変化の魔法
街の外れにある小さな森の入口に魔法使いが住んでいた。
魔法使いには弟子が一人いた。
弟子の名はラッセルという。
ある日ラッセルが森へ入り薬草を取っていると美しい歌声が聞こえて来た。
銀の鈴のような歌声は池の方から聞こえて来る。
ラッセルが木の陰からそっと見やると、可愛らしい少女が池で水遊びをしてる。
ラッセルは一瞬にしてその少女に恋をしてしまった。
ラッセルは毎日のように少女の歌声を聴きに行った。
しかし小心者なラッセルは木の陰からこっそりと見つめるだけ。
彼女と面と向かって話がしたい、そう強く思うのだが、木陰から覗くだけの日が続いた。
ある日ラッセルは魔法使いに頼み込んで変化の魔法を教わった。
変化の魔法はそれほど難しくはない。
変えたい姿をしっかりと想像できれば簡単に変化できる。
しかし、元に戻るときも自分の姿を想像できなければならない。
長時間は変化したままでいないように、と魔法使いは注意した。
ラッセルは早速、馬に変化した。光りの加減によっては銀色にも見える純白の毛並みを持った白馬だ。
そして池へと駆け出した。
少女が池の水で足を濡らしながら歌を歌っていると、一頭の馬が現れた。
その馬は銀の白馬。
「あらおまえ、どこからきたの?」
少女は尋ね、たてがみを撫ぜる。
この馬はもちろんラッセルである。ラッセルは天にも昇るような気持ちだった。
日が暮れるまで少女の銀の歌声を少女の隣で聞いていた。
それからラッセルは毎日変化をして少女へ会いに行った。
ある時は馬になって、ある時はサファイアより美しい青い羽を持った小鳥になって、ある時は虹色に光る蝶になって。
そうして少女と時間を共にしているうちに、少女が二つ隣の国のお姫様であることが分かった。
少女はこっそり城を抜け出して一人だけお供を連れてこの森に遊びに来ているらしい。
それを聞いたラッセルは魔法使いの弟子を辞め、少女の住む城へ向かった。
城に着いてラッセルは蝶に変化した。
そしてひらひらと宙を舞い、城の中へ入りお姫様である少女の部屋を探した。
少女は部屋の中にいてその美しい髪を梳っていた。
ラッセルは少し開かれているドアの間から部屋に入り、少女のまわりを七色の羽を光らせて舞った。
「あら!森で会ったちょうちょさんね。よくここが分かったわねえ!」
と少女は喜んだ。
するとラッセルは青い羽の小鳥に変化して少女の肩にとまった。
「まあ!おまえはあの小鳥だったの?!」
そして今度は驚いている少女の肩から絨毯に下り、白馬に変化した。
「なんてこと!おまえもだったの?!」
そして今度は自分の姿に戻ろうと思ったが、ふと思いついて隣の国の王子に変化をした。
「私は隣の国の王子です。私は魔法使いに魔法をかけられ、動物の姿をしていました。そして、魔法を解くには恋をしなければなりませんでした」
ラッセルは続けた。
「しかし、あなたに出会い、恋をしました。そして人間の姿に戻ることができました」
ラッセルは少女の手をとって、キスをした。
「結婚して頂けませんか?」
少女は美しい王子に頬を染め、喜んで、と返事をした。
式は盛大に行われた。しかし、そのため本物の隣の国の王子にこのことが知れ渡ってしまった。
そんなこととは露とも知らず、王子の姿をしたラセッルは少女と恋を語っていた。そして自分の姿に戻る必要はもうないと思いずっと王子の姿のままでいた。
ある日、本物の王子が兵を率いて少女の城にやってきた。
王様と少女とラッセルのいる前で自分が本当の隣町の王子だ、と名乗った。
だから自分と結婚をさせて欲しい、と言った。王子も少女のことが好きだったのだ。
ラッセルは真っ青になった。自分が本物でないとすぐにばれてしまう。ばれてしまえば殺されてしまう。
隙をみてラッセルは城を逃げ出した。
逃げて逃げて故郷の森、魔法使いの住む森までたどり着いた。
森の入り口にある魔法使いの家に駆け込んで、助けを求めた。
しかし魔法使いは、自分は王子様なぞを弟子にした覚えはない、といってラッセルがどう説明しても助けてくれない。
もとの姿に戻りたくても、ずっと王子の姿でいたので自分の姿を思い出せない。
そうこうしているうちに、追っ手がやって来てラッセルの首を剣でちょん斬ってしまった。
その頃、少女は本物の王子と式を挙げていた。
隣の国の王子さまじゃあすぐにばれちゃうでしょうに…