第六部 勇者の降臨(3)
勇者の降臨、第三話です。
どうぞゆっくりお読み下さい。
次の瞬間、私が目にしたもの。
その衝撃を何と表現すればいいのだろうか。
魔術師はコカトリスに飛び付き、その巨体はボフっとその体を受け止めた。そして半ばその羽毛に埋もれる様な格好で小さき魔術師は私に向かって手を振った。
「喧嘩しちゃダメだよ、アー…なんとかさん」
どうやら私の名前を完全に覚えていないらしき幼き魔術師が、気持ちよさげにコカトリスの巨体にフードの脱げた頭を擦り付けるようにしながら私を見た。
コカトリスは空を見上げ、気持ちよさそうに目を細めながら大きな欠伸をひとつした。
なんだこれは。
私は目の前の光景に唖然としながらも得心した。かんなどのによってあの巨大なコカトリスは使役されているのだと。
なるほど、他の者の進入を許さぬ強力な結界、そこには更に万一に備え巨大な用心棒。
あのコカトリスは、万一悪しき心を持つ者を『召還』してしまった際へ向けての対策のひとつなのかも知れぬ。
そうだ、ほんの先刻自分自身でそう考えていたではないか。
突拍子のないかんなどのの行動にすっかり度肝を抜かれてしまい、完全に忘れていた。
いや、そもそも使役している魔物なのだったらはじめから教えてくれていればいいものを。
・・・やはり、色々と試されているのだろうか。
だが、と思い直す。
たったひとり、姫の護りの重責を与えられた魔術師が、慎重にならない筈がないのだ。
人を信頼する心すら棄てなければならない時もあるのだろう。
無邪気に魔物にじゃれついている様にしか見えぬあの魔術師の、底の見えぬ実力とその無邪気さの裏に隠されているであろう本来の姿を思い私は戦慄した。
勇者とは、私とは何なのであろうか。
称号などなくとも、あの魔術師も勇者たり得る存在ではないのか。
誰も知らぬ遠い場所で、誰に認められるでも誇るでもなく、ただ世界を守り続けている、それこそが。
そして、そんな魔術師の孤独をふと感じた気がした。
「つまり、私は『救世主』として呼び出されたと言う事だが」
初対面の時と同じ様な台詞を口にする。
姫自らがもてなしの茶を用意して下さるのを私は必死に止めようとしたが、従者たちはさして気に留める風でもなくそれを待っている。
ここでは、立場の上下など気にしている状況ではないのだろう。
零落した国の姿をまざまざと見せつけられた様で改めて胸が痛む。
「ここにはあなた方達3人のみしかおらぬということか」
魔術師はすぐさま肯定の意を示すように首を幾度も縦に振る。
その傍らでは使用人の男が外を見て、やたらと野生生物だけは居るけどな、と何故か妙にしかめっ面で魔術師を見て呟く。
「これでも、昔はもっと静かだったのよ」
姫が茶を差し出す。丁重に感謝の意を示しながら、私はそれを受け取った。
もっと静かだったという事は、魔物の攻勢も穏やかだったと言う事だろうか。
あの様な巨大なコカトリスを警護として使役しているのもそれ故のことか。改めて合点が行く。
「かんなどのは随分と優れた魔術師と見受けられる」
しみじみと私が呟くと、小さな体の全てを使って否定のジェスチャーをする、それがつい微笑ましくさえ思えてしまう。
私に子が居れば、この様な暖かい想いを沢山知る事が出来たのだろうか。
だが、と思い直す。
それが私の運命だったのだ。永らく続いた我が血脈も私の代で子孫が途絶える。それは勇者の血族が受けた呪い。預言師により遙か昔に言い渡されたそれは、現実として影を落としている。
そもそもこの魔術師の姿形とて、中身は何者なのか計り知れぬのだ。というのにあろう事か、その外見で再び心を動かしてしまった。
そうであった。
わが勇者の血筋もいよいよ私の代で終わりを迎える。幸い勇者として生きる事を許された私だったが、その為に出来る事は決して多くはなかった。
最後の勇者の努めとばかりに常に世界を駆けずり回り、その傍らで後継者を見出さんと若い者達を集め、希望の種を植え続けて来た、それが私の生き様であった。
この魔術師が真実幼き子供だとしたら、いや、そうでなくとも是非にも私と共に来て欲しい。
だがどちらにしてもそれは、この『召還』されし世界に安寧をもたらした後の事である。
「私とかんなどのの力を持ってすれば、或いはこの世界に巣くう悪の根元を断ち切ることも出来よう」
私は益々決意を固め、勢いよく椅子から立ち上がった。
アルノルドが張り切って周囲の散策へ出かける事を望んだため、くれぐれも遠くへは行かない事、コカトリスを同伴する事を条件にサエは条件を呑んだ。
それはアルノルドの為ではなく、無害な生物達に彼がうっかり剣を向ける事がない様にという思いからだ。
いざとなれば、コカトリスがアルノルドを咥えて戻って来るのは容易い事だ。
「それで、あの『勇者様』は当たりなのか?」
待ちきれないようにローウェがかんなに詰め寄る。
その仕草、研ぎ澄まされたように見える風体、威厳。
そして、あの巨大な敵へ挑んで行った勇気。
これ以上に相応しい者が存在するだろうか。
だが、肝心のかんなは表情を曇らせて居る。
「うーん、とっても凄い人だけど・・・」
だけど、という言葉にローウェは既に表情を曇らせる。
サエも無言でその言葉に耳を傾けている。
「あの人が救わなきゃいけないのは、ここじゃない気がするんだ・・・」
何だそりゃ、とローウェは空を仰ぎ見る。
俺みたいのが相応しくないのは分かるけどさ、とひとりごちながら。
一方のサエは表情を変えることもなく、かんなの言葉に頷いた。
あの人、とかんなは言葉を続ける。
時間があんまりないんだ・・・。
そうね、とサエがそれを肯定する。相変わらずふたりにしか理解出来ないものがあるのが、ローウェには少々寂しく思える。
ふーん、とローウェは勇者が去って行った方に視線を送った。
けれど、かんなは知らないが自分には分かることが一つだけある。
これからサエは、いつものように『かんな』の真実についてあの『勇者様』に打ち明ける、という事を。
あの勇者がかんなの力になってくれれば良いのにな。
そんな思いがローウェの心を過ぎった。
前回戦闘シーンなどを書いてみましたが、拙い文章に切なくなりました。
頑張って精進したいと思います・・・。




