表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

第六部 勇者の降臨(8)

こんにちは。

第六部、8話に突入です。

お楽しみ頂けたら幸いです。

---------



「師匠、探しましたよ」



険しい顔をした青年がアルノルドを覗き込む。

屋上に据えられたロッキングチェアにすっぽりと包まれるような格好でどうやらうたた寝をしていたらしい。


若い頃は筋骨隆々だったその四肢も、病を得た今では一回りも二回りも小さく見える。

老いたな、と青年は改めて思う。

『勇者』と謡われたその若き頃の肖像画と彼を比べ、誰が同じ人間だと思うだろうか。

それは、いにしえの呪いによる、通常の老いを超えた更なる老いなのかも知れない。



「もうすぐ日が暮れます。ここでは体が冷えてしまう。部屋へ戻りましょう」



手を引いて、ゆっくりと階段を降って行く。

足腰が弱っている師匠が一体どのように屋上までたどり着いたのか、不思議に思いながら。


アルノルドの寝室では数人の弟子達が安堵した表情で師匠を出迎えた。

老人は体を支えられながら、何とかベッドに横になる。

散々鍛えてきた弟子達も今は皆、独り立ちをして世界のあちこちを巡っている。そして彼らがまた、新たな後継者を探し出していく。

己の血筋が絶えたとしても、この世界を護る者がいるのだ。

そう、ひとつの血族の終焉など、世界にとっては特筆すべき事でもない。



「夢を見た」



アルノルドは不意に口を開いた。



「『堕天の神』と会った。そして勇者の血族としての最後の望みを果たした」



弟子達の顔を順に目で追っていたその時、書棚に見覚えのない物を見つけた。

何やら古びた銀色の砂時計だが、周りには強固な結界が張られているようだった。

今まで、それほどの奇妙な存在感に気が付かなかった己自身に衰えを感じる。それとも、元々そこに存在していた、その事実を忘れてしまったのかも知れない。

記憶が曖昧になっていることもアルノルドは自覚していた。



「すると、師匠は遂に『堕天の神』をも葬ったのですね」



興味深げに質問を投げかける弟子の表情はだが、老いたアルノルドの言葉を信頼に値するものと考えていない事をありありと物語っている。

数人の弟子達は老人の無事を確認すると、とうに部屋を退出していた。



「覚えていない。だが」



夢の記憶は曖昧だった。

子供がいた。いや、子供の姿をした何かがいた。

そして、自分自身にとってとても大切なものと約束を果たした。

目覚める前に何かを言われたが、何だっただろうか。



「いや、あれは『堕天の神』ではなかった。無垢で慈しみ深い神、そして時に、ただの子供だった」



己の言葉がきちんと伝わらないことも分かっていた。

老人の夢など、誰も覚えては居ないだろう。自分自身さえ朧気な記憶ならば、尚更。

ふと先ほどの書棚を見ると、奇妙なオブジェのようでありながら魔力をはらんだあの砂時計が消えていた。

それすら、幻だったのだろうか。


そう言えば、一族に伝わる剣はどうしたのだったか。

弟子に尋ねてみようと思い立ったが、また余計な心配を掛ける事もないかと思い留まった。



老いた瞳で窓の外を眺める。

秋がすぐ側まで訪れていた。

次の春を迎えることは出来るだろうか。

だが、迎えられないとしても後悔はない。自分は自分の信じる道を生きた。それが例え正義ではなかったとしても。


今までは感じた事の無かった確信めいた思いが、彼の心に刻まれていた。




---------




「・・・かんな、かんな」



目を開けると自分のベッドの上だった。

かんなはゆっくりと起き上がる。眠たげに据わったままの眼をごしごしと擦り、きょとんとした表情でサエとローウェを見た。

どうしてふたり揃って自分を起こしに来たのか、怪訝そうに。

ほぉ、っとローウェが安堵の息を吐く。


しばらくして、あ、と声を上げる。

アルノルドさんは?と続く言葉に大人ふたりは顔を見合わせる。



「忘れてしまったのね、かんな。アルノルドさんは『時間』が全て無くなる寸前に、あなたが還したのよ」



そうだっけ、とかんなは首を傾げる。

しばらく考えて考えて、結局考えるのを放棄したらしく、そうだね、もう時間がなかったもんね、と頷いた。

最期に間に合ったんだね。

少ししんみりした声でそう呟く。



「そうね、彼の最後の夢をあなたは叶えたのかも知れないわ」



それからサエは食事の支度の為に部屋を出て行った。

ローウェは少し居心地の悪さを感じつつ、それでもかんなの側にいてやりたいと思った。

傷はすっかり癒えていた。あれからずっと、聖なる獣がかんなの側から離れなかった。

サエ曰く、彼がかんなに治癒を与えているのだろう、と。そしてかんな自身の回復力もあるのかも知れない。


それでも身体に傷は残っていないのだろうか。

ローウェは気掛かりで仕方が無かった。右肩と脇腹の、大量の出血を伴っていたあの酷い怪我。

必然、自分の娘の最後と重なった。


だと言うのに、気遣いげにローウェがかんなを見ると、胡座をかいて頭をボリボリ掻いている。

途端に感傷が吹き飛んだ。



「おまえ、女なんだからそんな見苦しい格好をするな」



