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存在証明のアポトーシス1~稲穂は黄昏に揺れて~  作者: 古縁なえ
終わりの30日のプロローグ
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ノアのはぶねこ

 とりあえず、まぁ。消滅予告が届いたからと言って、俺の木漏れ日のようにささやかな日常が急変するかと言えば、そうでもない。

 実感が湧かないとか、まだ日数があるなぁなんて能天気に構えていられるのもあるけど、消滅予告が届いたらって想像は結構な頻度でしていた。


「日常に溶けるように消えていく、か」


 昔は、身内が消滅させまいと奮闘したり、今生の別れまで贅の限りを尽くしたり尽くしてもらったり、中には黒い噂で聞いたことしかないけど、軟禁されて消滅までの経過を観測されたりなんてあったらしいが。


「……学校、行くか」


 ただ無為に嘆く為に休んだって仕方ないしな。制服に着替え、トーストに目玉焼きを乗っけた軽い朝食を腹に入れて(勿論、パズゥ式で戴いた)、部屋を出る。


「今日は珍しく、あいつが来なかったな」


 いつもなら、ふてぶてしく朝ごはんをたかりに来るのだが、何かあったのだろうか。


 ここは寮だ。日本都市、残り少ない生存者の居住区画──通称、ノア寮。


 地球から徐々に人が消え始めてから早10年。暴動、抵抗、鎮静、平穏。世界は目まぐるしく変遷していった。

 例えば、俺が現在住処としているこのノア寮は日本中から生存者が集められた、要は生き残りである俺達に用意された終の住処だ。


 それだけ、人口が減った。名残を惜しんでくれる身内も、自由に使える財産も、生への執着も──疲弊した人類には残されちゃいない。


 当初、人類存続を賭けた方舟だったここも、既にその役割を放棄している。ただの延命措置。

 大海原に浮かぶ仮初めの楽園も、やがては逃れられない波に呑まれて朽ちていく。


 生き長らえて、死ぬだけ。

 死にたくないから、生きる。

 きっと、そんなことに意味はないって、誰もが解ってた。


 ◇    ◇    ◇


 ここ、日本都市は旧名で呼ぶ所の東京都と千葉県の境あたりにある人類が築き上げてきた技術の粋を集めたハイテク都市だ。


 何がハイテクって、働かずして生きていける辺りが素晴らしい。


 セントラルなんていう建物全体がコンピューターみたいな場所に管理された広大な地下プラントは機械のみの運営で食物の安定した供給が見込め、エネルギーに関しても各地の水源や太陽光で発電したものを引いてくるだけで激減した人口分は余裕で賄える。らしい。実情は不明。


 製造も加工も供給も、人の手が要らない事さえ理解してれいればいい。

 精々俺が働くことがあるとすれば、廃れた町のなかで娯楽品を漁るとか、寮の食堂に行くとか、消える直前の飼い主に世話を任されたペットに日々の糧を与えるくらいだ。


「余生を存分に満喫しなさいってこった」


 必要なことをする必要が無くなって、残された時間を意識するようになってから、いつでも思う。

 なんて無意味なのだろうか、と。汗水だけじゃなくて血まで流して糧を得る。それが、なんの為に必要だったのかさえ、もう思い出せない。


「消える事には意味があるなんて、皮肉なもんだよな、ほんと」


 呟いたら、もうとっくのとうに枯渇したと思っていた虚無感がじわじわと染み出した。気を紛れさせようと、なんとはなしに左腕に嵌めた腕時計で時間を確認する。


「うわ、大遅刻じゃん」


 道理で、あいつが来なかったわけだ。夜更かしをしても、遅刻なんて滅多にしたことない筈なんだけどな……なんでだろ。


「誰かが、居たのかも」


 なんてな。女だろうと男だろうと、起こしてもらうのは勘弁願いたい。


 学校への登校義務は有って無いようなものだ。管理する人間が圧倒的に足りていないし、どうせ人類は遠からぬ未来で滅ぶ。30日後も知れぬ身で、未来の展望を描けるものか。


 なのに。


 閑散とした廊下を歩いて、人の声が漏れている教室の扉を開くと、そこには俺と同じ学校の制服に身を包んだ十数人の学生の姿があった。

 教壇には、年若い第二種人類の教師の姿もある。第二種人類って言うのはあれだ。男が第一種人類で、あの。あれ。羅刹か修羅か毘沙門天だ。

 気を取り直して。黒板には数式が並べられていて、授業中だとお見受けする。ふむ。ならば。そうだな。


「おはよう、諸君。これは遅刻じゃない、重役出勤だ」


 挨拶は大事だからな。そして、俺に集まる視線。第二種人類が半数を占めるこの場で目立つ事をするべきではなかったと俺は猛省した。


「おはよう、土岐君。授業中だから、早く席に着いてくれる?」


 第二種人類が何事か語りかけてきているようだが、俺には何も聞こえない。俺は速やかに窓際最前列の席に着いた。

 いつものように、俺は窓の外を眺めながら授業を聞き流す。ここにいる全員、大人になるまで生きられるのかも解らない。約一名、大人っぽいのがが紛れ込んでるけど、そこら辺は曖昧。

 こうして、過去に数えきれない人達がそうしてきたように学校に通うのは、そのいつもを過去に置き忘れないようにする為なのだと思う。

 自分達が生きている事を、お互いに保証しているのだろう。


「消えても、誰にも気付いて貰えないのにな」


 ぼそりと呟く。期限が訪れて消えてしまえば、大事だった人でさえも俺達は覚えていられない。

 消えてしまったことにすら、気付けない。

 喪失による悲しみを引き摺らないのは良いことなんだろうけど、遣り切れないよな。



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