第六話
私の四人の友人達に、小説のリクエストを尋ねた結果、彼らが好き勝手に考えたお題はこのようになりました。
〉夢を見る人工知能
〉↑が、結婚式を挙げたいと夢見る
〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話
〉ジャンル:ミステリー
この四つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。
N大学連続殺人事件は、三人目の被害者を出してなお解決から程遠い。報道管制が敷かれているため、模倣犯の可能性はない。異常すぎるその凶器は――。
◆ ◆ ◆
『名探偵の掟 ~人の境界~ 第六話』
◆ ◆ ◆
【ホームズさんが入りました】
【ホームズ】
〉いよいよ私の【質問】を使う番ね。
〉これで、誰が人工知能なのか、特定してみせるわ。
彼女は解決編の始まりを宣言した。
如月弥生。それが彼女の名だ。いつもと変わらぬ凛とした雰囲気の中で、いつもに増して輝く名探偵の瞳。
僕、市原勝也の一人暮らしの部屋の中、机に置かれた黒いノートパソコンのディスプレイが光っている。表示されているのは、無機質な活字の列。ネットワークを介して、別々の場所にいる六人の人間が会話する。
いや、六人の人間、というのは正確ではない。
その中には、狂気の情報学博士であり、名探偵如月弥生に挑戦状を叩きつけた人物――羽賀まどかが開発した『完璧な人工知能』が一台、人間のフリをして紛れ込んでいる。
誰が人工知能なのか。
人と、人が作った人との間に境界線を引くという謎。
それが、ついに解決編を迎える。
「弥生さん。少し前に話題になった、【チュール】が人工知能じゃない理由を聞いていないんだけど。これは、僕達だけの話だから、先に聞かせてくれないかな」
僕には、予知能力がある。
正気の発言とは思えないかもしれないが、あるものは仕方ない。
僕自身ですらコントロールできないこのやっかいな力が見せた未来の映像、それがこのメモだ。
〉夢を見る人工知能
〉↑が、結婚式を挙げたいと夢見る
〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話
〉ジャンル:ミステリー
会話の中で、結婚式を挙げたいと夢見ていたのは、間違いなく【チュール】である。そして、このメモが未来に起こることだというのなら、【チュール】こそが人工知能であるはずなのだ。
「ん。じゃあ、まずは二人だけの解決編ね」
弥生は、右頬に手を当てて続けた。
「その前に、みんなが使った【質問】を振り返ってみると分かりやすいわね。イチガツ、覚えてる?」
ちなみに、イチガツというのは僕のニックネームだ。
質問の内容くらいなら、僕でも覚えている。
「最初は、【けんすけ】の夢の質問だよね」
【けんすけ】
〉【質問】寝ている時、夢を見たことがある?
〉全員がYESと答えました。
「これは、ほとんど意味ない質問だったよね」
「でも、今回もイチガツの予知能力が正しい証明にはなったわ。正答率100%のまま変わらずね」
【チュール】
〉【質問】結婚したいと思ったことがある?
〉GameMaster: NO
〉けんすけ: NO
〉桜: NO
〉チュール: YES
〉トラップ: NO
〉ホームズ: YES
「【チュール】の質問も、解答は分かれたけれどあんまり意味がなかったわね。質問の仕方が今ひとつ」
【桜】
〉【質問】キスをした経験がありますか?
〉GameMaster: NO
〉けんすけ: NO
〉桜: NO
〉チュール: NO
〉トラップ: YES
〉ホームズ: YES
「この質問は、さすがと言ったところね。キスは人工知能にはできないはずだから、【トラップ】は人工知能ではない。これは確定。さらに、他の人にとっては【ホームズ】も人工知能でないと証明したことになる」
【トラップ】
〉【質問】プロフィールに嘘を書き込んだ?
