表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

第三部 可哀想なわたし(3)

翌朝、陽の光と鳥のさえずで目が覚めた。

いつもの、朝の気だるさはなかった。

いつまでもベッドにいて、スマホの目覚ましが5分ごとにスヌーズするのを何度も止めて、そのうち起きあがってもカーテンを開ける気力すらない朝とは大違いだ。

カーテンなんて閉めない方がいいのかも知れない。

陽の光を遮るもののない窓からの景色を見て、少女は思った。


昨夜眠りに就きながらぼんやりと考えていたことを思い出す。




友達の失恋話とか、クラスで調子に乗ってる奴の陰口とか、男子との微妙な駆け引きについてとか、そういうことに『共感』を感じて一体感を得ていたし、そんな自分は優しい思いやりのある人間だと思っていた。

なのに、誰もわたしの相談を聞いてくれない。わたしが弱音を吐いても、すぐに向こうの話に引き戻されてしまって、でも仕方ないって思って。

それだけ頼られている自分、って少しプライドをくすぐられたり。


でも、やっぱり急に思う時があるんだ。みんな、自分の話ばっかり。わたしは孤独だ。

友達に言えない分、自分で自分の体を傷つけたりした。

それでも辛いことを知ってほしくて、タイムラインに書き込んだりした。

わたしを守ってくれる人が必要なんだって知ってほしくて。わたしはこんなに辛いんだと気付いてほしくて。

・・・わたしは『弱い』から特別に扱われたくて。



『弱いわたし』を見てほしい自分と、女子として抜かりのない容姿で『武装』した姿しか見せたくない自分と、どちらも見てほしい、受け止めてほしい、そのギャップがわたしという人間の深さ、魅力、他のコとの違いだと思っていた。

