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結びに  作者: 七橋綴
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蝶々結び ...1

 例えば、何かのイベントの際の壇上で誰かがスピーチをすることがあると思う。そして決まって最後に「結びに」という言葉を使っているけれども、僕はいつも何を結ぶのだろうと首をかしげてしまう。

 その言葉の意味はもちろん知っているし、揚げ足を取るような指摘と捉えられても仕方がないのも承知の上でのことだ。それでもなお、喉に小骨が引っ掛かったように奇妙な違和感と、微かな痛みが残り続けているし、その小骨の出所を僕はまだ見つけきれずにいる。


 四月の暮れには、内定をもらった学生が増えて、就職課の学科別の就職内定率はゼロからのスタートを切った。僕は就職活動を行わず院生としてこの大学に留まったので、その内定率をただの数字として捉えていた。まるでガソリンスタンドの一リットル当たりの金額を示すボードのようだと感じた。

 僕の数少ない同級生はちょうど新入社員として現場で研修をしている頃だろう。

 就職課の中はスーツを着た学生も僅かながら混じっていて、企業情報の載ったバインダを目を皿にして眺めている。もちろん就職課にはパソコンが設置してあって、そちらでも企業情報を確認することができるが、紙ベースの方が情報は早い。募集を行う企業からは必要事項が記載された紙がFAXで就職課に送られることになっている。紙自体はコピーすれば終わりだけども、就職課のパソコンにデータとして登録するにはそれなりの時間がかかる。就職難とは言われつつも募集している企業は少なくないらしい。

 就職課のカウンタを超えて空いている席に僕は座る。

「今日もよろしくね」

 就職課の山本さんに声をかけられて会釈を返す。山本さんの目先にはパソコンの横に置かれた大量の募集要項の紙がある。学科の教授から大学内でのバイトとして紹介されたのがここだ。

「結構溜まってますね」

「打ち込みはもう青山君がいるから誰もしなくなったみたいね。やっぱり早いし、みんなやりたがらない仕事だから」

「まぁ単調作業ですしね」

「それもあるけど、ほら就職課の人ってみんなパソコンに慣れてないから」

「あぁ」

 僕はなんとなく就職課の人間を見ながら納得する。

「私もやらなきゃ、とは思うんだけどもね、やっぱり面談の時間削るわけにはいかないし」

「ま、そのおかげで僕は仕事ができるわけですから、特に何も思ってないですけど」

「そうね、そう考えると青山君に仕事を作っておかないとクビになっちゃうしね」

「クビなんて、就職課では禁句じゃないんですか?」

「就職させるまでがウチの仕事ですから。クビになるってことは就職はしたってことでしょう」

「ごもっとも」

 僕は山本さんの竹を割ったような回答に頷きながら一枚目の紙を摘まんでモニター横のクリップに挟んだ。

「じゃ、よろしくねー」

 間延びした応援を背に、僕はデータベースへの登録フォームを開く。

 就職課の中は基本的に面談などを実施しているので図書室のような水を打った静けさはないけれども、やはり就職課という特殊な場所なのか割と静かさは保たれているような気がした。

 一枚一枚モニターの横のクリップに挟んではモニターと企業情報を交互ににらめっこしながら画面に文字を打ち込んでいく。単調作業ではあるけれども、特に苦痛とは感じなかった。むしろこういった仕事はゴールが見えているので楽だ。就職課のように面接などの答えのない対策を解説したり相談するほうがよっぽと難しいと思う。

 十七時を超えると講義が終わった学生も増え就職課の人口密度は一気に増える。就職課のカウンターもほぼ満席でカウンター以外でデスクに座るのは事務員の方を除いて僕一人になってしまう。事務員の方は電話対応など雑務をこなし、企業から送られてきたFAXも基本的にこの人から僕の座るデスクのトレーにコピーした後に移される。今日も何度かはこの事務員さんから企業情報のコピーを手渡された。

「青山君、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんでしょうか」

 こういった山本さんの頼み事はここにアルバイトで入ってから何度かあった。

「ちょっと約束していた子とブッキングしちゃって、面接見てもらってもいい?」

「いいもなにも、そもそも僕が就職したことないのに面接なんて見れないですよ」

「いいのよ、別にアドバイスをして欲しいわけじゃなくて、誰かを前にして話すことが練習なんだから」

「ま、それくらいだったらいいですけど」

「ごめんねー。じゃあこれね。あっちで待ってて」

 山本さんが指さした先は、就職課の奥のブースで個室になっている場所だ。中は応接室のような作りになっていて面談を想定した練習をすることができる。ちなみに僕もここへのアルバイトの面接で入った。練習用だけれども、就職課へのアルバイト面接という本番用でも使用されているようだ。

 僕は山本さんから渡された企業パンフレットのコピーと筆記用具を持って先に練習用のブースへと入る。企業パンフレットを眺めて質問のポイントをある程度考えておく。基本的には山本さんからもらった質問テンプレートがあるので、それに倣って質問をすればいい。

「じゃ、よろしくね」

 扉から顔だけを出して山本さんは要件を告げると、すぐに顔を引っ込める。扉の向こうで学生に説明している声が聞こえる。

 企業パンフレットとは別にもらった面接者の履歴書を確認する。僕がまったく関わりのない学科だった。履歴書にはこの企業に惹かれた理由や、将来の願望などが記載されている。

 僕もいつかはこんな風に履歴書を書いて、思いもしない願望を書くことになるのだろうか。

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