ローブから覗く細い足から目を逸らしてローウェは説教じみた声をあげる。

ただ、その足と顔だけでも傷がなかった事は目敏く確認した。



「え?ボクが?」



一方のかんなはきょとんとしてローウェを見る。叱られた手前とばかりに、ベッドに腰掛け直して両足を床に向けて座った。が、怪訝そうな顔をしている。

今度はローウェが間抜けな声を上げる番だった。



「は?」



以前の温泉騒ぎの時と同じような会話が繰り広げられる。

そう言えばあの時、一緒に温泉に入りたいのにサエさんにも断られた、とかんなはふて腐れていた。

まさか。

いや、でも。


その日からしばらく、ローウェの頭の中はその事で一杯だった。

お陰でここ数日に起きた出来事について考え込む時間が減った事を思うと、丁度いいタイミングだったのかも知れない。




---------




手に入れた。

この凄まじい、隠された力を。


銀色の砂時計を己の結界で封じ込めたそれを、彼は自室でゆっくりと眺めた。

幸い、居合わせた弟子達の中に魔術師は自分以外に居なかった。だから、何気なく置かれた古びたこんな物など誰も気に留めたりしなかったのだ。

それでも用心に用心を重ねて、己の魔力を密かに練り上げた結界でその姿すら見えないように細工をしていた。

だから、持ち出すのには大した苦労はなかった。


ただ、あの老いぼれだけは一瞬気付いたようだった。

年老いたとは言え勇者の血脈、そしてその優れた血筋に甘んじることなく己に課し続けた長年の鍛練の成果というものは侮れないと一瞬冷や汗をかいた。




・・・さて、この道具で何が『釣れる』だろうか。

上手く隠されているが、内包されている力は相当なものだ。

男はひっそりと笑みをこぼした。


召還士としての己の技量を世に知らしめるために相応しいものが現れれば良い。

元より、『勇者』の後継者の道を歩んだのは己の名を世に知らしめる為。

後継者として技術を学び、腕を磨きながらも密かに表舞台以外の場所での経験を積む事も忘れなかった。

お陰で、自分の売り込み先なら幾つも目星がついている。




そうしてアルノルドの弟子がひとり、旅に出た。。

誰もが、勇者の後継者として彼は旅立ったのだと祝福し、無事を祈った。




---------




「あいつは、何も覚えちゃいないんだな」


深夜、ローウェはいつもの場所でサエの淹れた茶を啜っていた。

今夜も空は淀みなく、どこまでも星空が広がっている。

昼間の騒ぎなど嘘のように。

聖なる獣と呼ばれた白い生き物は、かつての主であり友でもあったアルノルドが去った後、大空へ消えて行った。




世界は何も変わらない。

俺達、人間の怒りや悲しみなんぞ、ほんの小さな風にもなりはしない。

無力だなと改めて思う。



「そうね」



サエもいつもの場所、竈のすぐ横で棚に半ば体を預けるようにして立っている。



「・・・あの『かんな』があんなに感情を露わにするのを初めて見たわ」



わたしを助ける必要などない事も知っているはずの『かんな』。

そんな『かんな』がアルノルドのため、そして恐らくわたしたちを守るために、残された僅かな力を振り絞ってあの剣から本来在るべき聖なる獣の姿を顕現させたのだ。


弱ったままの『かんな』にとって、それは激しい消耗であり、苦痛でもあっただろう。

その上に、アルノルドを強制的に元の世界へ送り返してしまった。


・・・その影響なのか、かんなの砂時計は未だ還って来ない。

それに対して、サエは違和感を感じつつも今はそれを考えるだけの余力がなかった。

サエとて、今日はとても消耗していたのだから。


だから尚更思う。

あの『かんな』は暫くは深い意識の底、こちらへ現れる事も、力をふるう事も出来ないはずだ。



「・・・あなたのお陰なのかも知れないわ」



突如指摘され、ローウェは目を剥いた。

危うくカップを落とす所だ。


なんで俺が、と狼狽えながら答えを求める。


何の力もなく、昼間だってサエを守る事さえ出来なかった。それどころかサエに助けられ、一部始終をみっともなく壁に張り付いたまま見ていただけだ。

初対面は最悪で、残酷な言動でかんなの心を抉ってしまった。

今、ここに居るのは自分が故郷を捨てたからであって、誰かに望まれたからでもない。



「気付いていないのね」



サエが少し微笑んだ。

その変わらぬ姿にローウェは安堵しつつ、また答えをはぐらかされたな、とも思う。

だが、それ以上の追求も無意味であることはとうに知っている。


俺は鈍感だからな、と言いながらローウェは立ち上がる。

あいつの間抜けな寝顔でも見て来る、と言いながら。


そして、ふともう一つの疑問を思い出した。



「あいつ、女だと思ってたんだが・・・違うのか?」



今度はサエは声を出して笑う。

いつも通りの仕草。

そして、いつも通りの言葉。



「さあ、どうかしらね?」



第六部・完


お読みいただきありがとうございました。

第六部は今までで一番の長編だったのですが最後までお付き合い頂きましてありがとうございます!


ご意見・ご感想を頂けたら嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