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清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ
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第二十一話 『急行』

 


「ソフィアさんが行方不明、ってことですね?」


 ナスターシャが冷静に問いただすと、彼は頷き、細かい状況を説明した。


 誘拐犯と思われる偽警邏の逃亡を阻止するため、まず大急ぎで手空きの守備隊員を総動員して周囲を取り囲み、それからスタンの家に突入する機を窺った。

 二人の偽警邏がスタンの両親から離れた瞬間、雪崩を打って突入、両親が人質にされないよう気をつけながらの逮捕劇となった。


 捕縛を終え、騒ぎの間ずっと閉まったままだった店に声を掛けるが反応がない。

 調べると店の扉に鍵はかかっておらず、どこを探してもソフィアの姿はなかった……。


「ヨースケさん、これは」

「いや、俺にも、なにがなんだか」


 彼女の家に、そこまで完璧に隠れられる場所はなかったはずである。

 少なくとも俺は知らないし、捜索に当たった守備隊員もしっかり探したと言明した。

 混乱する俺たちの元に、別の隊員が大慌てで飛び込んできた。

 今度こそ良い報告を期待したが、その表情は決して明るいものではなかった。


「すみません、隊長。捕まえた二人を絞ったところ、別働隊がいたと判明しました。ソフィア嬢は自分から出て行った……出て行かざるを得なかったのでは」

「狙われていると分かっていて、ですかー。いえ、だからこそ人質を取られたら逆らえない……スタン君の命が惜しければ一緒に来いとでも言われましたかねー」

「……くそ」


 こっちに出向かず、俺が一緒にいれば防げたかもしれない。

 なんで俺はその可能性に気づかなかったのか。

 ナスターシャが首を横に振り、俺の頬をつねった。

 痛い。


「ほら、あまり気に病まないことです。それより助け出す算段をした方がいいでしょうねー」

「現在、大規模な警戒網を張り巡らせています。泥を塗られた格好の警邏隊、本物もいつになく本気です。自分たちの手で捕まえてやると気炎を吐いてますからね。幸い、誘拐した相手を連れたままだと動きづらいですから……此処が正念場です」


 守備隊の面々は地図を拡げ、逃走先を絞り込んでいる。


「こうなった以上、敵は街からの脱出に専念するでしょう。私たちは敵を見逃さず、全力で追い詰め、どうにかして捕まえなければなりません。我々に有利な点は一部とはいえ誘拐犯の一味を捕まえられたこと。そして誘拐犯は、利益を得るために手にした獲物を手放せない。現状では移動にも脱出にも困難が付きまとうはずです」


「ずっと疑問だったんだが、被害者は二人だけじゃないはずだよな。これまでいったい何人が攫われた?」

「総勢で十人でしょうか。誘拐と考えられる数だけで、ですが」

「以前の被害者が、とっくに街の外に運ばれている可能性は」

「……あります。最初の数名は、おそらくはもう」


 事件そのものが発覚するまで、そこまで街の内外の出入りは厳重ではなかった。


「残ってるのは五人か六人程度か。脅して連れ歩くって線は薄いな」

「袋に詰め込んで運ぶのも無理筋でしょうねー」


 話し合いが進むうちに、ナスターシャの表情に苦いものが混じった。

 警戒網の目をかいくぐって抜け出すのは現実味がない。


「箱に隠して荷車か、幌のある馬車ってところか?」

「可能性は高いかとー。ただ、この正門のみならず、ハミンス内外を繋ぐ道はすべて厳重に警戒させていますから、素通りさせることはありえませんねー。所属不明なら当然止めますし、今は出所がハッキリしている場合でも荷を改めるよう指示してあります」


