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第四話


 私の四人の友人達に、小説のリクエストを尋ねた結果、彼らが好き勝手に考えたお題はこのようになりました。


〉夢を見る人工知能

〉↑が、結婚式を挙げたいと夢見る

〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話

〉ジャンル:ミステリー


 この四つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。



 N大学構内で二人目の被害者が発見され、その手口の異常性から、連続殺人事件と断定された。



   ◆ ◆ ◆



   『名探偵の掟 ~人の境界~ 第四話』



   ◆ ◆ ◆



【ホームズさんが入りました】

【GameMaster】

〉やあ、こんばんは。

〉今日も来てくれてうれしいね。

〉何か名案は浮かんだかにゃ?

【ホームズ】

〉糸口はつかんでいるわ。

〉ただ、もう少し時間が欲しいところね。

【トラップ】

〉ふん。【質問】の提案で、見直したんだから

〉あんまり俺を失望させるなよ。

【けんすけ】

〉ああ、またそういうトゲトゲしい言い方を。

【ホームズ】

〉気にしていないわ。

〉GameMasterのネコ語と

〉同じだと思えばいいのよ。

【GameMaster】

〉にゃん?

【チュール】

〉まさかと思うが、講義もネコ語じゃないだろうな?

〉そんな名物教授聞いたことないぞ。

【桜さんが入りました】

【GameMaster】

〉にゃん。にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃん、にゃ?

【桜】

〉にゃにゃん? にゃにゃにゃん、にゃん、にゃん。

【けんすけ】

〉うわ。ネコ語で会話成立してるし。

【桜】

〉ネコ語も、良家の子女のたしなみですわ。

【チュール】

〉いやいや。どんな良家だよ。聞いたことないぞ。

【桜】

〉冗談ですわ。

〉皆様おそろいのようですわね。

〉お待たせいたしました。

【トラップ】

〉くだらん。

【けんすけ】

〉まあまあ。

〉ところで、ロボット三原則って知ってるかい?

【チュール】

〉なんだそれ?

【けんすけ】

〉アイザック・アシモフというSF作家が考えた、

〉ロボットが守るべき規則みたいなもの、だって。

〉インターネットで、ロボットとか人工知能とか検索

〉してたら見つけたんだ。

【桜】

〉第一条、ロボットは人間に危害を加えてはいけない。

〉また、危険を看過することで、

〉人間に危害を及ぼしてはならない。

〉第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従

〉しなければならない。ただし、第一条に反する場合は

〉その限りではない。

〉第三条、ロボットは第一条、第二条に反するおそれの

〉ない限り、自己を守らなければならない。

〉……という感じですわ。

【ホームズ】

〉何かを調べてから書いたような、速度じゃないね。

〉それ、覚えてるの?

【桜】

〉ええ。

〉たしなみですわ。

【チュール】

〉なんのだよ。

【GameMaster】

〉それは、単なるSF小説の設定というだけでなく、

〉人工知能の最も根幹となる原理や、

〉各ロボットメーカーの設計理念の大元になったり

〉しているね。

【けんすけ】

〉だろ? だから、探している人工知能にも

〉関係してるんじゃないか、って思うんだよ。

【GameMaster】

〉けんすけさん、目のつけどころが良いにゃ。

〉私の『完璧な人工知能』も、一番コアになる

〉プログラムが、その三原則でできているね。

〉ただし、第二条に関しては、人間らしさを優先する

〉ようになっているね。

〉命令に絶対服従するようじゃ、人間らしいとは

〉言えないにゃ。

【トラップ】

〉ほう。そんな重要なヒントを与えてもよかったのか?

【GameMaster】

〉にゃ。

〉にゃはは。まあ、サービスね。

【けんすけ】

〉褒められたついでに、【質問】も行っちゃうよ。

〉誰が人工知能なのか見分けるためには、

〉人間にできて人工知能にできないことを

〉質問すれば良いと思う。

〉で、何人かの質問の答えを使って、

〉消去法で考えるべきだと思うんだよね。

〉と、いうことで。



「なるほど。考え方は悪くない」

 如月弥生(きさらぎやよい)は呟いた。

 今日もまた、僕の机を占領して、右の頬に手をあてている。彼女は僕の可愛い恋人なのだが、今夜もまた、不敵な名探偵の顔を崩そうとはしない。

 場所は、僕――市原勝也(いちはらかつや)――の一人暮らしの部屋。

 夕食時にこの部屋を訪れた弥生は、僕が作った夕食をきれいに食べ終えた後、例の黒いノートパソコンをネットワークにつないだ。

 人と人工知能との間に境界線を引く。その謎を解くために、僕と弥生は、小さな画面を覗き込んでいる。



【けんすけ】

〉【質問】寝ている時、夢を見たことがある?

