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第二部 暴れん坊王子と一兵卒(3)

「あの実が役に立つなんて、全然知らなかったわ」


昼間の出来事に疲れ切ったらしいかんなが眠ったのを確かめたサエさんが、食堂兼リビングとして使われている、つまり今僕がいる部屋へ戻って来た。


かまどに置かれた大きな鍋の中で、昼間に拾い集めた実たちは今まさに踊っている。大量のお湯と共に。


「僕たちの村では重要な収入源、でしたから」


そうなのね、と感心した様子のサエさんを見て、僕はちょっと得意な気分になった。先人たちの知恵であって、別に僕の手柄ではないのだけれど。


それからサエさんは別に沸かしてあったお湯で2人分のお茶を入れると、ひとつのカップは僕の前に、そしてもうひとつは自分の両手で軽く抱えるようにしてそっと口をつけた。


警備兵として、要人から庶民まで様々な身分の女性を見てきたはずなのに、そういうさり気ない仕草に少しどきりとする。


「驚いたでしょう」


唐突に発せられたその言葉が昼間のあの大地の揺れのことを示しているとすぐに分かり、僕はうんうんと何度も頷いた。

かんなも驚いていたが、僕も心底驚いた。

まるで訓練中にたまに使う大砲の発射時の衝撃みたいだった。

でも、突然音もなく、静かに揺れる大地なんて。


何を信じたらいいんだろう?とかんなも言っていた。

僕たちの全ての基盤である大地が突然揺れ動く、それは本能的にも、文明的にもとてつもない恐怖だ。


でもサエさんはそれに動じる様子もなく、今も僕を心配するというよりもどこか観察するように淡々としている。


「あれは・・・やっぱり、かんながやったんですか?」


でも、かんな自身もあんなに怯えていた。

そんな力が自分にあるなんて知らなかったようだ。自分に出来るのは、『救世主様』を召喚することだけなのだと言っていたのだから。


サエさんは静かに頷いた。

そして、不思議な物語を語り始めた。


かつて、人々が犯した過ちを。

そして、多くを失った神と人々の歴史を。



---------



僕の住む国の人々が思っているよりもずっと世界は広く、なのに同じ世界にあるはずの他の国々と僕たちの国は、決して交わることがないという。


神の呪いによってなのか、あるいは神自身の力が激しく膨張し、収縮した結果なのか、結果的に永遠に分断された世界。


サエさん曰く、存在する地盤そのものがズレたまま、この世界は別々に機能しているのだという。

それは、昼間にかんなが言っていた、『一番安心出来るはずの大地』がひび割れ崩れ落ち、二度と同じ姿に戻れなくなったようなものなのだろうか。

世界が崩れ、バラバラの時間が流れている。

しかも、その事実に多くの人々が気付いていないのだ。


本来は一つであるべきものが互いを認識しないまま存在する。

その現実を、神であったはずのかんなも全て忘れてしまっている。

その現象が一体世界に何をもたらすのか、その疑問にすらたどり着けないままに。


昼間の出来事でかんなが言いかけた事は何だったのだろうか。

そして、かんなの変化がもたらしたものが何なのか、サエさんは教えてくれなかった。


…彼女自身も、もしかしたらその先にあるものを知らないのかも知れない。



元は一つだった世界が引きちぎられたまま、それぞれの時間を刻んでいる。

その事実を識るものの多くは失われ、僕たち人類は同時に沢山の叡智も失っているという。


「どうして、僕にそんな話をしてくれるんですか?」


かんながその、人々を呪いながら落ちていった神の残した存在だという事実は僕にとっては実感を伴わないものだった。

あどけない笑顔、ムキになって木の棒を振り回す仕草。


ああ、だけど。

僕の命を偶然とは言え助けてくれた、そして大地を揺らしたあの不思議な力。

その、僕からしたら奇跡のような出来事も僕は知っているのだ。


あんなにかんなが怯えていたのは、かつて神と人々が起こした悲劇に対する、失われたはずの記憶の片鱗を刺激されたからなのだろうか。

それとも、後の人々によって与えられた、『ただの人間』のかんなが犯した過ちという、偽りの記憶に対する何かを、なのだろうか。


僕の知らないかんなの、かんな自身も忘れてしまったかんなの本来の姿は一体どんなものなんだろう。

もしもかんなが全てを思い出したら。


そうしたら、かんなは、神は、改めて人々にどうやって向き合うのだろう。


「・・・どうしてかしらね?」


先ほどの僕の問いに答えるサエさんの静かな声は、そんな風に自分の思考の波に飲まれかけた僕を現実に引き戻した。



---------



「すごい!中にこんなものが入ってるなんて!」


昨日お兄さんが教えてくれて、サエさんによって一晩鍋でぐつぐつと煮込まれたトゲトゲの実は、お湯から引き上げてしばらくして割ってみたら、あんなに痛かったトゲもぐんにゃりと柔らかくなって、中から真っ白でふわふわなものがぶわっと出てきた。


