表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

第二部 暴れん坊王子と一兵卒(2)

「随分と大胆なお客様だこと」


サエと名乗った女性は、飛び込んで来た僕を見ても動揺することなく部屋を出ていくと、真っ白な布のようなものを片腕に引っ提げて持って戻って来た。


「ごめんなさいね。それぞれの文化は大切だし私は良いのだけれど、かんなの成長に差し障りがあるといけないから」


違う、そうじゃないんだ。

否定すればするほどに、ますます穏やかな笑みを浮かべる彼女が差し出した白い布を広げる。

大丈夫よ、分かってますから、みたいな笑顔を浮かべ続けている彼女に背を向けて、慌ててそれを何とか身に纏う。


その布が、先ほどの子供が纏っていたローブと同じものだと気付く。

ぶかぶかとした、真っ白なローブ・・・一体何着同じ服を持っているんだ?

ただ、大の大人が羽織ってみればその丈は膝上ぎりぎり、そこから出た足はすね毛ボサボサという間抜けな状態ではある。腕の方も言うまでもなく、似たような様相を呈している。


女性の前で見せたい格好ではないことは言うまでもない。

特に、サエさんのような人の前で。


「体より自尊心が丸裸だよ、これは・・・」


思わずそう声に出してしまうと、後ろでサエさんがくすくすと声に出して笑った。


ああ、ここが天国なのか地獄なのか分からない。



---------



ボクは何度も何度もお兄さんに頭を下げた。

また失敗してしまった召還の顛末を話した後に。


だいたいの人が冗談だと思うか、何てことをしてくれるんだと怒るかのに、お兄さんはしばらくボクを見つめてからおもむろに椅子から立ち上がり…全力でボクを抱きしめた。


体格の割に力が強いお兄さんのハグに、ボクは冗談抜きで声を上げる。潰れたカエルか、鶏の断末魔のように。


「そうだったのか、ありがとう!本当にありがとう!!!」


何がそんなに「ありがとう」なのか分からないまま、お兄さんのハグはしばらく続いた。



お兄さんの事情が分かったのは、その情熱的な(サエさん曰く)ハグからボクが解放された後だ。

もっとも、サエさんがおもむろに手にしたダイコンでお兄さんの頭をぶん殴ってくれなかったら、未だにボクはあの拷問…もとい、ハグの前に間抜けなうめき声を上げていたに違いない。