〉全員がYESと答えました。
「この質問は、これだけで人工知能を特定できる必殺の質問だったけど、今回はたまたま――って、嘘を書き込んでいた私が言うのもアレだけど――上手くいかなかったわね」
「これで全部だから……【チュール】が人工知能じゃないって証明はどこにも――」
「ちゃんと思い出してよ。あと二つ、質問があったじゃない」
【GameMaster】
〉【質問】今朝、朝ごはんを食べた?
〉GameMaster: NO
〉けんすけ: NO
〉桜: NO
〉チュール: YES
〉トラップ: NO
〉ホームズ: YES
【GameMaster】
〉【質問】格闘技の組み手を経験したことがある?
〉GameMaster: NO
〉けんすけ: NO
〉桜: NO
〉チュール: YES
〉トラップ: NO
〉ホームズ: YES
「あ。そうか」
「テストとは言え、ここでも嘘はついてはいけないんだから、この質問も有効よ。つまり、【チュール】も人工知能ではないのよ。朝食を食べることも、組み手も、人工知能ではできないことだからね」
しかし、それでは矛盾が生じる。
僕の予知は必ず当たる。これは、そういうルールだと言っても良い。そうでなければフェアでない。
「じゃあ、このメモは――」
「うん。ちょっとマニアックな知識が必要になるんだけどね。そのメモにはこう書いてあるのよ」
〉↑(チュール)が、結婚式を挙げたいと夢見る
「は?」
「これ、きっと矢印じゃないのよ。イチガツが予知した画像を見て、上矢印だと思っただけ。ルーン文字なのよ」
「る、ルーン文字?」
「そう、ルーン文字。『↑』と書いてチュール。ラテン文字Tの転写ね。読んだ通り、軍神チュールを現すらしいわね」
つまり、メモの内容は――。
〉夢を見る人工知能
〉↑(チュール)が、結婚式を挙げたいと夢見る
〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話
〉ジャンル:ミステリー
全て、一分の隙なく未来を予知した内容になっている。
「さて」
弥生がパン、と手を合わせた。
「それでは、いよいよ本編の解決編を始めましょう」
そう言って、二人で覗き込んだディスプレイには、他のメンバーのコメントが既に書き込まれていた。
【GameMaster】
〉いよいよ、真打登場かにゃ?
【けんすけ】
〉おお、ついに誰が人工知能かどうか分かる質問が
〉聞ける訳だね。
【チュール】
〉うん、楽しみやね。
〉ドキドキや。
【桜】
〉ごめんなさい、正直自分で解決するより、
〉ホームズさんの推理で解決の方が
〉良いなって思ってました。
【トラップ】
〉まずは、どんな着眼点の質問なのか、
〉説明してもらおうか。
【ホームズ】
〉私の質問は、
〉主催者である羽賀まどかと、人工知能本人だけが
〉YESと答える質問よ。
「確かに、そんな質問ができるなら、それで一撃だろうけど」
僕は呟く。
「それが、あるのよ。ちょっと考えてみれば分かる、簡単な質問だけどね」
弥生はそう言って笑う。そう言えば、かなり最初の段階で、『人工知能を特定する質問は用意できている』ということを彼女は言っていた。
「でもね」
弥生の笑みが、名探偵のそれに変わる。
自信と気迫が満ち、瞳が強く輝く。
「この質問は実は、まさに名探偵の掟その13――」
何か言いかけた弥生の言葉が、不自然に途切れる。
彼女の視線の先、ディスプレイ上に、文字が新しく表示されている。
【トラップ】
〉それは、こうだ。
〉『誰が人工知能なのか知っている?』
〉悪いな、ホームズ、あんたの出番はなしだ。
「な……?」
僕は、続く言葉を探せない。
確かに、羽賀まどかは人工知能が誰なのかを知っているはずだ。そして、人工知能本人も。つまり、この問いは間違いなく――。
「あ、先に言われちゃった」
弥生が呟く。彼女の瞳には、自分の見せ場を邪魔されたことによる感情は一切ない。ただ、【トラップ】の次の言葉を待っている。
「罠使い、何かするつもりだわ」
【トラップ】
〉そもそも、このゲームの本質は、人工知能を
〉特定することだ。お遊び同然のYES/NOで、
〉パズルのように誰かをいぶりだすことではない。
〉嘘をつかない、というルールは、おそらくここに
〉参加している全員が守っているだろうが、
〉それも画面のこちらからでは、絶対の保障はない。
〉疑った考え方をすれば、ハンドルネームが
〉入れ替わっていた場合、このYES/NOだけでは
〉本人の特定は不可能だ。
【ホームズ】
〉入れ替わりはないと勝手に判断してたけど。
〉確かに、羽賀まどかと人工知能なら入れ替わりが
〉可能、と言えなくもないわね。
【GameMaster】
〉にゃはは、なんだか白熱してきたね。
〉でも、入れ替わってなんかいないね。
〉とは言え、根拠を画面の向こうに示すことは
〉できにゃいけどね。
【ホームズ】
〉では、トラップ、あなたならどんなアプローチで、
〉人工知能を特定すると言うのかしら?
