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第2話 赤堀奏太 ──俺の夢。──

 俺は、シンガーソングライターになりたい。栞織ちゃんには「CDデビューできるならやるよー」と言ったけれど。もし、シンガーソングライターになれなかったら、高校卒業後から今まで路上ライブをやって来た意味がなくなる気がする。

 栞織ちゃんと初めて会った日も、俺は渋原公園しぶはらこうえんで路上ライブをしていた。ステージ上で女性アイドルが歌い始める10時頃まで、常連さんたちや、通行人たちの前でギターを弾きながら歌っていた。女性アイドルが歌い始めたら、片付けをした。そんな、さあ帰ろう!って時に、桃井としんちゃんの喧嘩けんかを聞いて、人影から様子を見て喧嘩を止めたんだ。

 そしたら栞織ちゃんにスカウトされたっていう感じ。

 でも、俺がシンガーソングライターになりたいのは変わらない。


 それなのに、どうして今俺は、走っているんだろう?

 スカウトの次の日。栞織ちゃんの指示通り、皆は朝6時にスタービレッジプロダクションに集まった。俺は近い方だから、5時台の総武線そうぶせんに乗って、乗り換えたら間に合ったけれど、メンバーの中には、始発に乗った人もいた。

 こんな早朝に何をやるのか、と話をしていると、栞織ちゃんが現れた。えんじ色のジャージを着ていたが、目の下には大きなくまができ、顔色も良くなかった。

「みんなおはよう。よく来てくれたね」

 本当だよ!と、桃井がキレた。すると、栞織ちゃんは持っていた書類を、メンバー全員に渡しながら言った。

「これ、合宿やアイドルについてのマニュアル。グループ内のルールと、目標、合宿1ヶ月間のスケジュール、1日のスケジュールをまとめた物よ」

 このマニュアルを作るために、彼女は徹夜したという。すごい精神力だ。

「今日、早朝から集まってもらった理由はこれ!合宿中、みんなにやってもらうことを説明するためよ。他にもやることは色々あるけど、朝起きたら、まずはラジオ体操、柔軟体操、筋トレ、ランニングの順でやってもらいます。名付けて『朝トレ』!」

 直哉なおやが、なんで?と、彼女に聞く。

「これは、教訓に関係しています。『体力をつけて、病気0を心がけるべし!』アイドルに限らず、芸能人は体力が重要。病気になって撮影が押したら、個人だけでは済まされない大問題になるからね!」

 六人は納得した。俺は、微妙だったけれど。


 ここから、栞織ちゃんが言う「朝トレ」が始まった。

 ラジオ体操、柔軟体操、筋トレを経て、今は、事務所とその隣の俺たちが泊まる民宿を含めた外周を走っている。栞織ちゃんが先頭を走り、俺たちはその後をついていく。

 走りながら、直哉が彼女に聞いた。

「プロデューサー、そもそものアイドルの定義って何?」

「アイドルは、『アイドル歌手』の略なの。だから、歌って踊るのが基本的な仕事かな。最近は俳優業やバラエティー番組出演もやっているし、マルチタレント化しているけどね」

「なるほど!」

 俺も、直哉みたいに真面目にならなくちゃいけないのかな。


 朝トレが終わったら、俺たちは事務所の2階にあるレッスン室に集められ、栞織ちゃんの指示を聞いた。防音設備がつき、大きな鏡のある部屋だ。

「今から、ボイトレをやります。まず、やり方を説明します。その後みんなで練習してから、個別で、別室に来て、私のピアノに合わせて歌って貰います」

 栞織ちゃんの説明を聞いて、それからみんなでボイトレした。彼女は、一人一人にアドバイスをしている。

 3分経ったところで、彼女がストップをかけた。

「みんな、上手くできているね!じゃあ今度は、ピアノに合わせて歌って貰います。これから、この事を『個人レッスン』と呼びますが、個人レッスンの内容は、音階での音取りと、曲練習。本当は、曲練習での曲は持ち歌にするんだけど、今回は初めてだから、井上○水さんの、『少○時代』です」

