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第三話


 私の四人の友人達に、小説のリクエストを尋ねた結果、彼らが好き勝手に考えたお題はこのようになりました。


〉夢を見る人工知能

〉↑が、結婚式を挙げたいと夢見る

〉何ヲタでもいいから、オタクが出てくる話

〉ジャンル:ミステリー


 この四つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。



   『名探偵の掟 ~人の境界~ 第三話』



   ◆ ◆ ◆



【ホームズ】

〉みなさん、一つ、ルールを追加しませんか?

〉『絶対に嘘をついてはいけない質問』を、

〉それぞれが出して良いことにしましょう。



 名探偵、如月弥生(きさらぎやよい)は、謎を解くためには、言葉は悪いが手段をあまり選ばない。ネットワークを介して集まった、ここにはいない人物達に提案されたコレは、彼女の渾身の罠だ。

 場所は、一人暮らしの僕の部屋。

 恋人である弥生が持ち込んだノートパソコンで、彼女が言う所の『白衣の美女からの挑戦状』についての謎に向かっているところだ。

 白衣の美女――狂気の情報学教授、羽賀(はが)まどか――が用意したノートパソコンは、ネットワークを介して6人の人間をつないでいる。

 いや。

 正確に表現するなら、『6人の人間』と言うのは間違いだ。

 その中に、羽賀教授が作り上げた『完璧な人工知能』が紛れ込んでいて、人間のフリをしている。

 今回、弥生が受けた挑戦状というのが、その人工知能が誰なのか見事当ててみせろ、と言うものだ。

 人間と人工知能、その間に境界線を引く。

 それが、今回解くべき謎。



【トラップ】

〉なるほど。

〉ただの自意識過剰なバカかとも思ったが、

〉認識を変える必要がありそうだな。

【チュール】

〉ちょっと良く意味がわからないが、

〉聞かれたことに嘘じゃない答えを返せば良いのか?

【桜】

〉確かに、それなら、すぐに特定できそうですわね。

〉でも、ちょっと簡単になりすぎる気もします。

【けんすけ】

〉え、本当かい?

〉あんまりイメージがわかないけど、

〉そんなことで誰が人工知能か分かるかな?

〉みんなの今までの書き込みだけ見てる限り、

〉全員人間にしか思えないんだけど。

【GameMaster】

〉にゃるほど。

〉結構真面目に考えてくれているみたいだにゃ?

〉これでこそ、私の人工知能が見つからなかった時の

〉価値が上がるというものだね。



「この中に、人工知能がいるのか……」

 この謎は、通常の思考法――会話を続けて、人間ではありえないような会話の不自然さから人工知能を特定する、のような――では解けない。

 少なくとも、名探偵・如月弥生はそう判断した。

 それゆえの、罠。

「さあ、どうする? 羽賀まどか」

 弥生が呟きながら、キーボードに指を走らせる。



【ホームズ】

〉これくらい許してくれますよね、

〉GameMaster?



