表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清純派魔導書と行く異世界旅行!  作者: 三澤いづみ
第一章 ハミンス・ワルツ
17/96

第十六話 『強かに飲んだくれ』

 

 面倒ごとが金で片が付くのなら、それに越したことはない。

 それに、これなら良い目眩ましになるだろうという思惑もあった。


「案内頼む、おっさん」

「おっさんじゃねえよ。ブラスタインって名前がある。そっちは」

「陽介だ。……わざわざ助けに来てくれたのか?」

「阿呆どもに囲まれちゃ可哀相だと思ってな」


 あえて口に出したブラスタインに、俺は反論せず首肯で返した。


「ま、待てよおい! 俺たちのこと無視すんじゃねえよっ」

「てめえ、なめてんのか!」

「おや、お前らには奢らなくてもいいのか」

「えっ?」

「おごってくれんのかよ!」


 さっきとは違う意味合いで、四人組は互いの顔を見合わせた。


「待て待て。俺たちをか、……カイジュウ? しようったってそうはいかねえぞ!」

「そうだそうだ! こ、コビィ……を売る? そ、そいつを売られても騙されねえぞ」

「いや、でもせっかく奢ってもらえるなら」

「おいディック。リーナちゃんファンクラブの鉄の掟を忘れたのか!」

「でもよ、おごってくれるやつは良いヤツだぜ」

「リーナちゃんにフラれたってことは、オレたちの仲間だしよ」

「……それもそうか」


 相談を始める四人を置き去りに、俺はブラスタインに目配せする。


「じゃあブラスタイン、二人で行くか」

「ああ、サシで飲むのも悪くない」

「つーわけだから、お前らもうどっか行け」

「ちょっ、待てよ、ヨースケ! おいらたちは同じ志を持ってるって決まったわけで、同志、いや、むしろ親友だろ?」

「そうッスよ。ねえブラスタインさん、オレたちもご一緒させてくださいよ」

「あんた、有名なのか?」


 態度の急変には、四角い顔のおっさんの知名度ゆえらしい。

 実力者であることは見て取れたが、四人組にも顔と名前を知られている。


「ふっ。無知を晒したなヨースケよ、きさま剛剣のブラスタインを知らんのか!」


 俺を馬鹿にするように言って、ディックとやらが胸を張った。

 剛剣。

 聞いた覚えがある単語だ。

 どこだったか反芻する俺の横で、四人が騒いだ。


「急に強気になったなディック」

「二つ名持ちの解説してみたかったんだろ、きっと」

「やかましいぜお前ら! まあいい」

「まあいい、って格好付けて言ったぜこいつ」

「所詮おいらたちは弱小パーティ。サマになってないって教えてやれよ」

「言うな。三下なのは分かってんだ」


 四人が口々に好き勝手に言い出すと、夕方過ぎの道に声が大きく響いてしまう。


「そろそろいいかコント集団」


 俺が先を促すと、ディックが意気揚々と語り出した。


「ここハミンスの街にはな、憧れの二つ名持ち冒険者がいるのさ! 鷹の目ホークアイならどんな動きも秘密も見逃さない観察眼、そして剛剣ブラスタインは――」

「おいおい、ひとに語られんのはこっ恥ずかしいからやめてくれ」


 ブラスタインが遮って、気持ちよく語っていたディックは口を噤んだ。

 さすがに本人から制止されれば口を閉ざさざるを得なかったのだろう。

 それで思い出した。

 あの悪ガキ、スタンが口にしたのが剛剣という単語だった。

 逸話や二つ名持ちの冒険者は、年頃の男の子にとってヒーローみたいなものかもしれない。


「っと、そんなことを言ってるうちに、ついたぜ」


 薄暗くなってきた空の下。

 オレンジ色の光が漏れてくる、大衆酒場と思しき建物に辿り着いた。

 だんだんとかさを増す夕闇に浮かび上がるのは、明るく眩しい店の灯りだった。

 この時間でもすでに客は入っているようで、近づくにつれ店内の騒々しさが聞こえてくる。


 すでにブラスタインから一杯の値段は聞いていた。