「えーっ!?」

 全員が驚く。それから、雅貴まさきくんが、栞織ちゃんに聞いた。

「なんでなん?他に歌なんてたくさんあるやろ?何も『少○時代』でなくてもええやん」

「みんな知っているJポップの曲となると、やっぱりこの曲しかないなって思ったの」

「それだったら、しゃあないかもな」

 雅貴くんが神妙な顔をしながらも頷いた。

「じゃあ、奏太、さとる隼斗はやとくん、雅貴くん、直哉くん、慎ちゃん、こうちゃんの順で来て。前の人は、次の人を呼ぶようにして」

「はーい」

 みんなが揃って返事をする。まずは俺の番だ。


 俺は、別室に行った。栞織ちゃんは、ピアノの前に座っている。

「まずは音取り」

 さん、はい!の彼女のかけ声で、ピアノの音に合わせて歌った。

 ドレミファソファミレドー♪…

「奏太すごいよ!しっかり音がとれているよ」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、次は、『少○時代』を歌う番」 

 そう言われて、また、栞織ちゃんのピアノに合わせて歌った。彼女に歌唱力を見てもらうだけのテストだが、かなり本気で歌った気がする。だからか、かなり評価もよかった。

「奏太、とても良い歌声だったよ!さすが、シンガーソングライター目指しているだけある!このレベルなら、グループのいい武器にもなるよ」

 俺は、アイドルになるとは断言していないんだけど。

「追加メニュー課すかも。その時は頑張ろ!」

 しかし、栞織ちゃんは俺の気持ちに気づいていないみたい。明るく話す。

 俺は複雑な気持ちのまま、レッスン室を出た。次の番の桃井を呼ぶ。

 

 こうして、全員の番が終わった。

 「はい、みんな終わったね!じゃあ、音源CDと歌詞カードを一人ずつ渡すから、また聞いておいて。その前に、私がパフォーマンスのお手本を見せるから、しっかり見ていて!」

 ここからが、栞織ちゃんの本領発揮だった。

 オーディオから音楽が流れると、スイッチが切り替わったように、歌い、踊っていた。アイドルみたいな笑顔でパフォーマンスする姿は、真剣そのものだった。

 今の俺には、こんなことができるのだろうか。疑問が頭をよぎる。

 曲が終わった。決めポーズをした彼女に向かって、みんなで拍手をする。

 パフォーマンスした後の栞織ちゃんは、少し息切れしていた。お手本とはいえ、彼女のパフォーマンスへの熱量がよくわかる。

 すると今度は、折り畳み式の机を出すと、また話し始めた。

「忙しくて申し訳ないけど、今からメンバーカラーを決めます!アイドルグループには、一人一人のメンバーカラーが必要なの。みんなの好きな色を選んでね。もし、被ったら、ジャンケンしてね」

栞織ちゃんは用意した色画用紙を、テーブルの上に置いた。赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫、ピンクの七色だ。

 俺らは選び始めた。まず、雅貴くんが黄色を手に取る。康ちゃんはオレンジ、慎ちゃんが緑。隼斗が青、直哉が紫。ここまでは誰も被らなかったが、俺が赤を取ろうとすると、桃井も手に取った。赤がいいの?と、俺が聞くと、桃井は、

「はぁ?オカマじゃあるまいし、ピンクなんか取るわけねぇだろ!」

と、言った。ジャンケンするしかないようだ。

「じゃあ桃井、ジャンポンケンしよう」

 俺がそう言うと、

「そう言うなら、ジャンケンポン!」

 桃井以外の五人にツッコまれた。息ピッタリだ。

 結局、ジャンケンしたら俺が勝ったので、俺が赤、桃井がピンクになった。桃井は、舌打ちをしながらピンクを取った。そして、栞織ちゃんが来てそれぞれ何色かメモした。

 今度は、栞織ちゃんはカレンダーを出した。

「みんなに言っていなかったけど、今日から二週間後に、デビュー会見を行います。その理由は、みんなに、ステージに立つことを慣れてもらうためです。そして、今日から一ヶ月後に、CDデビューします!」

