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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ

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第二十四話 『決着』

  

 間近に迫る死を前に、俺は目を閉じなかった。

 瞬時にナスターシャが飛び込んできて、無理な体勢から槍で弾こうとする。


「だめっ!」


 だが、これはブラスタインの全力だ。

 切っ先が霞んで見えた剛剣の速度は、また一段と加速を続け、割り込んできた妨害をすり抜けた。

 轟、と異様な音を立て、空間を真っ二つに切り裂いてなお余りある剣速。


 しかし俺とて、無為に立ち尽くしていたわけではない。

 向けられた重厚で濃密で純粋な殺気に、思考や意思より先に、身体が、生存本能が反応したのだ。

 技倆は全く及ばないが、グランプルの大群から得た浮遊マナによる強化は、長年培ったブラスタインのそれに匹敵する。


 剛剣に頭をかち割られるその瞬間、後方へと跳び退り、紙一重で避けきった。

 目を瞑っていたら、どうしようもなかった。


「ご主人様!」

「《氷狂矢》!」


 スピカの声に導かれたように、俺の叫びは同時だった。

 氷の矢を撃った瞬間は、会心の一撃を放った直後のブラスタインへ。


 刹那の交差ではあったが、向こうは残心すら捨てた渾身の斬撃を放ったのだ。いくら攻守に優れた大剣使いといえど、最大の好機に、身の熟しに劣る俺をこうして討ち漏らした。

 そこに隙が生じるのは当然だった。

 