 ナスターシャは即答した。

 ここまでは想定済みだ。追跡班なり捜索隊なりも目星を付けている。


「誘拐犯は捕まる前に街の外に出ようとする。しかし門は使えない。共犯者が捕まったことには、すでに気づいている……?」

「守備隊と警邏が目を光らせて捜査網を敷いています。これで見つからないのなら、どこかに隠れたまま、脱出の機会を待っていると考えるより他ありませんねー」


 街のどこかに拠点を持っているか、誰かに匿われているのだ。

 街から出られない上、捜査網が狭まっていくことを考えれば、現状維持が不利なのは向こうだ。


「門を強硬突破される可能性は?」

「……絶対に無いとは言いませんが、かなり低いかと」

「それでも突破されるとしたら、どんな理由が考えられる?」


 警備の厳重さを説明され、数人の誘拐犯程度では手も足も出ない堅固さであると納得はしたが、俺はそれでも可能な限り最悪の想像をしてみるよう頼んだ。

 ナスターシャは小首を捻った。


「んんー。門を襲撃されたとして、たとえば誘拐犯が数人ではなくて数十人いて、しかも組織だった動きをした場合は手が足りないかもしれませんねー。ただ、物理的に閉めた門を破壊できるとは考えにくいです」

「報告、報告です! 誘拐犯には協力者が複数名いた模様! 現在、所属不明の馬車が六台、西門へと向かって移動中とのこと! 幌付きの馬車と荷台のある馬車があり、それぞれに武器を持った人間の乗車が最低十人確認されました!」


 予想を裏切るように突然もたらされた報告に、ナスターシャは動揺することなく、すぐに指示を出した。

 付近から西門に戦力を集中、ただし全員を動かすわけではない。騒がしくなる詰め所付近に視線を送り、ナスターシャは肩をすくめた。


「言ってるそばから、でしたねー。私たちもそちらに向かいましょうか」


 いつの間にか壁に立てかけてあった槍を手に取り、俺についてくるよう促して、詰め所を出ようとした。


「次にあって欲しくないパターンとしては、今ハミンスに籍を置く魔法使いが共犯だったりすることですねー。門を破壊される可能性があり、適切に対応出来るのが私を含めて数人しかいません。逆に言えば、その数人が間に合えば対処可能なんですがー……あと、他には」


 凄まじい音がして、どこか遠くで白い煙が天へと昇っていくのが見えた。

 地図上で言えば外周部の壁面、西門と南門のあいだ、ハミンスを守るために取り囲んだ巨大な壁の一部が崩れているのが、遠目にも見て取れた。

 すでに陽が落ちて、薄暗くなった空の向こう。

 燃え盛る炎が、大量の白い煙と、雲多き夕闇の空とを、明るく赤く染め上げていた。


「緊急報告! 誘拐犯一味に強力な魔法使いがいる可能性があります! また、狙いは西門ではなく、外周の大壁だったようです! 連絡によると、先ほど強力な攻撃魔法によって大壁に、馬車が通り抜けられる大きさの穴が空けられたと!」


 そこにまた一人飛び込んできて、詳細が語られた。


「即刻、破壊された外壁に集合! 追跡班は!」

「すでに追っています! 最寄りの警邏が外壁を破壊した魔法使いと対峙しているとのこと! いかがしましょう!」

「包囲しているのは一般の警邏兵ですよね? 危険なので絶対に近寄らせないで! 私か、対応出来る守備隊員が来るまで監視のみで対処!」


 遠隔の通信手段があるのだろう。

 携帯電話ほど便利ではないようだが、ほぼリアルタイムで指示を飛ばしている。

 すでに支度を済ましていた馬車に乗り込み、ナスターシャが正門に残った隊員たちを見て油断しないよう命じた。


「囮の可能性が残ってますから、ここを空にするわけにもいきません。本命は破壊された壁を通過する馬車でしょうが……」

「再度の報告です! 西門に向かっていた馬車が、三台ずつ二手に分かれました!」

「被害者はどっちに?」

「不明です! なお、どちらも幌付き二台に、荷台付き一台の組み合わせとのこと! こちらも半々に別れて追跡中です! 一方は南門へ進路を変更、もう一方は破壊された壁に接近中です!」


 絶え間なく切り替わる状況の変化に、ナスターシャは顔をひきつらせた。


「う、嫌な形で分断されましたか。完全に後手に回ってますね」


 破壊された外壁を目的地として、馬車が走り出した。

 俺とナスターシャは顔を見合わせた。


「……おかしいよな」

「おかしいですねー。一瞬でひっくり返されました。それだけの戦力が、いったいどこに潜んでいたのやら」

「誘拐犯が自暴自棄になって、なりふり構わず逃げ出したと思うか?」

「計画的過ぎますねー。むしろ、この騒ぎを起こすのは既定路線……先ほど偽警邏二人が捕まったことだけイレギュラーかと。元々単なる誘拐犯とは思ってませんでしたが、これでひとつはっきりしました」