「はーい」

 デビュー会見。聞いただけで気が重くなる。俺は、それをこなすことができるのだろうか。不安だ。


 その夜。

 夜ごはんを食べた後、俺たちは大浴場で入浴をした。出ると、雅貴くんと隼斗くんは、バスローブを着た。雅貴くんは、メンバーカラーの黄色、隼斗くんは真っ白のものだ。

「雅貴、隼斗、それって自前?」

 直哉が二人に聞いた。

「そうやで」

「その通りだよ。でも、それがどうかした?」

「俺、前からバスローブが欲しくて、使い心地はどうかなって気になるんだよ」

 雅貴くんが答える。

「使い心地ええよ。何せ、俺のやつは国産の綿100%やから。しかも、俺んちのブランドのものや」

「僕のは普通に、お店で買ったものだけど、触り心地がいいものだよ」

「ふーん、買おっかな」

 直哉が悩んでいる。

「よかったら使ってみるか?俺の。もう二度と使えないかもしれへんで」

 雅貴くんがそう提案すると、直哉は驚いた。

「え、いいの?」

「おん。予備あるから、それ持ってくるわ」

 と、その時だった。どこからか栞織ちゃんがやって来た。

「隼斗くん、雅貴くん!!それって、バスローブ!?」

 彼女はキラキラと目を輝かせながら二人聞いた。

「そうやで。それがどうかしたん?」

「二人ともバスローブ使うんだー♪あ、メモしておかなくちゃ。いつか写真集を作ったときに、バスローブ姿の二人をおさめておく…いいじゃん!」

 栞織ちゃん、いきなりどうした??俺がそう聞くと、彼女は、

「プロデュースに生かせるように、メンバーについて気づいたことはメモするようにしたの!」

と言った。さすが、プロデューサーだ。

 でも、俺のやる気とは温度差が大きすぎる。


 それから1週間。ダンスも、歌も、だいぶ覚えてきた。栞織ちゃんからのアドバイスも、初歩的なものから、深いものに変わっていった。褒め言葉も増えてきた。

 しかし、俺のやる気は未だに0。自分が本当にやりたいことと違うことから、嫌そうな顔で踊ってしまっていた。栞織ちゃんにそのことが分かってしまうことがとても怖かった。分かってしまった時の彼女の悲しそうな顔が目に浮ぶから。本当は言いたくなかったのに…。


 俺は、良くも悪くも正直だ。

 合宿7日目。朝トレの後からは、一日中全員でダンスを練習する予定だった。俺は、相変わらず、嫌そうな顔で踊っていた。音楽はロック風のノリノリなものなのに、俺の顔も、ダンスも、全然ノリノリではなかった。そしてついに、それが栞織ちゃんにばれてしまった。午後1時頃だったと思う。曲が終わると、栞織ちゃんは俺に言った。

「奏太。ダンスの動きはいいし、リズム感も完璧。だけど、なんでそんなに嫌そうな顔をしているの?慣れていないから、無表情ならまだ分かるけど。もし、なにか嫌なあったら今、正直に言っていいよ」

 彼女がそうやって言ったから、俺は正直に言ってしまった。

「俺は、シンガーソングライターになりたい。アイドルになる気なんてない!」

 その瞬間。栞織ちゃんの目は、いつもの栞織ちゃんの目ではなくなっていた。勿論、プロデューサーがタレントを見る目でもなかった。ただただ、失望とショックに満ちた目だった。

 周りも驚いていたためにできた重い沈黙を切ったのは、栞織ちゃんだった。やけに冷静な声で言った。

「分かった。じゃあ、今から夕飯までは自主練にします。歌でも、ダンスでも、自分がやりたいものをやって。奏太も、ギターを持って歌ってもいいし、なにをやってもいいよ。好きにしていいよ」

 俺はレッスン室を走り去った。「おい、ちょっと待てよ!赤堀!」って言う直哉の声が聞こえたけど、無視した。

 俺は逃げたんじゃない。俺は、民宿に向かって走っただけ。ギターを持って歌いたかったから。

 民宿の1階の奥にある俺たちの部屋に行くと、俺は、初日に栞織ちゃんからもらった合鍵を使ってドアを開けた。

早速、使い慣れたギターを取り出し、俺は歌った。

♪大丈夫だよ 君は独りじゃない いつでも僕が側にいる

君がいるから僕がいる 僕がいるから君がいる 最高の仲間に親友(とも)に届けこの気持ち ♪

 この曲名は「仲間の讃歌(うた)」。独りぼっちでこの曲を歌っていたら、余計に寂しくなってきた。こうなったら、仕方ない。あの歌、俺たちの曲を歌おう。なんとなくそう思って、歌い始めた。ギター伴奏とコードの楽譜は栞織ちゃんからもらってある。正しく言えば、勝手にくれた。