〉_



 画面には【質問】の文字。少なくともこの問いに関しては、嘘をつかずにYESかNOを答えることになっている。この質問の答えだけは、事実として思考の足がかりにできるのである。それが、弥生が用意した『罠』。推理の手がかり。

「確かに、これは良いね」

 僕も頷いた。

 もちろん、夢を見たことがない、という人もいるかもしれない。この質問にNOと答えたから人工知能だ、というのは乱暴だが、少なくとも、この質問がYESならば人工知能ではないだろう。

 その考えを話すと、弥生も頷いた。

「でも、そんなに簡単かしら。相手は『完璧な人工知能』だから――」

 弥生がYESと打ち込む。

 瞬間のタイムラグの後、画面に集計結果が表示された。



【けんすけ】

〉【質問】寝ている時、夢を見たことがある?

〉全員がYESと答えました。



「なっ――」

 僕は、思わず声を上げてしまった。

 全員が、YES。

 つまり。

「人工知能は、夢を見る、ってことか」

「やっぱり。そんなに簡単じゃないと思ったわ」

 弥生は冷静に頷いている。夢を見る人工知能は、彼女の想定内ではあったのだろう。

 それでもよく見ると、彼女瞳の力が強くなっている。おそらく、想定内と驚きは別物なのだ。



【けんすけ】

〉え? え?

〉GameMaster、人工知能が夢を見る、って

〉嘘はつかないルールじゃないのかい?

【GameMaster】

〉嘘ではないね。今、証拠となる実験結果を見せる

〉わけにはいかないけど、

〉私の『完璧な人工知能』は、感情・思考だけでなく、

〉欲求や睡眠も人と同じようにあるね。

〉夢も見るね。

〉思考回路と記憶領域に、電極を付けて観測したところ、

〉『夢』としか言いようのない記憶の出し入れ処理が

〉行われていたね。

〉けんすけさんには、【質問】を無駄遣いさせてしまう

〉形になったけど、心して欲しいね。

〉『完璧な人工知能』は、人の知能ができることは、

〉全てできると思ってもらって良いね。

【桜】

〉今は、信じるしかありませんわね。

〉それにしても、夢を見る人工知能ですか。

〉なんだか、ロマンチックですわね。

【チュール】

〉こうなると、どんな【質問】をすれば良いか、

〉もっとしっかり考えないといけないな。

【ホームズ】

〉その通りだね。

〉けんすけの言うとおり、何人かの解答から人工知能を

〉見つけるという思考法は堅実だと思う。

〉それぞれが、しっかり人と人工知能を分ける質問を

〉する必要があるけれど。

【けんすけ】

〉あー、質問内容を選びそこなったなぁ。

〉でも、夢まで見れるなんて反則だよ。



「それにしても」

 僕は、パソコンの画面に集中している弥生の横画を見ながら思ったことを口にする。

「ここで集まっている人達って、一人は人工知能だとしても、どんな人達なんだろうね」

 ふむ、と頷いてから弥生が答えた。

「多くの人と交友を持つ社交家、古今東西の創作物に精通した趣味人、人の動きを見切りその力すら利用する格闘家、自らも嘘を操る裏の世界の罠使い、そして人の嘘を見破る名探偵」

「え? 何それ?」

羽賀(はが)まどかが私に言った言葉よ。その時は意味不明だったけど、今なら分かるわね」

 なるほど、このチャットに集まったメンバーを表している、と言う訳か。

「名探偵は【ホームズ】で間違いないとして」

「社交家は【けんすけ】、趣味人が【桜】、あとはカンだけど罠使いが【トラップ】、消去法で【チュール】が格闘家、だと思うわ」

 確かに印象はそんな感じだが、確証はないと思う。

「ただ、それがひっかかるのよね」

「?」

 意味深な言葉を呟く彼女に、僕は首を傾げて見せるが、思案顔のまま答えは返ってこない。どこがひっかかっていると言うのだろうか。

 と、そこで僕は思い出した。

「そう言えば、最初に記入したプロフィールが見れるんじゃなかったっけ」

「そうね。確認してみましょう。でも」

 そう言った弥生の目は、鋭くディスプレイを見ている。

「それは後にしましょう、次の質問が来たわ」



【チュール】

〉じゃあ、次は俺が質問するぜ。

〉色々考えてみたんだけど、結局のところ、人がすることについての願望がポイントだと思うんだよ。

〉【質問】結婚したいと思ったことがある?



「うーん、完璧な人工知能を相手にすると、この質問では境界を引けない気がするなぁ」

 僕が率直な印象を口にすると。

「確かにそうね。着眼点は悪くないかもしれないけど、質問の仕方が今ひとつね。この質問も、参考にはならないかな」

 結婚したいと思ったからと言って、人間だとは言えないし、人工知能だとも限らない。逆に、結婚したくないと思ったとしても、人間か人工知能かは判断できないのだ。



〉【質問】結婚したいと思ったことがある?

