第三部 可哀想なわたし(1)
今回からは第三部となります。
ちょっとずつ、かんなのキャラが見えてきたような今日この頃です。
第三部、楽しんで頂けると光栄です。
わたしは可哀想。
誰も、私を理解してくれない。
いつも、みんなの前では明るく振る舞ってるけど・・・。
本当は、違うのに。
今日も、タイムラインでこっそり呟く。
どうせ、誰も反応してくれないんだけど。
『生きてるの、つらい。
死にたい。
今、リスカしちゃった。
もうやだ、自分なんて消えちゃえばいいのに』
ついでに、キメ顔の写真を撮ってから適度にデコって一緒にアップする。
斜め上からの、お気に入りの表情と角度。
しばらくすると、『いいね!』の数だけ少し増える。
ほらね、誰も心配コメントとかくれない。
メッセとか音チャとかで連絡もしてくれない。
誰も、本気でわたしのことなんて、心配してくれないんだ。
わたしはこんなに辛いのに。
10分経っても、誰からも何もない。
スマホを何度も見直して、ますます憂鬱な気分になる。
『誰もわたしなんて必要だって思ってないの、分かってる。
何で生きてるんだろう。
つらい。
今、安定剤多めに飲んだ。
このまま目が覚めなきゃいいのに』
空になった錠剤のシートを一緒に撮ってまたタイムラインに掲載する。
5分経っても、やっぱり『いいね!』だけが増えて、誰も何もしてくれない。
さびしい。
この世界で、わたしはひとりぼっち。
不意に階段の下から、ママの声がする。
「ちょっと!早くお風呂入っちゃってよ!」
洗濯が出来ないでしょ!と張り上げるママの声に、わたしも大声で返事をする。
ああ、疲れちゃう。
ママはつまんない日常生活の中で暮らしてても平気な、恵まれた人なんだ。
わたしとは違う。
生きてることが辛いなんて思うことがない、悩みなんて洗濯とか、明日のお弁当のおかずとか、そのぐらい。
そんな人が羨ましい。
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「ね、ほんとわたしばっかりヒドくない?」
ピンク系のジェルネイルを表から裏から、何度も見ながらも少女はかんなと目を合わせない。
対するかんなは、このお姉さんはどこかのお姫様なのかな?と考える。
「ついに世界からも見放されるとか」
長い髪はヘアアイロンで一見無造作だが計算されたゆるいカーブを描き、ヘアカラーもやや明るめの栗色。淡いピンクのシュシュでサイドの髪を後ろでまとめてある。
ピアスは右にひとつ、左にふたつ。清楚系のイメージで、キュービックジルコニアの小さいものをそれぞれつけている。
服装も、白を基調とした制服のようなブラウスに、ふんわり風を纏って踊るようなちょっと丈は長めのタータンチェックのフレアスカート。
襟元にはワンポイントに赤いリボン。
細かいボールチェーンのブレスレットには小花のモチーフが装われ、お揃いの小花のデザインの指輪を小指にひとつ。
「・・・スマホ繋がんないし」
ひらひらと、スマホをかんなの前で振ってみせる。
タイムラインに書き込みたくても、ここは見事に圏外だ。
その理由が目の前のお子ちゃまであることは、さっき本人の口から聞いた。
かんなが不思議そうにスマホを見ているのに少女は気付いた。
「なに、あんたスマホ触ったことないの?」
まあ、異世界とやらに住んでるガキだもんね。
文明が遅れてるとか、不便そう。ていうか、既に不便なんだけど。
相変わらず目は合わせないまま、かんなの前にスマホの画面を突き出す。
壁紙は、この前友達と学校帰りに撮ったプリクラだ。
かんなはその画面をまじまじと眺めた。
「これって、おねえさん?」
画面の右側、友達と肩を組んでキメ顔で移っている少女。
この写真は最近撮った中で一番のお気に入りだ。
友達の映りはイマイチだけど、それはまぁ二の次で。だってわたしの可愛らしさがとても上手に撮れているのだから。
かんなはしばらく、画面と少女を見比べていたが、不思議そうに呟いた。
「これ、おかしいよ。目はすっごく大きくて、口がとっても小さくて・・・なんだかすっごく怖いもん。おねえさんじゃないみたい」
途端に少女のヒステリックな声が、周囲に広がった。
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サエを捕まえると一通り、自分の不運について語った少女は満足したのかやっと声のトーンを落とした。
そして、初めてまじまじとサエの顔を見た。
「・・・どこの化粧品使ってるの?」
頬杖をついて少女はサエを見る。
スマホの画面は、いつの間にか眠っている猫の写真に変わっていた。
「わたし、敏感肌だからなかなか合うやつなくって困っちゃうんだよね」
困っちゃう、の中にほんの少し得意げな感情が見え隠れする。
デリケートなわたし。ココロもカラダも。
「でも、サエさん超美人だから羨ましいなぁ」
