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結びに  作者: 七橋綴
3/3

蝶々結び ...3

 偶然にも―――なんてのは個人の感覚であって、考えてみれば偶然なんてことはなかった。だけども必然というわけでもなくて、ただ単純に合ってしまっただけなのだろう。合った、いや会ったと書くべきだろうか。

「あのぅ」

 午前中にあったゼミを終えて遅めの昼食を済ませたタイミングで彼女はやってきた。

「昨日の――」

「はい。石田明日香です」

 そういえば面接の練習で名前を聞いていたが、すぐには出てこなかった。僕は就職課の人間ではないので、面接の練習を付き合ったとしても相手の名前をあまり覚えないようにしている。二度目なんてないだろうし、覚えておいてもあまり特になるようなことはない。

「そう、石田さんだったね」

 彼女が浪人や留年の経験がなければ、おそらく年齢は一歳しか違わないはずだ。立たせておくのも申し訳ないので、僕は正面の椅子を彼女に勧めた。

「ありがとうございます」

 どうにも面接の相手をしたこともあって、言葉遣いも堅さが見られた。

「昨日は面接官だったかもしれないけど、今日は僕も一介の学生だからそんなに堅くならなくても」

「あ、そうですね。すいません」

「いや、謝ることではないのだけども」

 どうにもこのやりきれない空気を振り払いたくなる。そもそもどうして彼女は僕に声を掛けたのだろうか。ただ単純に見かけただけならば挨拶だけで終わっていただろう。

「実は相談なんですが、昨日の面接どうだったでしょうか。お世辞抜きでお願いします」

「お世辞でも、無理だろうな」

「ずばりと言いますね」

「そういう君も想像してたんじゃないか」

 くすりと彼女は笑った。

 周囲には午後の抗議が近づき徐々に学生の姿が学食から消えていった。その動きに見向きもしないということは彼女はこの後の講義はないのだろう。

「そうですね、あんな意地悪な質問が来るとは思ってなかったのですから」

「意地悪するつもりで言ったつもりではないんだけどな」

「えぇ、そもそも面接自体が意地悪だと思っていますから」

 僕はその回答をコーヒーを啜りながら聞いた。当時は割と焦っていた印象を受けたけども、よくよく話してみるとしっかりとしている。

「本当にいい練習になりました。これで今後思いがけない質問が来た時も落ち着いて対応できそうです」

 同じ質問が来なくとも、思いがけない質問が来るという認識を持つことは重要だろう。

「そりゃよかった。それでそれを話に?」

「いえ、それだけだったらわざわざ伺いません」

「そうだろうね」

「もしも青山さんがあの質問を聞かれたらどう答えますか?」

「そうだな。その前に君は今ならどう答える」

 昨日とは違った今日ならば答えることはできるだろう。それとも想像しえない体験だけを吸収して、この質問の答えは先延ばしにしているかもしれない。

「今の私ならこう答えます。自分を評価してくれるような友人はいないので分りません」

「……そっか」

「友人ならいます。でも、お互いを指摘しあうような友人はいません。なぜなら評価する側はどうしても評価される側よりも優位に見えてしまうからです」

「つまり、いい思いはしないからというわけだね」

「そうです。私たちの間ではどうやっても平等という見えない縛りがあるのです」

 だから彼女は評価できないし、評価されることもない。

「仮に評価されたとしても、それはあくまで友人の主観によるもので大幅に間違っている可能性もありますし」

「そうだね。でもさ、だったら面接のやり取りは必要ないものになってしまうよね」

「えぇ、あくまでこの質問の答えについてはですけど。ただその意図については必要だと思いました」

 彼女が昨日の失敗をしっかりと分析していることが目に見えた回答だ。僕がもしも面接官ならば、この時点で内定を出していただろう。だけども、このやり取りはいわばロスタイムだ。それもサッカーなどのロスタイムではなく、本当に失われた時間なのだ。面接に続きはなく、一回限りのサドンデスなのだ。その意図に気付くことができなかった彼女はもう死んでいる。

「ただ昨日の時点ではそこに気づけなかったんですけどね」

 午後の講義の始まるチャイムが鳴る。その音を聞いても彼女は特に気にするそぶりを見せなかった。

 食堂に残っているのは一部の生徒と、大学で働く事務員の姿だけだった。食堂に並ぶ列も皆無で、既に食堂のレジも一台のみしか稼働していなかった。

「そういえば、その評価しない友人たちは?」

「今日はもう帰りました。私もこの後の講義はないので、帰ろうかと思ってます」

 基本的に三年生で必須科目はほとんど取れるので、四年生のほとんどは研究室でほぼ一年を過ごす。結果を出せば出席には何も言わない研究室があれば、出席を事細かに取る研究室もある。午後で帰れるということは、彼女の研究室は前者の方だろう。

