第十四話 『怖いのはどっち?』
勘違いとも今更言えず、促されるままに階段を下りてゆく。
入り口こそ古びてかび臭い空気の立ちこめた階段だったが、地下へと進んで行った先に黒ずんだ扉があり、その前に見張りが二人いた。
彼らは顔を見合わせ、ドアを奇妙なリズムで三度叩いた。
音を立てて扉が開き、そのまま中へと案内された。
そこにあったのは真っ白な部屋だった。
途中の階段や道のり、扉の印象とはかけ離れて内装もきっちりした、清潔そうな部屋である。
地下に潜り、ある程度横に向かって伸びているようだ。
ソファやテーブルも完備され、広間と呼べるだけの広さがある四角い部屋だった。
部屋には強面の男が三人いて、カードゲームに興じている。
先ほどドアを叩いたのは彼らに知らせ、内側から鍵を開けさせる意味合いがあったようだ。
降りてきた階段側の扉はすぐに閉じられ、鍵を回す音が聞こえた。
四角い部屋の後ろが来た道。
前方、左右それぞれに扉がある。
こちらには鍵がかけられている風ではない。
まっすぐに前方の扉へと向かう艶のある後頭部を追った。入り口の様子から薄暗さを想像していたが、思った以上に通路や小部屋が明るい。
俺の心情に配慮して、スピカは沈黙を守っている。
妙なことになったと不安半分、好奇心半分だ。俺はポケットの中に手を入れて、さわり心地の良い表紙を撫ぜた。
長い通路を進んだ先に、一際豪奢で頑丈そうな扉が現れた。
漆塗りのような黒に、金細工で何かの文様を描かれた扉だった。
「ホークアイです。入ります」
「おう! どうしたさっちゃん!」
「そっちで呼ばないでくださいよ。面白いの、連れてきましたよ」
ホークアイはコードネームか何かで、さっちゃんの方が本名に近いのだろう。
部屋に入ると、大柄で引き締まった背中が立っているのが見えた。
いかにも筋者と言った風体ながら、深くお辞儀している。
お辞儀されているのは、どこにでもいそうな容姿を持った小男だ。
壮年の小柄な男が、座ったまま机に脚を投げ出している。
「おっと、先客がいましたか」
「こっちの話は終わったとこだ。では、失礼しやす」
まず小男に、それから俺たちに会釈して、大柄な男は出て行った。
残ったのは、高そうな分厚い琥珀色に脚を乗せたまま、だらしなく木製の椅子にもたれている部屋の主だ。
顔と雰囲気から察するに、年は四十から五十歳程度。
ネズミのような顔立ちで、この近くに屯していたチンピラ連中と喧嘩も出来そうにない、そんな小柄な体格だ。
一見すると、せせこましく、ちっぽけで、職業的には小さな公園の園丁が相応しく見える風貌だ。
悪事に手を染めるにしても、スリかこそ泥がせいぜいの、そんな小悪党の分を超えそうにない見た目である。
侮ってはいけない。
この小柄な男に、先ほど出て行った男は当然のように頭を下げていたのだ。
注意深く見ていると、顔つきは小市民のそれではないと気づく。
一緒に入ってきた俺を目にした瞬間、笑みを浮かべた。
ぞわりとした。
笑みひとつにも、凄みがあった。
その鋭さに気づかないほど小さな針、その先に致死性の毒を塗ったような種類の怖さだ。
うだつの上がらない容姿や雰囲気に騙されると、とんでもなく痛い目を見る気がする。
「わはは! こいつはすごいな! 新人かいさっちゃん」
「だから、親分」
「おいおい、おいらはただのケチな泥棒。そうだろ?」
「ではギルド長と呼びましょうか」
うへえ、と嫌そうに肩をすくめるギルド長。
「親しみを込めてルピンさんでいいぜ」
「はいはいルピン様……。こちら、ギルドを探しにきた方です」
「へえ」
茶番めいた今のやり取りも、どこまで本気だったのか。
妙に大きく見える小男の、ネズミのような丸く黒い瞳が、きらりと煌めいた。
「ルピンだ。で、うちに来たのはどんな用件だい」
後学のために、冒険者ギルドがどんな場所なのか見ておきたかった。
盗賊ギルドに辿り着いたのはただの偶然である。
と、言えない雰囲気だった。
「好奇心で」
嘘はマズイが、ストレートに言うのも相手の面子に傷を付けることになる。
咄嗟に喉を突いて出たのは、そんな中途半端な本音だった。
実際、気にはなっていたのだ。
椅子に体を預けたまま、ルピンは腹を抱えて笑った。
「ひゃひゃっひゃっ、聞いたかさっちゃん! 好奇心、好奇心だってよう! こいつぁ驚きだ! 世の中じゃあ泣く子も騙すって評判の盗賊ギルド、そこに足を踏み入れた理由がよ、単なる好奇心と答えるなんてなあ!」
ホークアイはルピンと対照的に、真顔である。
いや、口元だけ歪めている。
ルピンは朗らかな笑顔を浮かべたが、空気は緊張しきっている。
果たして俺の答えはどっちに転がったのか。
ルピンは笑いをこらえているまま、机の上に置いていた脚を下ろし、立ち上がった。
すたすたと俺の前に歩いてくる。
そのまま見上げる形で、言った。
「へっ。さっちゃんの言った通り、お前さん面白いなあ。そうさな、なんであれ好奇心は大事だな……あんちゃんの名前、聞かせてくれよ?」
