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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第二章 ネストン・ラプソディ

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第四話 『縁、カウント』

 

 

 翌朝のことである。

 街を見回るため宿を出ようとしたところ、急いで追い掛けてきたアンジーに呼び止められた。


 話があると連れ戻された先は、宿の受付前のロビー。

 ちょっとだけ大きなテーブルと、泊まった部屋の中より豪華な椅子がある。


 グレボーの襲撃後、彼女のお願いを聞いてこの街まで一緒に来たわけだが、俺の行動は護衛の仕事と言えた。

 安宿の薄汚れた床と壁は、アンジーの態度と雰囲気に相応しくなかった。

 着替えても昨日と似た町娘の風体なのだが、どうにも浮いて見えるのはその表情ゆえか。

 ただ、変わらぬ赤毛だけが、その様子に負けず劣らず目を引く鮮やかさを保っていた。


 突然始まった厳かな空気に、たまたま通りすがった他の客も居心地が悪そうだ。フィリップと女主人はさも当然といった表情で見守っている。

 俺の正面に立ったアンジーが、片膝をそっと下げ、地味な色合いのロングスカートの裾を摘む。


「一度命を助けていただいたにもかかわらず、さらに、こうして街まで無事辿り着けたのはひとえにカゲヤマ様のおかげ。末席ながら尊き血に連なる者として、本来なら相応の謝礼を差し上げるべきところ、見ての通り私たちはこの状況にございます。大変心苦しくはありますが、今は感謝の心と言葉による御礼しかご用意できません」