♪夜空に光る星を君と一緒に見た夜 願ったこと僕は何も知らないけど

君がそれに向かって我慢さえしまずに 頑張っていること僕は知っているんだよ

悲愴ひそうに満ちた世界 誰もが涙をこぼしてる それでも僕らは行く自分の信じた道を

後悔はしたくないから

限界を越えて喜びをつかめ 努力は人を裏切らず結果は残るから

きっと夢は叶えられるはず 前を向いて目の前にある道を突っ走れ!

(光る星になりたい きらめく希望叶えたい 輝く未来築きたい We can be proactive for the future)♪


 その次は、2番。慎ちゃんのソロから始まるが、今慎ちゃんはいない。だから、俺が代わりに歌わなくちゃ…と、歌おうとした瞬間。

♪君がなくしてしまった物 ♪

 慎ちゃんの声。

♪君が忘れてしまったこと ♪

 康ちゃんの声。上を見れば、姿もある。

♪それらを全部今僕が ♪

 直哉の声、姿。

♪拾ってあげたいんだ ♪

 雅貴くんの声、姿。

♪苦痛にうずく世間 ♪

 隼斗の声、姿。

♪不景気だけが原因じゃない ♪

 桃井の声、姿。

 …って、六人とも!どうしてここに!?

「なにぼーっとしているんだよ!次はお前のソロだろ!?俺らだって続きが歌いたいんだよ!」

 桃井が俺に向かってそう言う。俺は続きを歌った。

♪後ろを振り向かず今こそ立ち上がれ ♪

 そして、

♪諦めたくはないだろう?♪

 七人の声が揃った。

♪悲しみを乗り越えあの光目指せ 厳格なだけが強い人とは限らないだろう?

実際君はなにか忘れている 思い出して、あの日僕らがちかった約束を ♪

 良いじゃん!とみんなが言い合う。その間、俺はギターで間奏を弾いた。また、歌パートが始まる。隼斗から。

♪人間を嘆く地球 ♪

♪悲しみが世界に広がる ♪

桃井が歌い、俺の声が続く。

♪それでも僕らは未来へと突き進む ♪

全員で歌う。

♪あの日の思いを胸に ♪

ジャジャンジャジャンジャジャーン♪と、俺のギター。

♪限界を越えて喜びを掴め 努力は人を裏切らず結果は残るから

きっと夢は叶えられるはず前を向いて目の前にある道を突っ走れ!

(光る星になりたい 煌めく希望叶えたい 輝く未来築きたい We can be proactive for our future)♪

 曲が終わった。七人で歌うのは、こんなに楽しいんだ、と感じさせられた。

 すると、直哉が俺に言った。

「赤堀。もし、今俺らと歌って『楽しい』と思ったら、プロデューサーに一言、言ってこい。確か、事務所にいるはずだから」

 そうだよ。行ってきな。などと、六人も言う。


 六人に言われた通り事務所に戻ろうと、部屋のある二階から一階に降りると、ダイニングに栞織ちゃんがいた。テーブルの前に座って作業をしている。

 俺は彼女に声をかけた。

「栞織ちゃん、どうしてここに?今何しているの?」

 奏太…?彼女はそう言いたげな顔で振り向いた。

「今度の、デビュー発表会見で7人に着てもらう衣裳のデザインを考えているの」

「ちょっと見せてよ」

「いいよ」

 俺はデザインを見た。細かいところまで書き込みがしてあって、工夫がされていた。

「どうかな?奏太のタイを、赤いデニムにしようかとも悩んだけど、赤いレザーの方がかっこいいし、フォーマルな会見にも合うと思ってレザーにしようかなって。でも、奏太はどっちがいい?」