そして、否定も肯定もしないサエにおもむろにカメラを向ける。
シャッター音はしないから、この人は撮られていることには気付かないだろうと思いながら。
そもそも、スマホとか知らないんだしね。
「お手入れなんて、大したことしてないわ」
サエさんは自分の髪を一束摘まむと、それを弄びながら答える。
枝毛なんて一切なさそうな髪だなと少女は思う。
「またまたぁ、美人はみんなそう言うんだから」
美人と言われて、否定も謙遜もしない。
わたしみたいに、子供時代にキモいとか言われてトラウマになってるコの気持ちなんて分かんないんだろうな、と思いながら。
ホント、世の中は不公平。
「朝、顔を洗って、夜も洗う。そのくらいよ?」
だって、ここには何もないでしょう?とサエは言葉を続けた。
それでも少女は食い下がる。
キレイは努力なしでは手に入らないのだ、と知っているからだ。
少女が同じ話を蒸し返すと、サエは悪戯っぽく笑って言った。
「ナイショ」
だって、キレイの秘密はみんな隠し持ってるものでしょう?と笑顔で付け加えるサエに、少女は色々な意味で負けた気分になった。
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「ねーねーサエさん、つまんないんだけどぉ」
夜も更けた頃、少女は明日の食事の下ごしらえをしているサエの所にひょっこりと顔を出した。
スマホは諦めて、電源を切ってテーブルに置いてある。
それでも無意識に、メッセージが来てるんじゃないかと何度も着信ランプを確認してしまう。
もう、習性みたいなものなんだろう。
「ここ、何もないんだもん、寝れないしー」
いつもなら、布団に潜って友達と他愛もないメッセージのやり取りをしてる頃だろうか。
そのうち、気分が落ち込むとタイムラインで呟くのだ。
そして、安定剤を飲んで・・・そうか、眠れないのは薬がないからだ。
「わたし、夜は嫌い。ココロが不安定になって、落ち込んじゃうじゃない?」
だから、安定剤とかないと生きていけない。
きっとサエさんにはこんな気持ち、分かんないだろうけど。
心の中でそう呟く。
「そうね、夜は私も時々怖いかしら。今は大丈夫だけど」
適当に合わせてくれている、そんな大人の対応。
少女はため息をつくと、椅子に体を投げ出す。
知らない世界に急に呼び出されちゃったわたしに、もっと気を使ってくれてもいいんじゃない?
あのかんなって子は気が利かないだろうけど、サエさんは大人なんだし。
違う世界でも、みんなわたしに冷たい。イヤになる。
慰めの言葉ひとつ、かけてくれない。
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「あなたの住んでいる所には、星はあるのかしら?」
不意にサエが尋ねる。
星?
夜になると空で光っている、あの星?
少女が応えると、サエは静かに頷く。
そりゃ、あるけど。
でも、ここと違ってわたしの世界は空気が汚れているし、夜も明るいからあんまり星がしっかり見えないかなぁ。
あんまり、いい世界じゃないから。人間がどんどんダメにしちゃってるから。
だから、わたしとか、将来に希望なんて持てないもん。
聞かれてもいない余計な一言を加えながら、そういえば空なんてずっと見てないなと思う。
星座も、小学校で習ったけど・・・もうほとんど覚えてない。
そうなの、とサエは頷く。
「そうね、退屈なら・・・少しだけ外へ出て、ここの空を見てみるといいかも知れないわ」
こんな世界もあるんだって、驚くかも知れないけど。
ただ、あんまり遠くへ行かないでね。鍋から目を離さず、サエは言葉を続けた。
「なあにそれ、子供じゃあるまいし」
少しむくれつつ、好奇心もあって少女は玄関を大きく開いた。
部屋の灯りが外へ漏れ出して、そこからははっきりと夜空が見えない。
何もない、田舎から見る星。
テレビで見たことがある、本当に『降ってきそうな』沢山の星。
少しの期待で胸が踊る。
知らない世界の知らない夜空。
玄関の扉を閉めて、数歩歩き出す。
まだだ、まだ見えない。
慎重に足を進める。足下が暗くて、ちょっとしたデコボコでも転んでしまいそうだ。
空をひたすら見上げながら歩く。もう少し、もうちょっと。
そして少女は振り返った。
家は遠い。灯りはもう、無いに等しい。
空を見上げる。
星・・・星。
知らない世界の知らない星座、それはどんなものだろう。
少女はしばらく空を見つめ続け、それからその場から逃げ出すように半ば転がりながら灯りのある家へと走った。
この少女の劣化版が自分の黒歴史のような気がして痛々しいのですが、何事もネタにしてしまえという根性で書いちゃってます。
彼女のような人の気持ちは良く分かるので、ついつい筆が進みます(汗)。
次回の更新は3月16日20時となります。
お読みいただきありがとうございました。