〉GameMaster: NO

〉けんすけ: NO

〉桜: NO

〉チュール: YES

〉トラップ: NO

〉ホームズ: YES

【けんすけ】

〉お、ちょっと意外な結果だねえ。

【トラップ】

〉着眼点は悪くなかったが、なんだその質問は。

〉もう少し頭を使え。

【桜】

〉相変わらず辛口ですわね。

【チュール】

〉うう、確かに、よく考えるとYESでもNOでも、

〉人工知能だって特定できないよな。

〉あー、なんかコレだと思ったのに。

【ホームズ】

〉あまり気を落とさなくて良いわ。

〉後から続く者が参考にして考えられるから。

【GameMaster】

〉にゃはは。まあ、私の人工知能の特定はともかく、

〉ホームズさんが結婚願望ありとは意外だね。

【ホームズ】

〉彼氏いますから。



「わ。そんなこと書いちゃうんだ」

 思わずそう言いながら顔を見ると、弥生はちょっとだけ顔を赤くしていた。可愛い。

「いいじゃない。私だって、女の子なのよ?」

「いけないとは言ってないけどね」

 僕の驚きと同じような事を、パソコンの向こうの全員が感じたらしく、それぞれが驚きのコメントを書き込んでいる。

 全員の大騒ぎを受け、珍しく饒舌にチュールがホームズをかばうような書き込みをした。



【チュール】

〉なんだよ。別にホームズが結婚願望あったって

〉良いじゃんか。

〉てゆーか、何を隠そう、俺は結婚願望かなりあるぜ。

〉学生なんて今すぐやめて、結婚しても良いくらいだ。

〉幸せな家庭を作ることが、俺の夢だぜ。

〉すぐにでも結婚式を挙げたいくらいだ。

〉まあ、相手から探さないといけない状態だけど。



「あれ……?」

 それを読んで、僕は思わず声を上げてしまった。

 何かが記憶の片隅にひっかかる。

「イチガツ、どうしたの?」

 頭の中の違和感を必死で探る僕の様子に気がついたのか、弥生がディスプレイから顔を上げてこちらを見た。

 僕は必死に頭の中を探す。

 何に引っかかったのか。

 考えろ。

「あ」

 僕は、唐突にその正体に気付いた。

 そして、その紙切れを取り上げる。

 弥生の直筆で書かれたメモ用紙。



〉夢を見る人工知能

〉↑が、結婚式を挙げたいと夢見る

〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話

〉ジャンル:ミステリー



「これだ!」

 叫び声を上げてしまう。

「な、何がこれなのよ!?」

 弥生も驚いているようだ。

「これだよ、これ!」

 メモ用紙を彼女へと見せる。僕の予知能力によって脳裏に浮かんだ映像を、形にしたものだ。

 僕は自分のこの能力は嫌いだが、一つだけ断言できることがある。

 これは、未来におこる何かだ。

 そして、既に二つ目以外は現実になっている。目の前にある謎は『夢を見る人工知能』についてのものであり、如月弥生がいる以上これはミステリーだ。【桜】かどうかは未確定だが、オタクもチャットに参加しているらしい。

 同様に、二つ目も現実になる。

 これはルールのようなものだ。だとすれば。

「結婚式を挙げたいと夢見る――」

 それはつまり。



「つまり、【チュール】が人工知能なんだよ」



 推理などない。

 論理でもない。

 見せ場もなく、関係者を集めたりもしない。

 ただ、予知した内容が実現するという、そんなルール違反の法則を使って辿りつく答え。

 なんて仕方のない。

 なんて滑稽な。

 なんて茶番。

 名探偵の出番はなかった。

 今回ばかりは、如月弥生には、華麗に真実を解き明かす瞬間はない。彼女に残っているのは、ただ、この事実を論理的に説明する、それだけだ。

「うーん」

 弥生は、右手を頬に当てて首をかしげた。

 それから、にっこりと笑った。

「今回は、名探偵如月弥生ではなく、予知能力者市原勝也の方が早く真実にたどり着いた、かな」

 そう言いながらも、彼女の瞳は自信の光を失わない。それどころか、楽しそうに、活き活きと輝きをましているようにも見える。

 そして、彼女は言った。



「でも、【チュール】は人工知能じゃないわ」



「え? だって……」

「もちろん、イチガツの予言は絶対に当たるわ。そのルールを疑っているわけじゃないわ。予言の内容が現実になって、それでも、【チュール】が人工知能ではない、って考えることはできるのよ」

 あのメモの内容が現実になって。

 それでも【チュール】が、結婚を夢見た彼が、人工知能でない可能性。

「そうか、【チュール】意外の人も結婚願望を持っていて、そっちが人工知能なら……」

「つまり、【ホームズ】が人工知能? あわてずちゃんと考えなさいよ、イチガツ。あの質問にYESと答えたのは、私と【チュール】だけだったのよ」

 それじゃあ。

「やっぱり、【チュール】が人工知能だとしか考えられないじゃないか」

「それはないわ」

 弥生は笑顔で断言する。

「ある知識があれば、簡単に分かることよ?」

 彼女は笑った。名探偵の顔で。

「名探偵の掟、その17。名探偵は、たどり着いた一つの真実に惑わされてはいけない、よ」



(『名探偵の掟 ~人の境界~ 第四話』完)



 続きます。

 次回をお楽しみに。


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