15.この場所で。
公園についた時には空は暗くなっていた。
私は学ランを両手で持ち、息を切らして公園の入り口に立ちつくしていた。
あたりを見渡しても公園には誰もいない。
「京ちゃん…。」
中央に位置する遊具の所までゆっくり歩いてく。
学ランを強く握りしめる。
「何?」
後ろを振り向く。そこには学ランを着ていない、カッターシャツの京ちゃんがいた。
「寒いからさ、それ、返して?」
京ちゃんは私の持つ学ランを指さして言った。
「あ、うん…。」
京ちゃんのすぐ前まで行き、学ランを渡す。素早く京ちゃんは学ランを羽織った。
「ねぇ…京ちゃん。」
京ちゃんの顔がまともに見れない。
「久しぶりに聞いた。その呼び方。」
優しい声で京ちゃんは言う。
「…。」
言葉が出てこない。言いたいことがたくさんあるのに。
手が震えだす。
「寒いの?」
そう言うと、京ちゃんは私の両手をとり、自らの手でそっと包んでくれた。
京ちゃんの手はとても温かかった。
「冷たいなぁ、瑠美の手。」
笑いながら言う。
私は言葉が出なくなっていた。
「瑠美?」
言わなくちゃ…、今言わなくちゃ。
「…京ちゃん。」
「ん?」
声が震える。
「…ごめんね…ごめんね、京ちゃん…私のせいで…。」
京ちゃんの顔が見れない。下を向くと涙がでてきた。
「私のせいで…京ちゃんが…。私が道路なんか飛びださなきゃ…。」
涙が一粒一粒、落ちていく。
「瑠美…、顔あげて?」
私の両手を包んでた手を離し、今度は私の頬に優しく触れた。
私はゆっくりと顔をあげる。
京ちゃんの顔は怒るでも責めるでもなく、優しい表情をしていた。
あの頃の京ちゃんの顔だった。
「瑠美が悪いんじゃないよ。だから泣かないで。」
「違う…私が京ちゃんを…。」
「俺、約束したよね?〝瑠美を守る〟って。俺は瑠美を守れたから、いいんだよ。」
「京ちゃん…っ。」
「でも…ごめんな…。ずっと約束、守れなくて。そばにいれなくて。」
悲しそうな顔をする京ちゃんを見て、さらに涙が溢れだす。
「ううん…。」
「また瑠美に会えてよかった。」
「私もだよ…京ちゃん…。」
京ちゃんは優しく私を抱きしめてくれた。
私も京ちゃんの背に手をまわす。
やっぱり京ちゃんは温かい。
少しして、京ちゃんから離れると私は言った。
「私…ショックで記憶がなくなってて…京ちゃんに会った時分からなかったの。思い出せなくてごめんね…。」
「知ってたよ。」
「え…。」
「いつも公園に来て泣いてるの、見てたから。」
…そうだったんだ。
京ちゃんはずっと、私の事をみててくれたんだ。
ずっと見守っててくれたんだ。
京ちゃんは守ってくれてるよ。
約束、守ってくれてる。
「もう一度瑠美に会いたくて、ずっと話したかった。だから、こうやって話せてうれしいんだ、俺。」
京ちゃんは子供みたいににっこりと笑った。
その笑顔につられて私も笑う。
「瑠美、おいで。」
そう言うと京ちゃんは遊具を登りはじめる。
私も笑顔で後を追いかける。
「ほら。」
上までたどり着いた京ちゃんは私に手を差し伸べる。
私はその手をつかむ。
「ありがとう。」
そうして私は遊具の上に登ることができた。
空を見上げる。そこには真っ暗な中、たくさんの星が広がっていた。
記憶がなくなってから一回、京ちゃんに見せてもらった星空。
記憶が戻ってから2人で見る空は違った。
2人だけの場所。
私たちだけの、とっておきの場所。
京ちゃんは前に、ここで1人、泣いてたよね。
それは私を1人残してしまったから…?
「相変わらず1人じゃ登れないんだな。」
「うるさいなぁ。」
京ちゃんが笑ってる。
京ちゃんが、私の隣で笑ってる。
あの頃に戻ったみたいだった。
「そういえば前に熱だしたとき…ごめんな…。瑠美を1人置き去りにして…。最低だよな。」
「ううん。大丈夫だよ。熱も冷めたし。」
「ほんとごめん…。」
京ちゃんは顔を曇らせる。そんな京ちゃんの肩に頭を置く。
前に雨が降ってた時と同じ。
「…京ちゃん。…私…。」
「うん?」
「ずっと京ちゃんにすがりついてた。京ちゃんがいないから学校に行かなくなって、京ちゃんを理由に私ずっと逃げてた。」
「…。」
「でもこれからは1人で生きてかなきゃいけない。京ちゃんがいなくても…。だから私、ちゃんと学校に行く。もう逃げたりしない。」
京ちゃんは黙ったまま空を見上げていた。
「京ちゃんの分も、生きてく。」
「…1人じゃないよ…。」
「え?」
「瑠美は1人じゃないよ。友達がいる、家族がいる、瑠美は今まで1人で生きてきたわけじゃないだろ?姿は見えなくても、俺もずっと、そばにいるよ。」
空を見上げたまま京ちゃんは言った。
私は思わず涙が出そうになった。
「…ぐすっ…。」
「泣かない!ほんと瑠美は泣き虫だなぁ。」
笑いながら京ちゃんは自分の袖で涙を拭いてくれた。
「京ちゃんの前ではそんなに泣いたことないもん!」
「俺がいなくなってからどんだけ泣いたんだよ。」
「そっ…それは…。」
…図星です。そんな縮こまる私を見て京ちゃんは再び笑う。
…京ちゃんはこうして今目の前で笑っているのに…。
こんなに近くにいるのに…。
京ちゃんはもう…いっちゃうんだよね…?