 場違い感たっぷりだ。アンジーと俺、あるいは宿の様子と彼女の態度。

 まるで王侯貴族の儀礼に参加させられた気分である。

 アンジーのこうした様子は二度目だが、荒野のときと違って、こうして街宿のロビーでやられると実に気恥ずかしい。

 やってる側のアンジーは平気な顔だが、俺はいったいどんな顔でこの言葉を聞けばいいのか、どう返答するのが正解なのかも、さっぱり分からない。


 アンジーはうっすらと微笑を浮かべ、俺の手を取った。

 昨日フィリップ相手のやり取りを見ていなければ、お姫様で通りそうな上品な振る舞いである。

 まだ幼いはずの少女は、指先を絡めるように俺の手の甲を撫ぜつつ、上目遣いで目を潤ませていた。


「このご恩は忘れません。いつか私たちが窮状を抜け出せたなら、そのときに何らかの形でお返しできるよう願っております」

「まあ、あんまり気にするな」

「ヨースケならそう言ってくれると思ってた。ありがとね!」


 あっさり普段の態度に戻ったアンジーは、にこっと笑った。

 深窓のお嬢様よろしくそっと重ねていた手は力強く握りしめられ、上下にぶんぶん振ってくる。


 いったい何が始まるのかと戦々恐々していた宿泊客もいたが、通りがかって横目で見ていた男はコントの勢いでずっこけた。

 奥で足を止めて夢見るような表情で眺めていた女性二人は口を半開きにしていた。変わり身の速さに、そりゃ驚くよな、と俺は頷いた。


「今は本当にかつかつで、ごめん……。せめて馬が無事なら売り払って謝礼金の足しにしたんだけど」

「大変なのは知ってるし、無理に払ってもらってもな」

「ダメだよヨースケ。こうして街までの同行を依頼した以上、報酬を用意するのはわたしの義務だし。せっかく助けて貰ったこの命だって、そんなに安くは扱えないもの」

「二度目があるかもしれないからな」

「う、いじわる」


 フィリップは娘の言動に眉をひそめた。

 女主人ことミセス・ダーリントンは、勝ち誇った顔でフィリップの小脇を小突いている。


 アンジーの言い分も分からなくはない。

 対価の支払いを疎かにすることは、自分の価値を下げることに繋がる。

 たとえば命を助けた相手から感謝の言葉すらなく、むしろ助け方が悪いと文句をつけられたり、罵倒を繰り返されたらどうなるだろう。


「アンジー、わざわざ余計な苦労を増やさなくていいぞ」

「……ヨースケは本当にいじわるだね!」

「逆に聞くが、助けたからって女の子に金品要求する男ってどうよ」

「あー、うん、言われてみれば格好悪いかも」

「手作りの品とか、ちょっとした行動とか、そういう負担の少ない選択肢もあるからな。それと、困窮してる相手に言うのもなんだが、俺はお金には困ってない」

「そういえば、そうだったね」


 俺の鞄の中身については、この親子も知るところだ。

 昨日のことを思い出したか、唐突に「貴様の持つ金貨の輝きは私にこそ相応しい! 援助を! 損はさせないから援助を!」とフィリップが横から叫んだ。

 アンジーが無言で膝を入れ、悶絶する父親を冷たい目で見下ろした。

 おそらく他人の目が無かったら頭をぐりぐり踏みつけていた。そう想起させるほど冷え切った視線だった。


「そうだアンジー、キスのひとつもしてやんな!」

「えっ」

「気持ちの籠もったキスだよ、キッス。口づけを、ぶちゅーっと! 男ってのは皆スケベなもんだし、あんた可愛いんだから十分なお礼になるよ! アンジーは将来あたしみたいな美女になるのが間違いないんだ。そんな娘の接吻だよ、ヨースケも嬉しいだろ!?」


 真顔に見せかけて目が笑っている女主人は、余計な提案をしてくれた。父親に向けていた軽蔑の表情から一転、年相応の恥じらいが覗く。

 すぐに行動に移すことはなく、俺の表情を窺うように、ちらりと見てくる。


 俺は今の発言を聞かなかったことにして、目を逸らした。

 ミセス・ダーリントンは俺のをどうしても少女に欲情するロリコンに仕立てあげたいらしい。

 芳しくない俺の反応にアンジーは口を尖らせた。


「いや、十歳くらいの女の子のキスを大喜びするのも、どうだろう」

「ヨースケはわたしの口づけじゃ不満なんだ」


 先ほどと同じように切り返したが、今度は納得してくれなかった。

 アンジーは拗ねたように目を伏せた。恥ずかしげにしていたと思えば、この言い草。


 なるほど、女心はさっぱり分からない。

 俺がどうやってフォローすべきか悩んでいると、アンジーはくすりと笑った。


「ごめんごめん! ちょっとヨースケを困らせたかっただけだから。うん、まあ、さすがにこの流れでキスするのはないよね。おばさんも変なこと言わないの! でも、少し安心した」

