにも、あまりにも強烈な個性だった。

 今の発言中、独り芝居のように立ち位置を入れ替えつつ、細やかに仕草をつけつつ、声のトーンを切り替えたり、表情をころころ変えたりしていた。

 俺の目の前にいる、背の低めな、黙っていれば本物の美少女そのものな、金髪碧眼ツインテールの魔法使いから絶え間なく放射される、匂い立つようなぼっち臭。


 なんでだ。

 どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。


 やってること、言ってることだけ抜き出せば、きゃいきゃいとはしゃぐ可愛らしい年頃の少女のごっこ遊びに過ぎないはずなのに、どういうわけか、そこにいるだけでそこらの一般人を遙かに凌駕する巨大な存在感が、ラクティーナ嬢の埋没できない違和感を異様なほど浮き上がらせる。


 ただそこにいるだけで、ぼっち。

 本人の意思と無関係に周囲に溶け込めない圧倒的なぼっち力。


 それは、本当なら孤高であるとか、孤独感であるとか、もっと格好良い言葉で表現されるべき雰囲気なのだろう。

 しかし彼女の内側から立ち上る恐ろしいほどの残念属性が、孤高という空気塗り替えて『ぼっち』と呼ばせている。

 俺は彼女の手の代わりに距離を取った。


「ありがとうございましたビッテンルーナさん、あなたはいのちのおんじんです。いや、らくてぃーなさん。あなたのような、つよくて、あたまもよくて、まほうのさいのーにもめぐまれたしんのびしょうじょにたすけてもらったこのいのち、だいじにします。ぼくとはいきているせかいがあまりにもちがいますから、ちかよらないようにどりょくさせてもらいますね。ではさようなら」

「え?」


 俺はもう一度頭を下げて早口で伝えると、背を向け、走った。

 脱兎のごとく。


 ラクティーナは追い掛けてきた。

 昨日のグレボーのごとく。


「なんで追い掛けてくるんだ!」

「どうして逃げるのよ!」


「お礼は言っただろ! 足りないならもっかい言ってやる、ありがとう!」

「確かに言われたし二度言わなくてもいいわよ! でもどういたしまして!」


 俺と彼女は砂煙を上げながらネストンの街を駆け抜けていった。

 男女の身体能力の差、そして浮遊マナによる強化の差がある。

 二つの要素で俺はラクティーナに追いつかれることはないと考えていた。


 が、ひとつ抜け落ちていた要素が残っていた。

 角を二回曲がり、路地に入り込み、姿が見えなくなって足を止めた。


「……よし、撒いたか」

「まだですご主人様っ」

「ふっふっふ、やっぱりね。こっちに来ると思ったわ」


 地の利は向こうにあった。

 街に不案内な俺の逃げ道に先回りしていたのだ。

 ラクティーナはロングスタッフを横にして道を塞ぎ、俺を睨んだ。


「で、なんで逃げたのよ。ただ単に想定してた反応を説明しただけなのに」

「自覚無しか!?」


「あ! 分かったわ! 話してみて、あたしが本当に凄腕美少女天才魔法使いだと分かったからつい気後れしちゃったのね? もー、そんなの気にしなくてもいいのよ。あなたに怪我が無くて良かったわ。ああ、感謝の言葉だけで気が済まないのよね? だったらいつか食事に誘ってちょうだい」


 行動も発言も極端に過ぎる。妙に高いテンションを目の当たりにして、俺はわずかな違和感を覚えた。彼女とて、日頃からこの調子で話をしているわけでもあるまい。


「結局やるのかそのやり取り」

「な、なによその憐れみの目! いいじゃない少しくらい期待したって!」

「……分かった。それで気が済むなら付き合おう。ティナ、連絡先を教えてくれ。良い店が見つかったら連絡する」


 望み通りの言葉を告げたのだが、彼女はしばらく固まった。

 何か間違えただろうかと首をかしげていると、呆然としていたラクティーナは突然我を取り戻した。


「いきなり呼び捨て!?」

「ダメだったか」

「本当はそんないきなり距離を詰めるなんてはしたないと思うんだけど、あなたがどうしてもって言うならティナって呼ぶのを許可してあげるわ。普段ならこんな許可そう簡単に出したりしないんだけどこうして出逢ったのも何かの縁っていうかやっぱり魔法使い同士だしせっかく出来た繋がりって大事にしなくちゃいけないと思うのよね!」


 後半は、ほとんど一息で発せられた言葉だった。

 この滑舌の良さ、呂律がよく回るのは腕の良い魔法使いの特徴なのだろうか。

 内容はともかく、言葉は非常に滑らかだった。

 俺は少し考えてから、こう返した。


「じゃあ連絡先を教えてくれ凄腕美少女天才魔法使いさん」

「……」


 すごい目で見られた。無言で、見つめられた。

 捨てられた子犬のような瞳に、俺は毛布のかわりにこんな声をかけた。


「どうしたんだ不満そうな顔をした凄腕美少女天才魔法使いことラクティーナ=ビッテンルーナさん。どうしてもってわけじゃないから呼び捨ては恐れ多いし遠慮しつつ感謝と尊敬の念を込めてこう呼ばせてもらうよ凄腕美少女天才魔法使いことラクティーナ=ビッテンルーナさん。それで俺とは全く親しくもないし今後も親しくなる予定のない凄腕美少女天才魔法使いことラクティーナ=ビッテンルーナさんは今どうして涙目になってロングスタッフを振り回して……って痛い痛い」

「ティナ」

「いや、でも」

「ティナって呼んでちょうだい」

「凄腕美少女て……おい馬鹿やめろ杖を向けるな魔力を込めるな」


 ラクティーナも詠唱まではしなかったから本気でなかったことは分かるが、さすがにからかいが過ぎた。

 一応からかったことを謝ると、彼女は口を尖らせた。


「ちゃんとティナって呼んでくれたら、やめてあげるわ」


 この気持ちはなんだろう。

 拗ねたような表情をしたまま、長い杖を握りしめた美少女が、少し悔しそうに涙目で睨み付けてくるたび、俺もなんだか妙な気分になるのだった。


 あー楽しい。



5/10 脱字修正しました。ご報告ありがとうございます。

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