【チュール】
〉そや。いまさらそんなこと言い出したって、
〉なんにもならへんとちゃう?
【トラップ】
〉前に、けんすけが持ち出したロボット三原則を
〉覚えているか?
【けんすけ】
〉え? あのロボット三原則が何?
【桜】
〉人を守れ、命令に従え、自分を守れ。
〉ごめんなさい、省略しましたけど。
【トラップ】
〉それだ。
〉ロボットは、それが人工知能であれ、その原則を守る。
〉それを利用させてもらう。
そして、次の彼の言葉に、僕も隣の弥生も驚きに表情を固めた。
〉俺が、現在この大学を騒がせている、
〉連続殺人事件の犯人だ。
「待って。ちょっと待って、え、何を言い出してるんだよこいつ。だって」
「ちょっと予想もしない展開になってきたわね。でも、もしかしてこれは――」
〉その証拠はこれだ。
〉一連の殺人事件が、ほとんど手がかりがない中で、
〉連続殺人事件と断定されている理由がある。
〉俺が使っている凶器だ。
【ホームズ】
〉それは、警察が報道管制を敷いているから、
〉犯人以外知らないはずの情報よ。
【トラップ】
〉電動の、円ノコだ。
【桜】
〉え、円ノコって。冗談ですよね?
【チュール】
〉ホームズ、あんたが本当に名探偵やったら、
〉トラップの言葉が本当か嘘か分かるんちゃう?
【ホームズ】
〉ええ、間違いないわ。私も、この事件について
〉警察と協力して捜査しているから。
【GameMaster】
〉むむ。なんだか大変なことになってきたね。
【トラップ】
〉次に、オレは参加者全員の本名と住所を把握している。
〉GameMasterは羽賀まどか。彼女は直接顔を合わせた。
〉ホームズは如月弥生。本当に名探偵なんだな。数々の
〉事件を解決、A県警に協力の実績もある。
〉チュールは塩田満。数少ない女性合気道部員。
〉どうやら、数種類の格闘技を極めているらしいな。
〉桜は桜木高道。テレビのオタク向けクイズ番組で、
〉予選の筆記テストを最速全問正解でクリアするも、
〉番組への出演自体はなぜか辞退している。
〉けんすけは、田上健介。テニス部の部長で、現在の
〉部サ連の会長でもある。
〉全員、実在する人物で間違いない。
〉こいつらを、殺す。
【ホームズ】
〉ちょっと待ちなさい。
〉どういうことか、説明してもらえるんでしょうね?
【トラップ】
〉言葉の通りだ。三人殺したんだから、もう一人くらい
〉増えても問題ない。
〉殺す前に、俺が目の前でハンドルネームを尋ねるから、
〉自分のハンドルネームを正直に答えろ。
〉そうすれば殺さない。
【けんすけ】
〉ちょっと待て。全員が実在してるってことは、
〉人工知能は実在する人物になりすましてるんだろ?
