鬼ごっこ
私の日課は、夕方の涼しくなった時間帯に近くの公園でランニングをすることだ。
毎日、決まった時間に必ず見かける男がいた。
使い込まれたシューズ、無駄のない引き締まった体。
どこからどう見ても「ベテランのランナー」だ。
数ヶ月間、抜きつ抜かれつを繰り返すうちに、私は勝手な親近感を抱き、ある日思い切って並走しながら声をかけてみた。
「いつも同じ時間ですね。何か近い内に大会でもあるんですか?」
男は、並外れた肺活量があるのか、激しい運動中にもかかわらず息一つ乱していない。
前を一点に見据えたまま、彼はポツリと答えた。
「いや、目標なんてないですよ。ただ『鬼ごっこ』をしてるんです」
冗談かと思った。
だが、男の横顔は、死を覚悟した兵士のようにひどく真剣だった。
困惑する私を置き去りにするように、男は淡々と、しかし震える声で語り始めた。
それは、三十年前の夕暮れのこと。
彼はこの公園で、親友と鬼ごっこをしていた。
彼が「逃げ役」で、友人が「鬼」。
遊びは白熱し、友人は彼を捕まえようと夢中で道路に飛び出し――そのまま、大型トラックに跳ね飛ばされた。
「あいつの体は、原型を留めないほどひしゃげていました。それなのに……」
男の声が一段と低くなる。
「真っ赤に染まった顔で、あいつは笑いながら言ったんです。
『まだ、タッチしてない』ってね。それからです。毎日、放課後を知らせるチャイムが鳴り始めてから、夕焼け小焼けの鐘が鳴り終わるまで、あいつが私を捕まえに来る。もし捕まれば、私はあいつのいる『あちら側』へ連れて行かれる。だから、私は一生……逃げ続けなきゃならんのです」
男の視線は、決して後ろを向かない。
ただひたすらに、何かに追い立てられるように速度を上げていく。
その必死な様子に、私の背筋に冷たいものが走った。
「嘘だ」と笑い飛ばしたかった。
けれど、男の背後から聞こえてくる音が、あまりに異質だったのだ。
「……ベチャッ、……ギチッ、……ベチャッ」
それは、靴底が地面を蹴る乾いた音ではない。
濡れた肉塊がアスファルトに叩きつけられ、硬い関節が無理やり軋むような音。
嫌な予感に支配され、私はあらがいきれずに、恐る恐る背後を振り返った。
そこには――。
関節があり得ない方向に折れ曲がり、全身からどろりと真っ赤な液体を滴らせた「少年」がいた。
少年は四肢を蜘蛛のように蠢かせ、凄まじい速度で地面を這いながら、こちらを……いや、男の背中を見つめて笑っていた。
夕暮れの鐘が、遠くで鳴り響く。
その音が止むまで、男の「命懸けの鬼ごっこ」は終わらない。
そして、その日を境に。
私の足音のすぐ後ろからも、あの「ベチャッ」という音が聞こえ始めたのだ。




