蝶々結び ...2
ふわりと霧散した煙を眺めながら、先ほどの面接の内容を振り返る。
悪くはなかったけれども、それでも何かが足りないような気がした。それが何かと聞かれても答えられないような感覚的なものだ。どうにもそれが言葉として説明できなくてもどかしい。
「あら、こんなとこにいたんだ」
「どうも」
山本さんは薄い水色のカーディガンを羽織り、両手を左右のポケットにおさめていた。四月の暮れとはいってもどこかまだ肌寒い季節だ。時折強い風が吹いて、一層その寒さを引き立てる。
「さっきはありがとね」
「いえ、仕事ですから」
「本来の仕事ではないんだけどね」
苦笑いする山本さんを横目に、僕は就職棟の裏手に広がる広場で草野球をする学生を眺める。均されていない芝生の上を転がるボールは右へ左へ不規則な跳ね方をして、学生のグローブを弾いた。
「で、どうだった?」
山本さんもまた転々としたボールを眺めながら、質問を投げかける。その口調はどうにも興味を持ったようには聞こえなくて、自分の解いた問題集の答え合わせをするかのように事務的だった。
「ちょっと厳しいですね」
「そか、でも本番で経験するよりかは幾分よかったんじゃないかしら」
「でしょうか」
きっと彼女は本番でも経験するだろう。こんな遊びにも似た雑談とは違う面接を。
「ちなみにどんな質問攻めしたの?」
「攻めてません、ただの質疑応答です」
「応答できてたのかしら」
「できてませんね」
にべもない回答をしたつもりだったけども、山本さんは特に驚いた表情もせずに聞き流した。
過去に同じような面接を何度もやってきたのだろう。
「あなたは周りからどのように評価されていますか?」
僕は煙草を灰皿に押し付けながら言った。すぐに煙草の煙は収まって、水に浸かった他の吸い殻とともに紛れてしまった。
「それ私が質問した内容だね」
「そうですね」
僕がこの就職課にアルバイト面接をしたときに一番初めに質問された内容だ。
彼女はそれが答えられなかった。自分自身に対する自分の評価や、意気込みについて考えてきたのだろうけど、他人からどう思われているのか、正確に説明できる人間は数少ない。
「人間どうしても嫌な部分を先に想像しちゃうからね。でも面接ではいい印象を与えないといけないから焦ったのでしょうね」
「さぁ、どうでしょうか」
実際は悪い評価しか聞いたことなかったのか、そもそも聞いたことがないのか。
そもそもこの質問のポイントはどのように評価されているのかであって、本人の思いは聞かれていないことだ。だから想像で話すこともできないし、必ず回答に間が入る。
「ま、でもここである程度耐性をつけてくれるとありがたいんだけどね」
「逆にトラウマになったら申し訳ないですね」
「別に君が謝る必要はないんじゃない。遅かれ早かれ経験することなのだから」
「経験しますかね」
「まったく同じとまではいかないだろうけどねー。一本ちょうだい」
一瞬考える間を作ってしまったけど、僕は素直に煙草とライターを差し出した。山本さんは慣れた手つきで煙草を一本取り出して、ライターを付ける。
「喫われるんですね」
「いや、ただ喫えるだけ。日常的に喫うことはないけよ」
「はぁ」
僕も併せるように煙草に火をつける。
「どうにも気を使わせてすいませんね」
「そうやって、先回りして謝るところは嫌いじゃない。それに君はやっぱり察しがいいね」
「喫煙所ですし、僕に煙草を喫わせるためにやったのでしょう」
そうじゃなければ山本さんが煙草を喫うことはないと思う。僕が場所を変えるべきだったか。いや、それじゃあ逆に気を遣わせたのかもしれない。これがベストの選択だと信じておくことにしよう。
「うーん、でも煙草を喫うときもあるからね」
「こういったときにでしょう」
「そうね。あ、さっきの子、結構あの会社真剣に狙ってるみたいだから、気にかけてあげてね」
「気に掛けるといっても、もう来ないかもしれないのでは」
「うーん、私の予感ではまた来るような気がするんだよねぇ」
首を傾げて山本さんは煙草の煙を口から吐き出す。どうにも山本さんが煙草を喫う姿をうまく捉えきれない。
「そうですか。簡単にするりと諦めていきそうな気がしてました」
「うーん。諦められちゃうとウチとしては困るんだけどね。何とかして就職させないといけないし」
だけどもそう簡単にいかないのだろう。僕が院生として来年の進む道が決まった頃にも、まだ就職できていない学生はたくさんいたし、今でもアルバイトをして生活している卒業生を僕は知っている。
ただし就職した組が本当に正解を選んだかどうかは全く持って不明だ。勝ち組と言っているけれども、本当に勝ったのだろうか。
「去年もそこそこ内定もらえそうな子がいたんだけどねぇ。掴みかけたと思ったら、やっぱり駄目だったってパターン多いのよね」
「まるで蝶々結びみたいですね」
「蝶々結び?」
「えぇ、実際に結ばれたと思って引っ張ってみると実は結ばれていなかったみたいな」
「面白いこと言うね。確かに、あれって結ばれているようで結ばれてないよね」
どちらかが引っ張ってしまうと解けてしまう不安定な状態だ。
「でもさ、そういうもんだと思うよ」
「何について言っているのか僕にはさっぱりですね」
「分ってるくせに」
からからと笑って山本さんは吸い殻を捨てた。僕も併せて煙草を灰皿へと投げ捨てた。乾いた鎮火音を聞いて、グラウンドを見たがもう草野球をしていた学生は引き上げていた。
「そういえば、書類大量に溜まってたよ」
「それ、最初に言ってくださいよ……」
僕は山本さんの背中を追って就職課へと戻る。
願わくば先ほどの彼女も今回の面接を経て、内定という結果に結びつけてくれると幸いだけれども。