「どういう意味だ」

「必死に助けてくれた理由が、その手の下心って思ったら、ねえ。わたしだって女の子だし、あんまり嬉しくないなーって」

「……まあ、そりゃ確かにな」

「あと、はじめてのキスだし……やっぱり場所や状況に拘りたいかなって」

「あはははは! 分かったかいヨースケ、アンジーも女だってこったね! 好きな相手に取っておきたいってことさね!」


 女主人の大笑いを受けて、アンジーが意味ありげに微笑んだ。

 それから、手をパンパンと叩いて、流れを断ち切った。

 これで見世物は終わりと野次馬たちも察したようで、遠巻きに足を止めていた全員がその場から去っていった。


 ミセス・ダーリントンも奥に引っ込んだ。

 フィリップは床に倒れたまま、ぐったりとしていた。


「いつか必ずこの恩は返すね。だから、出世払いでよろしく!」

「分かった分かった。無理しなくていいからな」



 いってらっしゃいの声を背中に、宿から出た俺はゆっくりと歩いた。

 アンジーはしばらくこの宿で働くことになった。本来この街に留まる予定ではなかったが、馬車が壊れたこともあって、路銀を稼ぐ必要が出てきたと。

 俺もこの街で何日過ごすか分からないが、宿を変えない限り毎日顔を合わすことになりそうだ。


 宿の外はすっかり青空で、昼前の穏やかな空気に包まれている。

 陽の光もやわらかく射しており、道の向こうを温かく照らしていた。

 散歩日和だった。


「アンジーには金に困ってないって言ったが、仕事、探しておくか」

「では、まずは冒険者ギルドですね?」

「今度こそトラブルに巻き込まれないといいなあ」

「ご主人様。……それは、無理です。諦めましょう」


 幸い、俺の存在については驚くほど情報が出回っていない。

 ハミンスの守備隊も盗賊ギルドも箝口令を敷いてくれたからだ。ただ、人の口に戸は立てられないとは言ったもので、他の街に来ても情報通であれば耳にしている可能性もある。


 基本的な方針は変わっていない。無意味に目立つ真似は控えるが、必要であれば魔導士としての力を行使するだけだ。

 で、スピカの声のトーンが落ちていた。


「否定から入ったな。一応聞くが、理由は」

「ご主人様が平穏をお望みなのは十分承知で、ワタシも全力を尽くしますけれど……昨日も躊躇無く助けに入ったじゃないですか。ご主人様はお人好しですから、次も自分からトラブルに首を突っ込みます」

「スピカ、お前ってときどき辛辣だよな」

「褒めるなら正直と言ってくださいご主人様!」

「ま、頼りにしてるぞ相棒」

「ううっ、軽い言葉だと分かってるのに喜んじゃうワタシ! さすがご主人様! 魔導書心をくすぐるのがお上手!」


 足を伸ばして、ぐるりと街を回る。

 ついでに歓楽街の様子も覗いた。

 街に来て一番に見た場所で驚かされたが、昼間はそれほど野方図に騒がしいわけではない。

 開いている店も半分ほどだろう。


 商売としては夕方当たりから本番、といった感触だった。

 ただ、冒険者の姿もあるし、客の入りもそう悪くない。

 すでに酒が入っている客はそれほど多くないが、こちらもいないわけではない。


 ざっと見回ってみての感想は、最初の印象と違って、この街の冒険者は意外に生活パターンがはっきりしている、ということだった。


 冒険者向けの装備や消耗品を取り扱っている商店も見つけたが、朝から夕方までの営業時間だった。

 酒場や食堂もさすがに深夜まで営業しておらず、大抵は深夜零時が閉店時間となっている。

 夜通し店を開けているのは一部の娼館くらいなもので、それも早朝には客を追い出しに掛かっている。


 昼はモンスターと戦い、夜は食って飲んで遊んで寝る。こうした生活リズムが街ぐるみで作られているのだろう。

 そのために整えられた街であり、そのために集まった人々だった。

 街の雰囲気は決して悪くない。それどころか、誰も損をしていないように見える。

 この仕組みを整えたネストンの為政者は、なかなかの人物かもしれない。黙っていても街の中でお金が消費される形に、ぐるぐると循環しやすいように意識的に環境を作り上げたはずである。