そのいろんな自分の振り幅に確かにわたしは実際に苦しんでいたんだ。


助けてほしいのに、みんな『元気で明るいわたし』しか見てくれない。恨めしく思った。ずるいと思った。同情もされたかった。

でも、幸せな人には『共感』なんて出来ないでしょう?という自虐と自慢もあった。



・・・これからも、きっと苦しい。わたしにとって、わたしの人生は生きにくい。そう思う。

同情がほしいからじゃなく、今はただ冷静にそう思う。


そういう悩みがちっぽけだとは思わない。

だって、わたしの人生の中ではそれが本当に辛くて、悲しかったし沢山傷ついた。


他人と自分とどっちが不幸だとか、比べようがない。

自分の抱えた痛みは、共感してもらったって、慰められたって、結局自分の中で消化していくしかないんだから。

その作業は他人のどんな苦しみよりも自分にとっては辛い、それは間違いないのだから。



わたしの苦しみが、かんなの持っているものと比べてちっぽけだって人は思うかも知れないけど。

わたしが生きている人生にとっては自分の苦しみだけが明らかに存在する事実で、それを一番だと思うことを恥じたり自分は心が狭いんだと思う必要はないんだ。



かんなの辛さはかんなだけのもの。

わたしの苦しみもわたしだけのもの。

友達の、家族の、誰かの苦しみも、結局はその人だけのもの。


わたしはただ、相手の隣にいることしか出来ない。

もしもたまたま救いになれたとしても、それはわたしがすごいんじゃない、運が良かっただけなんだ。

わたしは思い違いをしていたんだ。自分は思いやりがあって、友達を救ってあげてたって。

友達の悩みや苦しみはその程度なんだって。


でも、友達や周りの人たちにだって、誰にも言えない辛さや悲しみがたくさんあるんだ。

わたしがそうしているように、かんながいつも笑っているように、みんな心の中に何かを抱えていても笑っているんだって。

本当に辛い事、悲しい事は簡単に見せないように。



・・・それでも、わたしがかんなの力になれたらな。

ここにいる間はかんなは寂しくないかも知れないけど、サエさんやかんなが言うようにわたしが元の世界に帰る事になったら、かんなはもっと寂しくなるんじゃないかな。

今度はわたしがかんなを悲しませちゃうのかな。

だったら、出会わない方が幸せじゃない。

人との温もりを教えながら、またひとりぼっちにする、そんな残酷なことってあるだろうか。



---------



パサパサだった髪も、次第にしっとりとして落ち着いて来た。

顔も、化粧水なんかなくても潤っている。

サエさんが前に言っていた、朝と夜に顔を洗うだけというのもあながち嘘じゃないのかなと思えてくる。


ただ、やっぱり紫外線が気になっちゃうなぁ。

そんなことも考えながら、少女は家路を急いでいた。

夕暮れが迫って来ていたからだ。

あの真っ黒な世界が。思い出して軽く身震いする。




そうして足早になる少女と反対に、突然かんなが立ち止まった。


「そうだ!ボク、また忘れちゃうところだった!」


そして、驚いて振り返った少女の前に立つ。

背伸びして少女を見上げるその仕草はどこか得意げで、興奮しているように見えた。


「お姉さんの名前!」


え?と少女は呟く。


「ボク、今まで名前がなくて・・・でも、『かんな』って名前をもらったんだ。だからみんなには名前があるって分かってるのに、いつも聞くのを忘れちゃうの」


それで、名前を聞く前にみんな帰っちゃって、いつもしまったなぁって思うんだ。

だけど、今日はちゃんと思い出したよ!


「はいはい、分かりました分かりました。わたしの名前はね」


そう言いながら、こぼれ落ちた髪を掻き上げる。

その指先を飾りたてていたネイルはとっくにボロボロだ。先ほどまで、ふたりして馬鹿みたいに芋掘りに熱中していたお陰で。

最初は指先に少しは気を使っていたのだけれど、かんなの得意げな顔を見ていたら負けず嫌いの虫が顔を出してしまった。


「『あかり』って言うんだ」


街の灯り、星の明かり。

説明をしようにも、かんなには理解出来ないのかも知れない。

切ない想いがよぎる。


「『あかり』…」


かんなはその名前を反芻した。

耳慣れない言葉に首を傾げる。




その時。

不意に夜空が一斉に瞬いた。


「・・・かんな、空!!」


あかりは思わず叫びながら空を指さした。

まだほんのり色が残る空に、無数の星が確かに輝いていた。



---------



ボクとサエさん、それからあかりお姉さんと3人で、空を見た。

上で光っているたくさんの粒は『星』と言うのだとふたりは教えてくれた。


手を伸ばしても届かない。何度も手を伸ばしていたら、あかりお姉さんに大笑いされた。

落ちてこないの?と尋ねたらさらに笑われたから、ボクは少しムッとして黙っていることにした。


だって、仕方ないじゃないか。

お姉さんやサエさんには当たり前かも知れないけれど、ボクにとっては初めて見る、とっても不思議な景色なんだから。


星がある空は、静かなのに何だかとても賑やかだ。

ふたりが家の中へ戻って行っても、ボクはずっと外で空を見ていた。



首が痛くなって部屋へ戻ったら、何故かあかりお姉さんがボクに抱きついて泣きはじめて、困ってしまった。

あかりお姉さんは怒ったり笑ったり泣いたり、何だかとっても忙しい。



はじめてお姉さんに合った時もお姉さんは泣いていた。

とっても辛いことがあったみたいで、『すまほ』っていう名前の物を大切そうに握りしめて泣いていた。


誰か、大切な人からもらった物なのかな。

ボクが召還したせいで壊れてしまったのならどうしよう。

だって、ここに来てからしばらくすると、お姉さんはそれをほとんど触らなくなってしまったから。



---------



「かんな、あんた本を読みなよ」


まだ鼻をすすりながら、あかりは本棚を指さした。


「あんたが知らないこと、一生かかっても経験出来ないこと、沢山書いてあるんだよ。星も知らなかったあんたには大切な友達で、先生だよ」


あんたが昔、読んだ本で悪いことをしちゃったなら、今度はいいことを沢山すればいいんだよ!

そのいいことだって、本の中にあるんだよ!