 狙いあたわず、後ろに下がりながら向けた手のひらから瞬時に発射された三本のうち、一本だけが無防備な身体に突き立った。

 ここでもブラスタインは巨漢らしくない俊敏さを発揮した。わずかに生まれた隙を身体能力で無理に潰したのだ。

 当初考えていたような手加減など、している余裕は微塵もなかった。


「ご主人様、お怪我はっ」

「ああ、そうだ。そうだった。俺は戦士じゃない。……魔導士なんだ」


 スピカの声に、一瞬で頭が冷えた。空気に当てられていたのだ。

 なまじ、以前に比べて軽々と動けたものだから勘違いしてしまった。俺には頼りになる相棒スピカがいる。


「やったか!?」


 背景と化していた守備隊の部下たちも今の攻防を見守っていたのだろう。

 咄嗟に声を挙げたが、俺にとっては不吉極まりない一言だ。

 深く刺さった氷の矢は、ブラスタインの太ももを貫き、いくらか氷結させてはいたが、片手で握りしめられると、


「ふんっ!」


 バキン、と真っ二つに折れた。

 ダメージはあるのだろうが、この程度で行動を阻害できるとは思えない。


「ふ、ふふふ、ははは、ははははははははっ!」


 それでもブラスタインの動きは受けた傷を感じさせないほどキレを増し、こみ上げてきた笑いを隠さなかった。

 すぐさま行われたナスターシャによる追撃も、大剣を横に薙いで完璧にいなし、すぐさま返した刀身で殴打することで距離を拡げた。

 氷の矢尻は刺さったままだ。だが無理に抜かれなかったことで失血も少ない。


 ナスターシャの動きが悪い。

 微妙に反応が鈍くなっている。

 盗み見ると、脂汗が浮いていた。先ほど俺を助けようと飛び込んだとき、どこかを痛めたようだった。


 降って湧いた好機を見逃してくれるはずもなく、ブラスタインが深く身を沈めた。

 獲物に飛びかかる寸前の獅子に似た、そうした構えに変わる。


 何か、する気だ。

 これまで使わなかった、いやナスターシャが使わせなかった何かを。


「なあに、いわゆる必殺技ってやつだ」


 口に出さなかった俺の疑問に答えて、ブラスタインの雰囲気が変わった。

 たとえば弓の弦を引き絞るような、そうした張り詰めた空気。

 気づいたナスターシャの表情も焦燥に駆られているが、下手に近づけないでいる。

 これから繰り出されるのは、言葉通りの必殺だ。


「行くぜ、剛剣――」 


 両手で大剣を握りしめたまま、ブラスタインは前に向かってさらに身体を沈めた。

 地面すれすれから、一瞬で天を切り裂くように。


 剣閃を跳ね上げ、斜めに昇らせる。

 狙いは俺とナスターシャの両方。

 腕を伸ばし、巨大な刃が振り抜かれれば、その軌跡には殺意が煌めく。

 急所など不要と言わんばかりに、身体丸ごと両断し殺す獰猛な一閃。


 ナスターシャは覚悟を決めた表情で、槍を持ち替え何かを狙う。

 避けるでもなく迎え撃つのは、秘策があるのか、あるいは逃げられないためか。


 速度。

 必要なのは速さだ。

 そして、立ち塞がる一切を吹き飛ばす衝撃。


 そして魔導士たる俺は、ただ一言を唱えるのみだった。


「《轟雷嵐サンダー・ストーム》!」


 隙を見てページを探り当て、すでに見出していた新たなる力。

 同時に、ありえない速度で斬りかかってきたブラスタインに合わせ、放った。


 すでに動き出した必殺の剛剣、この殺意に塗れた切っ先も、襲いかかってくるブラスタインの身体も丸ごと呑み込んで、巨大で無慈悲な雷撃が至近距離から荒れ狂う。

 大量に消費した魔力量に見合った球体状の紫電の塊は皓皓と輝きながら、焦熱を撒き散らし、ブラスタインの全身を食い荒らすように貫き、その必殺の目論見ごと吹き飛ばせば、暗くなり始めた夕空ごと周囲を明るく照らす。


 常人なら何度も死んで御釣りが来る破壊力だ。

 流石に耐えきれず、ブラスタインは前のめりに倒れた。

 それでも大剣を手放さなかったのは最後の矜恃か。


 辛うじて、生きていた。

 それを確かめてほっとするのもつかの間、まだ抵抗するかもしれないと、次の攻撃魔法を放つ用意だけはしておく。

 受けた場所のおかげか、無尽蔵な体力ゆえか、先ほどの《氷狂矢》も致命傷にはほど遠かった。

 レベルアップによって強靱さを増した肉体の頑丈さ恐るべし、と言うべきか。


 迅雷の名残か、かすかなオゾン臭と、肉の焦げた臭いがあたりに満ちていた。

 地に伏したブラスタインの顔から覗く目が、ぎょろりと上に動いた。さすがに起き上がれるだけの力は残っていないらしかった。


「まだ、やるのか?」

「は、は、は、見ての通りだ、もう動けねえよ……」


 声が出るだけ、とんでもない。

 呻き、重い呼吸で胸を上下させつつ、ブラスタインは視線を彷徨わせた。

 目を見開いてはいるが、何も見えていないのかもしれなかった。


「ああ……さっきの坊主に伝えてくれ……すまん、と……」

「断る。自分で言え」


 絶え絶えの声は彼に似つかわしくないほど小さく、俺にしか聞こえていないだろう。

 俺の返事に、剛剣ブラスタインの手から、握りしめていた大剣がついに離れた。

 鉄塊は地面に落ちて音を響かせ、冴え渡る月明かりの下、宵闇の空気を涼しくした。


 力尽きたかと心配する俺を、横に立ったナスターシャが手で制して、前に出た。

 くるりと回した槍を差し込むと、テコの原理でオッサンの身体をひっくり返した。

 仰向けになったブラスタインは、わずかに胸を上下させている。


「気絶したみたいですねー。詳しいお話は後日ということでー」


 槍の石突きの部分で、ナスターシャは脇腹をつんつんと突いた。まったく反応がないことを確かめてから、額の汗を拭った。


「ふー。大変でしたねー。でも、まだ終わってません。陽動として戦力を分断させつつ全部が本命ってことだったようですし、他の場所がどうなったか聞かないと……ほらほら皆さんー、関係各所に連絡取ってくださいねー! あと、剛剣さんはもう暴れないとは思いますが、一応縄でぐるぐる巻きにしておきましょうー!」