 俺は、迷わず答えた。

「うん!俺はレザーも好きだから、レザーがいい」

「それならそうするよ」

 栞織ちゃんは笑顔になった。すると、栞織ちゃんは、

「奏太、私からちょっと頼み事があるんだけど。この紙に、自分の夢を書いて欲しい」

 と、書き初め用紙くらいの大きさの紙と、赤い油性マーカーを持って言った。

「いきなりだけど、どうして?」

「さっき奏太に言われて、考えてみたら、私は自分の夢を七人に押し付けすぎだなってことに気がついたの。だから、同じくらい、七人の夢を大切にしようと決めたんだよ。その方が私も嬉しいし」

「そっか、分かった」

 俺は、紙と油性マーカーを受けとると、書き始めた。

 俺の夢は、「10年以上も残る曲を作って歌うシンガーソングライターになる」こと。これを書けば良いだけだ。

 10年以上も残る曲を…

 そこまで書いたところで、俺はふと思った。

 俺は、本当にシンガーソングライターになりたいのか?

 もう一人の俺が言う。何考えているんだ、「作って歌うシンガーソングライターになりたい」って早く書け。

 俺は、栞織ちゃんに聞いた。

「ねぇ、栞織ちゃん。アイドルって、10年以上も残る歌を歌うことってあるの?」

 俺の質問を聞いた栞織ちゃんは、目を丸くした。そりゃそうだ。さっきまで「シンガーソングライターになりたい」と言っていた俺が、アイドルについて質問したんだから。

「…うん。アイドルって、一世を風靡ふうびしているイメージだけど、デビュー曲を、10年以上後になってもライブで歌うなんてことはよくあるの。だから、それも含めると、『10年以上も残る歌』は歌うよ」

「じゃあ、作詞作曲は?」

 ちょっと動揺しながらも、彼女は俺の質問に笑顔で答える。

「最近のアイドルはよくするよ。主に、シングルのカップリングに使われたり、アルバムに収録されるの」

「そっか…じゃあ」

 そう言って、俺は、続きを書き始めた。頭の中には、今までの出来事が次々に思い浮かぶ。

 アイドルは、「アイドル歌手」の略なの。という、栞織ちゃんの言葉。

 「スターダスト・スカイ」を他の6人と歌ったときの気持ち。

 デビュー曲を、10年以上後になってもライブで歌うことはよくあるの。という栞織ちゃんの言葉。

 最近のアイドルは(作詞作曲を)よくするよ。という栞織ちゃんの言葉。

 分かった気がする。俺が本当にやりたいこと。10年以上も残る曲を…

 七人で作って歌いたい。

「栞織ちゃん!書けたよ!!」

 書けたので、栞織ちゃんに見せる。

「ん?見せて?」

「奏太…?いいの?これで」

「いいんだ。これが、俺の本当にやりたいこと!」

「そっか。だったら私も反対しないよ」

 彼女は笑顔になった。


 それから一週間。俺は、今までの分を取り返すためにたくさん練習した。栞織ちゃんからのアドバイスもしっかり聞いた。今まで、「早くレッスン終わらないかな…」と思いながらやっていたため、一日が長く感じたけど、あの日からの一週間は集中してやっているお陰か、早く過ぎていった。


 会見当日。俺たちは、栞織ちゃんのスカウトがあって以来、行っていなかった渋原公園にやって来た。会見の会場は、マリ*ルリがライブ&トークショーをしていたステージだ。朝七時に集まり、本番一時間前の九時まで、最後のリハーサルをした。栞織ちゃんは、会場に合ったパフォーマンスをするために、最後までアドバイスをしてくれた。

