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第七部 ユメワタリの樹(4)



「・・・脆いものだな」



男は今や本来の機能を失った『樹木』()が良く見える古びた城壁に佇み、独りごちた。

巨大なそれを破壊するのに、大した労力は必要としなかった。



そう。人間の敵は、人間である。

考えるまでもなかった。

燻っていたものを解放するきっかけを、男は作っただけだった。







人間の脳波から脳波へと移動する、電気信号で作られた通称『ユメワタリ』と呼ばれるプログラム。

それらは様々な人間の脳を巡り、表層部分の記憶のみならず遺伝子レベルにまで刻まれた情報(かこ)を拾い上げる。

そうして収集したデータを本体である巨大な樹へと送り届けるのだ。

そのデータベースである『樹木』()は人々から得た情報を取り込み、分析する。



実験的に始められたそれは人体に干渉した上でその記憶をデータとして持ち帰る存在(しくみ)を人工的に作り上げた、それが最高の功績だと思われていた。

だが小さな樹から始まったそれは彼らの予想よりも遙かな速度で成長し、そうしてシステムにより再構築されていくのは失われた世界の成り立ち、その真実であることに彼らは気が付いた。

そのシステムは少しずつ、だが着実に成長を続け、次第に国の書物を遙かに超える膨大なデータを蓄積・分析し、彼らは研究者としての喜びと誇りに打ち震えてその予想外の成功に目を輝かせた。



それは新たな賢者の誕生でもあり、世界の王、それどころか神とすら言える場にかのシステムが、つまり彼ら自身さえもが立ちうると言う事でもある。

・・・実際には彼らは純粋な研究者であるが故に、権力には興味など持たなかったのだが。


その純粋さは、だが他から見れば却って疑心を抱かせる要因とすらなっていた。

多少の野心が見えるならばいっそ取り入る事も、交渉や牽制を行う事も出来ただろうに。


不幸にも彼らは余りにも世間に疎く、ただただ世界のあるべき姿を構築していくシステムに魅了されすぎていた。

彼らの置かれた立場の危うさを忠告する者が現れる度に彼等はますます己の世界に閉じこもり、まさにひとつの国とも言える独自のコミュニティーを形成して行った。


純粋さというものは、時として大きな破滅を招く。

それに気付かぬ者は如何なる知識を持とうとも、ただの愚者に過ぎない。







昏い心に駆り立てられた権力者達は象牙の塔の住人をささやかな、そしてねつ造された罪状で糾弾し、強引な裁きを下した。

そして無残に破壊された『樹木』()は表面に施されていた息づくような容姿を破壊され、今は複雑な配線と細かな部品で組み立てられた繊細な内側を晒していた。



嫉みや疑心を積み重ねた人間達を、彼らにとっても貴重であるであろう知識の結晶への暴力に向かわせる事がこんなに容易いとは。

画策したものが予想よりもあっけなく結果を出してしまった。

だがそれは己自身の価値を最高の形で示したとも言えるのだ。


己の知力と魔力が優れたものである事は自負していた。ただ、頭角を現すきっかけだけに恵まれなかった。

だが、と手元に目線を落とす。

偶然手に入れた銀の砂時計。初めて見た時、何らかの運命、いや業にも似たものを感じた。


『神の持ち物』とも言われたそれを思わせる、解析不能な何かを内に秘めたその拾い物は豪奢な装飾を施されながらも驚く程に軽く、時折仄かな光を発している。

内に秘められたその『何か』は彼をはじめ幾人もの魔術師や科学者をもってしても暴き出す事は出来なかった。

にも関わらず正体不明のそれを所有し、更にはその内なる力も己の一部とする力量を持つ術者である事をたった今、大勢の権力者の眼前で披露した男は満足げに笑みを浮かべた。



確かにこの銀の砂時計は男の力と共鳴したのだ。。

絡み合うような混ざり合うような、かつてない感覚と共に男の力を更に膨大なエネルギーへと昇華させ、それは堅牢な筈のシステムの表層部分を引き剥がし心臓部にまで確実にダメージを与えた。

・・・まるで子供達によってガラクタの寄せ集めで作られた秘密基地が嵐により吹き飛ばされるかのように。

ほんの一瞬の出来事であった。

だが、少なくとも、それがこの砂時計が持つ正体不明な力の賜である事は疑う余地がなかった。


それが本物の『神の持ち物』であるかなど、どうでも良い事だった。

老いぼれの元でこれに巡り会ったのには何者かの意図が介在したのかも知れない。だが、それも今は些細な事だ。


神が存在しようとしまいと。

運命というものがあろうとなかろうと。

手にした力だけは本物なのだから。


そしてようやく、自分は認められるのだ。

昏い笑みと共に、男は『樹木』()という叡智の塔に背を向けた。



知識の全てを失いただの物質と成り果てたそこに、蟻のように侵略者と彼等が率いる従者たちが群がっている。

何を探っているのかは彼の知るところではなかったし、知りたいとも思わなかった。

それらと己が同じ生き物であるなどとは到底思えない。

見苦しい、浅ましい生き物だ。

だが、必要とあれば泥水をも飲む覚悟は出来ていた。



そうして『樹木』()の破壊による停止と共に全てのユメワタリは消滅した。

かつて同じようにそれの演算の元、ユメを渡っていたひとつの意識だけを残して。



お読みいただきありがとうございました。


3日に一度の更新を目指しつつ、リアルのバタバタで4日に一度の更新となってしまっています・・・。


何とか、落ち着いたら3日に戻したいと思っております。

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