第七部 ユメワタリの樹(1)
今回から、第七部が開始となります。
(1)
勇者アルノルドを帰還させたあの時。
彼と対となる存在としてその世界で刻を刻む、いわば代理の存在である『銀の砂時計』はその役目を終えてかんなの元へ戻って来るはずだった。
だが、かんなと砂時計を繋いでいた感覚がぷつりと遮断されたあの時から砂時計が戻ることもなく、ただ徒に時間だけが過ぎていた。
そうして未だにかんなは砂時計を見つけられずにいる。
こんな事態は無論、初めての事だ。
それは、ずっと待ち続けている『救世主』に繋がる術を失ってしまったという事でもある。
その事実には流石に日頃は脳天気なかんなもすっかり落ち込み、傍目から見てもそれと分かる程に塞ぎ込む日々が続いていた。
元々か細くて小さい体がますます小さくなっているような気がして、ローウェは正直気が気ではなかった。
今日もかんなの姿は朝早くからなかった。
近頃は早くにどこかへ出掛けては、暗くなってから帰って来る日が増えた。
何らかの手段で失った砂時計を取り戻そうとしているのかも知れないと、ローウェは敢えて何も言わずに見守っていたし、サエも普段通りに過ごしているようだったのだが。
・・・それでもやはり、目の届かない所へかんなが出掛けてしまうと、ひょっとしてこのまま帰って来ないのではないかと不安にもなる。
そうして今日も、気が付くと自分も心当たりを巡ってつい捜してしまうのだ。
かんなのなくし物ではなく、かんなの姿を。
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だから、かんなだと思ったのだ。
向こうからとぼとぼと歩いて来る小さな人影を認めた時は。
だが、身にまとったそれはいつもの真っ白なローブとは明らかに異なり、更に少しずつ近付いて来るにつれてその特徴が明らかに異なる事に気が付いた。
『知らない誰か』がいる・・・だが。
警戒心が頭をもたげる。
召還が出来ない今のこの世界に、あの人物はどうやって入って来たのだろうか。
どちらにしても。
かんなには知られない方がいい。いや、かんなの存在を知られない方がいい、と思った。
ゆっくりと近付くと、相手もこちらに気が付いたようだった。
・・・やはり子供だ。
だが、外見はかんなより少し年上だろうか?
素足に、淡いブルーのワンピース…と言っていいのか、とにかく首から膝丈までさしたるデザイン性も機能性もない、ストンとした服を身に纏っている。
戦場の子供たちが着ていた服装、大人の着古したシャツだけを子供たちは良く着ていた、それに少し似ている。
遠目からは怪我はなさそうだが、足取りがかなり覚束無い。
あの子供は、自分達にとって害はないだろうか。
それとも。
自分の勘と経験を巡らして様子を伺う。
その間にも見知らぬ子供は近付いて来る。
互いの間に緊張が走っているのがはっきりと分かる。
とりあえず声をかけるべきだろう。
口を開こうとしたその時。
それまでのローウェの不安や緊張などは別世界の彼方へ吹き飛ばす勢いの声が地響きと共にやって来た。
「あぶないよーーーどいてーーーー!!!」
能天気な大声と共に巨大なコカトリスが、背後にかんなを乗せたまま突っ込んで来た。
かんなの様々な暴走にはすっかり慣れ切ったローウェに対して目の前の『ご新規様』は硬直している。
無理もない、あの巨大な化け物を見たら普通はそうだろう。と言っても実際に石化している訳ではないが。
今までの警戒もどこかへ吹き飛び、体は無条件に動いていた。
硬直したままのその小さな体を抱きしめるようにして抱えると、ローウェはコカトリスの経路から退避した。
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ほんっとうに、あのバカは。
せっかくの警戒も台無しになり、ローウェは一度自分達の目の前を通り過ぎてから慌ててこちらへ戻ってくる生物を・・・正確には、その背に乗っているかんなを見ながら舌打ちした。
その殺気を感じたらしいかんなはオドオドとコカトリスの背後から降りた直後にローウェにひと睨みされるとションボリとうなだれ、心なしかコカトリスも同じように反省しているかのように、とぼとぼと森へ戻って行った。
ずっと塞ぎ込みがちだったかんなが思いついた気晴らしだとしたら大目に見てやりたかったが、状況が状況だけに頭を抱えたい気分だった。
騒ぎを聞きつけたサエが、いつもどおりの穏やかな笑顔で『珍客』を出迎えて律儀に挨拶を交わす。
それに対して少しぎこちなく会釈をするその見知らぬ子供。その姿に少しだけ場が和んだ。
『実はお願いをされて・・・ここへ来たんです』
口は開いていないのにも関わらず、どこからともなく声が聞こえている。
それが目の前の子供のものだと気付くのに少しの時間を要した。
これがいわゆる『心に直接話しかけている』状態なのだろうか。初めての経験に、ローウェは耳を塞いだり穴に指を突っ込んだりと試してはひとりで納得していた。
「まあ、こんな所へ?」
サエは一瞬だけきょとんとしただけで、ほとんど驚かない。
まるで相手が何者なのか知っているような素振りだ。
どちらにしても、すぐに自分達の身に危険は及ぼさない存在なのだろうとローウェは思う事にした。
若干の安堵とともに、先ほどは気付く余裕もなかったがその両手の間には丁度人間の頭くらいの大きさの銀色の珠が浮かんでいるのを認めた。
その表面は目まぐるしく移り変わる鈍色の紋様を描いていて、中を伺い知ることは出来ない。
・・・その正体を知りたいような、知りたくないような。
関わり合うとろくな事がないかも知れないが、もう既に充分関わってしまったのだから。
傍らのかんなは警戒心など皆無な様子でそれを覗き込もうと顔を突き出した。と同時に、背後からフードをローウェに引っ張られてつんのめりそうになる。
良く分からないモノを持っている相手にあんまり近付くんじゃない、と小声で睨みつけると、かんなは再びションボリとしてサエの隣へ引っ込んだ。
『僕達ユメワタリに行けない場所はありませんから』
ユメワタリ。
その名前から何となくその正体が想像出来るな、とローウェは思う。
夢から夢を渡っている生き物の類なのだろう。が。
それにしては大きい。もっとこう、小さな妖精のようなモノでないと不便じゃないのか。いや、むしろ実体があるのがおかしいだろう。
『そして、来たついでにお聞きしたいんですが・・・』
ここからの帰り方が分からないのですが、ご存じでしょうか?と言葉を続ける。
一瞬の沈黙。
それぞれが、それぞれに様々な事を考えたほんの刹那。
「ユメワタリさん!」
突如かんながそのユメワタリの言葉に被せるように声をあげた。
今度は誰にも制止する隙を与えず、ユメワタリに駆け寄るとその顔を覗き込む。
次に何が起こるのかは想像するまでもなかった。
無邪気に輝く瞳に見つめられて硬直しているユメワタリに、もしかして救世主様ですか?と問いかけるかんなの姿を。
お読みいただきありがとうございました。
頑張って3日更新を目指したいですが、もしかしたら4日更新になるかも知れません。
次回もお読み頂けたら嬉しいです。