 そして、今は本番用の衣裳いしょうに着替えている最中だ。勿論、栞織ちゃんがデザインしたものだ。すごいな、あいつ、と、直哉が感心した。

 着替え終わった。栞織ちゃんを呼ぶ。彼女は部屋に入ると、

「すごい!やっぱり、私の予想通りみんな似合っているよ!」

 と言った。たしかに、みんな似合っている。

 俺たちは、黒い上下のスーツ姿だった。中には真っ白なワイシャツを着ている。

 康ちゃんは、銀色のサテン生地の襟にシングルボタンのベストで、オレンジ地に黄色の星柄の蝶ネクタイをしている。

 慎ちゃんは、本体と同じ黒い生地の襟にダブルボタンのベストで、緑色のヒョウ柄のクロスタイをしている。

 直哉は、黒い襟にシングルボタンのジャケットで、紫のストライプのネクタイをしている。

 雅貴くんは、上部のみがサテン生地の襟にダブルボタンのジャケットで、黄色の地のジャボをしている。

 隼斗は、銀色のサテン生地の襟にシングルボタンのロングジャケットで、青いブロックチェックのをしている。

 悟は、上部のみがサテン生地の襟にダブルボタンのロングジャケットで、ピンクのサテンのリボンタイをしている。

 俺は、黒い襟にダブルボタンのロングジャケットで、赤いレザーのボヘミアンタイをしている。俺のこだわりで、シャツもジャケットも七分袖くらいまでまくった。

 みんなの衣裳を一通り見終わると、栞織ちゃんが俺に話しかけた。

「奏太」

「ん?」

「今日は、ダンスは少しなら間違えても良いから、思いっきり歌ってきて!奏太らしく!」

 なんだ、そんなことか。簡単だ。

「勿論だよ!」

 そして、彼女は、メンバー全員に言った。

「みんな、いよいよ会見本番よ。緊張しているとは思うけど、なるべくリラックスして、笑顔で本番をやりきろう!」

「うん!」

 全員で返事をする。さあ、本番だ。


 スターダストスカイのカラオケをBGMに、ステージに入場する。少ないながらも、お客さんがいる。お客さんは、俺たちが来ると、拍手や歓声をあげた。ありがたいことだ。

 まずは、自己紹介だ。

「赤堀奏太です!21歳です!歌が得意なので、これを武器にこれから頑張るので、応援よろしくお願いします!」

 俺は、緊張していたが、うまく言えた。他のみんなも、それぞれ性格がわかるような自己紹介をこなしていく。

 次は、少ないながら来てくれた記者たちからの質問タイム。基本は、直哉や雅貴くんが対応してくれた。個々への質問では、康ちゃんが噛みまくるという失敗も起きたが、直哉がツッコんでくれたお陰で笑いに変えられた。

 そして、俺が待ちに待っていたデビュー曲披露。栞織ちゃんの言った通り、俺は思いっきり歌った。曲が終わった後、大きな拍手と歓声があがって、とても気持ち良かった。達成感も少しあった。

 最後に、栞織ちゃんの要望で、握手会をした。

客席の入口に設置されたテントに行き、準備した。入り口の左側のテントには俺、桃井、雅貴くん、康ちゃんがいて、右側のテントには隼斗、直哉、慎ちゃんがいる。

 俺は、一人一人に「ありがとう」は、勿論、「応援よろしく」や「また会おうね」などと、一言付け加えた。お客さんは、それを聞いて嬉しそうな笑顔で離れていった。お客さんを笑顔にするのって、楽しい。アイドルって、こんなに楽しいんだ!

 すると、何人目だっただろうか。初老の女性がやって来た。雅貴くんや桃井と握手をすると、俺のところに来た。俺は、ありがとうございます、よろしくお願いしますと言って手を離そうとすると、彼女は手を離さなかった。俺と握手をしながら、彼女は言った。

「あなた、朝早くから渋原公園で路上ライブしていた子よね?」

「はい、そうですが…」

 よく見たら、毎朝犬の散歩をしに渋原公園に来ていた女性だった。会うたびに挨拶をしていたから、顔を、覚えている。

「あなたの歌っている姿、いつも見ていたわよ。歌が上手な上に、通りすがりの人たちにさわやかな挨拶をしていて、良い子だと思っていたの。そうなの…アイドルになるのね」

「そうです!」

「あなたのこと、これからも応援するわよ。頑張って!」

「ありがとうございます!!」

 俺は女性の手を強く握りながら、笑顔でお礼を言った。彼女も俺のことを覚えていてくれたのが嬉しかった。

 握手会が終わり、片付けをしていると、直哉から、良かったじゃん、赤堀!と、肩を叩きながら言われた。女性とのことを見ていたらしい。俺は、うん!と言った。


 俺の夢は、「10年以上も残る曲を七人で作って歌いたい」。

 アイドルのことは、まだ全然わからないし、シンガーソングライターとは全然違うから不安だ。

 でも、絶対大丈夫。

 俺には、桃井も、隼斗も、雅貴くんも、直哉も、慎ちゃんも康ちゃんも、そして栞織ちゃんもいる。

 俺は、みんなと未来へ突っ走る。

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