12.京ちゃん
すごく嬉しかった。
最初に告白された時、この人のところに逃げてしまおうかと思った。
でもそれはできなかった。先輩がいる限り。
それでもあの人は助けにきてくれた。
また私に告白してくれた。
約束を…してくれた。
「瑠美ー!帰るぞ!」
「うん!」
付き合い始めてから、帰りは京ちゃんが私の教室にきてくれる。
京ちゃんの呼ぶ声のもとへ、私は笑顔で走っていく。
そして手を繋いで帰る。
帰りに寄り道をして、食べたり遊んだりして、いろんな事をした。
京ちゃんと一緒にいる時が私にとって1番笑顔になれる時だった。
「いい彼氏さんができて、瑠美も幸せだねぇ~。」
昼食中に陵子がにやにやしながら言ってきた。
「京ちゃん、すごい優しいんだよっ!」
「はい、ノロケはいいから!てかいつから京ちゃんなんて呼ぶようになったの?」
「最初は京介って呼んでたけど、京ちゃんの方がかわいくない?」
私は笑顔で陵子たちに言った。
「あー、はいはい。」
興味ないといった顔だ。
「何それー。」
「まぁ何でもいいじゃん?瑠美がそうやってよく笑うようになったの京介くんのおかげだし、私らこう見えても京介くんに感謝してるんだから!」
笑顔で陵子と亜矢は私の頭をぐしゃぐしゃにする。
「それ、京ちゃんに言ったら?」
「ん、今度言っとくよ!」
「それはいいけど瑠美!サボリすぎもいけないからね!」
「あ、はーい!」
京ちゃんと付き合いはじめてから、2人でよく授業を抜け出す事があった。
亜矢に注意されたものの、やめる気は全くない。
「瑠美、こっちこっち!」
「京ちゃんどこ行くの?」
その日も授業をサボり、2人は公園にいた。
京ちゃんは遊具を登っている。
「そんな上までいったら危ないって!」
「大丈夫だよ、ほら。」
登りが下手な私に手を差し伸べる京ちゃん。私はその手を掴む。
そして遊具の屋根の上についた。下を覗くと…けっこう高い。
「瑠美、見てみろよ。」
そう言って京ちゃんは空を見る。私もつられて空を見る。
「わぁ…。」
そこには雲1つない青空が広がっていた。
「…キレイ、青い!」
「だろ?少し空に近づけた感じするだろ?」
「でも、学校の屋上の方が高くない?そっちの方が空に近いじゃん。」
「学校の屋上なんてみんな知ってんじゃん。ここは俺たちだけの、空に1番近い場所だよ。」
京ちゃんはどうだと言った感じの満面の笑顔を私に見せてくれた。
そんな京ちゃんがとてもかわいらしかった。
「こんな高い屋根の上なんて誰もこないし、俺たちだけのとっておきの場所だよ。もし悲しくなったり、何かあった時は2人で、この場所で空を見上げて全部忘れるんだよ。」
京ちゃんが私の手を握る。
「…うん!」
私は屋根の上に寝転がった。屋根は思ってたよりも広かった。
「落ちるなよ。」
「京ちゃんが守ってくれるから大丈夫!」
「しょうがないなぁ…。」
そのまま私は眠りについてしまった。
「瑠美、瑠美!起きろ!」
京ちゃんが私の肩を揺らす。
「ん…もう朝?」
「何ばかなこと言ってんだよ、もう夜だよ。」
「え?」
夜という言葉に目を覚ますと太陽の眩しい光はなく、辺りは真っ暗だった。
…私、今までずっと寝てた!?
「ごめん、京ちゃん!」
「すごい気持ちよさそうに寝てるから起こそうか迷ったけど…もう夜だと思って…。」
京ちゃんは笑いながら言う。…恥ずかしい。
「それよりほら。」
京ちゃんが上を指差す。今度はなんだと思いまた空を見上げる。
…息を呑んだ。
そこには暗闇の中、いくつもの小さい光が浮かんでいた。…星だ。
「キレイ、キレイキレイー!すごいすごい!」
興奮する私を見て京ちゃんは言う。
「夜になれば星も見れる。最高じゃねぇか?」
「うん!うん!すごくいい!最高だよ京ちゃん!つれてきてくれてありがとー!」
京ちゃんに飛びつく。勢いで京ちゃんは後ろに倒れる。
「落ちるって、危ないだろ。」
「ごめんごめん。」
その夜は京ちゃんと寄り添い、ずっと星を眺めていた。
そんな日が何日も続いた。
でも、幸せはそんな長く続かなかった。
京ちゃんと付き合って1ヶ月。桜も消えた頃。
この日も授業をサボり、学校を抜け出した。
少し熱くなってきたので、アイスを買ってから公園に行こうとの事だった。
コンビニで自分の大好きなアイスを選ぶ。
そして買った後、私は早くあの場所で空を見たかったから走り出したんだ。
京ちゃんが後から追う。
「京ちゃん早く!アイス溶けちゃうよ!」
「そんな急ぐなって!危ないだろ!」
京ちゃんはいつの間にか〝危ない〟が口癖になってた。
そんな事も気にせず私は走り続ける。
すると道路が目の前にあった。そこは全くと言っていいほど自動車が通らない。
それを知ってた私はそのまま道路に飛び出した。
「瑠美!」
後ろから京ちゃんが叫ぶ。さすがに早すぎたかなと思い、京ちゃんの方を振り向こうとした時だった。
私を包む大きな影が目の前に現れた。足が動かなかった。
「え…?」
…頭が痛い…。ズキズキする…。
目を覚ました私の前にはトラックがあった。トラックは止まっている。
私はこのトラックにひかれそうになったんだ。そう判断した。
ここに私がいるって事は助かったって事?私…生きてる?
…京ちゃんは?
そう思い、地面に手をついて立ち上がろうとした時だった。
手に何かがついた。ベタッとした何かが。何かと思い、自分の手を見る。
自分の手には真っ赤な血がびっしりとついていた。
「何…これ…。」
誰かの悲鳴が聞こえた。その悲鳴によって人が集まってくる。
「…京ちゃん…?」
目の前にはぐったりと倒れた京ちゃんの姿があった。
京ちゃんの下には血が広がっていた。
「救急車呼べ!救急車!」
誰かがそう叫ぶ。
「ねぇ…京ちゃん…。」
私は京ちゃんのもとへゆっくりと近づいていく。
京ちゃんの着てたカッターシャツは真っ赤でも、京ちゃんの顔には汚れ1つなかった。
私がいくら京ちゃんの名前を呼んでも、京ちゃんは目をつぶったまま。
「京ちゃんてば、そんな演技やめてよ。」
キレイだった京ちゃんの顔は、私の手によって頬が赤くなる。
それでも京ちゃんは目を開けない。
京ちゃんの頬に、一粒の涙が落ちた。
サイレン音が聞こえてきた。
「…京ちゃん…、京ちゃん!」
サイレン音と泣き声だけが響いた…。