 素早く指示を出しつつ、疲労を隠しきれないナスターシャだったが、それでも一息吐いて安堵の表情を見せた。

 俺も、それに倣った。

 事態が収拾されたのを確認し、守備隊の部下たちが、気を利かせて俺の前にソフィアを連れてきてくれた。


 何かを言おうとして、ソフィアは躊躇う。

 自由の身となったスタンは彼女の後ろで立ち尽くしていた。

 誘拐犯に殴られた以外の怪我は無さそうに見える。

 痛みもそろそろ収まっていそうだが、スタンは俺から視線を逸らしている。


 先日のように喧嘩を売ってくる元気は無いらしい。

 まあ当然か。


「ヨースケ、さん」

「無事で良かった」


 ようやく口を開いたが、名前を呼ぶだけで、ソフィアは口を噤んだ。

 スタンのように悄然としているわけではなく、かといって先ほどの出来事を引き摺っている風でもない。

 俺の言葉に、つっかえつっかえ、しゃべり出す。


「わ、わたしは見ての通り大丈夫です。それより、ヨースケさん! ヨースケさんが、あんな有名な、わたしだって知ってるような、すごく、すごく強い冒険者のひとと戦うなんて……なんて危ないことを……」

「いや、俺も見ての通り無傷だし、あんまり気にするな」


 思い返すと、ソフィアには、俺の強さを伝えていなかった。そのため、余計な心配をさせてしまったらしい。


「そんな! ひとつ間違ったら死んじゃうところだったんですよ! 魔法使いだかなんだか分かりませんけど、わたしのせいでそんな危ない目に遭って……無事だから良かったようなものを……さっきだって、ヨースケさんが、死んでしまったかもって」


 ブラスタインとの攻防を見られていたのだ。

 ひやりとした場面はいくつかあって、そのどれもが確かに紙一重だった。

 最悪、死んでいてもおかしくはなかった。


 俺はソフィアの手を取った。

 冷たくなっていた指先を両の手で包み込み、優しく握りしめる。


「助けてくれて……ありが……とう……ございましたっ……」


 こんな時に限って、スピカが沈黙を決め込んでいる。

 ソフィアは、ずっとこらえていた涙が溢れるままに、俺の胸にそっと頭を寄せてくる。

 こんなときどうしたらいいのか分からない俺は、その柔らかな亜麻色の髪に、おそるおそる手を触れて、撫でてやった。


「あのー」


 しばらくそうしていると、横から冷たい声がかけられた。

 声以上に冷たい視線が、ナスターシャの笑顔から飛んできていた。


 はっとして、ソフィアが俺から離れた。

 夕空の下、少し寒い風が吹き抜けた。


「報告がありまして、壁を破壊した魔法使いは部下が無事討伐完了、残りの誘拐犯とその協力者は逮捕出来たみたいなので、とりあえずはお仕事終了ですー。それと先刻の誘拐犯の殺傷は、現場判断で問題無かったと処理しておきますねー」


 ナスターシャが苦笑している。部外者の立場にしては、少々やりすぎたかもしれない。

 双方が助力の程度を見誤ったとも言えるが。


「こほん……人質が助かったのも事実ですからねー。ハミンス市民を守る身としては、感謝してます。ありがとうございました」

「どういたしまして」

「ええ、私の目の確かさに感謝ですねー」

「おいっ」


「冗談はさておき、馬車へどうぞ。ソフィアさんのご自宅まで送らせますよー」

「そりゃありがたいが、ナスターシャは」

「あははー。私はまだ仕事が残ってますからねー。壊された壁の復旧までモンスターの侵入を防がないと……冒険者ギルドが本物の応援を改めて寄越すみたいですが、しばらくは休み返上ですねー。……あははー……、隊長さんは大変なんですよー……」