「まるで鉱夫の街だな。悪い意味じゃなく、街ぐるみで派手に金を使わせて、使う側から懐を温かくさせる……」

「なるほど、ご主人様らしい表現です。とすれば、この賑わいの正体は」

「ゴールドラッシュ、みたいなもんか」


 モンスターを殺せば、その強さに応じて金銀銅の貨幣が手に入る。

 命の危険こそあるが、モンスターが尽きない限り、それは定期的な収入源だ。頑張れば頑張るほど稼ぎも多い歩合だ。

 しかし、三人で連れ立ってこの街に足を踏み入れるまで、周辺で遭遇したモンスターはそれほど多くはなかった。

 街の外で狩りに勤しむハンターの姿もほとんど見なかった。

 何か見落としがあるのかもしれない。


「どうしました、ご主人様。浮かない顔ですが」

「この街が賑わってるのは、ハンターが集まる理由があるからだ。だが……」

「なるほど、これだけの冒険者の懐を潤わせてなお尽きない金脈となると……ああ、ご主人様! この街の金脈には見当が付きました!」


 俺の疑問を察して、スピカはもったいぶらずに答えた。


「ダンジョンです! きっと街の近くに質の良いダンジョンがあるんです!」


 ダンジョン。

 それは良い響きだった。ダンジョンと聞くだけで心が躍った。


 こう、宝がごろごろ転がっていたり、驚くような仕掛けが満載の、とてつもなくワクワクするような場所を思わせる言葉だった。


 もちろん、現実にはそんな都合の良い場所であるはずがない。実際には、危険で面倒なモンスターがわんさかいて、即死上等の卑劣な罠があって、それらしい宝はすでに奪い尽くされたあと、残っているのはガラクタ、どこまでいってもかび臭さと薄暗さが続き、最後まで辿り着いたところで何の得もない、そんな場所に違いなかった。

 俺のそこはかとない期待と、同時に微妙にひねくれた印象を伝えると、スピカは言葉に詰まってしまった。


「う、うーん」

「違うのか?」

「ご主人様のイメージは、両方とも正しくて、両方とも間違ってますね! ダンジョンにも色々な種類があるので、どっちのパターンもありえます。一般的には、深い地下洞窟とか果てしない迷宮の中にモンスターが湧き続ける場所、という認識ですね」

「湧くって……モンスターが、延々と?」

「延々と、です」

「無限に? 永久に?」


「一回倒した場所には、しばらく出現しないので、そこらへんは不明瞭ですが……基本的にはダンジョンの何かが枯渇するか、故障するか、機能停止するまでは、ずぅーっと、ダンジョン内のモンスターが一定数を保つように、ひたすら延々と、ぽこじゃかぽこじゃか沸き続けます。半永久的に」

「……それって、ヤバイじゃないか」


 様々なモンスターが、ダンジョンから延々と輩出されるさまをイメージして、俺は目眩を感じた。

 思い起こすのは先の一件、グレボーの大群と暴走だ。

 一匹では大したことがなくとも、大群になれば危険極まりないモンスターもいる。

 ダンジョンの中からモンスターが止め処なく流出して、一挙に押しかければこの街も危険だろう。

 ここネストンには大量のハンターがいるが、モンスターの方が半永久的に、そして無尽蔵に襲撃をしかけられたら、手に負えなくなるのが目に見える。


「ヤバイですね。……もし、ダンジョンから外に出たならば!」

「出ないのか」

「はい、一切出られません。そうじゃなかったら、ダンジョン近くに街を構えたり出来ませんからね。まあ、荒野に出てくるモンスターはその限りではないので、たまに街に入り込むことはありますが……」


 ハミンスの壁を思い出した。あれは周辺のモンスターに対抗するための外壁だ。

 ネストンにはそれがない。

 スピカが落ち着いて説明している時点で、先に察知すべきだった。少なくとも喫緊の危険は皆無らしいと。


「ダンジョンで発生したモンスターは、自由に出歩けないんです。モンスターごとにおおよその出現場所が決まっていて、その領域からは一歩もはみ出さないんです。だからゴブリンと戦っている隣りにヴァンパイアは出ませんし、逆も同じです」


 ダンジョンのモンスターは外に出ることはない。出られないし、出ようともしない。それは絶対だと、スピカは繰り返した。

 俺は理由を尋ねた。

 ドロップ品を媒介に、マナが集まり、モンスターが召喚あるいは生成されるプロセス自体は同じだろう。

 だが、フィールドにいるモンスターと、ダンジョン内にいるモンスター、いったい何が違うというのか。


「古代文明のせいです」

「……そうか」

「だいたい、古代文明のせいです」


 スピカは重ねた。

 きっと古代文明時代になんやかんやして、ダンジョン内ではパターンが違うようにしたのでしょう、と。

 話を戻した。


「待てよ……今の話からすると、いくらでも稼げるってことか?」

「ダンジョンには、いくらでもモンスターが湧きます。そのモンスターを狩ればお金が手に入ります。つまり、モンスターそのものが尽きないお宝なんです!」

 

 まさしく尽きない金鉱山である。

 夢のある話だ、と俺は笑った。



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