 奢る身にはありがたいことに、ここには置いてある酒はどれも高くない。


「何杯呑んでもいいぞ」

「……マジかよ!」

「なんだよ、いいのかよ。呑んじゃう、呑んじゃうよオレ」


 四人を引き連れ、ブラスタインがにやにやしながら、酒場の扉を開けた。




 しこたま呑ませた。四人組に絶え間なく酒を勧め、ひたすら呑ませた。

 それを横目に眺めながら、ブラスタインはけらけら笑っていた。


「あんたは飲まないのか」

「飲んだぜ、三杯」

「俺の奢りだが、やっぱり安酒は口に合わないか」

「不味い酒とは言ってない。ただ、おれにもペースがあるんでな。そいつらみたいに酔ってアホ面晒すつもりはねえ」


 無理矢理ペースを上げさせたせいもあって、小一時間もせず、絡んできた四人の冒険者たち、もといリーナちゃんファンクラブは狙い通り全員つぶれた。

 多少強くても酔いつぶれる酒量だったし、ブラスタインも加勢してくれた。

 少量つまみも頼んだが、酒が進むものばかりを選んだ。


 因縁つけられて絡まれた相手への対応としては、そこそこだろう。

 一緒に飲んでいれば分かることもあって、別段この四人は性根が悪い風でもなかった。

 敵対しても悪意があるとも限らず、では何が悪かったかと言えば、単純に巡り合わせが悪かったのだろう。


 残るはこのブラスタイン。

 四角い輪郭に、濃い顔立ち。

 酒でわずかに赤くなった顔や、焼けて浅黒い首筋の筋肉が目立っている。

 その鍛えられた肉体や堅そうな頬、太い手首からグラスを握る指先にかけて、長年、厳しい戦闘を続けてきたことが察せられる傷跡がいくつも覗く。


「付き合う相手は選べよ。この手の阿呆と一緒にいると足を引っ張られるぜ」

「分かってるだろ、今日限りの付き合いだ」

「こっちのが後腐れないってか。若いのになかなかスマートな手を使うじゃねえか」


 テーブルに突っ伏した四人を肴に、黙って二人で飲んだ。

 近くのテーブルで騒がしくも楽しげな酒盛りの声がする。

 視界の端、なみなみと注がれた麦酒か何かのジョッキを煽る男達は、隣で泥酔中の四人よりも立派な体格だ。


 冒険者、と一声に言っても色々な種類がいるのだろう。

 そんな連中でも一際、有名な実力者。

 それがこのブラスタインだという。


 二つ名は剛剣。

 先ほどの解説は遮られてしまったが、やはりすごい剣士なのだ。

 横で飲んでいるブラスタインはいかにもな物腰で、一度は剣を使っているところを見てみたい気もする。


 やはり男子たるもの、自由自在に剣を振るうことに憧れを抱くものだ。

 魔法という理外の力を得てしまった俺とて、それは例外ではない。


 二つ名からしてまず間違いなくパワータイプだ。

 モンスター相手に軽々と巨大な剣を振り回し、ばっさばっさと切り込んでいくに違いない。


 間違いなく強い。そして、かなりの存在感がある。

 同じものを街に来て最初に出逢った守備隊長や、盗賊ギルドのボスであるルピン、そしてホークアイに感じた。全員に共通するのは、実力者だけが持つある種の風格だった。

 魅力と言い換えても良い。


「ヨースケ。お前、冒険者じゃないよな。これから登録するのか」

「そのつもりだ」


 しばらく静かだったが、唐突にこう聞かれて、俺は頷いた。


「理由は」

「金のためだ。あと、登録しておくと色々と便利そうだから」


 今は臨時収入もあって懐が温かいが、金はいくらあっても困らない。

 冒険者になることのメリットはあっても、デメリットはほとんど感じられなかった。

 ブラスタインは酒の減ったグラスを傾け、残りを一気に飲み干した。


「あともう一つ。冒険ってのが、面白そうだと思ってな」

「おいおい。冒険者にならなくても、身一つあれば冒険は出来るぜ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだ。しかし、冒険か……。お前はまだ若いんだ。やりたいことがあるなら迷うなよ」


