第二話 勇者、埋まる。前編
接近するローランに向かって振り上がった爪を横薙ぎに払う。自慢の鉤爪が宙に舞った。
「ギュアァアア!!」
「ギュビイ!!」
腕から離れた爪に怒り狂う一体と、仲間への攻撃を受けて突進してくる三体。落ちてきた爪を左手で掴んだローランは、その先に引っかかっている布へ視線を落とす。
これといった特徴のない布だ。
よく見てみたところで、冒険者の装備の一部なのか民間人の物なのか判断がつかない。
「生きてりゃいいが……、ッと……!」
ガキンッと硬質な音が響いた。四方向から同時に振り下ろされた四本の爪を、持ち上げた武器でローランが受け止めた音だ。
右手には剣。
左手には魔物の爪。
即席の得物にしては上等だろう。ローランは口端を引き上げた。
「便利だな、おい」
「ギュルルルッ!!」
最も力を込めてくるのは向かい合った魔物だ。己が爪を使われて怒り心頭に発しているようだが、ローランを捕食する気満々だった敵にかける情けなどない。
「てめーらは臭くて食えたもんじゃねーのによ。俺らを美味しく頂こうってのは、図々しいだろ」
「オヤツ、ウマウマです」
「うるせーよ」
青ヘビは悪食だ。
トンと右つま先で地面を叩く。
「──土」
素っ気ないその単語で、周囲の土が動いた。
「ギャ……!?」
「ギュルッ……!」
「ギ」
「ギュビ、ィ……!」
耳障りな断末魔は四つ。
ローランの声で一斉に隆起した土は鋭利な杭となり、四体すべてを真下から貫いた。剣とは違って四方八方から飛び散った鮮血がローランに降りかかる。
「ひゃあ!汚いです!!」
ローブの中からクレームが上がったが、無視だ。
両腕にかかっていた負荷が消える。
オブジェとなった魔物達の間から抜け出たローランは、左手に持ったままの爪を今いた場所へ放った。
「火」
ドン、と炎が立ち上がる。
魔物の亡骸を包み込んだ青い火は、断固として魔物しか焼かない。森の中で使っても安心安全で、少し暖を取りたいなと焚き木を試みてもウンともスンともいわない。使えるようで、微妙に使えない。
「オヤツ!」
にゅるんと這い出たアクティが足元に下り立った。青ヘビは頭を擡げ、こんがり焼けていく魔物にヨダレを垂らしている。
「ちゃんと焼き上がってから食えよ?」
「はいです!ボクはしっかり焼き派です!」
「全部は食うなよ?」
「…………」
返事がない。
ローランは大食い使い魔にため息を吐きながら、顔にかかった血を袖口で拭った。それから、布切れを引っ掛けていた個体が出て来た方向へ目を凝らす。
夜は深まり、森は暗い。
夜目が利く方であっても火の灯りが届かない奥までは見えず、拾ったカバンを背負った。
「少し待ってろ」
「へ?主様、どこ行くですか?」
「人探し」
「え、え」
青い炎によるバーベキューとローランを交互に見るアクティは戸惑った様子だ。
「すぐ戻って来っから」
軽く腰を曲げて、伸ばした手でつるりとした頭をひと撫でする。不安そうな緑色の目がローランを見上げた。
「約束ですよ?」
「おう」
「破ったら針千本ですよ?」
「約束破ったことねーだろ」
「……主様」
森へ顔を向けながら答えたローランの手に、少しだけ間を置いた青ヘビが巻き付いてきた。そのままにゅるにゅると這い上がってきたと思えば、視線を合わせて口を開く。
「ボクは知ってます。主様は聖女と魔女と荷物持ちにずっと一緒って言ってました。なのに、破ってます」
「狸寝入りしてたのかおまえ。聞いてんじゃねーっての」
「主様は信じられないです!ボクも行くです……!」
呻いたアクティがフードに収まった。ローランはもう一度息を吐いてから足を動かす。
ローランの火に焼かれないアクティは炎の中に入って食べられるが、それがなければ、戻って来た頃には魔物は燃え尽きて灰になっているだろう。青い炎は骨も遺さない高温だ。
「なんか見つけたら教えろよ」
「はいです」
鬱蒼とした木々を避け、枝と枝の下を潜りながら進む。植物の匂いに紛れるのは獣臭で、気配を感じたローランが目を向けると、赤く光る点が闇に消えていく。
兎型の魔物よりは強い魔物だろう。
ローランはそんな当たりをつけた。
