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存在証明のアポトーシス1~稲穂は黄昏に揺れて~  作者: 古縁なえ
稲穂は黄昏に揺れて-2 自警団<ドクゼン>-
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人として

 

 多分、消滅を受け入れるのに重要なのは時間じゃない。能力でもない。重要なものが何かは漠然としたままだけど、もっとシンプルな何かだ。


 沈黙の間が訪れた。男は身動ぎもせず、じっとフローリングの床を見つめている。


 俺はただ男が再び口を開くのを待ち続けた。間違いだったと認めさせる為に、こいつの遣り方を否定し尽くさなければいけないから。


 そうしなければ、誰も報われない。そうして長い時間、男の後頭部を見下ろしていると、そいつは吐息のような自嘲を零して呟いた。


「つくづく気に食わない男だな、お前は……」


「人を犯人に仕立て上げようとしたお前にだけは言われたくない」


「お前に頼み事をするのは癪だが、月日を呼んできてくれないか」


「月日さんに会って、どうするつもりだ?」


 以前だったら、ここでお前には関係ないと言われそうなものだったけど、今回は違った。


「けじめを、つけたいんだ。これが俺にとって、恐らく最期の機会だからな」



-*



 幸い、月日さんは直ぐに捕まえることが出来た。探すまでもなく、玄関を出た先の壁に寄りかかっていたから、一瞬の事だ。


 そうして、この部屋で再び二人が向き合っている。ずっと顔を伏せていた男は、顔を上げて月日さんを真正面から見つめる。そして――。


「月日遥彼方<オチフリ ハルカナ>さん。俺は、貴方の事が好きでした」


 本物の自分を曝け出して、告げた。


――告げた、じゃないから。これ、俺が聞いたら駄目な奴だ。俺は物音を立てないようにそそくさと退室した。


 ここからじゃ、どう転んでも実を結ばない想い。枯れていくか、忘れ去られるだけのもの。けれど、それに決着をつけることは出来るのだろう。


 大人しく外で待っていると、程なくして月日さんが出てくる。俺の姿を見つけた月日さんは、扉を開いたまま顔だけ此方に向けた。


「土岐くん……中で彼が、待ってます。行ってくれますか?」


「それは別にいいんだけど」


 月日さんの様子を伺う。後腐れはなさそうだ。それはいい、それはいいんだ。


「けど……?」


 雰囲気をぶち壊しそうで、指摘するのは憚られる。俺が我慢すれば済む話、なんだよなぁ。


「いや、なんでもない。行くぞ」


「は、はい」


 精神力を総動員する。震える足を動かして、一歩、二歩と距離を詰める。その度にマダ〇テを使うような心地だ。


 何度かそうして、悠久にも感じられる八歩目を踏み出した所で、俺は後ろを振り向いた。


「ハァァァァァァァァ……」


 そこには閉ざされた扉だけがある。第二種人類の脇を抜けた。冷や汗がダラダラでナイアガラだけど、以前の俺には出来なかった事だ。


「でも、案外余裕があったな」


 秋穂さんによるショック療法で、俺も免疫が付いてきたのかも知れない。


 普段は俺のこの性質に気を使ってくれる月日さんだけど、今回は配慮する心の余裕は無かったらしい。


 まぁ、そりゃそうだよな。信頼していた相手の不義に加えて、告白までされたんだ。普通で居られる方が不自然だよな。


 正面に向き直る。拘束されたままの男は此方に一瞥もくれず、窓の外に視線をやっていた。


 男の位置からだと落下防止用の柵に阻まれて、空ぐらいしか見えない。


「空なんか見てて楽しいか?」


「これで見納めだからな。そう考えると、思う所がある」


「なんでもないようなものでも、無くなると思うと途端に惜しくなるよな」


「……そうだな」


 その先にあると言われていた宇宙は永遠の虚無だった。この空は、光をもたらす太陽が咲いていて、雲が泳いでいるだけ。


 なのに、それを惜しく思う。そんななんでもない一幕すら、手放すのに感情が揺れ動く。


 俺達人間は本当に面倒くさい生き物だ。そんな下らないことに一喜一憂してるから、狂乱者なんて生まれてしまう。


「土岐」


「なんだ?」


「俺を、殺してくれないか」


「やだよ」


「牢獄に入れるのも、此処で殺すのも一緒だろう」


 そうかもな。形だけの問題だ。だからこそ、断る。


「ここまでやってきたんだ。ちゃんと、人として生きて……消えろ」


 そう言い残して、部屋を出る。引き止める声が無かった事を考えると、俺にその散り様を見せたかっただけなのかも知れない。


 扉横に佇んでいた月日さんと目が合う。俺は即座に逸らして、それとなく距離を確保する。


「早かったですね。話は、終わったんですか?」


「多分。俺からすれば、何の当て付けだって感じだったけど」


「そうですか。でしたら、これで鍵を閉めてしまいますね」


 月日さんの手によって施錠がされる。次、ここの鍵が開く時は、男が牢獄に連れて行かれる時だ。


 廊下を歩いていく。二人分の足音が反響する。ここは最上階だから、自室のある階層に違いがあっても階段を降りるのは一緒だ。


 二人して会話を交わすことなく、コツコツと靴音だけが響く。俺の部屋のある階に到達しても、月日さんは後ろに控えていた。


「俺の部屋はこの階だから」


「部屋の前まで送らせて下さい」


 最初から、そのつもりで着いて来ていたのか。寮内を移動するだけで護衛なんて、俺はいつやんごとなき身分の御方になったんだ。


「いや、別に危険があるわけでもないし、ここで大丈夫だって」


「そう、ですよね」


 しょんぼりしてる。殊の外あっさり引き下がったところを見るに、空回りしている自覚はあったんだろう。


「えっと……それじゃあ、今日は、私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました」


「そこはまぁ、お互い様ということで言いっこなしだ。今日はお疲れ様。おやすみ」


 お礼を言い合っていたらキリが無くなる。俺は腕を垂直に伸ばして手を振りながら、階段から逸れていく。


「はい……おやすみなさい」


 死角に入る直前にちら見した月日さんの顔があまりにも沈鬱な表情をしていたから、立ち止まる。


 気休めは逆効果だろう。かと言って、事実を淡々と述べたって何の役にも立たなそうだ。


「後ろを向きながらでも歩けるらしいけど、やっぱり前を向いていなきゃ見えるものも見えなくなるからな。次は取り零さないようにする為に、今はちゃんと休んだ方が良いぞ」


 自分でずるいと思いつつも、そんな言葉を一方的に投げて、その場を後にした。


 部屋に戻り、布団に倒れこむ。シャワーぐらいは浴びたかったけど、緊張が解けて疲労感が身体の芯からじくじくと染み出してくる。


 瞬きを数度。開くまでの間隔が次第に長くなり、最後は瞼が仲良しこよしで永久の愛を誓い、俺の意識が途切れた。



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