 正確には冒険旅行だが、未知の地へと向かう以上、その本質は変わらない。

 ブラスタインは、からかうように言ったが、笑いはしなかった。

 貫禄と存在感のある相手から言われると、妙に気恥ずかしい気分になる。


「他人を言い訳にして立ち止まるのは、格好悪いからな……」

「どういう意味だ?」

「さあな。……酔っ払いの戯言だ、忘れろ」


 そう口にするブラスタインの表情には、どこか哀愁があった。

 まるで、自分が失ってしまった眩しいものを見るかのように。


「ヨースケ、おれは先に帰らせてもらうぜ」

「もういいのか?」

「美味い酒だった。これで十分だ。お前はもう少しゆっくりしていけよ」


 ブラスタインはさっと立ち上がると、店主に声をかけ、そのまま出て行った。


「どうぞ、ブラスタイン様からです」


 しばらくして店員が持ってきたのは一枚の大皿料理だ。

 イラーナ豚のヤヒラ風煮込みと説明された。

 この皿の代金はブラスタインが払っていったそうである。


 奢った酒より高い気がするが、ここは素直に受け取っておこう。

 一口食べて、衝撃が走った。美味かった。すごい柔らかかった。


 とろりと溶ける豚肉。

 わずかに甘いたれが、皿から肉をフォークで持ち上げた途端、すうっと落ちていく。

 酒場の暖色系の光に照らされて、琥珀色に煌めくそのたれの綺麗なこと。

 重厚さと、舌の上でとろけるような儚さが両立している。

 舌鼓を打っていると、こっそりスピカが声を出した。


「もう少しこう、ご主人様の偉大さを理解させる方法でも良かったと思いますが!」

「悪くない方法だと思うが」

「争いを避けるだけなら良い手段ですけど、味を占めたらまた来ますよ?」

「そんときはそんときだ」


 泥酔した四人の寝顔を横目で眺めた。

 どいつもこいつも幸せそうに寝こけている。

 店員に声を掛け全員分の支払いを済まして、俺は店をあとにした。


 宵の口かと思ったが、すでに外は真っ暗だ。

 方々から漏れる灯りが少ない。

 見上げた空には星が燦然と輝いている。

 夜気はあまり涼しくなく、なんとも言えない生暖かい風が通り抜けた。


 暗がりに紛れて、夜の蝶たちが路地裏に客を引き込んでゆく光景は、世界が変わっても変わらない。

 俺はしたたかに酔った身体を冷ますため、できるだけゆっくりと歩いた。




 歓楽街を抜け、すっかり静けさを取り戻した夜道を歩き続ける。


「ところでご主人様」

「なんだ」


 しばらく出番の無かったスピカが、いくぶん拗ねた風に言った。

 当然、周囲にひとの気配が無いことは確かめてある。


「ルピンさんは後々、きちんと報酬を用意すると仰ってましたけど、リーナさんからは対価について何も言われてませんよね」


 そういえば、そうだ。


「頼みを引き受ける前に、ちゃんと確認しないといけません。というかご主人様、あれこれと安請け合いしすぎです!」

「そんなことはない」

「ルピンさん相手には多少躊躇したのに、ソフィアさんにも、リーナさんにも、お願いされると簡単に頷いちゃって……まさか可愛い女の子に弱いとか!?」

「たまたまだ」

「ホントですか?」


 スピカが疑うのも分からなくはない。本なのに、じと目で言われている感じだった。

 人の耳があると、スピカは口を挟めない。もどかしい思いをさせたようだ。


「ご主人様がそう仰るなら、ワタシとしてはこれ以上言えませんが……ご主人様は魔導士なのですから、持った力に見合った立場や待遇を求めてもいいはずです。その場合、誰にも文句は言わせませんからね!」