 一瞬の間。



【GameMaster】

〉わかったね。

〉プログラムを追加するから、しばらく待つね。

〉全員のPCに、新しいプログラムを追加するか、

〉というメッセージが出るから、

〉YESと入力するね。



「かかった」

 弥生が笑みを見せる。

 しかし、彼女の条件をそのまま飲んでしまっては、羽賀教授に勝ち目はない。

 それとも、それを差し置いても勝算があるのだろうか。

 実際に待たされた時間は、ほんの2・3分だった。



【新しいプログラムを追加しますか?】

〉_



 画面上に文字が表示された。



【新しいプログラムを追加しますか?】

〉YES



 弥生がエンターキーを叩く音が、小気味良く響いた。



【GameMaster】

〉全員無事インストールできたようだね。

〉さて。

〉改めて、ルールを確認させてもらうね。

〉全員が承知している通り、

〉私の作った『完璧な人工知能』が一台、

〉人間のフリをしてこのチャットに紛れ込んでいるね。

〉それが誰だか特定する、これが最終目標ね。



 その名の通り、このPCとネットワークの支配者である【GameMaster】が、目標について書き込み始めた。



〉このチャットのログは、いずれ全世界に公開するね。

〉私の人工知能の性能評価実験として、

〉論文に添付させてもらうね。

〉それだけは承諾して欲しいね。



 書き込みはさらに続く。



〉先ほどのホームズさんの提案を、

〉いくつか条件付きで反映させることにしたね。

〉ルール:嘘をつかずに答えなければいけない質問

〉をすることができる。

〉条件1:YES/NO形式の質問であること。



「そう来たか」

 弥生が呟く。



〉条件2:質問は、一人一回のみとすること。



「これは、ぐっとチャンスが減ってしまったね」

 僕もうならざるを得ない。

 羽賀教授は、こちらの提案を呑んだというポーズをとりながら、自分が有利でいられるギリギリのラインを見極めているらしい。



〉条件3:回答の結果が、

〉『YESひとり』または『NOひとり』の時、

〉誰が答えたかは公開しない。



 なるほど。

「それは、確かに必要だわ」

 弥生も頷いている。

 つまり、こうだ。

 もしも、『あなたは人工知能ですか?』という質問のように、一人だけYESとなる場合には、誰がYESと答えたのか分からないという訳である。



〉テストしてみるね。

〉使い方は簡単。

〉コメントの最初に、【質問】と打ち込むね。

〉ちなみに、嘘かどうかはこちらでは判定できないから、

〉皆さんのモラルに期待するね。嘘はダメだにゃ?



【GameMaster】

〉【質問】今朝、朝ごはんを食べた?

〉_



「なるほど。ここに、YESかNOを入力するのね」

 弥生がそう良いながら指を動かす。



【GameMaster】

〉【質問】今朝、朝ごはんを食べた?

〉YES



 彼女がエンターキーを叩くと、一瞬のタイムラグの後に、画面に集計結果が表示される。



【GameMaster】

〉【質問】今朝、朝ごはんを食べた?

〉GameMaster: NO

〉けんすけ: NO

〉桜: NO

〉チュール: YES

〉トラップ: NO

〉ホームズ: YES



「なるほど。こういうことか」

 僕は頷く。と同時に、驚きを隠せない。

 この集計システムのプログラムを、あのたった数分で書き上げてしまったというのか。羽賀まどか、恐るべき頭脳である。



【チュール】

〉おお、すげえ。

〉にしても、みんな朝ごはん食べろよ。

【GameMaster】

〉見てもらった通り、質問した人間も答えるね。

〉ちなみに、YESが一人の場合もテストしておくね。

〉【質問】格闘技の組み手を経験したことがある?

〉_



「――」

 弥生は、一瞬指を動かすのをためらった。

 確かに、女性らしくない回答になる。名探偵たる彼女は格闘技の組み手はおろか、実戦における殴り合いすら経験している。彼女いわく、物理的交渉力だそうだ。

 例の身長の話ではあるまいし、そんなに躊躇することもないと思うが。

 彼女が、嫌に真剣な表情で、YESと打ち込む。



〉【質問】格闘技の組み手を経験したことがある?

〉GameMaster: NO

〉けんすけ: NO

〉桜: NO

〉チュール: YES

〉トラップ: NO

〉ホームズ: YES

【GameMaster】

〉にゃ。ちょっと予想と違ったね。

〉こっちに改めて答えて欲しいね。

〉【質問】あなたのハンドルネームは桜である。

〉_



 今度は、弥生はNOと打ち込む。

 すると、今度の集計結果は、少し違った形で表示された。



〉【質問】あなたのハンドルネームは桜である。

〉誰か一人がYESと答えました。

【GameMaster】

〉こんな感じだね。

〉ちなみに、私はこの他には、

〉【質問】は使わないつもりだね。

【桜】

〉素晴らしいですわ。

〉なんだか、ドキドキしてきますわね。

【トラップ】

〉しかし、質問次第では、

〉一気に特定できる可能性もある。

【チュール】

〉え、マジか。

〉どんな質問だよ?

【けんすけ】

〉いやいや。

〉それは自分で考えないと。



「ふっ」

 弥生が笑った。

「本当に、面白い」



【ホームズ】

〉提案を受けてくれてありがとう。

〉あなたが、ギリギリ安全だと判断した境界線が、

〉私を過小評価した結果でないことを祈るわ。

【けんすけ】

〉私、じゃなくて、私達。

〉チームプレイも重要だと思うよー。

【GameMaster】

〉そうそう。

〉言い忘れていたけど、

〉全員がログイン時に入力してくれたプロフィール、

〉お互いに自由に見ることができるね。

〉【プロフィール】と入力してエンターキーを押せば、

〉画面が切り替わるね。

〉エスケープキーで、このチャット画面に戻れるね。

〉同じように、【ログ】エンター、でログが見れるね。

〉それから、【質問】のコマンドは、

〉全員が答えを入力するまで結果が出ないから、

〉全員がログインしている時に使って欲しいね。

【桜】

〉わかりましたわ。

〉他に重要な連絡がなければ、わたくし、

〉そろそろ落ちたいと思いますが。

【GameMaster】

〉よいと思うね。

〉電源ボタンを押せば、勝手に終了処理するね。

〉私も、アホな学生の論文を手伝う必要があるね。

〉では、特に用事がなければ、明日も

〉この夕食後の時間帯にログインして欲しいね。

〉出来るだけ早く、結果が出ることを祈るね。

【チュール】

〉わかった。

【ホームズ】

〉了解したわ。

【トラップ】

〉ああ。しばらく退屈しなくてすみそうだ。

【けんすけ】

〉あ。

〉みんなさっさとログアウトするつもりかい?