 心底嫌そうにナスターシャが舌打ちした。

 周囲の守備隊員は、彼女の不機嫌の理由に見当が付いたようで、各々顔をしかめたり、眉をひそめたり、嘆息したりした。


「俺が聞いても?」

「恥ずかしい話ですが……明らかに貴族が関わってます。所属の分からない馬車も、突然湧いて出た協力者も、脱出のための計画も、全部そちらで用意したんでしょうねー。……あー、これなら、おじさまが首を突っ込んできた理由も納得ですよー……はぁ」


 俺にも絵図が見えた。

 馬車に揺られながら、余所者である俺に街の恥をさらし、ひどく赤面しているハミンス守備隊の隊長に、追撃のようにこう尋ねた。


「ナスターシャ。後学のために聞いておきたいんだが……この状況がさらに悪化するとしたら、どうなる?」

「起きて欲しくないのは、あと三つ……いえ、四つですねー。黒幕だか協力者だか知りませんが、その貴族の横やりが」

「隊長! さる高貴な御方からの要請がありました! 凶悪な誘拐犯が東門に向かうのを発見したので、至急そちらに人員を回して欲しいと! なお、相手は強力な魔法使いとのことで、隊長の急行を求めています!」

「聞かなかったことに」


 わざとかと思うほど良い、あるいは悪いタイミングだった。

 ナスターシャは逡巡し、うめくように言った。


「……したいのは山々ですが、通報が本当だった場合まずいことになります! 先ほどの情報提供はコスタール卿の従僕からでして……」

「真贋が分からない上に、通報者は善意のお貴族様……コスタール卿なら、たぶん情報を経由するのに利用されてるだけですねー。……ああ、困った」


 俺は黄昏れている彼女に、この上さらに起こりうる最悪を問いただした。

 ナスターシャは一瞬躊躇った。


 気持ちは分かる。

 さっきから言葉にした途端、それを微妙に上回る報告が飛び込んできているのだから。


 それでも彼女は答えてくれた。

 通報にあったような、二つ名持ちの冒険者が本当に敵に回った場合。

 そして誘拐された被害者を人質なり盾として扱われた場合。

 どちらも十分ありえるだけに笑い飛ばせなかった。


「いまハミンスにいる二つ名持ちは二人だけで、どちらも敵に回るなんてありえません。こっちの心配は杞憂に終わるでしょうねー。つるぴか(ホークアイ)さんは確実に味方ですし、もう一人のあの四角い顔……えーと、剛剣の」

「ブラスタイン」


 ホークアイは盗賊ギルドの幹部だ。この件にルピンが協力している以上、その意向に従うのは間違いない。

 一方のブラスタインは、成り行きで酒を奢り、料理を奢り返されただけの関係だが、あの顔と風体は忘れようにも忘れられない。


「はい、その方も素行に問題は無いはずですし、結構親しみやすいとかで、ハミンス市民に慕われてますからねー。……問題なのは後者です。過去の誘拐事件でも、追い詰められた犯人が最後に頼るのは人質です」


 ナスターシャは十数秒黙って耳を澄ました。

 急報が飛び込んでこないことを確かめて、わずかに安堵して、それから最後の予測を口にした。

 彼女が危惧したのは、モンスターの襲撃だった。


 今までのはすべて誘拐犯の行動だったが、これは趣が異なる。

 俺の疑問を彼女はどう捉えたのか、口を尖らせた。


「ヨースケさん、もう忘れました? ハミンスを守る外壁が壊されたんですよ。壁は内外を隔てるものですが、本来は誘拐犯を閉じ込めるためのものではなく……街の外にいる危険なモンスターが侵入してこないよう、防ぐためのものなんです」