お兄さんの国のこと、そしてお兄さんの身に起こったこと、それらをボクとサエさんは聞いた。

ボクは、おお!とかへぇえ!とかちょくちょく相づちを入れていたけれど、サエさんは対照的にひたすら黙って耳を傾けていた。


「じゃあ、ボクがたまたま召還したタイミングが遅かったら、今頃お兄さんは・・・」


ボクの言葉にお兄さんは何度も首をぶんぶんと左右に振った。

どうやら、考えたくもないみたいだ。



「・・・シンノース様」


しばらくして、お兄さんはぽつりと呟いた。

確か、悪い奴をやっつける、正義の味方みたいな王子様の名前だっけ。


「きっと、君は本当はシンノース様を召還するつもりだったんだと思う・・・なのに、偶然側にいた僕が召還されてしまったんだ」


シンノース様なら、きっと広く世界を変えて行けるだろう。

こうして生きているのは嬉しいけど。

お兄さんはそう言って、複雑な表情を浮かべた。


「分かんない、けどボクはお兄さんが無事でうれしいよ!」


ボクが言えるのは、そのくらいだ。

出会ったばかりの子供のボクがそんなことを言っても慰めにもならないかも知れないけれど。

サエさんは、いつものようにただ静かに微笑みながら、床に落ちた大根を拾っていた。



---------



かんなとサエさん、そして僕の3人で、見渡す限り人の気配もない静かな自然に囲まれて暮らしはじめて数日が経った。

その間に僕の頭によって想定外の下ごしらえをされた大根は煮物として僕たちの栄養となり、むき出しのすね毛を隠せるだけの衣服を僕は手に入れることが出来た。



自分に起こった出来事を折りに連れ、考える。

迫り来る刃物の切っ先、もう避けられないと本能が悟った瞬間。

しまったという焦燥と、あっけないものだなという想いが交錯した。


あの時自分は死んでしまったのではないだろうか。

そもそも、救世主にふさわしい人物ならもっと的確な方がいらっしゃったのだから。

かんなが召還したのはやっぱりシンノース様で、僕は都合のいい夢を見ているだけなのかも知れない。

そう、ここは、僕が望んだ理想郷、もしくは刹那の幻想なんじゃないか。



そんなことを考えながらも、僕は目の前で必死に棒切れを振り回すかんなの体を易々と交わしていた。

警備兵をしていたと話したら、かんなが目を輝かせて剣術を教えてくれと言い出したから、しぶしぶ付き合ってみることにしたのだ。

とは言え、農村育ちの僕など実際は烏合の衆にもなれないレベルなのだが、その期待に満ちた瞳を前に、こうして剣術の真似事を教え初めて3日目。


召還術などという、僕の国では聞いたことのない不思議な力を持っているらしいかんなだったが、その剣捌きならぬ棒捌きは、10歳そこそこに見えるその頼りなく細い体と同じくひょろひょろとしている。


アドバイスをしても上手く行かないうちにかんなは意固地になって、すっかり僕の声など無視してがむしゃらに挑んでくる。

本当に、どこにでもいるちょっと拗ねてムキになっているただの子供だ。


「ほら、だからな、基礎からやらなきゃいきなりは無理だって・・・」


「静かにしてよ!もう少しで何か掴めそうなんだからっ!」


さらにムキになって棒を振り回すその姿が妙に可笑しくて、かんなに見られないように顔を背けてつい吹き出してしまった、その瞬間。



世界が、揺れた。

かんなを中心に。



---------



「良く分かんないけど、ごめんなさい・・・」


しょんぼりと座り込んだかんなの隣にサエが同じように座って、背中を優しく撫でている。


「大丈夫よ、私の知っている国では、地面はこうして時々揺れたりするものらしいから。かんなの力が切っ掛けになっただけよ」


それほど揺れなかったし、心配はいらないわ。

サエは相変わらず穏やかだ。

一方、かんなはより不安げにサエを見た。


「地面がそんなに揺れる国なんて、みんなどうやって生活してるの?」


地面は一番安心出来る場所なのに、それがグラグラするなんて、そこに住んでいる人たちは何を信じたらいいんだろう?

例えば、穴が開いちゃったり、大きな裂け目が出来ちゃったりしたら。


そう付け加えてから、何かを思い出したように突然かんなは口を閉ざした。

しばしの沈黙のあと、ボクが・・・とかんなの唇が形を作ったと同時に。


「あら、大変」


ふとサエが立ち上がる。

あえて、話を背けようとしているかのように。

見つめるその先には、一本の木から落下したらしい何かが散乱している。


「わあ、トゲトゲの実だ・・・さっきので落ちちゃったのかな」


かんなも我に返ったように眉をしかめてそちらを見た。


僕もその木を見て驚いた・・・確かに見覚えのある木だ。

実は3センチほどだが細かいトゲを纏っていて、近付く動物・・・もちろん人間にも、いつの間にかくっ付いている。


見た目よりも軽いから、自分で見えない所に付けばその一日中一緒に過ごす羽目になるし、背中あたりに付いていれば、椅子の背もたれにもたれた瞬間にギョッとすることになる。


少し接触しただけでもあっさり木から離れて付いて来るくらいだから、先ほどの揺れで簡単に落ちてしまったのだろう。


自分で種を運べない植物ならではの進化の一種だとかで、生命の神秘を感じざるを得ない。

進化というのはあくまで生命が生み出す順応のための変化だと僕は学んでいる。だから神様なんか信じているわけではないが、もしそんな存在が居て、わざわざそんな細やかな設定をしているのなら余程の暇人か変人なんだろう。


「ボク、集めて捨ててくるよ!」


かつてその実によほど痛い目に遭ったのか、それとも先ほどの出来事の埋め合わせなのか、かんなは勢いよく立ち上がった。

が、僕はそんなかんなにストップをかける。


「それを棄てるだって!?とんでもない!」

それを すてるなんて とんでもない!!

初期ドラクエの平仮名に癒やされます。


お読みいただきありがとうございました!

次回の更新は3月10日20時予定です。


3日に一度のまったりファンタジー、まったりファンタジーでございます。


ご意見・ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