 スピカの本心だろう。

 俺としてはもう少し周囲に溶け込む努力をしたいところだ。


 確かにスピカの主となり、現時点でも《不諦炎フレア・ストーカー》なんて大火力を持ってはいるが、壊すだけが能の男なんて怖がられるに決まってる。


「二つ名持ち、か」

「あの剛剣、ブラスタインという男ですか?」

「鷹の目、ホークアイもそうだな」

「ご主人様が真の力を発揮すれば、どちらも敵ではありませんから!」


 ふふん、と自慢げにスピカが言った。


「待てスピカ。なんで敵になる前提なんだ」

「え、あいつら敵にならないんですか?」


 スピカは不思議そうに聞き返してきた。

 これは俺がおかしいのだろうか。


「二つ名で呼ばれるには相応の実力がいりますよね」

「ああ」

「手っ取り早くご主人様の実力を見せつけるには、二つ名持ちに勝てばいいですよね」

「うん……うん?」


 いま、何か論理の飛躍があったような気がする。


「道場破りみたいなものです! 《不諦炎フレア・ストーカー》でも使って観衆の前で消し飛ばせば一発ですよ!」

「一発で賞金首になるだろ、それ」


 正門の守備隊長、ナスターシャから事細かに忠告されたのを思い出す。

 もめ事は可能な限り避けるように。特に殺人は指名手配されるから、正当防衛でもなるべく殺すなと。もちろん相手が犯罪者だとか、正当防衛だとか、免責事項があれば大丈夫なのだが、それを証明するのが割と面倒らしい。


「スピカ」

「冗談です。……おかしいですね、可愛い可愛いこのスピカの素敵な提案には、さっと飛びつかなかった……まさかご主人様のストライクゾーンは狭いのでは!?」

「悪いが、本に欲情する性癖はないぞ」

「そんな馬鹿な!」


 こんな本当に馬鹿な会話をしてから、スピカは再度忠告してくれた。


「ワタシがこれまでを思い返すに、ご主人様はお人好しです。良いように利用されてボロ雑巾みたいになってからゴミのようにポイ捨てされて傷つく姿は見たくないのです」

「気をつける」


 スピカの心配はもっともだった。

 この世界に来る前、色々辛いことがあったのは事実だ。

 それが凝りとして胸に残っているのかもしれない。


「手紙の再配達先はナスターシャのところだな。明日で良いって話だったが」

「秘密の連絡が、盗賊ギルドから冒険者ギルドに、そこから守備隊へ。なかなかきな臭い感じがしますね」

「詳しい話を聞いておくべきだったか? 今更だけどな」


 詳細を尋ねる機会はあった。

 ただ、ルピンが説明を避けた以上、俺もそれに倣った。

 連絡役が何も知らないからこそ、疑いの目を逃れられることもある。


「ご主人様の判断は正しかったかと。守備隊にまで話が届くのですから、ルピンさんの言っていた通りに後ろ暗い企みではないのでしょう。とすれば、今は任された仕事を真面目に完遂することが大事だと思います」


 黙っていても心が通じ合うわけではない。

 会話して、認識のすり合わせも終わったところで、スピカが笑った。


「これも全部、ご主人様が気分良くこの街で過ごすためですからね。多少の手間は、当然のものとして捉えてます」


 多少気は楽だ。

 相棒であるスピカが、俺の思惑を理解してくれているのだから。


 冷たくなってきた空気を肌に感じつつ、俺は一度足を止め、頭上を仰いだ。

 吸い込まれそうな夜空だった。無数の星が煌めいていた。

 すっかり酔いも醒めてきたが、そこに広がった果てしない闇、この見たこともないほど鮮やかな夜天の情景を目にして、ため息が出た。


「ご主人さまー?」

「ああ……スピカ、お前がいてくれて、良かった」

「あわ、あわわわわ、突然ご主人様がすごい勢いでデレた!? 何故に!? はっ、この勢いに乗ってここはいっそ積極的に攻勢に出るべきでは――」


 ぽんぽん、と表紙に軽く手をやった。

 ポケットの中で、スピカは嬉しそうにはしゃいだ声をあげている。


 俺は再び足を動かし、ソフィアの店までの道のりを進むのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