強い魔物ほど知性が高く、敵の力量を見極める分別くらいはある。つまりはこの辺の魔物ならいくら群れようとローランの敵じゃない。
元勇者を舐めるな、などと腹の中でイキっても、襲って来ないのならローランから手を出す気はなかった。
魔物の住処である奥地までわざわざ侵入し、アレもコレもと手当たり次第狩るのはバカのやることだ。食物連鎖が崩れた先にあるのは、強い魔物による蹂躙だとローランは知っている。
「主様」
足元を照らすのは、頼りない月明かり。
目を凝らしていたらアクティに右頬を突かれた。同じ方向に顔を向けたローランは、アクティの視線を辿って草を踏む。
「血です」
「……まだ新しいな」
幹に擦るようにして付着した血痕は、固まらずに流れ落ちていた。色覚が弱い青ヘビが見つけられたのは血に温度が残っていたからだろう。
「あっちに続いてます」
「おう」
アクティの案内で進む。
こちらを窺う魔物達の視線には構わず、反面、いつでも抜剣できる体勢は崩さない。
そんな風に進んだ先。
最初の血痕から随分と歩いた頃に、大樹の根元にある穴ぐらを見つけた。今のローランでも膝を着けば十分に入れる大きさだが、さっきの兎型魔物には小さすぎる。難を逃れるには丁度良い。
血痕は入口付近に溜まり、奥へと続いていた。
「ボク、見てきます?」
「フードに入ってろ」
「わかりました」
素直に引っ込んだアクティに、ローランは両膝を着き這いながら中へ潜った。
地中から滲み出た水や、根から伝った水が手袋とズボンを汚す。
「おーい、生きてっか?」
返事は聞こえない。
案外深い穴ぐらだ。数メートル進んだら天井が高くなった。
「水」
中腰になったローランが両手を洗っていたら、視界の端で何かが微かに動いた。
立ち上がることはできない。
ほとんど何も見えない闇に「火」と唇に乗せる。
燃やす魔物がいない青い炎は、一瞬だけ闇を照らした。
すぐに消えたが、ローランには十分だ。
「おい!助けに来たぞ!」
突き当たりの壁に寄りかかっている人影へ足早に近づき、もう一度火を喚ぶ。今度は消える前に、目に入った干からびた魔物に放った。
酸素を燃料としない魔力による火だ。こういう場所では重宝する。
「っ……ぅ……」
確保された視界に入ったのは、左腕の肘から下を食いちぎられた男だった。
自分で炙り止血したのか、傷のわりに出血は酷くない。けれど、脂汗を流し青い顔で呻く呼吸は浅かった。ローランは背にあるカバンに片手を突っ込み、小瓶を三本取り出す。
「アクティ!」
「はいです!」
ボンッと人化したアクティは素っ裸だが、それどころじゃない。ローランの対面へ回ったアクティに小瓶をすべて渡す。
「主様が来たから大丈夫ですよ!頑張るです!」
「……、っ……」
アクティが傷口に向かってジャバジャバと小瓶の中身をぶち撒けた。
前衛一人だったローランのため、目の下に隈を作った聖女が開発した高性能回復薬だ。失った物は生えてこないが、市場に出回っているのとは比べ物にならない代物だ。ぴたりと出血は止まった。
「飲むです!!」
「ぐ……!?」
顎を鷲掴み、口の中に瓶を突っ込むアクティは容赦がない。
一本を空にし、二本目に僅かな抵抗を見せる男に安堵したローランは、土に描いていた文字を丸で囲った。
「主様、終わったです!」
「よくやった」
淡い黄金の光が男とアクティを包み込む。再びカバンに片手を突っ込んだローランは、小さなローブと靴を取り出してアクティへ放った。心得た使い魔はいそいそとローブに頭を通し、不器用に靴を引っ掛ける。
「ソイツから離れんなよ」
「はいです」
中腰のままローランは剣を抜く。
入り口は遠く、男に這う体力はないだろう。引き摺っていけないこともないが、非常にダルい。
「よッ……!」
ローランは黄金の瞳を眇め、短い掛け声とともに上へ向かって抜剣した。
派手な音を立てて割れた天井。
土や石、木の根が一斉に崩れ落ちてくる。
アクティと男に施した結界の陣は、一度の衝撃しか防げない代わりに強力だ。この程度なら問題ない。
「ふぉあ!?主様!!」
男の頭を両手で掴むアクティの姿が、降り注ぐ土石の壁の向こうへ消えた。