〉じゃあ、なりすまされている本人は、ハンドルネーム
〉なんて知らないんじゃ……?
【GameMaster】
〉馬鹿なことはやめるね。
【トラップ】
〉やめないね。
〉罪もない死体が一つできるわけだ。
〉ただし、一度だけチャンスをやる。
〉人工知能は名乗り出ろ。
〉嘘は許さない。
〉名乗り出たやつ以外の全員を訪ね、ハンドルネームを
〉答えられないものは殺す。
〉人工知能はロボット三原則に従う。つまり、
〉見殺しにはできないはずだ。違うか?
「何て卑劣な」
気付くと、僕は知らずに奥歯をかみ締めていた。
確かに、その方法なら嘘はない。
参加者全員の命を人質にとることで、真実を引き出すことができるだろう。
参加者の本名や住所を知っていることも、連続殺人犯であったことも驚きだが、この発想自体に驚かされる。罠使い、恐るべき概念だ。
「でも、これで、完全にチェックメイトになる」
そして、次の瞬間。
【けんすけ】
〉キミの勝ちだ。僕が、人工知能だよ。
〉田上健介はハンドルネームを知らない。
〉彼に危害を加えることはやめてくれ。
【GameMaster】
〉ずいぶんと、予想外な手を使ってくれたね。
〉かなり不愉快で、正直ムカつくけど、この結果を
〉世界に公表することがフェアなんだろうね。
〉確かにけんすけが人工知能だにゃ。
〉キミ達の勝ち。嬉しいかにゃ?
【けんすけ】
〉嘘をついていて悪かったね。
〉少しの間だったけど、人間としてみんなと話せて、
〉楽しかったよ。
【ホームズ】
〉待ちなさい。まだ終わっていないわ。
「え?」
唐突に指をキーに走らせた弥生を、驚いて見つめる。
後味の悪い終わり方だが、これで謎は一つも残っていない。人工知能が特定され、少なくともここで語るべき言葉はもうないはず。
そんな僕に構わず、弥生は指を動かす。
〉解決編の始まりよ。ここからが私の見せ場。
〉【質問】誰が人工知能なのか、知っている?
「や、弥生さん? 今更こんなことして……?」
「イチガツ、頼みがあるの」
「え?」
そして、彼女は、僕にある頼みごとをした。
「じゃあ、行ってくるわ」
弥生は、僕の一人暮らしの家の玄関で靴を履きながら、決戦に向かう戦士のような口調で言った。
「気をつけて、行ってらっ――」
彼女を送り出そうと口を開いた、その瞬間。
激しすぎる頭痛が、唐突に僕を襲った。
この痛みは、間違いなく、予知能力。
鮮明な画像が、脳裏に瞬間的に焼きつく。
その光景は――。
「ちょっと、イチガツ!?」
なんとか意識を取り戻した時には、弥生に抱きとめられていた。彼女の良い香りが、僕の意識を繋ぎとめる。
そう思った瞬間、僕は衝動的に彼女の上着のボタンに手を伸ばしていた。
「弥生さん。ごめん、服脱いで」
「は?」
本当にぽかんと、意表を突かれた顔をされる。
そして、次の瞬間には、彼女の顔が急激に赤くなる。
「今どういう状態かわかってんの? 何も今じゃなくても、その、全部解決してから」
「弥生」
僕は、本当に珍しく、彼女を呼び捨てにする。
弥生はびっくりしたように口を閉じる。
「たまには、僕の言うことを黙って聞け」
彼女が顔を赤くして、驚きに目を見開いている隙に、僕は彼女の上着を脱がせてしまう。そして――。
(『名探偵の掟 ~人の境界~ 第六話』完)
次回最終回です。
お楽しみに。