 凶悪な怪物が街中に入り込んだら市街は大混乱に陥る。

 そうなれば誘拐犯の捕縛どころではなくなる。

 そこまで意図しての外壁破壊だったとすれば、これを考えた者の悪辣さは想像を絶する。


「お話中申し訳ありません。隊長、いま報告しても?」

「はい、今度はなんですかー?」


 急ぎではなさそうな報告に、ナスターシャは少しだけほっとした様子だった。

 馬車の中にいても次々に入ってくる連絡に翻弄されたが、今回は毛色が違った。


「先頃、南門にホークアイが到着。防衛は氏が請け負うそうです。また、破壊された西南の外壁部にはギルドから冒険者を派遣、流入モンスターの撃破はそちらに任せてほしいと一報がありました!」


 言い終えた連絡役も、聞き届けたナスターシャも、静かになった。


 今は馬車に乗ったまま、問題の外壁部に向かっている最中だ。

 後方の窓から外を眺めれば、すっかり闇に包まれた街の姿が広がっている。

 夕刻はとうに過ぎて、完全に日が沈んでしまった。

 車輪が回る音、走る馬の蹄音ばかりがいやに大きく響いて、街の音はまったく聞こえてこない。


「はぁー。ようやく状況の悪化に歯止めがかかりましたかー。南門はつるぴかさんに任せるとして、壁を壊した魔法使いを私の隊が、コスタール卿のありがたーい通報には、別働隊とナニールさんが対処するということで」

「お貴族様の要請に応えなくてよろしいので?」

「敵が魔法使いで、しかも私と指定しているのが引っかかります。たぶん虚報だか誤報による時間稼ぎですし、もし本当に二人いるとすれば、壁を壊した方が格上でしょう。だったらそっちに私が向かうべきです」

「はっ。ではナニールにそう伝えておきます」

「ヨースケさんはどうします? 馬車は二手、ソフィアさんとスタン君がどちらに乗せられているかは不明ですが……」


 南門に向かう三台と、壊された壁に向かう三台。

 俺の目的は、あくまで二人を助けることだ。

 どちらに向かうのが正解かは、今までの情報からでは判断しきれない。


 事態の混迷に一条の光が射した、そんなナスターシャの明るい声だったが、俺は後方に流れてゆく景色に気を取られていた。

 壁の破壊なんて大事件もあってか、暗い夜道を歩く者は皆無だった。


「ヨースケさん?」

「なあ、あれってどこの馬車だ?」


 いつの間に合流したのか。

 守備隊の馬車の後方に、同じ速度で走る幌付きの馬車があった。

 中は見えないように遮蔽の布がかけられている。

 闇夜に紛れて、背後を、ひっそりと併走していた。


「あれは冒険者ギルド所有の馬車ですねー。おそらく、モンスター退治のために大急ぎで集められた冒険者の方々かと」


 つかず離れずだが、決して守備隊の馬車を追い越すことなく、その馬車は一定の速度を保って壊された壁の方角へと向かっている。


「調べた方がいいんじゃないか?」

「あははー。まさか、と思いたいですねー」


 言葉とは裏腹に、ナスターシャは腰を上げた。

 持ち込んだ槍を掴み取ると、御者に声を掛けて道を塞がせた。


「総員、警戒体勢を。まず私が前に出て話します。皆は配置についてください。敵と決まったわけではありませんが、油断はしないように。それと……ある意味部外者なヨースケさんは……」

「ややこしくなりそうだし、一応隠れてた方がいいよな」

「こっちのお仕事ですし、戦力として数えてませんからご安心をー」


 ナスターシャの気遣いはありがたいが、状況次第では動かざるを得ない。


「……場合によっては勝手に動いても?」


 彼女が頷いた。

 戦意をみなぎらせていた部下が眉をひそめた。


「え、隊長、いいんですかい」

「あまり良くはないんですけどねー……」


 立場上推奨はできないが、止める気もない、ということだろう。

 彼女が、邪魔さえしなければ構わない、と言いたげに目を細めた。


 こちらの方針が定まったところで、突然進路を塞がれた後方の馬車は、無理矢理に速度を緩めることになった。

 急に手綱を引かれて、二頭の馬が不満げにいなないている。


「っと、ひでえことすんなよ、馬が足を痛めるだろ」


 夜闇に埋もれた街並みを背景に置いたまま、冒険者ギルド所有の馬車がその場に停まった。

 ぼやきながら降りてきたのは、見覚えのある四角い顔だった。



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