「評価されないというよりも、評価できないのでしょうね」

 なるほどと思う一方で、評価することで仲違いするような友人なら別れてしまえばいいと思う。それともそもそも友人の振りをした他人なのかもしれない。

 誤解のないように訂正しておくけれども、これは僕の友達論であり、全国一般的な論理ではないかもしれない。

「一人だけ、評価してくれそうな友人がいるんですけどね」

「ふぅん。その子に聞いてみればいいんじゃない?」

「そうですね。ただ、なんというか聞きにくい感じでして」

「怖い人なんだ」

「いえ、どちらかというと可愛い方向に振り切っている感じなんですが、飄々として掴めないといいますか」

 振り切っているの意味がよく分からなかったが、分かったふりをしておくことにした。

「そう、それで青山さんの回答を聞きたかったんです」

「他人の回答を聞いても、参考になることはないのだけどもね」

「そうですかね。いいなと思ったら真似するのもありかと思ったのですけど」

「他人のいいところを取り入れることには異論はないけど」

「そう、取り入れる。物は言いようですね」

「悪いことではないと思うけど」

「えぇ、どちらかというと、面接は演じることと近い感じがします」

 その言葉を聞いて、なんとなくだけど彼女と近い人間だということを感じたのは気のせいだろうか。

「要は面接官の気に入る人間になれるかどうかなんですよね。つまり面接に対する答えは一つじゃないんですよね」

「そうだな。嘘になるかもしれないけど、質問に対して適切な解答をすることが一番であって、自分の解答でなくてもいい」

 むしろ、他人がよりよい答えをもっているのであれば、それを真似るべきだ。

「個性ってなんでしょうね。むしろそんなんだったら、量産型ロボットでいいんじゃないかと思っちゃいますけど」

「いや、むしろ将来的には量産型ロボットでいいんじゃないか。仕事に対して優劣なんてなくなるし、仕事に対してクレームも起こらないだろう」

「ま、ロボットに対して怒っても意味ないですからね」

 対人だからこそクレームは発生するし、仕事の内容によるかもしれないけど、ロボットでできないのなら仕方ないと諦めもつくかもしれない。

「ま、話は飛躍したけど、逆に量産型ロボットじゃない時代だからこそ、個性が重要なんじゃないだろうか」

 こと面接に限って言えば、個性を出すことは不採用と隣り合わせかもしれないけど。

「確かに面接は個性って出すべきかどうか迷うところだけど、実際に入社してからは必要なことだと思うけど」

「えぇ、確かに内定もらうことがゴールじゃないんですもんねぇ」

「そうだね。でも中間ポイントでもある」

 まずはそこを通過しなければならないポイントではあるけれども。

「むむむ、なんだか就職活動ってなんだろうと思い始めました」

「そうだろうね。むしろ、僕はまだ就職活動をやってないからね」

「そうでした、青山さんは面接慣れしてそうですけどね」

「面接慣れはしてないけど。強いて言えば、面接中は何も感じないことかな」

「何も感じない?」

「そう、つまり別に落ちてもまぁいいやっていう諦めの心というか」

「はぁ、合格しなくてもいいやってことですか」

「ま、近いね。感覚的な話になるんだけど、そもそも合否のことも考えない。ただこの人と一回限りのお喋りをしに来たんだと思ったり。極論を言えば、たまたまバスの停留場で待っているときに会話したくらいの気持ち」

「それで、就職課の面接も通ったんですね」

 どうやらその辺りの話は既に山本さんがしていたらしい。隠すようなことでもないので、まぁどちらでもいいのだけれども。

「通ったのか、通されたのかよく分からないな。偶然人が少なかったのが良かったのかもしれない」

「へぇ」

「つまりそういうこと。自分の良し悪しもそうだけど、向こうの都合もあるから結局話す前から合格しないことだってあるかもしれない。だから、軽くお喋るするような気持ちが一番いいと思うけどな」

 それで内定がもらえなかったら元も子もないけれども。

 でも、変に気合い入れるよりかはよっぽどいいと思っている。

「言っていることは分かるのですが、やろうと思うと難しいですね」

「そうだね、うまくマインドセットできればいいけど」

 早い話が自己暗示のようなものだ。

「あとは、自分を面接中に客観的に見れることかな。もう一人の自分を作って、頭上から自分を観察しているような感じかな」

「まるで幽体離脱みたいですね」

 面白い例えだけど、割と的を得ている表現だ。

「近いかな。でも一番重要だったりするかな。何故なら面接は相手が評価するものなんだから、客観的に自分を見れることは他人からの評価もある程度予測できるってことだし」

「なるほど」

「ま、アドバイスとしてはそれくらいかな」

 僕は話は終わりとばかりに残ったコーヒーをすべて飲み干した。彼女もそれを察したようで、食堂にある時計を確認した。

「ありがとうございます。それで質問の答えを――――」

 そこで石田さんは一区切り。

「いや、やっぱりいいです。なんか参考にならないような気がしてきました」

「そっか。ま、その通りだから」

 参考にならないのは間違いない。

「では、私もここで失礼します」

 深々と頭を下げて、彼女は就職課とは逆側に向かう出口へと向かっていった。

 あの日山本さんから受けた質問に対して、僕は回答することはできなかった。

 何故なら友人がいないからである。

 だから、山本さんには友人がいないので答えられないといったところ、大いに笑われた。

「さて」

 僕も席を立って、コーヒーカップを返却口へと運ぶ。

 結局のところあの回答が山本さんの笑いを誘い、合格したのだろうと予想しているのだけれども、真相は

確認していないので定かではない。

 でも、面接だってそういうものだ。相手も人間である以上、何が答えで何が間違いなのかわからない。

 だからこそあのアドバイスも無論意味のないものかもしれない。

 でも意味のないアドバイスが転じて彼女の内定に繋がればそれはそれでよしとすればいい。

 その結果を僕が知ることができるかどうかはわからないけれども。


 繋がるといっても、蝶々結びのようにお互いが距離を取れば解けてしまうような脆い繋がりだったりする。それでも、元々一本の紐からできているので、結びなおすのだって容易い。

 ただまぁ、逆説結んでも解け易くはある。人間関係だって、就職活動だって同じことだ。

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