そのふわふわした物の真ん中に、黒っぽい玉が入っていて、それがこのトゲトゲの実の種なのだとお兄さんは教えてくれた。


「綿みたいね」


サエさんもそのふわふわを潰してみたり広げてみたりしながら、いくつかの実の中身を引っ張り出している。まるでいつものボクみたいにウキウキしているみたいだ。

でもボクはそれが食べ物ではないと知って、ちょっとがっかりした。


せめて、真ん中に入っている種だけでも食べられたらなぁと、恨めしく種を見つめる。

お兄さんは少し得意げにそんなボクたちの様子を見ていた。


「僕の国では『ユタの実』って呼ぶんだ」


豊か、という言葉からついたらしいんだけどね。

でも・・・と表情を曇らせた。


「ここ数年、あまりユタの木に実が付かなくなってしまって」


それだけじゃなく、他の農作物もね。

だから、僕らみたいな農村の者は村を出て働くしかないんだ。


お兄さんは柔らかいその実の中身をどこか懐かしそうに見つめながら呟いた。



---------



続きの言葉は僕の心の中に押しとどめた。


村から出て、必死に稼ぎ先を探した僕らには、なかなか良い仕事など見つからなかった。

それでも警備兵という仕事に就いた時には、仲間内でちょっとしたお祝いをしたものだ。


けれど、その頃の僕は思いもしなかった。事情もわからないままに「逆賊に仕える使用人」としてあっさり殺されそうな羽目になるなんて。

僕は運が良かっただけだ。たまたまかんなに召還されたお陰で生き延びたのだから。


そう、理不尽な死なんて世の中には溢れているのだから。



不意に、楽しそうにユタの実の中を集めて遊んでいるかんなが、ふと空を見た。


どうしたのかと声をかけようとして、かんなの表情にハッとする。

表情・・・いや、違う。

全ての表情が消えて、虚ろな人形のように身動きひとつしない。


「かんな・・・?」


名前を呼んでも返事がない。

慌ててサエさんを見ると、僕と目が合った。

そう、サエさんはかんなではなく、僕を見ていた。

いつもと変わらない、穏やかな笑顔を浮かべて。


「前に、あなたが言ったこと、覚えているかしら?」


形の良い唇が静かにささやいた。

どうしてかんなと世界に起きた出来事を僕に話してくれたのか、と以前の問いのことだと僕はすぐに悟った。


それはね、とサエさんは静かに続ける。


「私が話したことを、あなたは決してあなたの世界の人へ伝えることはできないから」


不意にかんなが声を上げた。

いつものかんなの声だ。


「大変!お兄さんが還る時間が来ちゃう!」


かんながそう言い終わるのとほぼ同時に、僕の世界は再び暗転した。



---------



瞬きをするほどの一瞬の出来事。


アサシンが繰り出したナイフが右目を貫こうとしていた。猛毒の塗られたナイフだ。

ああ、これは死んだな、と思ってから違和感を感じる。奇妙な既視感。



『私が話したことを、あなたは決してあなたの世界の人へ伝えることができないから』



不意に、優しい女性の声が脳裏に過ぎった。

誰の声だったか、つい最近聞いたばかりの声、そして言葉。


いつだったか、どこだったか、僕は長い旅をしていた気がする。それとも、長い夢だったのか。


その時、僕の目の前で激しい光が炸裂した。

激しい光とは裏腹に、どこか温もりを感じるそれ。


そして僕の体が壊れた人形のように崩れ落ちるのを、僕は人ごとのように感じていた。



---------



「お兄さん、帰っちゃったね・・・」


ボクはしょんぼりとうなだれた。その手には、銀色の砂が入った砂時計。何故だろう、仄かに光っているように見える。



いつだって、誰かがボクの召還に応えてやって来て、いずれその誰かは帰って行ってしまう。それは、ボクのせいだから仕方がないし当然のことなのだけれど。

その度に、胸のあたりが苦しいんだ。

早く、また誰か来てくれないかなとさえ思って毎日暮らすんだ。


そのうち、またひとりの、たまにサエさんがやって来る毎日に慣れて、今までみたいにひとりで暮らせる日が来ても、また新しい誰かをボクは召還してしまう。


嫌な人もたくさんいたし、とても優しい人もたくさんいた。

でも、居なくなってしまったら、誰もみんな懐かしいんだ。

もしかして、また会いに来てくれないかな、なんて思うんだ・・・。



サエさんは、ボクの集めたふわふわを用意しておいた布袋の中に詰め込むと、ボクの顔におもむろに押しつけた。

とても柔らかい。


「さあ、家へ帰りましょう、かんな」


ボクがその布袋を両手でぎゅっと抱きしめたのを確認するとサエさんは優しくそう告げて、歩き出した。

連られてボクも歩き出す。


「また、お兄さんの名前を聞くの、忘れちゃった」


サエは静かに頷く。

かんなはいつもそうだ。

かんなにとって、名前というものはさほど意味を持つものではなかったからだ、つい最近までは。


「そうね、でも」


あの人も確かに、ここに存在した証を残して行った。

かんなが大切そうに抱きしめているものに目をやって、サエは思う。



かんなに名前を与えた青年が始まりだった。

そして、今日還って行った若者も、かんなに己の持つ力への新たな自覚を与えた。

それなら、彼もまた、かんなにとっての『救世主』ではないだろうか。


それらの出会いは、出来事は、かんなに一体どんな変化をもたらすのだろう。

世界にどんな変化をもたらすのだろう。


それは、誰にも分からない。


二人が立ち去った後には、ただユタの種が、いくつか転がっていた。



---------



第3王子シンノースが国王となり、稀代の賢王と呼ばれるようになったその影には、優秀な臣下との出会いがあったと言う。


とある一領主の警備兵にすぎなかった隻眼のその男は、その後爵位と家名を与えられ、良く国王を助けた。

家名はカンナーノ、ユタの実を象った家紋を掲げたその一族の名は、長く語り継がれることとなる。

いかがでしたでしょうか。

これにて第二部は終了となります。


まだまだかんなの世界は続いて行きますので、お付き合い頂けたら嬉しく思います。


次回の更新は3月13日20時の予定です。

3日に一度、まったりファンタジーをどうぞ!(しつこい)


ご意見・ご感想、心よりお待ちしておりますっ・・・!

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