「陽介です。陰山陽介」
空気に押されて、つい敬語で話してしまった。
ルピンは目を細めた。
「ヨースケか。ここらでは珍しい名前だなぁ」
ネズミのような小柄なおっさんは、にやりと笑った。
「おまえさんは特別だな。別によう、経緯なんて本当はどうだっていいのさ。こうして容易に辿り着けねえ盗賊ギルドの一番奥で、今、おいらの目の前に立った。それだけで十分だ」
距離が近い。
パーソナルスペースの内側に入り込まれて、一歩下がりたくなるのをぐっとこらえた。
笑いながらなのに、ルピンの声は低くなった。
「ヨースケよう、おまえさんなんか力持ってんだろ? 顔だけはビビってるようで、根っこじゃまるで心配してねえ。でもおいらの言ってる特別は、そういうことじゃねえんだ。力の有無なんて、どうだっていい。そんなのは大して重要なことじゃねえ」
ルピンは言った。
「大事なのはタイミングさ。必要なとき、そこにいる。おまえさんが今こうしておいらたちの目の前に来たのは、運命ってヤツかもしんねえな」
「親分?」
ホークアイが目を細めた。
そんな部下を安心させるように、ルピンは彼の背中をパシっと強く叩いた。
「親分はやめろって。なあヨースケ! こうして出逢ったのも縁っつーことで、ひとつ頼まれちゃくれねーか? いやなに、誰にでも出来る簡単なお使いさ。でもよ、今ここに来たヨースケだから意味がある……ってなもんよ」
報酬は弾むぜ、とルピンは笑みを深くした。
ルピンから頼まれたのは、本当に簡単な使いっぱしりだった。
冒険者ギルドで受付嬢をしているリーナに、ルピンから預かった手紙を渡す。
それだけだ。
たったそれだけの――仕事と呼ぶのも烏滸がましい――内容だが、手空きの盗賊ギルド構成員には任せられないのだという。
当然、理由を尋ねた。
「誰が見てるか、どこに耳があるか分かんねえから、詳しくは教えられんのよ。ま、断ってくれても構わんが、受けてくれると嬉しいぜ。おまえさんに損はさせねーからよ」
って、おいらの保証じゃ信じられねえよなー。ははは。
堂に入ったルピンの口ぶりに、肩をすくめるしかない。ぼやきに頷くのも角が立つ。
「こいつは悪事じゃないから安心しな。おいらたちの組織ってのは、いみじくも陛下より私掠免許を預かった、清く正しい盗賊だからよう。後ろ暗いところは……最近はあんまりないぜ?」
この説明で、何を安心しろと言うのか。
口を挟む気はないらしく、ホークアイは静かに控えている。
受けるべきか、それとも。
俺が答えに窮していると、ルピンが含み笑いを漏らした。
「ヨースケが本当に行きたかった場所、ちゃんと案内してやるからよ」
「……っ!?」
言葉に詰まった俺に、悪戯成功、と言わんばかりの表情を浮かべた。
「とまあ、おいらたちの仕事はこういうもんさ。へっへっへ、驚いたろ?」
降参、と俺は手を挙げた。
騙される危険も考えはしたが、俺は所詮ただの行きずりに過ぎない。
スピカの存在、そしてあり得ざる魔導士であると見抜かれた可能性もある。
それならそれで仕方ない。
そこまで察知される相手をこの場で敵に回したくないし、素直に頼みを聞いた方がマシだ。
俺は嘆息し、ひとつ聞いた。
「あの、スタンがこちらに迷惑を掛けてませんか?」
「スタンってえと……ん、さっき近くまで来てた悪ガキな」
懸念をすぐに理解したようで、言葉を増やしてくれた。
「……ああ、警戒させちまったみてえだな。わりぃわりぃ、安心しろって。うちとは繋がってねえし、ガキなんぞ相手にしねえよ。見張ってたわけじゃないが、そのまま帰ったんじゃねーか?」
はぁ、と一息吐いた。
俺にとっては困った子供でも、ソフィアからすれば弟分だ。
何かあったら心を痛めるだろう。
ルピンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さっきも言ったけどよ、うちは王国御用達だぜ。盗賊の看板を掲げちゃいるが、まっとうな連中相手に畜生働きはしねえよ。……ああいや、こいつはおいらが悪かったな。さっきの冗談が原因か」
頬をかき、ルピンは口を尖らせた。そして頭を下げてくる。
簡単に下げて良い頭ではないだろうに。
その様子を見ていると、つい声が出た。
「さっき言ってた仕事、任せてください」
完全に信用したわけではない。この短い時間で見切れるはずもない。
ただ、期待に応えたくなる相手はいるものだ。
ルピンは落胆から歓喜へと表情を変えた。
盗賊ギルドのボスらしいポーカーフェイスとは無縁の、感情を思いっきり出している様子だった。
分かりやすく人好きする態度に、知らぬ間に好ましく感じている自分に気づく。
この半ば天真爛漫な所作、率直な表情は自然ではあったが、あるいはそれすら人心掌握の手法かもしれない。
相手の立場が立場だ。
警戒すべきとは分かっている。そ
れでも嫌いになれそうにないのだから不思議だ。
こういった形のカリスマもあるのだと、俺は感心するのみだった。