 哀愁漂う彼女の微笑に、俺は頑張ってくれ、とだけ告げた。

 とっくに泣き止んでいたソフィアに声を掛け、大人しいスタンと一緒に、守備隊の馬車に乗り込む。

 紆余曲折あったとはいえ、俺たちはここに来た目的を果たした。

 ひとまずはそれを喜ぼう。




 帰りの馬車の中で、隣に座ったソフィアに、ずっと手を握られていた。

 人の少ない大通りを、ゆっくりとした速度で馬車は走っていく。


 車窓から覗く景色は、すっかり夜闇に包まれていた。

 あんな騒ぎがあったことを気づかせない、穏やかなオレンジ色の灯りが街並みに、家々の窓から漏れて、その静けさに少しだけほっとする。


 ソフィアを挟んで向こう側、スタンは無言で俯いている。

 どうしてソフィアが攫われることになったか。

 それを知った以上、合わせる顔がないのだろう。


 あの誘拐犯たちは、汚い手段を好んで使っていた。

 そして人質を使うためには先んじて相手の弱みを調べる必要がある。


 おそらく、ソフィアは以前から狙われていた。

 今回スタンが迂闊な行動を取って敵に利したのは事実だが、遠からず同じような事件が起きたことは想像に難くない。

 しかし、そんなことは慰めにならない。


 ソフィアは俺の顔をそっと見上げて、それから手を離し、スタンの肩を抱いて、自分の方に寄せてやった。


「スタン、大丈夫だから、ね。怖かったね。スタンも怖かったよね。こんなに怪我して……痛かったよね。うん……お姉ちゃんは大丈夫だったから。ほら、ヨースケさんが助けに来てくれたから……ね」


 ソフィアの恐怖は消えていないはずだ。

 手を離した瞬間も、指先の震えは止まっていなかった。

 それでも優しく声を掛けた。


 怒られることを覚悟していた。あるいは責められることを当然と思ったか。

 姉と慕うソフィアを自分の無謀で危険な目に晒したのだ。

 スタンは、耳元に届いたソフィアの言葉を呆然と聞いていた。

 もしかしたら、手ひどく責められた方が、厳しい言葉をぶつけられた方が、気は楽だったのかもしれない。


 安堵の瞬間、張り詰めていたものが切れた。

 スタンの目からは、止めどなく涙が流れ続ける。そして耐えきれなくなって、馬車の中に、痛々しくこもった声が響く。

 うわああああああ! と大声を上げて慟哭するスタンは、年相応の少年だった。


「大丈夫、大丈夫」


 赤子をあやすように、ソフィアが優しく耳元で囁いた。

 不安とか、悔しさとか、恥ずかしさとか、安心とか、いろんなものがごちゃまぜになった涙だった。


 ソフィアは大丈夫、大丈夫と言い続けて、背中をぽんぽんと叩いてやった。

 スタンは泣き止もうとする。

 自分でもどうにもならない涙を止めようと上を向く。

 視線の先には、馬車の低い天井があるだけだ。逃げ場所を求めるように彷徨う視線は、ゆるゆると下がってソフィア越しに俺に辿り着いた。


「……っ」

「スタン?」

「オレ……オレ、その、ご、ごめんなさい……それと、姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう、ございました……」


 やれやれ、泣いてる子供にはかなわない。

 報いは十分以上に受けたようだし、これ以上の叱責はいらないだろう。

 俺からの仕返しも覚悟していた表情に、お前も無事で良かったよ、とだけ告げてやった。


 ぐすっ、と鼻をすすりながら、スタンは強く目をつむった。

 やがて泣き止むと、腕で鼻水をぬぐって、まだ肩を貸そうとするソフィアから離れた。


 そんなスタンを、ソフィアは少し寂しげに見つめるのだった。



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