そう言って、あかりはもう一度かんなを抱きしめた。



あの星空が自分が起こした『奇跡』なのだとサエに言われてもピンと来なかったが、もしそうだとしたらかんなにあの夜空を見せることが出来て嬉しかった。

一緒に見ることが出来たのが嬉しかった。


あの星空がずっと消えませんように。

星々のどこかに探している人が居るのだと、夜空を見上げるかんなが希望を持てますように。

悲しい過去だけに縛られるのではなくて、新しい未来を見つけられますように。


・・・早く、本当の『救世主』が現れますように。




サエは穏やかに、そんなふたりの姿を見つめていた。

まるで姉弟みたいね、とそっと呟きながら。



---------



「あかり、あんたでしょ…トイレに砂時計なんて置いて」


ベッドでぼんやりとしているとママが部屋に入って来た。

ノックしてよって何度言っても直らない。困っちゃう。


それにしても砂時計って?何のこと?

ママに促されるまま、ふたりでトイレを覗いてみる。


「何もないじゃん」


あら?おかしいなあ。

まさかお父さんが置くわけないと思ったからあんただと思ったんだけど。

ママは不思議そうにしている。

そして、ふとわたしの手元を見た。


「『星の王子さま』・・・懐かしいわね」


子供の頃にキレイなイラストを見て、おねだりして買ってもらった本。

でも、読んでみたものの今一つ意味が分からず興味はなくなったのだけど、王子さまのイラストがやっぱり好きで、インテリアとしてずっと残してあった。

それが何だか急に懐かしくなって、読んでみようかと手に取ったのだった。


「あれえ、ネイル・・・」


本を持つ手をふと見ると、いつも気を使っていたネイルがボロボロになっている。それどころか、爪の先が欠けてしまっている所もある。

どうしてだろう?

考えても思い出せない。よく見ると、爪の間に土のようなものまで詰まっている。


「やだなぁ、面倒くさい」


今はとりあえずこのままで、お風呂を出てからネイルは落とそうと思い、再び部屋へ引き上げる。

ベッドの上では無造作に置かれたスマホがメッセージを知らせるLEDを点灯させている。

早速返信をしてから、ついでにあれこれと画面をチェックする。


ふと、手が止まる。

撮った記憶がない写真が数枚。

安定剤を一気飲みした後、もうろうとして撮ったんだろうか?


「ピント合ってないし」


苦笑する。

真正面に座っている女性の写真は、ぼんやりと写っているだけなのに何故だかとても美しい人だという印象を受ける。

他にも数枚。

どこかの観光地なんだろうか、広がる草原に真っ白な服をまとった子供の後ろ姿。


うーん、あんまり薬を一気飲みするの、やめた方がいいかな。


それからまたスマホを横に置いて、本を再び手に取る。

そう言えば、スマホを買ってもらってから、図書館も全然行ってないなぁ。

知りたいことはスマホで調べられるし、そう、メイクの仕方だってヘアアレンジだってネットの動画で覚えた・・・リストカットのやり方とか、薬の大量摂取についても。


ネットはいろんなことを教えてくれる、良いこともそうではないことも。




久しぶりに手に取るこの本は、何だか一回り小さくなった気がする。

ゆっくりとページを繰る。

そうだ、この紙を一枚ずつめくる動作が、感覚が、本の匂いが好きだったんだ。


小さな頃より内容が理解出来る。

王子の気持ちも、主人公や、他の登場人物の気持ちも。

…大人になっちゃった、ということなのか。


無性に星が見たくなった。

こんな明るい場所じゃ、沢山の星は見えないかも知れないけど。

夜になったら見てみようかな、気が向いたら、だけど。




この宇宙のどこかに、同じように星を見てる王子さまがいるかも知れないしね。

いかがでしたでしょうか。

『星の王子さま』はファンタジーとして、また当時の社会風刺としても考えられているという奥の深い物語でございます。

と書いていて、自分が持っていないことに気付いたので買いに走ります。


これにて第三部は完結です。


引き続き、第四部は3月22日20時更新予定です。

お読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