そう思うと胸が強く締め付けられた。
京ちゃんにべったりとくっつく。
「どうした?」
「…。」
言いたくない。言えない。
〝最後だから。〟…なんて。
京ちゃんは私の暗い顔を見て安心させようとしたのか、私の手をとり重ねると、指を絡ませた。
空を見上げる。
するといろんな感情が溢れ出した。
それが涙となって頬を流れた。
慌てて下を向き、顔を隠す。…泣いてばかりだ。
京ちゃんはもう何も言うことはなかった。代わりに握っていた手を離し、私の方に向き直ると優しく抱きしめてくれた。
「…っ、京ちゃん…いなくならないで…っ!」
違う…京ちゃんはいかないといけないのに…。
分かっていながらも逆の事を口にしてしまう。
ううん、本当はずっとこのままで、そばにいてほしい。
本当は京ちゃんがいなくなるなんて考えるとすごく寂しい。
泣きながら京ちゃんの服を掴む。
京ちゃんは黙ったまま。
「ずっと…そばにいてよ…。」
無茶な事を言ってるのは分かってる。…でも…。
「…瑠美…。俺はここにいるよ。ずっとここにいる。」
違う…違うよ…、そうゆう事じゃない。
こうやって抱きしめ合うことも、手を繋ぐことも、一緒に笑い合うことも、この公園で一緒に空を見上げることも、もうできないなんて信じたくない。
「…う…ぐすっ…。」
「瑠美、俺がここにいることを忘れないで。悲しくなったり、辛くなったりしたらこの公園に来て、また一緒にこの場所で空を見よう。俺はここで待ってるから。」
京ちゃんが優しく、でもどこか震えた声で言った。
「…ほんとに…?」
「うん。ほんとに。」
「約束してくれる?」
「約束するよ。」
そう言うと京ちゃんは抱きしめてた腕を離すと、小指を出してきた。
私も小指を出す。
2人は小指を絡めると笑顔で笑いあった。
「…約束だよ、京ちゃん。」
「ああ。」
小指を離した途端、急に睡魔が襲ってきた。
「…なんかもう、眠いかも…。」
「転がるか。」
そう言って京ちゃんは転がると真横に腕を伸ばす。…頭をのせろという合図だ。
私はそれに従って京ちゃんの腕に頭をのせ、寝転がる。
寝転がると、辺り一面が光り輝いていた。まるでプラネタリウムだ。
「キレイ。」
「だな。」
そして私は京ちゃんの方に向きなおった。
…京ちゃんはどうしてこんなにも温かいのだろう。
「京ちゃん…。」
「ん?」
「大好きだよ…。」
「俺も…。好きだよ、瑠美。」
そして私は、眠りについた。
目を覚ますと、辺り一面が眩しかった。
…朝だ。
眩しい…目がぼやけて周りが見えない。
分かる事は、ここは自分の部屋じゃないということ。
ここは……公園だ。
それも、遊具の屋根の上。
…そうだ、昨日私は京ちゃんと一緒にここで…。
でもどこを見ても、公園中を見渡しても、京ちゃんの姿はなかった。
「京ちゃん…?」
どこにも京ちゃんはいない。その理由は分かった。
京ちゃんは…いったんだ…。
でも京ちゃん、約束してくれたよね。
〝ここにいる〟って。
忘れないよ。もう忘れない。
私はまた、ここにくるよ。
京ちゃんのいる、この場所に。
立ち上がろうとした時だった。
手に何かが触れた。
ざらっとした感じの…。
その場所を見てみる。
…文字が…彫られている。
ペンか何かで彫ったような、雑な字が刻まれている。
それは短い文となって刻まれていた。
よく見えないため、顔を近づけて読んでみる。
その文を読んだ瞬間、目から涙が溢れ出してきた。
文字の上にポタポタと落ちていく。
落ちた涙は、文字の間へと染み込んでいった。
涙が止まらなかった。
そこには、こう刻まれていた。
『るみへ
であってくれてありがとう
きょうすけ』
私は拭いきれない涙を拭って空を見上げた。
そして心の中で言った。
京ちゃん、私も、京ちゃんに出会えて本当によかったよ。
本当に、京ちゃんでよかったよ。
出会ってくれて、本当にありがとう。
好きになってくれて…ありがとう。