〉話しているだけでも楽しいのに。

【桜】

〉申し訳ありませんが。

〉少し重要な用事がありますので。

〉失礼致しますわ。

【桜さんが出ました】

【トラップさんが出ました】

【GameMaster】

〉では、悪いけどまた明日だね。

〉おやすみにゃさい。

【GameMasterさんが出ました】

【チュール】

〉じゃあ、俺も。

【チュールさんが出ました】

【けんすけ】

〉やれやれ。

〉みんな社交性を学んだほうが良いよ。

〉そう思わないかい?

【ホームズ】

〉確かに、人工知能というのを差し置いても、

〉個性的な人達が集まっているみたいね。

【けんすけ】

〉まあ、確かに。

〉念のため聞くけど、まさか、

〉名探偵が犯人のパターンじゃないだろうね?

【ホームズ】

〉私は実在する人間よ。

〉と言っても、信憑性なし、か。

【けんすけ】

〉そうか。誰でも自由に嘘を書き込める。

〉ホームズの言葉も、嘘かもしれないんだね。

〉僕なんかは、誰が人工知能なのかってのを、

〉そもそもあんまり真剣に考えてすらいないよ。

〉このチャット自体は楽しいけどね。

【ホームズ】

〉ごめんなさい。

〉私も、少し考えを整理したいから。

〉先に出るわね。

【けんすけ】

〉わかった。きみの活躍を楽しみにしているよ。

〉名探偵さん。

【ホームズさんが出ました】

【けんすけさんが出ました】



   ◆ ◆ ◆



「ふう。なんだか、すごいことになって来たね」

 僕は、思わず溜め息をついてしまう。

 僕個人は、あんまりこういう頭脳戦のような駆け引きのある会話というのは好きじゃない。少なくとも、今日の短い会話の中には、人工知能が誰かを特定するような情報はなかったように思ったけど。

 画面を凝視しすぎたせいで、軽くこってしまった肩をのばす。

「弥生さん、紅茶とコーヒーどっちが良い?」

「そうね。紅茶にしようかしら」

「オッケー」

 ささやかなキッチンスペースで、お湯を沸かす。お茶うけになりそうなお菓子はないが、まあ夕食後の時間帯でもあることだし、食べない方が健康的だろう。

 と、そこで気付く。

「弥生さん、まさか夕ご飯、食べてないなんてことは」

「わ。ほんとだ。そう言えば、おなか空いてるわ」

 これだ。

 彼女は、事件や謎を追い始めると、基本的に周りが見えなくなる。別の事件を同時に考えている場合、それだけは忘れるということはない。次の事件になりそうなことも、基本的には見逃さない。大学の講義なんかは、比較的覚えていられるらしい。

 でも、自分のこととなると話は別だ。食事や睡眠、ファッション、持ち物、寝癖。そう言ったことは、彼女の中で優先順位が低いらしく、心配である。

「なんか作るから、ちょっと待ってて」

 冷蔵庫を開けてみる――うん、簡単なものなら用意できそうだ。

「食事も睡眠も、ちゃんと忘れずにとってよね。それにしても」

 シャキンと包丁を取り出して、手始めに野菜など切刻み始めながら、弥生に声をかける。

「どんな質問をしたら、人工知能を特定できるんだろう。それを考えるのが、今回の一番の謎、かな」

「いいえ。その質問は、もう用意できてるわ」

 弥生の声に、僕は思わず手を止めて彼女を見た。

「YES/NOだけで、誰が人工知能かを特定するような質問は、存在するわ。もちろん、私はそれを考え付いている」

 つまり、すでに謎は解けている?

 僕は、あまりと言えばあまりの宣言に、言葉を失ってしまう。今回の謎が、200ページのミステリーだとしたら、まだ、おそらく50ページも行っていないような段階なのに。

「ただ――」

 しかし、解決を宣言した名探偵にしては、いつもの不敵な笑顔が浮かんでいない。

 自分の右頬に手のひらを当てて、思案深げに眉をひそめている。

「ちょっと気になることがあるのよ。私が【質問】を使うのは、最後にしようと思っているわ」

 それは、一体どういうことなのだろう。

 いや、そもそも、たった一つの質問で、人工知能を特定することができるのだろうか?


(『名探偵の掟 ~人の境界~ 第三話』完)



 続きます。

 次回をお楽しみに。


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